第114話 会いに行く
どうやら、おれには扉ってやつが無いらしい。
じいちゃんの言葉だ。
「全には、扉が無い」
それを聞いたとき、
悔しいより先に思った。
――あぁ、やっぱりな。
小さい頃のおれは、
わりといいやつだったと思う。
運動もできたし、友達もいた。
誰かが仲間外れにされてたら、放っておけなかった。
一番そばで、それを信じてくれてたのは母さんだった。
父親は政治家で、ほとんど家にいない。
じいちゃんは同じ家に住んでいたけど、
おれのことを見ているようで、
いつもどこか遠くを見ていた。
幼稚園の頃のことだ。
砂場で、一人泣いてるやつがいた。
仲間外れにされたらしい。
理由はくだらなかった。
好きな女の子がどうとか、そんな話だ。
おれは止めに入った。
「やめろよ。ダサいだろ」
次の瞬間、殴られた。
三対一。
怖かった。
でも、引く気はなかった。
結局、大人を巻き込む騒ぎになって、
親が呼ばれた。
相手の親は言った。
「全くんが先に手を出した」
不安で、母さんを見た。
母さんは、静かに言った。
「うちの子は、理由もなく人を殴る子じゃありません」
「三対一で暴力をふるったのは、どちらですか?」
そのとき、
仲間外れにされていたやつが前に出てきた。
「全くんが助けてくれた」
「先に殴ったのは、あっちです」
相手の親の顔が歪むのを、今でも覚えてる。
帰り道、母さんに謝った。
「ごめん」
母さんは笑った。
「なんで謝るの?」
「全は、友達を守ろうとしたんでしょ」
「母さん、嬉しかったよ」
そのとき、
初めて泣いた。
——でも。
小学校三年のとき、聞いてしまった。
じいちゃんの声。
「全に扉が無いのは、お前のせいだ」
「才能が無い。十年様子を見たが、もう無理だ」
意味はよく分からなかった。
でも、分かったことがある。
おれがダメだから、
母さんが責められている。
思わず叫んだ。
「母さんを責めるな!」
じいちゃんは、何も言わずに去った。
母さんは、その場で泣いた。
謝った。
「ごめんね……」
その日から、
母さんは少しずつ元気を失っていった。
数年後、
母さんは心を病み、実家に戻った。
今も、帰ってきていない。
それからだ。
おれは、才能とか扉とか、
どうでもよくなった。
無いなら無いでいい。
ただ一つ、決めた。
じいちゃんに認めさせる。
それを、母さんに伝える。
「じいちゃん、おれを認めたよ」
「母さんは、何も悪くなかった」
そのためなら、
なんだってやる。
——だから。
一次試験で、
最後まで残っていたぬいぐるみが、
どうしても見過ごせなかった。
「可哀想だろ」
そう言ったのは、本音だ。
誰にも選ばれなかったもの。
最後まで残されたもの。
おれと、重なった。
面接で聞かれた。
「あなたにとって、クレーンゲームとは?」
答えは、自然に出た。
「……呪縛。」
好きとか、楽しいとか、
そんな綺麗な言葉じゃない。
縛られてる。
逃げられない。
それでも、やめられない。
最近、母さんにメールを送っている。
「元気?」
返事は、来ない。
既読も、つかない。
電話をかける指は、
いつも途中で止まる。
元気のない声を聞くのが、
怖かった。
だから、決めている。
この試験に合格したら、
会いに行く。
直接、顔を見て話す。
そのときまでは、
逃げない。
この試合で、
初期位置戻しを使うつもりはない。
勝てるかどうかじゃない。
胸を張って、
母さんの前に立てるかどうかだ。
負けてもいい。
でも、
誤魔化す勝ち方だけは、
絶対にしない。
九條全は、
静かに前を見た。
まだ、何も終わっていない。
第一試合は、
その途中だ。




