Ⅱ 皇帝の北の宮
瓶の中で思索を繰り返す彼の前に「彼女」がやって来る。「彼女」は「僕」がやがて天使になる事を告げる。「僕」は政府軍の攻撃によって村民が全滅する事を知らされ、彼等を救出する決心を固める。「僕」の魂は瓶から出る。開拓地が滅ぶ前に「僕」の体に戻ってこないと「僕」は天使になれない。「僕」は精霊やケンタウロスに助けられたり、地獄の番犬と戦ったりしながら、なんとか北の宮に辿り着く。しかし、洗脳された村民達は「僕」の言う事に耳を貸さず。命を狙われた「僕」は戦争で傷付き、革命軍の医師として働いていたクリスの助けで北の宮を脱出する。「僕」は待っていた悪魔によって村に帰され暗い窓辺に戻る。開拓星は地球政府軍の人工太陽を落下させる攻撃により炎に包まれ、地球も開拓星の衝突によって滅びていく。「僕」は天使になった。「彼女」は猫のロマノフであった。二人は手を取り合って宇宙を登っていく。
Ⅱ 皇帝の北の宮
1
『暗い窓辺』
あれから、幾日ぐらいの時間が過ぎたのだろうか。
焼け付く様な人工太陽の光は、無限に地平線を転がりながら、無人の農地を照らし続けている。
農作物はそれぞれが豊な実りを迎え、そして、誰も収穫する事の無いまま枯れ果てて行った。
*
僕は無人の村に一人、取り残された。
もし、僕を捜しに来る人がいるならば、僕はここにいる。僕の家の陽の差さない二階の窓辺に小さな青い瓶がある。その中にいるのが僕だ。
僕は外界から遮断された無音の世界から、青く歪んだ景色を眺める。
僕はいつまでここにいるのだろう。
それより、僕はまだこの世界に存在しているのか。
僕は生きているのだろうか?
僕はまどろみと思索とを繰り返しながら、永遠の様な時間の中を漂っている。
*
声がする。とても不思議な声だ。
遠くから響く様な、それでいて、耳もとでささやく様な。
優しく柔らかく、それでいて、金属的な。 歌う様な、呟く様な。
僕の耳が聞いているのか、想像が造り出しているのか。
今、僕は眠っているのだろうか。目覚めているのだろうか?
*
光が見える。
心地良い様な、眩しい様な。
暖かく、それでいて、確かな鋭さを持って、さざ波の様に僕の足もとを照らしている。
僕はとても落ち着いた気分で、それを感じる事ができる。
それが、彼女との出会いだった。
*
彼女は、僕が思索をしている間、僕のそばにいて、僕を見守っている。
本当にそばにいるのか、ずっと遠くにいるのか、実際の所、よくは分からない。
でも、僕は、彼女の暖かさを感じる事ができる。
僕が思索を続ける間、彼女は僕に様々なアイデアをくれる。僕が何かを尋ねると、彼女はすぐに僕の精神を自由な場所に連れ出してくれる。僕は真実の深淵でそれを目の当たりにし、さらに思索を深める事ができた。
非常に幸福で、完全な世界。
暖かさと緩やかなリズムを持った波が、いつも僕を包んでいる。
*
「君は誰だい?」
僕は尋ねる。
(今は言えないけど、そのうち分かるわ)
「君はなぜここに来たの?」
(あなたを迎えに来たのよ)
「僕達はどこに行くの?」
(天使の行くべき場所に行くのよ)
「どうして、僕が?」
(あなたはもうすぐ天使になるの)
「君も天使なのかい?」
(そうよ)
「僕はもう死んでしまったの?」
(まだ死んではいないわ)
「それでも、もうすぐ天使になるんだね」
彼女は頷く。
「僕にはよく分からないよ」
僕が言うと、彼女は笑った。
(あなたには、まだ、よく分からないのよ)
*
僕は北に行った人々の事を考える。
彼等は首都建設の為の労働をしている。
北の空には小さな太陽しかなく。黒い雲の立ち込めた空はとても暗い。村人たちは、寒く厳しい北の極で辛い労働を強いられている。
建設中の首都には、くすんだ緑の服を着て馬に跨がった東洋人の大きな絵が、あちこちに飾られている。
彼が皇帝なのだ。
皇帝はそこに新しい首都を築き、やがてここにやって来るらしい。人々は皇帝を称える歌を歌いながら、作業を続ける。
*
「彼等は天使にはならないの」
(あなたと違って、みんなは死ぬのよ)
「死んでしまうの?」
(もう、誰もこの星には住めないの)
*
そして、皇帝がやって来た。
群衆は宮殿の前の広場に集まり、皇帝の到着を祝っている。皇帝は宮殿に下り立ち、白いバルコニーから手を振る。人々は歌い、踊り、皇帝を迎えるセレモニーを行っている。 誰も、南の地平線から小さな太陽が昇って来るのに気付かない。
太陽は加速し、スピードを上げながら、だんだんと近付いて来る。やがて、火球はその大きさを広げて行く。黒い雲は序々に蒸発して、北の土地は明るさと暖かさを増して行く。 人々は、それを皇帝の奇跡だと叫び、さらに声高く皇帝を称える。
太陽は軋みを上げながら、更に速度を上げ続ける。
バルコニーの皇帝が顔色を変えた。側近達が何か叫びながら、慌ただしく走り回る。
周囲はとても暑くなり、人々の体に汗が弾ける。
皇帝は宮殿の奥へと下がる。
皇帝を称えていた人々も、余りに強い陽射しに皮膚を焼かれ、歓喜の中に苦痛の呻きが混ざっていく。
歓喜と悲鳴の入り交じる中、皇帝を乗せた宇宙船は宮殿を離れていく。
しかし、もう手遅れだった。
既にどうしようもない距離に近づいた太陽が、灼熱のいかずちとなり、地表の全てを焼き始める。宇宙船は航行を止め、ゆっくりと太陽の中に飲み込まれて行く。
エネルギーの地獄が地上を襲う。人々は焼けただれ、断末魔の悲鳴を上げて逃げ惑う。
僕は髮の毛に火が付き焼けただれた唇を目一杯ひろげ、気が狂った様に空に向けて悲鳴を上げるエレーナの姿を見つける。
その瞬間、人工太陽が悪魔の鉄槌となって地表に突き刺さった。
鋼鉄の太陽は地表の全てを破壊する地獄の業火となり、全てを高熱に溶解させながら、自らも激しく炸裂する。
真っ白い世界。
そして、暗黒…。
恐ろしくて、体が震える。
*
「これが、みんなの最後なの?」
(そして、あなたは天使になるの)
彼女を見る。何も言葉が浮かばない。
「僕は…。僕は…」
(あなたには関係のない事よ。どうする事もできないの)
恐ろしくて、涙が出てくるのを押さえられない。
彼女はそんな僕を優しく包んでくれる。
(ここにいれば大丈夫。私が守ってあげるわ)
僕の震えは、それでも止まらなかった。
*
それから、あの恐怖の映像が、常に僕の脳裏から離れなくなった。
断末魔の恐怖と苦痛の叫びは、耳にいつまでも響いて残った。
何度も考えた。僕は彼等を助けなくてはいけないのではないか。
でも、どうやって?
無力な僕なんかに、一体何ができるのか。
あれが彼等の運命なら、受け入れるしかないのではないか。
父や母はいつも神に救いを求めていた。あれは神の意思なのか、それとも彼等の罪の代償なのか。
エレーナについても考えた。
彼女の死は僕にとっても衝撃的で悲しい出来事となるはずだった。しかし、南へ逃げようとした時、彼女は僕を救おうとはしなかった。僕も彼女を恨む事なく、運命を受け入れる決意をした。
今度は、彼女が運命を受け入れる番なのではないか…。
僕の思索は、同じ場所を、何度も何度も回り続けた。
*
「僕は行かなければいけないよ」
決意をしてからも言い出すまでに、時間がかかった。
彼女は何も答えない。
「みんなを助けなくちゃ」
(無理よ)
彼女は突き放すように言う。
「どうして?」
(もう決まっている事なのよ。それにあなたにはそんな事する必要はないわ)
「………」
(私は知っているの。彼等はあなたをいつも差別してきたわ)
「仕方がないよ。僕の姿がおかしいからだ。彼等にそれ以上の罪はないよ」
(罪はあるのよ。あなたが彼等を救う理由はないわ)
「みんな、本当はいい人なんだ」
僕は言う。
(いい人?… いい人?…)
彼女は何度も繰り返す。
まるで、僕の心の底にある、密かな憎しみの感情を引き出そうとするように。
「…彼等の為じゃないのかもしれない。このまま村人を見殺しにする事に、僕自身が耐えられない気がするんだ」
(………)
彼女は何も言わない。
僕は構わずに言葉を続ける。
「ここから出してくれないか?」
(あなたがここにいる限り、私が守ってあげる。何も怖い事はないの。私はあなたについて北に行く事はできないの)
「お願いだ。ここから出してくれ」
(さっきも言ったけど、もし北にに行ってもあなたにできる事など何もないわ)
「…………」
僕は彼女をみつめる。
彼女は首を振った。
(仕方がないのね。分かったわ。目を閉じて。そしてしばらく息を止めて…)
僕は言われた通りにする。
(何があっても驚いては駄目)
頷くと、やがて体に恐ろしい程の震動が走った。
体の中で、何かが剥がれていくのを感じる。
「何だい。これは?」
(黙って)
彼女は僕を制する。
目を閉じていたが、周囲がとても明るくなっていくのが分かる。
僕の体の中の震動が極限に達した時、僕の体は大きく飛び上がった。そして、しばらくして、自分の体が再び地面に叩きつけられるのを感じた。
(さあ、もう目を開けてもいいわ)
恐る恐る目を開ける。僕は部屋の床の上にいた。起き上がって自分の手を見る。
僕の体からは金色の淡い光が出ていた。
辺りを見回すが、彼女の姿はなかった。
「ねえ、どこなの?」
不安になって彼女を探す。
(ここにいるわ)
僕の頭の中に彼女の声だけが響く。
(今のあなたからは私の姿は見えないの。瓶の中を見て)
言う通り、出窓の上の瓶を見た。
瓶の中にはもう一人の僕がいて、眠ったようにしゃがみこんでいる。
それは身動きもせず、剥製のような僕で、死んだように、と言った方がいいのかもしれなかった。
「これは…」
(今のあなたの体は特別なの、瓶の中にいるのはあなたの抜け殻のようなものなの)
「抜け殻?」
(でも、あの体も生きているの。そして、あなたが戻ってくるのを、ずっとあそこで待っているのよ)
僕は僕の抜け殻を眺めた。
(いい? 最後の時までに、あの体に戻れなければ、あなたは天使になることが出来ないの。約束して。それまでには必ず戻ると…)
「分かった。必ず帰って来るよ」
(ねえ、どうしても行くの?)
立ち去ろうとする僕に、もう一度、彼女は聞いた。
「僕は、行かなければいけないんだ」
最後にそう言って、部屋を後にする。
階段を降りて扉を開ける。扉の向こうには眩しい太陽の光があった。
僕は久し振りの眩しさに目を細める。
こうして、僕は旅に出た。
2
『森』
僕は広大な小麦畑を、一路北に向かった。
北の方向にはどこまでも平野が広がり、限り無い大地の果てには、青い空と交わる長い地平線が見えた。
麦は大部分枯れていて、倒れた麦の間からは僅かな緑の下草が顔を出していた。恐らくもうしばらくすると、この下草が麦畑を覆いつくし、来年の小麦の栽培ができなくなるだろう。北の皇帝は一体、何を食糧にする気なのだろうか。
折り重なった麦をかきわけ歩き続けるのは、小さな僕にとってはかなり骨だった。
幾分、最盛期よりは光を減力したかに見える人工太陽は、それでも、僕をじりじりと照り付け、序々に気力を奪っていくかのようだ。
小麦畑の真ん中で苦闘しながら、引き返そうかと何度も思った。それでも、決心が付かず、僕は歩き続けた。
歩けば歩く程、家からは遠く離れ、引き返す考えは実行に移しづらくなっていく。
僕はとにかく、北を目指して進んで行った。
*
太陽が三周りする頃、視界の先に緑の山が見えてきた。
恐らく貯水池のある森なのだろう。
休憩を挟みながらではあるが、随分歩き続けたので、僕はかなり疲労していた。
それでも、森までいけば涼しく休めるだろうと考え、気力を絞って歩いた。
森に近付くにつれ、心なしか涼しげな風が吹いて来るように思える。
黄色い麦畑ばかり見てきた僕の目に、潤いをたたえた深い森の緑の色は、安らぎを与えてくれるように映った。
森からは小川が流れ出ているらしく、小さなせせらぎが踊りながら弾ける音が僕の耳にも届いた。懸命に音の方へ歩いて行く。
僕は小川の淵に辿り着き、その透き通る清水を手ですくった。水はひんやりとした感触を残し、手のひらからこぼれていく。
その水を顔に押し付けた。冷水の感触は、僕の太陽に照らされ続けた頬に、とても心地よかった。
僕は小川にそって続く山道を歩いた。
森はとても深く、静かで、特別な空気に包まれているようだった。やがて、登り道は直線になり、その先にとても大きな木が立っているのが見えた。
太い幹のその木は、道の真ん中に立ち、あたかも森の門のようにそびえている。いくつもの枝を方々に広げ、豊かに葉を茂らしたその姿は、堂々とした威厳をもって僕を見下ろしている。
僕は、木を目指して歩む。
坂道を登り切った僕は、その木をよく眺めてみた。近くで見る木は、周囲を圧するように大きく太い枝を伸ばし、年月を経た巨大な幹は、力強く大地に根を張っていた。それは恐らく、僕が過去に見た中では、最大の巨木であるように思えた。
僕が木を通り過ぎて先に進もうとした時、突然、木は喋った。
(おいおい、森に入るのに長老にあいさつがないなんて、あんまりじゃないか)
驚いて木を見る。
木の幹の中程には、柔和な老人の顔が浮き出て、僕を見下ろしていた。
「ごめんなさい。僕はまだこういう経験が浅くて、よく分からないんだ」
僕が慌てて言うと、木は大きな声で笑った。
(そんな事はまあいいさ。それより私は君の事を待っていたのだよ)
「僕の事を知っているの?」
(ああ)
そう言って、木は深く息をついた。
(知ってるとも、この年になると大抵の事は分かるもんだ)
「大抵の事?」
(そう。過去の事、今の事、そして未来の事も、もちろん君の事はよく知っておる)
木は僕を覗き込む。
「村人の未来の事も知ってるの?」
(彼等の未来についてかね?)
僕は頷いた。
木は少し難しい顔をして考え込んだ。
(なぜそんな事を聞く。君もそれは知っておる…)
「………」
(私はそれを知っているだけだ。どうする事もできん)
僕は木の答えに落胆した。
彼の苦悩に満ちた表情が、そのまま僕の挑戦の無意味さを示しているように感じられた。 木は僕の落胆を見て取ったのか、ゆっくりと話し始める。
(私はこの星に最初に植林された木の一本だった。私はこの惑星が地球化〔テラフォーミング〕された最初の木として植えられたのだよ。その頃はここもひどい所で、何度駄目かと思ったか分からん…。
しかし、人間はあれだけ苦労して造った土地を、一時の争いの為に破壊しようとしている。この年ではもう空気の変化には耐えれそうもない。これだけ住めばここも都だ。仲間達もここを気にいっておる。できればここを残してもらいたいものだ…)
木はそう言って遠くを眺めた。
(もう行くがいいよ。君も知っているとは思うが、あまり時間は残されてはいない…)
礼を言って歩き始めた僕の背中に、木が言う。
(若いの。未来は常に不安定なものだ。私も思い違いをする事だってあるかもしれん。今の君に出来る事は、恐らく、自分の道を信じる事だ…)
*
僕は森の中の貯水池についた。深い森に抱かれた青い湖は神秘的な程静まり返っている。
僕は岸辺の柔らかな草の上に腰を下ろした。 時折、心地好い風が水面を渡り、小さく波を作る。
3
『平原』
下りの坂を抜けるとやがて森は終わり、見渡す限りの荒野が現れた。
所々に低い黄色い草が生えているだけで、あとは岩が転がるばかりの乾いた土地が、遥か地平線まで続いている。
息を切らした僕は、岩の上に崩れるように寝転んだ。
シュッ・・・。
瞬間。空気を切り裂く鋭い音と共に、遥か彼方から金属の柱が飛んできた。
「うあっ」
慌てて首を潜める。
柱は僕の脇をかすめるようにして岩に突き刺さり、物凄い破壊力で、僕のいる岩を粉々に砕き飛ばした。
僕もその衝撃で激しく弾け飛ぶ。
激しく地面に叩き付けられた僕は、目を回してその場に倒れてしまっていた。
*
ひずめが駆け寄る音が聞こえたのは、しばらくたってからだった。
(大丈夫かい?)
倒れている僕の頭上で男の声がする。
首を振って顔を上げる。
そこには弓を持った半人半馬のケンタウロスが立っていて、僕に向けてがっちりとした手を差し出していた。
「ああ、何とか…。ありがとう」
僕は彼の手を借りて立ち上がると、服についた埃を払った。
「まったく危ない目にあったよ。何か鉄の棒の様な物が空から降ってきて…」
彼の肩に、頑丈そうな鋼鉄の弓と矢の束が担がれていた。まさしく、さっきの鉄の棒だ…。「すると、あれは君の?」
(ああ。悪かった…)
「………」
さすがに、腹が立つ。
(お前は何か誤解しているだろう)
ケンタウロスは、岩の方を指差した。矢の先にはまだら模様の蛇が刺さっていて、蛇は地面に刺さった矢を抜こうと必至にもがいている。
(俺も少し力の加減を間違えたがね)
彼はすまなそうに付け加える。
「そうか…、そう言う事か…」
僕はなんだかおさまらない気がしたが、彼に礼を言うしかなかった。
(長老から、旅人を案内するように言われて来た)
「長老から?」
ケンタウロスは僕を見る。
(北に行そうだな)
ケンタウロスはうなずいた。(湖のほとりまでおまえを連れていこう)
「ありがとう。助かるよ」
(そんなに遠くないが、今日中に着けるかどうか分からない)
僕は手を借り、彼の背に登って、弓矢の束をしっかり掴んだ。
(よし、用意はいいか?)
「ああ、多分…」
僕がうなずくのを確認して、彼は笑った。
(それじゃ、振り落とされないようにしっかり掴まってろよ)
彼は掛け声と共に走り始める。
彼の四本の足はすばらしい勢いで大地を蹴り、みるみる空気が加速していく。彼は上機嫌で走り続けたが、僕は恐ろしくて目をつぶり、彼の背にしがみついていた。
*
ケンタウロスは休む事なく疾走した。
岩場、草地、砂丘、湿地。刻々と変化する大地とは関係なく、彼の力強いひずめの音は一定のリズムを刻んでいく。
いくつもの小山や谷を越えた頃、南の人工太陽が、赤い夕焼けを残して南の地平線に沈み始めた。
南の太陽を眺めながら、やがて彼はその足を緩めた。
(もうすぐ、もう一つの太陽も沈んでしまう)
西の空では、人工太陽より光の弱いもう一つの太陽も、ゆっくりと地平線に向けて進んでいる。
ケンタウロスは、平原の一本の木の前に立ち止まり、僕を背中から降ろした。
(ここから池まではそんなに遠くはないのだが、悪いが今日はここであきらめてくれ。夜、これ以上進むのは危険なんだ)
僕は首を振った。
「ありがとう。君がいなければ僕は歩いて来なければいけなかったんだ。こんなに早く進めた事だけでも感謝しているよ」
僕が言うと、彼は少しだけ微笑んだ。
(平原の夜は冷える。火を灯して暖を取ろう) ケンタウロスと僕は、周辺の薪を一箇所に集めた。彼は木を擦り合わせる方法で火を起こす。
(いいか、君はここでじっとしてるんだ)
火が安定するのを確認して、彼は草原に出ていった。
やがて、太陽は完全に沈んでしまい、辺りは闇に包まれた。
それは、僕の初めて体験する『夜』だった。
火の光の届く範囲以外は、濃密な闇の世界が広がり、何か得体の知れぬ存在が、息を潜め、僕を観察しているように感じられた。
それは、とても不安な時間だった。
しばらくして戻ってきたケンタウロスの手には、二匹の野うさぎが握られていた。彼は手際よくそれを解体して火に掛ける。
(何があろうとも、今夜は絶対にこの炎のそばを離れるなよ)
うさぎを焼きながら彼は言った。(周囲はとても危険だ)
森を出た時、蛇に襲われた事を思い出す。
「蛇とか毒虫とかがいるの?」
(ああ、確かにそういうのもいる。しかし、最も危険なのは奴等だ)
「奴等?」
(今夜にも現れるかもしれん。奴等は薄汚ないが巧妙で賢い。奴等に捕まればおまえも八つ裂きにされてしまうだろう)
僕にはケンタウロスの言う『奴等』と言うものが、うまく想像できなかった。
「…ここにいれば大丈夫なの?」
(ああ、奴等は火を恐れる。しかし、奴等は狡猾だ。十分注意しろ)
僕はうなずいた。彼は続ける。(奴等は闇に潜み、罠を張り、通る者を待ち構える。俺も夜には行動しない。奴等は他のどんな生き物より残忍だ。彼等は闇の支配者だ。最近彼等の力は高まっている。恐らく、悪い徴候だ…)
彼はうさぎの肉を僕に投げてよこす。僕は肉を受け取り、歯で引きちぎるようにして口に入れる。
そして平原の夜は更け、いつしか僕らは、炎の前で眠りに落ちていった。
*
闇から響く呻き声で目覚めた。
それは大地に響くような低い唸り…、何かの邪悪な力に満ちている。
怖くてケンタウロスを見た。ケンタウロスは前足を立てて中腰の姿勢を保ったまま、火の前から動かないように、と僕を制した。
(来たぞ。気を付けろ)
彼は短く言って、周囲に目を光らせる。
呻き声は段々と大きくなって行き、僕達の周囲を幾重にも取り囲んだ。その声は苦痛の鳴き声のようであり、僕達を嘲笑する悪意に満ちた笑い声のようにも感じられた。
僕は彼の言った通り、火のそばから動かなかった。そして、燃えている薪を一本掴んで、松明のように前方へ振り翳してみた。
闇の中に一瞬、目のようなものが光る。
瞬間、黒い影が闇から飛び出した。
(グオッ)
それは二本の足でよろよろと歩きながら、僕の目の前で短い悲鳴を上げて倒れた。
背中に、ケンタウロスの矢が刺さっている。
黒い毛に覆われた悍ましい顔の開いたままの灰色の瞳が、鋭く僕を見すえている。牙の生えた口元には邪悪な笑みが浮かび、だらしなく唾液が溢れる。
『ライカンスロープ』
僕は家で見た幻想生物辞典を思い出した。
ケンタウロスの言う闇の支配者とは、狼に憑かれた人間の事だったのか。
ケンタウロスは威嚇するように闇に向けて矢を放つ。闇の奥で悲鳴が一つ上がり、獲物が地面に倒れる音がした。
やがて、他の呻き声も鎮まっていき、再びあたりに静寂が訪れる。
(どうやら仲間は引き上げたらしい)
ケンタウロスは燃え盛る木の棒を持ち、闇の中の死体へと歩み寄る。僕も恐る恐る彼に続いた。
木の棒を翳し、ケンタウロスは何かを調べるように、前足でその死体を突いた。
「これは?」
(邪悪な人間が死後、狼に姿を変えて平原をさまようんだ。それにしても数が多すぎる。最近はどうもおかしい)
彼は死体から矢を抜き、体を仰向けに返した。
黒い毛に覆われたあまりに醜いその姿に、僕は思わず息を飲む。
口は何かを叫ぶように目一杯開かれ、鋭い爪を持つ両腕は、空を切り裂かんとするように、堅く突き出されたままだった。
*
夜明けと共に僕達は出発した。
朝の平原は淡い霧に包まれ、ケンタウロスのひずめが緑の草に触れる度、玉になった夜露が弾けて飛んだ。
やがて、二つの太陽がその陽射しをはっきりとさせていき、大地の水分が湯気として空中に立ち上ぼっていく。
ライカンスロープの来襲が嘘のように、平原は平和な朝を迎えていた。大地にも空気にも生命の匂いが溢れている。
しかし、これだけが世界の真実の姿ではない。この陽射しの裏側には確実な闇があり、闇の世界には闇の世界を支配する異なった法則があるのだ。
やがて、霞みの向こうに淡い山影が映ってきた。
(もうすぐ池だ)
ケンタウロスが叫ぶ。脚元がぬかるんでいるのか、走るごとに黒い泥状の土が跳ね上がった。
やがて僕の視界の先に、低木でできた黒い森が見えて来る。
(よし、降りろ)
ケンタウロスは沼の岸辺に立ち止まり、低い姿勢をとって僕を背中から降ろした。
「ここが北の池?」
僕の足元の土は、十分に水を含み、踏みしめる度に沈むような感触があった。
(そうだ。俺が送ってやれるのもここまでだ)
沼の中には草に覆われた幾つもの島があり、そのずっと彼方に巨大な岩山が見えた。
「ここを越えていくの?」
(この先に渡し船を出している場所がある。そこまで行って、岩山に連れていってくれるように頼むんだ。あの岩山を越えると北の極が見えるはずだ)
「ありがとう。君がいなければ、僕はこんな所まで来れやしなかったよ」
僕はケンタウロスに礼を言った。
(本当に大変なのはこれからだ。岩山の向こうは南の太陽の届かない薄暗い世界だ。この季節じゃ、もう一つ太陽もほとんど登らないだろう)
僕は手を差し出した。ケンタウロスは、少し照れた表情で僕の手を握った。
(それじゃ、俺は君の旅の目的が果たされる事を祈るとしよう)
*
ケンタウロスと別れ、湿地を歩き出した。
冷たい泥水が僕の足の下でぬかるみ、靴の中に入ってきる。僕は不快な感触に少し嫌悪感を持ちながら、船を探して湿地を進んだ。(いてえな、この野郎!)
足に少し堅いゴムのような感触を感じた、とその瞬間。突然、地面がうねりだす。
僕は転んで泥の中に尻もちをついてしまい、服にも体にも黒い泥がこびりついた。
「ひどいな。泥まみれだよ」
(なんだ、おまえは俺の土に文句があるのかよ)
ゴムのようだと思っていたのは、赤い大きなミミズだったらしく、つるりとした頭をもたげて僕の前に立ちはだかった。
(ここの土はみんな俺が耕したんだ。俺の耕した所はいい土になると言って、木や草はみんな喜んでやがる)
「ここは君の畑なの?」
僕は聞いたが、ミミズは馬鹿にしたように首を振った。
(俺達は野菜なんか食わねえ。かわいそうじゃねえか、生きてる物を食うなんて。俺はその代わり土を食って生きてるんだ。なぜかって? つまり俺様はエコロジストだからだよ。俺に言わせりゃ、俺以外はみんな野蛮な生物だ。みんな腹がへったら土を食ってればいいんだ。そうだろ?)
「…………」
僕は土なんか食べれそうもないので、なんと答えていいのか分からなかった。
(フン、まあいい。俺にゃ目がないからよく分からねえが、どうやらおまえさんはこの土地の者ではないらしいな。目が見えねえ代わりに、神は素晴らしい嗅覚を俺にお与え下さったんだ)
ミミズは僕に頭を近づけて、匂いを嗅ぐ仕草をした。僕は薄気味悪くて嫌だったので、彼の体に触れないように体を避けた。
「僕は南の方から来たんだ」
(南からこんな所まで何しに来た?)
「北の極に行こうと思って」
(北の極?)
ミミズは何か考えるように何度も頷いた。「それで、この池を渡る船を出している場所を探しているんだ」
(渡し船? トードの船の事か?)
「知ってるの?」
(ああ、知ってるとも。古い付き合いだ。よし、話をつけてやるからついて来い)
ミミズは方向を変えて進み出した。ミミズは縮んだり伸びたりして進むので、進むのにずいぶん時間がかかった。僕は彼の進むスピードに合わせて歩いた。
歩いている間中、ミミズは僕に土を食べて生きる生活を勧め続けた。罪なく生きる方法であり、宗教的正義に立った哲学だとも言った。悔い改め、贖罪の日々を送るべきだと。
そして、僕に北に行くなと忠告した。
(あそこはよくねえ。とんでもなく寒いし、第一、土がまずい。おまえはよっぽど馬鹿か変わり者らしいな)
彼はよどみなく話し続けた。
僕は彼の講釈を聞かされ続けている間、何も言えず黙っていた。
*
トードは巨大なカエルだった。
彼は池のほとりの石の上に、どっかり腰を落とし、目の前に木の葉で作った小さなボートを浮かべていた。
トードはミミズが僕の事を話している間、退屈そうに僕を眺め、やがて大きなあくびをした。
(分かった。もういい)
ミミズの話が長くなると、トードはいびきのような醜い声で、その話をさえぎった。 (つまり、こいつを北の岸まで連れていけばいいんだろ)
(結論だけ言えばそういう事だ。しかし、こいつは北の極に行こうと行ってるんだぞ。あそこは地獄だ。こいつにそれをよく言ってきかせにゃ…)
(北の極に行こうと地の底に行こうと俺の知った事じゃねえ)
トードはいらいらした様子で喉を膨らますと、一気に空気を吐き出して怒鳴った。(おまえさんの無駄口はたくさんだ。少し黙ってやがれ)
ミミズは不満そうだったが、とりあえず口を閉じた。
トードは僕を見下ろすように睨む。
(おまえを北の岸に連れていってやろう。さあ、金を出しな)
「金?」
(ああ、蠅四匹だ)
トードは木の枝の先を見つめると、長い舌を伸ばして枝に止まっていた蠅をからめ取った。
「そんな物、持ってないよ」
(それなら、船に乗せる訳にゃいかねえ)
トードがそう言った時、ミミズが耐えられなくなって、またしゃべり出した。
(おまえは何度言っても分からんのか。蠅なんか食うのは止めろってんだ)
(うるせえ。てめえは黙ってやがれ)
トードは前足でミミズの頭を殴り付けた。(何しやがる。聖職者を殴って罪を重ねる気か)
ミミズも怒ってトードに頭突きを食らわした。トードははずみで岩から転げ落ちる。
(何が聖職者だ。脳もろくにねえくせに、てめえの足りない脳ミソで考える事など、みんな間違いって事よ)
そうして、二匹は取っ組み合いのケンカを始めた。
僕はトードに悪いと思ったが、トードのボートを勝手に借りて池に漕ぎ出した。枝を櫓にして船を進めると、やがて、トードの姿は小さくなって行った。
*
最初、ボートの上にある葉が何なのか分からなかったが、池の真ん中ぐらいまで来たとき、それが帆ではないかと気付き試しに立ててみた。
大きく広がった薄い木の葉は池の上を渡る風を拾い、ボートは滑るように水面を走り出した。
風はうまい具合に南から北に吹き、ボートは白波を立てて速度を増していく。
北の岩山が黒い岩肌を鮮明にしながらぐんぐんと近ずいて来る。
僕は快適に帆走して、それほどの時間を掛けずに北の岸に着く事ができた。
4
『岩山』
岸辺に立つ。
僕の眼前には、想像より遥かに巨大な岩山が立ちはだかっていた。
それは小さな僕にとって、あまりに困難に過ぎる試練である事は確実だった。
僕は、自分に言い聞かせる。
『この岩壁の向こうに、皇帝の北の宮はある』
僕は、更に自らの決意を鼓舞する。『そうなのだ。そこには、良心によって救われるべき村の人々が、命を賭した過酷な労働に晒されている…』
池のほとりに広がる緑の台地を登ると、やがて、黒い岩肌に辿り着いた。岩山は遠目以上に険しく、大きな岩が幾重にも積み重なっている。
僕は岩肌に手を掛けて、一歩一歩登り始めた。しかし、無駄に時間を浪費するばかりで、なかなか上には進まない。
途中、岩の間にテーブル状の場所を見付け、一休みして頂上の方向を眺めた。
頂上は黒い雲に覆われ、よくは見えないが、ここからは相当に遠そうだ。
僕は南の空を眺めた。
北の極に近いせいか、南の太陽の位置はかなり低い。明らかに弱々しくなった黄色い光が、池の水に長く反射していた。
まだ、太陽が沈むまで、時間はありそうだ。
一息ついて、また歩き始めた。
荒涼とした岩場にはただ風の音だけが鳴っていて、僕の歩く音以外の物音は全くなかった。山の上空には鳶が一羽、音もなくぐるぐると回わっていた。
*
山の中腹で、南の太陽が沈んでいくのが見えた。あたりは薄暗くなり、気温が少しづつ下がっていく。
僕は手元を確認しながら岩にしがみついたが、足場がよく見えず、登る速度は恐ろしく遅いものになった。
やがて、周囲が闇に包まれるようになると、気温が予想以上に下がり始めた。
ここから引き返すのは無理だった。
身を切るような冷たい風の中、僕は震えながらも上へと進んだ。暗闇の中、僕はかじかむ手で岩を探り、凍える足で足場を踏みしめる。
自分がどこにいるのか分からない。ただ、岩が切り裂く風の音が聞こえるだけだ。
凍えた体の疲労はさらに激しなり、動きが序々に鈍くなっていく。
どうしようもない恐怖に襲われた。
僕は助けを求めて叫びたくなったが、叫んだって誰も来てくれそうにはなかった。
*
どのくらい歩いたか見当もつかない。
僕はとうとう動けなくなり、その場に座り込んでしまった。
厳しい寒さに、確実に体温が奪われるのが分かる。
僕は震えながらもなんとか気力を振り絞り、立ち上がろうと試みる。
しかし、意思とは逆に、凍えた体は耐え難い睡魔に襲われるばかりで、意識は遠くなっていく。
*
遠い意識の中、ランプの光が、揺れながら近付いて来るのを感じた。
やがて、ランプを持った老人が僕の頭を抱え上げ、口に薬草のような物を含ませた。
僕はそのまま、眠りに落ちていった。
*
(どうじゃ、気がついたかね)
次に目覚めた時、僕の体には毛布が掛けられ、燃えさかる炎のそばに寝かされていた。 炎の上には鍋が掛けられていて、立派なひげをたくわえた小人の老人が、それをぐつぐつかきまぜている。
「ここは?」
(わしの家じゃよ)
そこは洞窟の中らしく、周囲には粗彫りされたようなごつごつした岩肌がむきだしになっていた。天井に通気口らしい穴があり、その周りには黒いすすがこびりついている。
(わしはたまたま薬草を取る為に遠出しすぎてな。途中で日が暮れてしまったのじゃが…、おまえさん、わしが通りがからねば凍死しておったぞ)
「あなたは?」
(わしはノーム。鉱山に住む精霊じゃ)
老人はそう言って鍋からスープをすくい、深い木の皿に移した。(さあ、食べなさい。体が暖まる)
僕は礼を言ってスープを口に運んだ。スープは薬草らしき草と、米を煮込んだ軟らかい粥で、喉を通る時、透き通るような不思議な味がした。
(おまえさんも見たところ、わしらと同じ小人らしいが、こんな所で何をしておった)
「僕は北に行くんだ」
(北へ、のう…)
ノームは難しい顔をした。(何か理由があっての事とは思うが、感心はせんのう。わしとて決して峠の向こうには行かんのじゃ)
「僕は南の農村にいたんだけど、村の人がみんな連れて行かれてしまったんだ」
(知っておる。北の極に人間が築こうとしておる、都にいったんじゃろ)
「彼等を助けようと思って…」
ノームはそれを聞いて首を振った。
(奴等はそれを望んどりゃせん。無駄な事じゃ…)
「………」
僕が何も言えずに黙っていると、ノームはそれ以上の事を言わなかった。
*
(ちょっとこっちに来るんじゃ)
僕が食べ終わったのを見計らって、ノームは僕を洞窟の奥に呼んだ。ノームはランプに火を灯し、洞窟の奥を照らし出す。
僕達がいたのは巨大な洞窟の横穴だったらしく、横穴の奥にはとても大きな空間が広がっていたのだ。
横穴を抜けた巨大な空間。
中央に二本の鉄のレールが敷かれていて、光の届かない彼方まで左右に果てし無く伸びている。
(北に行くならその恰好では寒かろうて)
ノームは、線路の脇に打ち捨てられたトロッコに頭を突っ込んで、中身を引っ掻き回し始めた。
「ここは?」
(鉱山じゃ。その昔、人間が奇跡の石を掘り出した…、さて、これが合うじゃろ)
やがて、ノームは一着の毛皮の上着を引っ張り出した。彼はその上着を僕に着せて、満足そうにうなずく。
(よく合っておる。これを着て行きなさい)
毛皮はずっしりとした感触があったが、その分、きびしい寒さからは、充分体を守ってくれそうだ。
「ありがとう。これだときっと暖かいよ」
僕が言うと、ノームはうなずいた。
ノームはランプを拾い、高い天井を照らした。
(この鉱山は今は使われておらんが、その昔、人間が石を掘り出しておったんじゃ)
ノームはランプの光を絞り、種火にする。
暗闇になった洞窟の壁面一面に、小さな青い光が散らばり、光の強さを変えながらゆっくりと点滅していた。
まるで、空間が呼吸をしているかのように、洞窟全体が不安定な光に照らされている。
「これが奇跡の石?」
(そうじゃ、石はそれぞれの光に限り無い力を秘めておる。人はその力をすこしづつ解放してやるだけでいいのじゃ。石の力は今でも南の太陽を動かていて、その力は全く衰えを知らん)
僕はその荘厳な光景に見とれ、洞窟の壁面をいつまでも眺めていた。
*
(よく気を付けるんじゃ、この先は、魔の支配する世界じゃ、峠の向こうに何が待つのか、わしもよくは知らぬ…)
翌朝、出発する前、ノームはそう警告した。(さあ、行くんじゃ。昼までには峠を越さんと、凍えてしまう)
僕はノームに礼を言う。
ノームのくれた上着は少し重かったが、とても暖かく、岩を登っていると汗ばむくらいだった。
僕は北へ向かい、峠を目指して歩いた。
岩場を過ぎると広大な氷河が現れる。辺りは常に白い霧に覆われ、吹き荒む風に乗った雲が、激しく形を変えながら次々と流れて行く。そこは草木一本無く、全く生き物の気配のない荒野だった。
僕は足元を見ながら、滑らないように一歩づつ歩いていく。
*
昼前に、なんとか峠に着いた。
峠の尾根に立った時、一時的に雲が晴れ、眼下の世界を見下ろす事ができた。
山の北側は、山の影になるせいで昼間でも真っ暗だった。低いながらも太陽が届く南の景色とは、まさに裏と表といった感じだ。
暗い景色の彼方、北の果てに、眩いばかりの明りを点滅させている場所がある。
あれが、目指す北の宮に違いなかった。
しばらく眺めていたが、あっと言う間に白い雲に閉ざされ、僕の視界は再び深い霧に奪われた。
僕は山を下り、影の世界へと入って行った。
5
『悪魔』
僕は岩山を下った。
山の北側では周囲は薄暗く、身を切るような冷たい風がいつも激しい音を上げて吹き荒れている。太陽は常に閉ざされ、山の稜線からは、褪せたような赤い光がわずかにこぼれるだけなのだ。
植物のほとんど成育しない凍てついた大地に、大きな岩がいくつも転がっている。
僕は荒れた平原を、北の都を目指して、懸命に進んでいく。
薄暗い風景の先には、白く輝く場所がある。 白い光は、上空に厚く垂れこめた黒い雲にも映り、周囲とは別世界のように荒野に浮かんでいる。
あれが、北の都なのだ。
村人たちがいる。皇帝の北の宮なのだ。
僕は一心に歩を進める。
*
前方の岩に鎧兜を着けた骸骨が座っていた。
骸骨は座った姿勢のまま、全く動こうとはしない。
俯いている為、骸骨の顔は見えない。
重そうな銀の盾は、自分の膝に預ける形で地面に置かれ、剣を握る右手にも力らしきものは全く感じられない。
死んでいるのかもしれないと思った。
僕はそのまま通り過ぎようとする。
(待たれよ)
錆び付いた鎧兜の軋む音と共に、骸骨は立ち上がった。重い金属音を鳴らして、渾身のしぐさで剣を振り上げる。
僕は鎧の下の顔を見る。まさしく、彼は一片の肉も残っていない完全な骸骨だった。骸骨は目玉のない眼窩を僕に向け、顎の関節を微かに鳴らして空気を震わす。
(私は不死なる者。安静なる死を求めてこの地へやって来た)
「僕は南の村から来たんだ」
(都へと行かれるのか?)
僕がうなずくと、骸骨は剣を振り上げ、真っ直ぐに振り下ろした。
(この剣は勇者なる者が持つ時、彼を救い。愚者なる者がこれを持つ時、彼を滅ぼす戦士の剣だ。おまえに授けよう)
そして骸骨はその輝く剣を僕に与える。
剣は、僕の小さな手に、あまりにずっしりと乗りかかる。
「この剣は…」
(やがて、忌まわしき獣が現れ、都へ近ずきし者を阻むであろう。おまえが剣にふさわしき勇者なら、その剣が都への道を開く。さもなくば、おまえは悪魔の手下によって切り裂かれるであろう)
僕は握った剣を持ち上げ、黒い空に向かって突き立てた。
剣は金属鏡のように白銀の光を放ち、風を切り裂いて鋭い音を立てている。
(やがて、この地には完全なる死がもたらされる。望む者はそれを得て、もし彼等が嫌うならそれを避ければよい。それが神の祝福とて、悪魔の業とてな)
骸骨は岩に腰掛け、最初の姿勢に戻った。
(さあ、行くのだ)
僕は更に北の都を目指して歩きだした。
*
獣の遠吠えが僕の耳に届いた。
目には見えないが、獣は注意深く忍びながら、僕の歩みに合わして移動をしている様子だった。
僕は力を込めて剣を握る。
獣は威すように、嘲笑うように、喉を鳴らして僕の周囲をうろつきまわる。
北の都は凍り付いた湖のほとりにあった。
白い四角い建造物群。中央に建てられた巨大きなドームを持つ皇帝の宮殿。そして、黒い雲に覆われた空に向かって、気高くそびえる尖塔。
既に、岩山の方角は真っ暗になっていて空に光はなかったが、北の都の放つ青白い光が、湖の凍った湖面をはっきりと浮かび上がらせていた。
僕は湖の氷盤に足を踏み入れる。
*
(待て)
獣が岩影から飛び出し、僕の進路に立ちはだかった。
二つの頭を持ち、蛇の尾をくねらせる邪悪な犬。
地獄の番犬ケルベロス。
突き出た巨大な牙と鋭い爪で、僕の体を切り裂こうと、涎を垂らして僕を見ている。
(おまえはこれより先に行けない。そして、もう後にも戻れない。おまえの下らない冒険もすべてここで終わりだ)
(都の奴等は太陽に焼かれ、おまえは俺に内臓を食いちぎられる)
僕は銀色の剣を空に向けて高く掲げる。
剣は光を鈍く反射して、青白く輝き、黒雲につき刺さる。
ケルベロスの二つの首が、低い唸り声を上げた。
(人生は目覚める事のない悪夢だ。奴等は労働を続け、太陽に焼かれて死ぬ。そして、痛みを抱えたまま、永遠に地獄の業火の中を彷徨う)
(おまえはここで尽き果て、天使にも英雄にもなれない。おまえの体は骨まで食われ、悪魔の手下として再生する。俺達のように…)
ケルベロスは低い姿勢を取って、ゆっくりと僕の方に近づいて来る。
(幻覚から覚めれば、それはまた幻覚だ。神に救いを求めれば悪魔に惑わされる。地獄の上にあるのは地獄だ)
(俺は完全なる世界を統括する獣。永遠なる地獄を統括する番犬。俺が地獄の番犬ケルベロス!)
獣は叫び声を上げて僕に襲いかかる。
僕は剣を振り下ろした。
青い血が氷の湖面に飛び散る。勇者の剣はケルベロスの二つの首の間に食い込んで、魔獣の体を縦に切り裂いている。
(グオアアーッ!)
ケルベロスの二つの首が、悍ましい雄叫びを上げる。
湖面を吹き渡る激しい風を突き破り、闇の世界に響き渡る悲鳴を残して、ケルベロスの体はゆっくりと崩れていった。
「ウォォーーーッ!」
僕は剣をケルベロスの体から抜き、血を噴き出す心臓めがけて、とどめの鉄槌を振り下ろした。
血の付いた剣を氷の湖面に突き立てる。
恐怖から解放された僕は、力なくその場に座り込んだ。
*
「ウアッ…」
僕の左足に激痛が走った。左足を抱えて氷上を転がり回る。ケルベロスの蛇の尾がまだ生きていて、僕の足首を噛んだのだ。
蛇は笑う。
(幻覚から覚めれば、それはまた幻覚…)
痛みの中で意識を失っていく僕の傍らで、蛇は笑いながら死んでいった。
*
やがて、意識を、取り戻した僕は、立ち上がり、氷盤を歩み始めた。
足はふらつき、頭が痛んだ。
北の宮は、眼前にある。この旅の終着地は、すぐそこだった。
僕は、都を目指して歩む。
降り始めた雪は、序々に激しさを増していき、白い氷盤の上を吹き荒れた。
蛇の毒のせいなのか、僕の頭は、激しく痛む。
氷盤は、都の光を映して、白く輝いていた。
城壁に囲まれた、巨大建造物郡が、闇の世界に、神々しいまでの光を放ち、その姿を明らかにしている。
それは静かに、そして鮮やかに、暗黒の世界に、金色に浮かび上がっていた。
氷盤の上に降り積もる雪をかき分け、白い息を吐きながら、凍える体を、一歩づつ前へ進めた。
都に近付くにつれ、頭痛は激しく重くなり、僕は、意識を、懸命に保たなければならなくなった。
*
僕は、苦労の末に、城壁に辿り着いた。
城壁は高くそびえ、黒い鉄門は、堅く閉ざされている。試しに、拳で門を叩いてみたが、重い響きの感触が、手に残っただけだった。
僕は、城壁を越える方法を、懸命に考えたが、重い頭痛が、思考を妨げる。
吹雪と寒さが、僕から、確実に体力を、奪っていくようだ。
城壁をよじ登ろうと、白いブロックの壁に手を掛けたが、蓄積された疲労が、僕の体を体を引き摺り降ろした。少し登っただけで、地面に向けて、ずり落ちる。何度も繰り返すが、繰り返す度に、自分の体が重くなっていく。
このままでは、僕は、城壁すら、越せそうにもない。
僕は、馬鹿だろうか。
都までやって来て、何をしているだ。
やがて、僕は、崩れ落ちた。
意識は、はっきりしていたが、頭痛の中に、思考は沈み込み、雪の上に、頬を付け、薄目を開けて、風景を、見ているだけだった。
僕は、このまま死ぬのか、僕は、一体、こんな所まで、何をしに来たのだろうか…。
自分の無力を、情けなく、呪った。
雪は、僕の体の上に、次々と積もっていくが、僕は、それを払うすべすら、知らなかった。
*
眼前に、悪魔が、現れた。
悪魔は、薄笑いを浮かべて、僕を見下ろす。
(不様な恰好だな)
僕は、目だけ動かして、彼を見る。
口を開いたが、微かに空気が洩れるだけで、声にはならなかった。
『僕は、都に行かなくては、ならないんだ』
(都へ?)
『村の、人々を、救うんだ』
悪魔は、笑う。
(そのざまで何ができる。ケルベロスの尾に刺された者は、昏睡の末、やがて死に至る。それがおまえの運命だ)
『ぼ、僕は、む、村に返って、天使になる…』
僕は、目を閉じた。僕の頭痛は、薄れていったが、同時に、意識も、遠のいていくようだ。
悪魔の、笑い声だけが、白い脳裏に、こだまする。
(おまえは俺の飼い犬を殺した勇者だ。おまえにチャンスを与えてやろう。おまえは自分の目で真実を確かめるがいい)
『真実…、だと…』
焦点の、合わない目が、微かに見上げる。
悪魔は、皮肉に、笑みを浮かべて、立っている。
僕の意識は、再び白濁に戻って行く…。
*
僕は、誰かの手によって、抱え上げられるのを感じた。革命軍なら、僕を殺すだろう。
薄れる意識の片隅で、まずい、とは感じたが、もはや、目覚める事も、かなわなかった。
代わりに、僕は、そのまま昏睡の彼方へと、落ちていった…。
6
『皇帝の北の宮』
病院らしき場所で目覚めた。
僕は白いベットに寝かされていた。
腕にはチューブにつながれた針が刺さっていて、その先の青い液体の入った瓶から、液体の雫が一滴づつ流れて込んでいた。
周囲を見回した。部屋の中には様々な機材があり、どこかから周期的な電子音が聞こえる。白い壁は緩やかな間接照明に照らされ、窓の外には光る塔が見えた。
僕は体を起こす。
*
「目が覚めたのかい?」
突然、背後から声を掛けられた。僕は振り返って声の主を確かめる。
そこには背の高い男が立っていた。男の頬には大きな傷があり、笑うと口がおかしな形に歪んだ。左目は義眼らしく、右目と違う方向を向いたまま、まったく動かない。
彼は足を引きずりながら、近づいて来た。
「僕だよ。覚えているかい?」
喋る度に、彼の唇の端から唾液の泡がこぼれる。「君と別れたのは、随分前だった…」 彼の奇怪な姿を恐ろしく感じ、僕の背筋に寒気が走った。
「あ、あの…」
「僕だよ。家庭教師をしていたクリスだよ」
「………」
僕は言葉を失い、彼を見つめる。
確かに背格好は似ていたが、その痛々しい風貌から、昔の彼を思い出すのは困難だった。 ただ、潰れた鼻に掛けられた丸い眼鏡が、僅かに彼の面影を残しているようだ。
「久しぶりだね」
「ク、クリス…」
僕の声は、驚きと恐怖にうわずった。「…生きていたのかい」
「政府軍は要塞の攻防戦で大敗を喫してね。僕は気を失って漂っている所を、革命軍に救われたんだ」
「村では全滅したって聞いたから…」
クリスはよろよろと歩き、僕のベットの横の椅子に腰を下ろした。白衣の下から覗いた右足が義足である事が分かった。
「運が良かったんだ。助かったのは僕だけだったからね。もっとも、おかげでこんな姿になってしまったがね」
クリスは口から空気を漏らすようにして笑ったが、僕は頬が引きつり、彼に合わして笑う事ができなかった。
「僕はここの人達を助けに…」
言いかけた僕を、クリスが制した。
「ここでは余計な事は言わない方がいい。でないと君は反革命分子として殺されてしまう。僕も彼らに洗脳された事になっていて、ここで医師として働いているんだ」
「するとクリスは…」
「心理学の知識が役立ってね。僕が本当に洗脳されていない事を、彼等はまだ知らないんだ。さあ、腕を上げてくれ」
クリスは僕の腕から針を外し、何かの測定器具を巻いた。「君の中の毒はもう消えているはずだ。僕はやつらに嘘の報告をして、君の回復にもう一日かかる事にしておくから、君は今夜ここを脱走するんだ」
「もうすぐ、南の太陽がここへ…」
クリスはうなずく。
「それは僕にも想像がついてる。政府軍の最終作戦として軍の中では随分噂になったんだ。犠牲を覚悟すればかなり効果的な作戦だからね。でも、僕が村の人達にそう言ったって、今の彼らが耳を貸してくれるとは思えない。実の息子の言う事なら君の両親も…」
その時、廊下に固い足音が響いた。
「とにかく、今夜目覚めたらここを出るんだ。表の扉の鍵を開けておくから」
クリスは僕の腕に注射を刺す。
麻酔のようなものらしく、僕の意識は序々に薄れていく…。
「容疑者の容態はどうだ」
「異常はありません。明日には回復し意識を取り戻すものと思われます」
「明日には裁判が行えそうか」
「可能かと考えます」
廊下から、クリスの報告する声が聞こる。
僕は深い眠りに落ちていった。
*
僕は暗闇で目覚めた。
扉の隙間から廊下の光が洩れていた。僕はベットを降りて立ち上がり、光を頼りに部屋の中を進んでいく。
無人の廊下はがらんとしていて、両側の銀の扉はどれも堅く閉ざされていた。
廊下の突き当たりの小さな扉が、わずかに開かれているのが見えた。扉は外から吹き込む風によって小さな音を立てている。
あれがクリスの言った扉だろう。
扉から外を覗いた。扉はかなり高い場所にあり、一瞬息を飲んだ。そこからは白い塔と宮殿に続く大通りが見渡せたが、付近には誰もいなかった。
扉の脇には鉄の梯子があり、目の眩むような地上まで続いている。
僕は梯子に飛び移り、ゆっくりと下へ降りた。雪は無かったが、冷たい風が鋭い音を立てて、垂直の壁面を駆け抜けた。
飛ばされないように梯子をしっかり掴んで、一歩づつ地面を目指していく。
*
地面に降りた時、見回りらしい車が、サーチライトで辺りを照らしながら大通りを走ってきた。僕は慌てて物影に身を隠し、何とか車をやり過ごした。
僕は大通りを渡って、狭い路地に入る。
路地の両側にはアパートのような建物が並んでいて、規則的に並んだ扉のそれぞれに数字が書かれていた。このどこかに、父や母や村の人々が住んでいるに違いない。
僕はその部屋を捜して路地を進んだ。
*
路地は複雑に入り組み、まるで迷路のようになっていた。住居の多くには明りが灯っていたが、外出する人はないらしく、通りに人影は全くない。冷たい風が埃を巻き上げるようにして狭い路地を駆け抜けていく。僕は上着の襟をつかんで前へ進んだ。
僕は住居地区の真ん中らしい場所の円形広場に辿り着いた。石畳の広場の中心には青く光る丸い輪が埋め込まれてあり、その輪の中に白い石柱が立っている。
僕は石柱のそばに寄って、それを見上げた。
黄金色に照らし出されたその石柱には、東洋のものらしい複雑な文字が刻まれている。
その折れ曲がった先端は、空の一点を指していた。
『地球』
僕は石柱に刻まれた文字の中で、唯一この文字だけを判別する事ができた。
あるいは石柱の指し示す方角に地球があるのかもしれなかったが、極地の空には黒く厚い雲が風に乗って渦巻いていて、その向こうにあるであろう星空を見る事など、不可能だった。
「何をしてる!」
突然、背後から声が掛かる。
僕は驚いて振り返る。そこにいたのは、革命軍の制服を着た少年兵だった。少年は長い銃身の銃を構え、神経質な視線を僕に向けている。
「僕は…」
「夜間の外出は禁止されている。不審者は連行するよう命じられている。こっちに来い」 僕は二、三歩彼の方へ歩くふりをして、彼の足もとを駆け抜けた。彼は一瞬驚いて銃を地面に落としたが、慌ててそれを拾い上げ、僕に向けて乱射してきた。僕は路地に逃げ込み、迷路の中を走り抜ける。
やがて、耳をつんざくようなサイレンが響き渡り、街中の窓に明りが灯った。
物影に潜み、僕は行き交う人々から身を隠した。
建物の間の狭い隙間に入ると、そこには金属の細いパイプ張り巡らされていて、両側の建物の壁に刺さりながら上に向けて伸びていた。僕はそのパイプを掴み、左右に移動しながら、屋根を目指して登っていった。
屋根には赤いタイルが張られていたが、それ程強く固定されてはいなかった。
僕はわずかな隙間をこじあけて、屋根裏に潜り込む事に成功した。
屋根裏は、下の部屋から暖かい空気が登ってくるため、凍える事なく過ごせそうだ。
僕は屋根の隙間から外の世界の喧騒を眺めた。
外の路地では、憲兵や住民が路地の隙間や物影をくまなく覗き、僕を捕らえようと捜し回っていた。僕はその光景をしばらく見ていたが、やがてウトウトと眠りだしていた。
7
『罪と罰』
翌朝、けたたましいサイレンに叩き起こされた。
屋根の隙間から覗くと、町中の投光機に火が入り、辺りがまるで太陽が登ったかのように明るくなっているのが分かった。
すぐに人々が扉から飛び出してきて、路地に整列をした。そして、憲兵を先頭にして広場に向けて行進を始める。
やがて広場に集まった人々に、浴びせるようにおかしな音楽が流された。
広場のあちこちにあるスピーカーは、それぞれが全然違う音楽を流し、それぞれの曲には、男や女の声で囁くような言葉が混じっている。
『労働は楽しい』『革命万歳』『皇帝陛下は偉大だ』…
時々、洩れ聞こえる言葉もあったが、ほとんどは様々な音や言葉がでたらめに混じりあっているだけでよく聞き取る事ができなかった。
その音楽を聞いてしばらくすると、人々は口々に何かを叫びながら、笑い声を上げ始めた。ある者は手をつなぎ踊りだし、ある者は飛び跳ねながら何かを叫んだ。
憲兵は、無表情で彼等を取り囲み、銃を抱えて出口を塞いでいた。
*
男も女も子供も、建築現場では驚くほど組織的に動いた。男達がロープで鉄骨を持ち上げ、女達がそれを正しい位置に保ち、子供がよじ登って建物に固定した。
ある者は建材を運び、ブロックを積み、壁を塗った。ある者は石を取り除き、地面をならし、穴を堀って基礎を作っている。
彼等はほとんど休みを取らないが、全く疲れた様子も無く働き続けた。
憲兵は銃を構えて、遠巻きに人々を監視していたが、人々が強制されて働いているようには見えなかった。
*
労働終了の時間になると、再びサイレンが鳴り、投光機の光が消された。しばらくすると、人々がざわざわと家路につき始める。
その中の一団に、村の人達の姿を見付けた。そこには村長もアルベルトもエレーナもいる。
僕は屋根に這い出して、彼等の後を追った。
列の中程に、両親の姿も確認した。
彼等はみんな穏やかな笑みを浮かべて歩いている。
やがてある地区で解散すると、みんな周囲の家に入っていった。
人がいなくなるのを確認して、僕は建物の隙間を注意深く降りていった。そして、父と母が入っていったアパートに近寄る。
僕は窓枠に登り、中の様子を覗いた。
暖炉には赤々と火がたかれ、僕の母がその前に座っていた。父は皮の上着を着て、壁に掛けられた火掻き棒を掴んでいる。
僕は窓を叩いた。
母が僕に気付いて窓を引き上げた。
「おまえは…」
「母さん」
母は僕の手を取って、部屋の中に招き入れてくれた。
「おまえ、こんな所まで何をしに来たんだい」
「僕はみんなを助けに来たんだ。この都は近い将来、南の太陽で焼かれるんだ」
それを聞いた母は、困った顔をした。
「何故こんな所に来た。この役立たずめ!」
父が僕に向かって怒鳴る。「あの瓶の中でおとなしくしていれば良かったんだ」
母も、父の意見にうなずいた。
「そうよ。父さんの言うとうりよ。あなたはここへ来るべきではないわ」
「………」
彼等は革命軍のせいでどうかしてしまっているのだ。僕は、何とか彼等を説得しなくてはいけない。「僕は瓶の中で知ってしまったんだよ。政府軍が南の太陽を使って反撃に出るんだ。もうあまり時間はない。早く逃げないとみんな死んでしまうだよ」
父は厳しい目で僕を睨みつける。
「分かってるのか、今、おまえは革命思想を侮辱したのだぞ。皇帝陛下の都が政府軍の攻撃に屈すると本気で思うのか!」
「おまえは本当に何も分かっていないのだね」
母は悲しそうな目で僕を見る。
「違うんだ。僕は本当に…」
「おまえは今、捜索命令が出ているお尋ね者だ。私はおまえを軍に引き渡さなくてはならない」
父は棒を振り上げて僕に近づいた。
「おとなしく父さんの言う事を聞くんだよ」
母は心配そうに様子を見ている。
「父さんも母さんも騙されているんだよ。みんな村にいる時は、もっと幸せだったじゃないか、あんな厳しい労働なんてする必要はなかったよ。ねえ、目を覚ましてよ…」
「うるさい!」
父は僕に向けて思い切り棒を振り下ろした。棒は僕を掠めて床に当たり、真っ二つに折れた。「クズめ! どれだけ俺達を失望させるつもりだ! おまえのせいで、俺たちは…、そして今や、この皇帝陛下の都に来てまで…。 おまえは悪魔の子だ。分かるか? おまえは俺達に取り憑いた悪魔なんだ!」
父の瞳は、理性では押さえられない程の、激烈な怒りに燃えていた。
「ああ、なんて、不幸な定めなんだい…」
母は顔を押さえて泣き崩れる。
*
「見つけたわ!」
父が僕に手を伸ばした時、窓の外で声がした。
エレーナだった。
エレーナが窓から僕達の様子を覗き、金切り声を上げている。
「エレーナ!」
僕は叫んだが、彼女は無視するように大声で人を呼ぶ。
やがてドアは蹴破られ、人々がなだれ込んで来る。
「反革命分子め!」
一人の兵士が人々をかき分けて入ってきて、ためらう事なく銃を乱射した。
父と母は、それぞれ手で遮るような仕草をしたが、弾丸は容赦なく手の平を突き破り、顔や体にめり込んだ。彼等は跳ねるように飛び回り、やがて床に倒れた。
「何て事を…」
僕は顔を上げて兵士を見る。「き、君は…」
親友だったタケシが立っていた。
タケシの捧げ持つ銃の先からは、白い煙が上がっている。
「皇帝陛下は反革命的なおまえを寛大な処置によって村に残した。なのにこんな所までのこのこ来やがって」
「僕は君達を助けるために来たんだ」
「助けるだと」
タケシは鼻で笑った。「調子に乗るんじゃねえぞ、…ネズミ野郎」
「ハハハハハ…」
それを聞いて、回りで見ていた人々が、エレーナまでもが、笑った。
「………」
「命令ではおまえを逮捕しろと言われている。しかし、逃亡するなら射殺をしてもよいとの許可が出ているんだ」
タケシは銃口を僕に向ける。
僕は血を流して床に倒れる父母を見た。
両親は僕が生まれた時から、ずっと僕を重荷にして生きて来なくてはならなかった。
彼等を助けるために来たつもりなのに、僕は彼等をこんな災いに巻き込んでしまった。 僕は両親にとって、本当に悪魔の子なのかもしれない…。
「ククククッ…」
「裏切り者め。まったく、いい気味だ…」
村人達は両親の死体を見ても平然と笑っている。彼等を説得する事など、とても不可能な事に思えた。
もっとも、父と母をこんな目に合わせて笑っているような人々を、何故救わなくてはならないのか、僕には分からなくなっていた。
僕は後退りして暖炉に近づいく。
「動くな。じっとしてろ!」
タケシが僕に照準を合わせる。
タケシが引き金に手を掛けた瞬間、暖炉の薪をタケシに投げ付けた。
そして、タケシがひるんだすきを見て、僕は窓から飛び出す。
「待て。畜生め!」
タケシは慌てて追いかけて来て、僕に向けて射撃を始めた。
僕は狭い路地を走り抜けて大通りに出た。
大通りは、皇帝の宮殿から正門まで一直線に伸びていた。
大きな門の方向に真っ直ぐ走る。背後からは銃の発射音と、多くの軍靴が走り寄る音が聞こえた。弾丸が足もとで弾ける。僕は全力で走る。
その時、脇の道から一台の救急車が飛び出してきて、僕と彼等の間に割って入った。
「乗るんだ!」
扉が開いた。運転席にはクリスがいた。「さあ、早く乗るんだ!」
クリスは手を伸ばし、僕の腕を掴んで助手席に引き上げ、扉を閉めた。その瞬間、窓に被弾してガラスの破片が飛び散る。
「クリス。こんな事をしたら君も…」
「さあ、出発するぞ」
クリスは車を門に向けて発進した。クリスは運転しながら、僕に一枚のカードを差し出した。「車を門の前に止めるから、君はこれを装置に差し込むんだ。僕は医師として、このIDで門を自由に出入りする事が認められているんだ」
話している間にも、弾丸が次々と車体に命中するのが分かった。
「クリス。君だけでもまともでいてくれてよかったよ。ここから逃げたら政府軍に救出を求める方法を考えよう」
「…さあ、降りるんだ」
クリスは門の前で車を横向きに止めて、僕を車から降ろした。クリスは、車の窓を開け、迫る追っ手に銃を撃ち始める。
車から降りた僕は、門の横にある機械を調べた。光る表示版の上にカードを差し込む場所があるのを見つけ、そこによじ登る。
カードを差し込むと、門は低い軋みを上げながらゆっくりと開き始めた。
「クリス。開いたよ。行くんだ」
僕が再び車に乗ろうとするのを、クリスは遮った。
「こんな物で逃げれば、連中はすぐに追って来る。君一人で行くんだ」
「クリスを置いては行けないよ」
クリスは銃を下ろして僕を見た。
「僕はこんな体だ。君について逃げる事などできないんだよ」
そして、クリスは僕に向けて静かに手を差し出した。「本当の僕は、彼等に捕らえられた時に死んでしまっていたんだ…。分かってくれ」
僕は、以前にクリスを見送った時のように彼の指を握った。彼の指は前よりも幾分ごつごつして、力強い印象を与えた。
「残念だよ。クリス」
「僕もとても残念だ。君はとてもいい友人だった。君とはもっと色々な事を語り合いたかったよ」
「さようなら、クリス…」
「ああ、…さようなら…」
僕は車を降りて門へ向かった。
僕が門を出た所で振り返ると、クリスの乗った車が激しく火を吹いて炎上しているのが見えた。
そして、門はゆっくりと閉じて行った。
*
僕はしばらく歩いた所で再び都を振り返った。
門は堅く閉じられ、追っ手がやって来る姿は見えなかった。
暗黒の世界。
氷上に浮かぶようにそびえる北の宮は、最初に見た時のように、神々しく、静かに輝いていた。
黄金色に輝く宮殿のドームや、天に伸びる高い塔の姿がにじんで見える。
僕は泣いていた。
声を出さずに僕は泣いた。
北の宮を取り囲む山脈の上に、微かな太陽の光が差していた。雲の切れ間からは輝く星々が見え、青く輝く人類の母星である地球の姿も見えた。
僕は光の世界と暗黒を分ける岩山を目指して、来た道を引き返す。
涙は次から次へと溢れ、僕の小さな頬を伝って流れて落ちた。
〔エピローグ〕
『暗い窓辺の向こうへ』
ケルベロスの屍を片足で踏み付けながら、悪魔が立っていた。流れ落ちたケルベロスの青い血が地面を伝って湖へと流れている。
血は音を立てながら凍った湖面を溶かし、白い湯気を上げていた。
(悪魔はそれほど邪悪な物じゃない)
悪魔は唇を歪めて笑いかけた。(神なんて者がいるのかどうかは知らないが、もしいるのなら、恐らく俺は、奴の意思で造られたに違いない)
「神の意思?」
(そうだ。この世には快楽よりも、苦痛の方が遥かに必要とされるものだ。人は常に自ら不幸への道を選ぶ)
「僕は…」
悪魔を見上げる。「僕は今、あえて君に反論する気はないよ」
(ハハハハ…)
悪魔は大きな声を上げて笑った。(世界には罰が満ちている。何故なら、それが必要とされるからだ)
「そして、それを司るのが君だ」
(…おまえは理解が速いな)
「僕が天使になるとしたら」
僕は悪魔に聞いた。「それは罰なのかい」
(そうだ)
悪魔は答えた。(おまえもおれも罪にまみれている。だから、それぞれの方法でそれを他の者になすり付けるのだ)
「………」
僕はうなだれた。
悪魔が僕に手を差し出す。
(さあもういいだろう。これ以上、俺の邪魔はするな。さあ、おとなしく家に帰るんだ) 僕はうなずいて、悪魔の方に歩み寄る。
悪魔は僕の体を掴み、稲妻と共に天空へと放り投げた。
僕の体は空気に溶け、風と共に空を舞った。
*
その時地球政府軍は、太陽の届かない極寒の惑星へと追われていた。
それでも、圧倒的な生産力を誇り、物量に勝る革命軍は政府軍をこの宇宙から抹殺せんとするかのように、さらに攻勢を強めていた。
もう目と鼻の先に迫った革命軍を前に、政府軍の指令部はある決断を迫られた。
その作戦は、月の前線基地を失った時から検討され続けたものだった。その決断は戦局を大逆転させうる可能性もあったが、同時に失うものが余りに多すぎた。
地球政府軍の提督は、連日各国の代表を集めて作戦行動の是非を議論した。しかし、それ以外に取り得る起死回生策などありそうもなく、そして、そうしているうちにも革命軍は確実に政府軍基地に迫っていた。
裁決に於いて賛成したのはごく少数の国にすぎなかったが、他の国は敢えて反対する事もなく、多くは裁決を棄権すると言う態度を取った。
そして、作戦は決行される事になった。
*
地球政府が基地を構える惑星軌道上では、作戦遂行の時間を稼ぐ為の行動が取られた。 政府軍はありったけの戦力をかき集め、革命軍の前線隊に中央から対した。
革命軍はそれを、政府軍が最後の戦いに出たものと考え、付近の戦力を集中して一気に政府軍の殱滅を図った。
激しい戦火の中、高速戦艦に守られた三機の大型ミサイル母艦が、包囲網をかいくぐるようにして密かに基地を出航した。
艦隊は発見されにくいように小さな隊列を組み、最大速度で革命軍のレーダー網を破り、一路、開拓星を目指す航路を取った。
決して失敗の許されない作戦だった。
作戦に参加した兵士の中でも、作戦の実際の目的を知る者はほとんどいなかった。
燃料タンクを増設して、推力の強化を計るべく改造された九機のミサイルは、その代わり、弾頭部分に火薬をまったく積んでいない代物だった。
*
僕は大地を渡る風に乗り、湖面に波を立て、平原の草木を揺らした。僕は遥かな地平線を眺めながら村を目指す。
南の太陽は、これから起こる事を知らないように軋みを上げて、開拓地の上空を回っていた。放置された麦畑は荒れ果て、黄色く伸びた雑草が風になびいていた。
そして、僕はつつましい農家の二階に置かれた青い小瓶に戻って来た。
僕は空を眺めた。
暗い窓辺には相変わらず日が差さなかった。
僕は空を眺めた。
やがて赤い炎に包まれるであろう、北の空を眺めた。
*
(帰って来たのね)
彼女は、暗い窓辺の青い小瓶に戻った僕を、とても優しく迎えてくれた。
「僕は、一人で帰って来たよ」
そう言うと、彼女は僕を包み込むようにした。
(仕方がないの。あなたのせいじゃないわ。もう、忘れなさい)
「…悪魔が言ったよ。僕は罰として天使になるんだって」
彼女はそれについては答えなかった。
(何も考えては駄目。忘れるの。あなたは何でも考え過ぎるのよ)
僕の目から涙が溢れる。
声を上げて泣く僕を、彼女は優しく撫でてくれた。(仕方がないのよ。決められた事には、誰も逆らう事は出来ないのだから…)
*
政府軍のミサイル艦隊は、開拓星の人工太陽を追尾する軌道に乗った。三隻のミサイル母艦は高速戦艦から離れ、南の太陽に限界まで接近していく。
ミサイル艦は九門の発射管を開き、あらかじめ計算された地点に向かう。
艦隊は三角形に隊列を組み、静止と同時にミサイルを発射した。ミサイルは巨大な炎を吐き出し、軌道を自律的に修正しながら太陽の目標地点へと向かう。
直後、ミサイル艦隊は、すぐに太陽から距離を取るべく向きを変え、開拓星から全速で離脱を始める。
ミサイルが太陽に突き刺った。
太陽からは巨大な火柱が上がったが、ミサイルはそれ以上の炎を上げて、巨大な推力で太陽を押し続けた。
そして、太陽は、本来の軌道を外れ、ゆっくりと北へ向かい始める…。
*
僕は、暗い窓辺ですべてを見届ける。
太陽が北の空に消え、しばらくすると空が赤く光った。
僕の視界は白く輝く。
次の瞬間、激しい爆風と炎が僕の周囲を眩しく包んだ。
村は爆風に飛ばされ、僕の小瓶は空高く舞い上がる。激しい炎に包まれ、小瓶も僕の体も全ては溶けて蒸発していった。
大爆発の中、僕と彼女はゆっくりと開拓地を離れ、空に登って行く。
激しい光りはやがて収まり、再び宇宙に暗闇と静寂が戻った。
*
僕は天使になった。
僕は彼女を見た。
そこにいたのは、かつて僕を救うために溺れて死んだ、猫のロマノフだった。
「やっぱり、君だったのか…」
ロマノフは目を細くして、ただ、微笑んだ。
*
上半分が吹き飛び、いびつな形に変形した開拓星は、小爆発と崩壊を繰り返しながら、ゆっくりと本来の軌道を離れようとしている。
軌道を外れた開拓星は、多くの破片を伴いながら、太陽に向けて航行を始める。
太陽の強力な重力に引き寄せられ、星の残骸は序々に速度を上げていく。
そして、その進路上には青く輝く緑の惑星、人類の母星である地球があった。
あくまで緩やかに、その二つの星は衝突地点を目指して進んでいく。
まるで運命に導かれるように…。
*
「これですべては終わるの?」
涙を拭って、僕は聞く。
彼女は静かに首を振った。
「終わりなんてないの。すべては永遠と言う物語の一部に過ぎないのよ」
「ぼ、僕は…」
言葉を捜す僕を、彼女が制した。
「何も考えては駄目。すべては忘れるの」
「僕は、そんなに強くは、なれないよ…」
彼女は僕の呟きに構う事なく、言葉を続ける。
「今までとは違って、これから先はずっと長いわ。私達のような存在は、それに耐えて、永遠に生きていかなくててはならないの」
「永遠?」
「そう…」
彼女は僕に向けて微笑んでいた。
それは昔、彼女が僕を村外れの教会を見下ろす大木の上に連れて行ってくれた時と、まるで同じ微笑みだった。
僕も、何とか微笑みを返す。
「…ああ、頑張ってみる…。僕なりに…」
僕は、本当は、全てを悟っていた事に気が付いた。
もちろん、この物語の始まりからだ。
だけど、正直に言うと、物語の終りについては、まだ、何も分かってはいない。
それについては、誰も、決める事なんて出来ないだろ?
未来は常に、不安定な物なのだから…。
*
「もう、行きましょう」
彼女は僕の手を引いた。
僕は、彼女の導くままに、柔らかな宇宙空間を登って行く。
握られた彼女の手は暖かく、僕にはとても、心地がよかった。