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くれげの世界  作者: ぐろ
第三章 プロライセンス編
102/205

第100話 殴りたい

横移動。

すきの指が、ボタンに触れる。


ゆっくり。

慎重に。


――この位置。


視線は盤面。

箱の重心、橋の幅、アームの癖。


次は、奥行。


九條が動かす。


……深い。


すきの眉が、わずかに動いた。


(え?)


さらに、奥。


(おいおい)


ほんの一瞬、

口が半開きになる。


(行き過ぎじゃない?)



だが九條は、気にしない。


むしろ――

当然だろ?

と言いたげな顔。


顎を上げ、

「俺に合わせろ」とでも言うような視線。


(……あ)


(こいつ)


(二次試験終わったら、殴る)


すきの中で、

初めてそんな言葉が浮かぶ。



アームが下りる。


浅い。


箱は、動かない。


すきのこめかみが、

ぴくりと跳ねる。


(……違う)


(これは違う)



ふと、

記憶がよぎる。


沙希。

凛。


三人で、

初めて役割分担して取った時。


誰が主導とか、

誰が正しいとかじゃなかった。


同じ盤面を見ていた。


でも今は――

真逆。


どっちかに合わせるだけじゃ、

意味がない。



すきの視線が、

一瞬だけ九條に向く。


(この人は、なんでプロになりたいんだろう)


会長の影響?

認められたいだけ?

それとも――

クレーンゲームが好き?


(……理由が違う)


(このままじゃ)


(二人とも落ちる)


すきの胸が、

きゅっと締まる。


(私は)


(……まだ進みたい)


(もっと、クレーンゲームが知りたい)


横移動の手を、

すきは止めた。


完全に。



九條は、

その違和感に気づく。


(……は?)


ちらりと横を見る。


動いていない。


(あぁ?)


(こいつ、

 全然わかってねぇ)


(ほんとに大会三連覇かよ)


苛立ち。


焦り。


(待てよ)


(こいつが足引っ張ったら)


(……俺も落ちる?)


一瞬、

背筋が冷える。


(ふざけんな)


(一次試験の借りはあるけど)


(それとこれは別だ)


九條の歯が、

ぎり、と噛み合う。


(俺は)


(プロになって)


(認められる。)


奥行の手が、

止まる。


初めて。



静止。


横も、

奥も、

動かない。


盤面だけが、

そこにある。


二人の視線が、

同じ一点に集まる。


箱の角。

重心。

落としどころ。


(……今)


すきが、

横を一ミリだけ入れる。


九條が、

反射で奥を合わせる。


迷いが、ない。


アームが下りる。


掴む。


沈む。


(……きた)


(……合った)



その瞬間、

二人の中で同じ言葉が鳴った。


ドクンッ


『獲るぞ』


箱が、

橋の外へ滑り――


落下。


ゴトン。


音は小さい。


でも、

確かだった。



九條の目が、

見開かれる。


すきの肩から、

力が抜ける。


まだ、

許したわけじゃない。


まだ、

殴りたい気持ちもある。


でも――


(……今だけは)


(二人三脚だ)


次の盤面へ。


言葉は、

いらない。


二人の歩幅が、

初めて揃った。

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