第100話 殴りたい
横移動。
すきの指が、ボタンに触れる。
ゆっくり。
慎重に。
――この位置。
視線は盤面。
箱の重心、橋の幅、アームの癖。
次は、奥行。
九條が動かす。
……深い。
すきの眉が、わずかに動いた。
(え?)
さらに、奥。
(おいおい)
ほんの一瞬、
口が半開きになる。
(行き過ぎじゃない?)
だが九條は、気にしない。
むしろ――
当然だろ?
と言いたげな顔。
顎を上げ、
「俺に合わせろ」とでも言うような視線。
(……あ)
(こいつ)
(二次試験終わったら、殴る)
すきの中で、
初めてそんな言葉が浮かぶ。
⸻
アームが下りる。
浅い。
箱は、動かない。
すきのこめかみが、
ぴくりと跳ねる。
(……違う)
(これは違う)
⸻
ふと、
記憶がよぎる。
沙希。
凛。
三人で、
初めて役割分担して取った時。
誰が主導とか、
誰が正しいとかじゃなかった。
同じ盤面を見ていた。
でも今は――
真逆。
どっちかに合わせるだけじゃ、
意味がない。
すきの視線が、
一瞬だけ九條に向く。
(この人は、なんでプロになりたいんだろう)
会長の影響?
認められたいだけ?
それとも――
クレーンゲームが好き?
(……理由が違う)
(このままじゃ)
(二人とも落ちる)
すきの胸が、
きゅっと締まる。
(私は)
(……まだ進みたい)
(もっと、クレーンゲームが知りたい)
横移動の手を、
すきは止めた。
完全に。
⸻
九條は、
その違和感に気づく。
(……は?)
ちらりと横を見る。
動いていない。
(あぁ?)
(こいつ、
全然わかってねぇ)
(ほんとに大会三連覇かよ)
苛立ち。
焦り。
(待てよ)
(こいつが足引っ張ったら)
(……俺も落ちる?)
一瞬、
背筋が冷える。
(ふざけんな)
(一次試験の借りはあるけど)
(それとこれは別だ)
九條の歯が、
ぎり、と噛み合う。
(俺は)
(プロになって)
(認められる。)
奥行の手が、
止まる。
初めて。
⸻
静止。
横も、
奥も、
動かない。
盤面だけが、
そこにある。
二人の視線が、
同じ一点に集まる。
箱の角。
重心。
落としどころ。
(……今)
すきが、
横を一ミリだけ入れる。
九條が、
反射で奥を合わせる。
迷いが、ない。
アームが下りる。
掴む。
沈む。
(……きた)
(……合った)
⸻
その瞬間、
二人の中で同じ言葉が鳴った。
ドクンッ
『獲るぞ』
箱が、
橋の外へ滑り――
落下。
ゴトン。
音は小さい。
でも、
確かだった。
⸻
九條の目が、
見開かれる。
すきの肩から、
力が抜ける。
まだ、
許したわけじゃない。
まだ、
殴りたい気持ちもある。
でも――
(……今だけは)
(二人三脚だ)
次の盤面へ。
言葉は、
いらない。
二人の歩幅が、
初めて揃った。




