第120話 世界一のマジシャン
幼い頃、
葉子はテレビの前から動かなかった。
マジック。
箱から鳩が出る。
何もない手から、カードが現れる。
すごい。
どうして?
なんで?
疑問が、胸をいっぱいにした。
小学生のとき、
両親に頼んで生のマジックショーへ連れていってもらった。
小さなバー。
派手な照明もない。
有名でもないマジシャン。
それでも。
目の前で起きる“現象”に、
葉子は息を忘れた。
——魔法って、あるんだ。
その日から、
葉子は独学でマジックを学び始めた。
用語を覚え、
トリックを調べ、
手を動かした。
飲み込みは、異常に早かった。
学校で、
ちょっとしたマジックを披露すると、
周りは驚いた。
「すごい!」
「どうやったの?」
その反応が、嬉しかった。
中学に入った頃、
葉子は“気づいて”しまった。
マジックショーを見て、
タネが分かる。
あ、ここで隠した。
今、目線をずらした。
——なるほど。
ある日、
家族で見に行ったマジックショー。
葉子は、
思わず口に出してしまった。
「今の、こうやってるよ」
声は、
周囲に広がった。
空気が、凍った。
ステージ上のマジシャンが、
一瞬だけ、こちらを見る。
拍手は、
途中で止んだ。
帰り道、
誰も葉子を叱らなかった。
だから余計に、分からなかった。
——え?
——見破ったら、だめなの?
その日、
葉子は決めた。
見破られるほうが悪い。
私なら、
もっと完璧にやる。
高校を卒業する頃には、
葉子のマジックは別物になっていた。
誰にも分からない。
誰にも真似できない。
テレビ出演。
ショー開催。
スポンサー。
才能は、
評価という形で返ってきた。
気づけば、
“世界一のマジシャン”と呼ばれていた。
——足りない。
もっとだ。
もっと難しく。
もっと深く。
誰にも見破られない場所へ。
そのとき、
葉子は境地に至っていた。
ある日、
海外の富豪のパーティで
マジックを披露する機会があった。
自信作だった。
過去最高。
誰にも見破れない。
……はずだった。
終演後、
拍手はあった。
でも。
「よく分からなかった」
「すごいんだろうけど……」
そんな声が、耳に入った。
理解されていない。
賞賛でも、批判でもない。
無関心。
その瞬間、
葉子の胸に穴が空いた。
——なんで?
——こんなに完璧なのに?
帰りの車内で、
葉子は初めて、
自分が一人だと気づいた。
分かってほしかった。
驚いてほしかった。
最初に見た、
あの小さなバーのマジシャン。
有名じゃない。
派手でもない。
でも、
心を奪われた。
(……あそこだったんだ)
でも、
もう戻れない。
私は、
遠くへ来すぎた。
そして今。
目の前にいるのは、
派手な笑顔で、
観客と一緒に戦う女。
理解されない魔法と、
理解させる鎧。
どちらが正しいのか。
その答えは、
まだ、出ていない。
第二試合は、
クライマックスへ向かう




