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くれげの世界  作者: ぐろ
第三章 プロライセンス編
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第115話 梅田芭蕉

おれは昔、やんちゃだった。


別に、よくある武勇伝を語りたいわけじゃない。

ただ、茶道名家・梅田家の長男として生まれたおれは、

物心ついたときから茶道の中にいた。


父は厳しかった。


立ち方。

歩き方。

箸の持ち方。


小学生のおれや弟に対しても、

日常の所作一つひとつを叱りつけた。


「茶を点てる人間は、

 日常がそのまま茶になる」


意味は、よく分からなかった。


ただ、息が詰まった。


成長するにつれて、

おれは反発するようになった。


茶道なんてだせぇ。

年寄りの道楽だ。


学校では常にイライラしていた。

悪い仲間が増え、夜遅くまで遊び歩いた。


ある日、夜中に帰ると、

父が玄関に立っていた。


「いい加減にしろ」

「母さんに心配ばかりかけるな」


おれは吐き捨てた。


「うるせぇ」

「黙って茶でも立ててろ」


今思えば、

最低な息子だった。


高校のとき、

無免許運転、飲酒、その他諸々。


まとめてバレて、少年院に入った。


正直、舐めていた。


——まぁ、親父がなんとかするだろ。


だが翌日になっても、

おれは外に出られなかった。


看守に聞いた。


「親父、来てないか?」


「さっき来たぞ」


渡されたのは、

茶碗と、茶筅だった。


「凶器になり得る物は差し入れ禁止だが、

 これは茶道の道具だ。

 どうか息子に渡してほしいと、深く頭を下げていたらしい」


……ふざけんな。


こんなところでも茶道かよ。


最初は、触らなかった。


三日。

一週間。


時間が、やけに長い。


退屈で、

イライラが溜まっていく。


二週間目。


ふと、

茶碗と茶筅に手を伸ばした。


中身はない。

エアー茶道だ。


笑ってやろうと思った。


だが、

身体が覚えていた。


自然と正座をして、

覚えのある所作で、

茶筅を動かす。


さささささっ。


空の茶碗を、

かき混ぜる音。


不思議なことに、

胸のざわつきが、少しずつ消えていった。


代わりに湧いてきたのは、

反省と、後悔。


身体の錆が、涙と共に

一枚ずつ剥がれていくような感覚。


一ヶ月後、

家に戻ったおれは、両親に頭を下げた。


「茶道を、教えてください」


初めて真剣に見る父の茶道は、

美しかった。


所作。

間。

空気。


そこだけ、

世界が切り取られているようだった。


その頃、気づいた。


おれには、

人の動きを真似る才能がある。


心から「すごい」と思った相手の所作を、

そのまま再現できる。


録画した映像を、

再生するように。


それが評価され、

いつしか「茶道界の神童」と呼ばれた。


だが、

心は、満たされなかった。


四十になった。


息子がいる。


先日、息子が言った。


「野球、やってみたい」


反射的に、言ってしまった。


「才能がないなら、

 人の倍、稽古しろ」


——その瞬間、気づいた。


おれ、

親父と同じことを言っている。


いつからだ?


いつから、おれは、

親父の人生までコピーしてしまった?


そんなとき、

父の古い知り合いだという男が家に来た。


クレーンゲーム協会の会長。


おれの点てた茶を飲み、

こう言った。


「チェーン店の味だな」


頭に、血が上った。


「どういう意味だ?」


会長は、真っ直ぐにおれを見た。


「今度、プロライセンスの最終試験をやる」

「君には、受験生の相手をしてほしい」


「クレーンゲームだと?」


「そこで、

 君のお茶の答えが出る」


——そして今。


試合台の向こう側で、

荒く、若い男が、

必死にボタンを握っている。


効率は悪い。

所作も汚い。


だが、

目だけは、真っ直ぐだ。


(……なんだ、あれは)


平常心で点ててきたはずの心が、

わずかに揺れる。


あの若者は、

勝ち方を知らない。


だが、

進み方を、選んでいる。


芭蕉の指先が、

ほんの一瞬、止まった。


(……おれは)


(どこで、

 立ち止まったんだ?)


答えは、まだ出ない。


だが一つだけ、

確かな違和感があった。


——その茶は、

いつもより、

少しだけ、苦かった

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