第十話. 廃墟の影
――S市、廃ホテル
外壁は崩れ、窓は割れ、口を開けた闇が二人を迎え入れる。
入口には立入禁止の黄色いテープが貼られていたが、すでに破れて垂れ下がっている。
外れたエントランスの扉から覗く漆黒の闇がこの世とあの世を繋ぐ入り口の様だ。
「潜入調査! 恐怖の人喰い心霊ホテル・K」
画面の上にオドロオドロしいテロップが表示されている。
頭にカメラを装着した VTuberの夢見サニー がこわばった顔で廃ホテルをバックに企画の説明を行う。
「今回、私はS市の山中にあるこちらの心霊ホテルに突撃したいと思います」
上空からホテルKの全体を撮影しながら、サニーは暗い声でホテルの説明を続ける。
「このホテルではその昔、従業員の自殺や殺人事件が起きて廃墟になり、その後は夜な夜な女性の霊が目撃されているそうです」
「また数週間前に肝試しで入ったカップルの彼女が行方不明、彼氏の方も発狂して現在も入院中という事件が起きているそうです」
再びエントランス前に移動したサニーは、急に明るい声になり、
「私一人では心もとないので、ここでスペシャルゲストの方をお呼びします! パチパチ~パチパチ~」
フレーム外から現れた明美が手を叩くサニーの横に並ぶ。
「アケミさん、です!」
明美は少し照れた様子で俯いた。
「ど、どうも明美です…」
サニーはそんな明美に構わずマイクを向ける。
「明美さん、どうですか~この佇まい、まるで我々の侵入を拒むかの様な異様な雰囲気が漂っていますが」
明美はホテルの圧倒的な威圧感に怯えながら答えた。
「まじヤバイ、正直帰りたい…でも帰る訳にはいかないの」
―― 昨日のリビングの会話が頭をよぎる
神妙な面持ちで明美が切り出す。
「S市の山中にある廃ホテル……そこに行った友達が帰ってこないの。彼氏と一緒に行ったんだけど、その彼氏は発狂して入院しちゃって……」
「危ないからやめておけ、それに警察に任せておくんだ」
一通り話を聞いた勇馬は、廃墟に友達を探しに行くのを手伝って欲しいと切り出した明美に忠告する。
「だって、もうすぐ1カ月だよ!?何も進展しないし…私、心配だよ!」
明美はふくれっ面で勇馬を睨んだ。
明美の話を聞いたサニーは黄色のスマホをくるくる回し、にやりと笑った。
「心霊廃墟に行方不明事件……これ、絶対バズるやつじゃん!」
「この超絶可愛い妖精のサニーさんがいれば百人力だよ!」
サニーは胸を張り、羽をバタつかせた。
「も、もう……真剣なんだから」
明美は苦笑しつつも、少し肩の力が抜けた。
「いや駄目だ、絶対行くなよ!」
勇馬が釘を刺すが明美とサニーは生返事をするだけだった――
目の前のホテルの姿に足がすくむ明美は、一瞬勇馬の助言を聞いておけばよかったと少し後悔した。
「こほんっ、では、張り切って一階の方から調査を進めていきましょう!」
咳払いすると、サニーはズンズンとスマホを構えて廃墟に侵入する。
「ひぃ……やっぱり怖い」
明美が身をすくめる。
「いいねいいね! そのリアクション、アップで撮っとこう!」
サニーはスマホを掲げ、楽しそうにカメラを回していた。
明美は泣きそうな顔で一歩を踏み出した。
館内は湿った空気に満ち、床板が軋むたびに心臓が跳ねた。
壁のシミは人影のように浮かび、ガラスの隙間から入る風が女性の鳴き声の様に聞こえる。
「……友達、本当にここに入ったの?」
「うん。SNSに『廃旅館行ってみる!』って写真を上げてたの。……でも、それっきり」
明美の声は震えていた。サニーは横目で彼女を見て、いたずらっぽく笑った。
「大丈夫大丈夫~。私が付いてるもの! 寧ろ何か出てくれないと、撮れ高がね…そっちの方が怖いよ!」
その時だった。
廊下の奥から、重い音が響いた。
――ギィ……ギィィ……
「ひっ!」
明美は悲鳴を上げ、後ずさりした。
何かが這い寄ってくるような気配。
廊下の闇が、まるで生き物のようにうごめいた。
「や、やば……」
サニーが声を上げた瞬間、床板が崩れ、明美の足元が沈んだ。
「きゃあっ!」
明美の体が闇へ落ちていく。
「明美っ!」
サニーは必死に手を伸ばしたが、小さな体では支えきれない。
その時。
「危ない!」
鋭い声とともに、明美の腕がぐっと引き上げられた。
瓦礫の影から現れたのは、黒髪を後ろで束ねた女性。
冷徹な美貌と、鋭い眼差し。肩には魔力を帯びたライフルがかかっている。
「君たち、こんな場所で何やっているの!?」
「って、あら?」
スマホを抱えたサニーを見つけ神崎瞳は驚きの声を上げた。
サニーもまた、予想外の登場にスマホを取り落としそうになっていた。
「それより、あれ……」
怯えた表情で廊下の奥を指さす明美。
廊下の奥からは――人ならざる、ぞわりとした気配が忍び寄ってきていた。




