第117話 切り替え
第一試合が終わっても、
会場の熱はすぐには引かなかった。
勝者と敗者。
明確な結果が出たはずなのに、
どこか割り切れない空気が残っている。
九條全は、
控え席へ戻る途中で立ち止まった。
(……負けたな)
事実だ。
でも、胸の奥は不思議と静かだった。
ポケットの中で、
スマホがわずかに重く感じる。
画面は見ない。
まだだ。
今じゃない。
九條は、そのまま顔を上げた。
少し離れた場所で、
梅田芭蕉が一人、立っていた。
勝ったはずの男は、
誰とも目を合わせず、
ただ自分の指先を見つめている。
(……なんだよ)
九條は、ほんの一瞬だけ眉をひそめた。
(勝ったくせに)
(なんで、そんな顔してんだよ)
だが、
その違和感を言葉にする前に、
売田の声が飛んできた。
「おい、バカ孫」
九條が振り向く。
売田は腕を組まず、
珍しく肩を落としていた。
「……負けたな」
「あぁ」
「でもまぁ」
売田は、九條の頭を軽く小突いた。
「変な負け方じゃねぇ」
九條は、答えなかった。
その様子を、
少し離れた場所から、すきが見ていた。
(……強かった)
九條も。
芭蕉も。
でも、
強さの種類が、違う。
すきは、
自分の胸に手を当てる。
ドクン、と脈打つ音。
(次は……)
そのとき、
場内アナウンスが響いた。
「続いて、第二試合を開始します」
ざわめきが、再び走る。
「第二試合、受験生チーム――
羽澄 京子」
明るい声が、会場に響く。
「はーい♡」
軽やかな返事。
羽澄京子は、
いつもの笑顔で前に出た。
だが、
その足取りには、
一切の迷いがなかった。
(……切り替え、早)
すきは思う。
その一方で。
会長選抜側から、
ゆっくりと歩み出る人物がいた。
長い髪。
余裕のある微笑。
「プリンセス葉子」
その名前に、
会場の空気が一段変わる。
(……世界一のマジシャン)
すきは、息を呑んだ。
九條が負けた理由。
芭蕉が揺らいだ理由。
それとは、まったく別の戦いが始まる。
——これは、
技でも、覚悟でもない。
見せる者と、見せられる者の戦い。
羽澄京子は、
カメラの位置を確認しながら、
にこりと笑った。
「じゃあ、映えますか!」
その一言に、
葉子の視線が、鋭くなる。
第一試合が、問いを投げた。
第二試合は、
価値観を壊しにくる。




