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第五話 吐露

 「いやー、にしてもお前とここに来るの久しぶりだな」


 「そうだね、ずっと俺が断ってたからな」


 「ったくよ、やりたいことがあるって永遠に断られるから嫌われたのかと思ってたからな」


 「そんな事ないよ、ただあの時は……まじで忙しくて」


 「忙しいって何してたんだよ」


 俺は言葉に詰まった。小説を書いてて、なんて言えるわけがない。嘲笑されて、そんなことの為かよ、なんて言われて終わりだ。


 俺は少し言葉を濁した。


 「ま、まぁ、色々とね」


 「なんだよそれ、教えてくれよ、気になるじゃんか」


 「秘密だよ、それよりどうして急に俺を飲みに誘ったんだよ」


 これ以上詰められると危ういと感じた俺は咄嗟に話題を変えた。すると「いや実はさ」と言い、どこか恥ずかしそうに言葉を発した。


 「実はよ、友達と喧嘩してさ、どうしたら仲直り出来るか、相談したくて」


 氷と酒が入ったグラスを揺らしながらオドオドしていた。俺は少し笑いを堪えるのに必死だったが、こいつとしては深い悩みなのだろう。


 「仲直りねー、素直に謝れば良いだろ。俺が悪かったって、土下座すれば解決よ」


 「いや、それがさ、SNS上での友達だからリアルには会えないんだ」


 SNSって……そんなやつと喧嘩したのかよ。確かにそれじゃあ土下座なんて出来ないな。


 「だから、ブロックされたら終わりなんだよ。永遠に喧嘩別れしたままだし、なんとかしたいんだよ」


 少し焦りながらそう言うと酒を口に運んだ。ブロックか……そうだな、したらもうおしまいだ。ブロックしたやつが解除しなければ、謝る機会すら得られない。


 「でもなんで喧嘩したんだ、ゲームで暴言吐きまくったのか?」


 「ちげーよ、そんな事しないわ。これも少し恥ずかしいんだけど」


 そう言ってやつは手招きをした。耳を貸せの合図だ。俺はそっと耳を預けると周囲には聞こえないような小声で言った。


 「俺、小説書いてんだよ」


 俺は空いた口が塞がらなかった。こいつが、小説を? んな馬鹿な……いやでも自分で言うからには本当なのか……? 小説を書いているやつがこんなにも近くにいるなんて……


 「誰にも言うなよ、秘密だからな」


 「お、おう。分かった、それでどうやって喧嘩したんだまさか―――」


 その時、俺は無意識に言葉を出していた。どうしてそれが出てきたのか、それは今でも分からない。


 「自分の小説はすげぇぞって自慢でもしたのか?」


 「なんで分かったんだ……?」


 驚いて固まっている姿を見て俺はようやく自我が戻ったように感じた。

 俺が言った言葉、それは「あいつ」と俺の関係だったからだ。


 「自慢っていうか、評価貰えたぜーとか、こんなに見て貰えたぜーって送ってたんだけど。


 自分で言うのもなんだが、俺の小説は人気が出て、友達のは受けが悪かったんだ。それを気にしてただろうに、それに気が付かずに俺はあいつの傷を抉ったんだ」


 俺はただ唖然とそれを聞いていた。あまりにも状態が似ている、いや、そんなはずは無い。そんな偶然はない。


 「マジでどうしたらいいかな、ただ謝るだけじゃあいつがもっと傷つくかもしれないし」


 そうだ、その通りだ。

 ただの謝罪なんていらない。放っておいて欲しいんだ。悪気がないのはきっと言われた側も知っている。だが、吐いた唾は飲めないんだ。


 その後、いくら謝罪の文を送って関係を繕おうとしても空いた穴は塞がらない。もう永久に、謝罪なんてもってのほかだ。火に油を注ぎ、憎しみや怒りが深くなるだけ。


 だって、俺がそうだったから……


 「ほ、放っておいた方がいいんじゃないか? 別に歩み寄ろうとしなくても―――」


 「いや、ダメだ。そんなの俺は嫌だね。しっかりと謝りたいんだ」


 「そ、それじゃあさ、話題を変えて別の話をしようとか?」


 「それは俺も思いついた、最後のDMから時間が経過して俺はインタビューを受けることになったんだが、その時に活動を支えてくれた相棒としてそいつについて話していいかって聞いたんだ。


 待ち待った返信が来たんだけど、暴言を吐かれてそれっきりなんだ」


 俺はそれを聞いて確信した。こいつは……俺がずっと憎んでいた作家だった。四年という歳月をインターネット上で共に過ごし、大学で偶然出会った。

 表では大事な友だったが、裏では俺はこいつのことが憎くてたまらなかったんだ。


 こいつは「ユラユラのユリ」というペンネームで活動しているに違いない。


 「なぁどうしたら良いかな」


 「もう、放っておいてやってくれ」


 「……?」


 「そいつは多分、別の道を歩いてるから何もしないほうがいいんじゃないか」


 「別の道か……確かにそうかもな、数日前、毎日投稿してたのに作品の更新が止まってたんだ。

 お前の言うことも一理あるかもしれないな。マジで、あの時に戻りたいな、あの失言がなかったら多分あいつは俺よりも人気になってたのに、俺のせいだわ」


 「いや、そんな事ないよ。お前は悪くない」


 (違ぇだろ俺。全部こいつが悪いんだよ、こいつが横取りしたんだ。俺のなるべきだった姿を、俺の居場所を)


 「そんなことない、もっと考えるべきだった。あの時の俺は調子乗りすぎだ」


 「嬉しいことがあったら誰でもそうなるよ」


 (ざっけんな、調子乗りすぎ? 嬉しかったから? 舐めんじゃねぇよ、てめぇのせいで俺は年単位の時間を無駄にしたんだ、返せよ。つーか、てめぇからの謝罪なんていらねぇから)


 「俺、あいつの作品好きだったんだよ」


 「……?」


 「実はさ俺が小説を書く上でずっと参考にしてたのあいつの作品だったんだよ。伏線の張り方とか、文体とか、もちろん他の作品に影響を受けたものはあるけど一番はダントツであいつだったな。


 なにせ二年間も読み専仲間だったし、なにより初めてDMをくれたのもアイツだったし。竹馬の友だった」


 「じゃあさ……なんで、なんでさ」


 「ん? どうした?」


 「俺を追いて行ったんだよ……俺の小説を読んでるならさ、言ってくれよ……感想でもDMでも良いからさ、お前のは面白い、参考になるって、その言葉だけで俺がどんだけ救われるはずだったと思う?」


 「お前、何言って……………まさか、お前が」


 「俺はあんたが憎かった、俺とは違って夢に近づいていくお前が、煌々とランキングに輝いてみんなから期待の星だなんて言われるお前が心底に憎かった。


 その時の俺はどんな気持ちでいたと思う?


 自分と同じ時期に初めて、同じ時間読み専をしていて、俺には才能がないからって言って俺を置いていってよ!

 俺はお前が憎かった、ずっと、今も!


 そんな時にお前がかけた言葉がpvやポイントの話だ。そりゃあお前はさぞ嬉しかっただろうね。まさか才能がないって言っていた自分の作品をこんなに評価してもらえるなんて、読んでもらえるなんて。

 

 その時俺はどんな気持ちでいたと思う? ずっと近くいた人間は才能がないって言い切って、どんどんサイトで人気を得ていく。一方で俺は落ちこぼれ、作品の山に埋もれてお前とは正反対。

 

 お前が成功例だというなら俺は失敗例だ。どうだ? 楽しいか、嬉しいか?」


 「そう、だよな………浅はかだった」


 「……はぁ?」


 俺は残念だった。こいつなら言い返して来るとそう思っていた。反論をして、いや、それ違う。そう言うと思い切っていた。


 しかし、その予想は裏切られこいつは自分の非を認めた。


 「お前は正しい、俺はお前の小説ライフを壊したと言っても過言じゃない。評価を得ていく度に憧れの作家たちと関わりを持てて、今まで仲が良かったやつとの縁を大事にしなかった。


 だが、お前だけは違う。俺はお前に手を差し伸べたじゃないか」


 「どこがだよ、一度でも俺を励ましてくれるメッセージを送ったか?」


 「送ったじゃないか、支えになった人は誰かって聞かれたときにお前を上げて良いかって、お前がいたから俺がいる、そう言ってもいいかと送ったはずだ」


 「それが救いだって? 笑わせるなよ」


 「笑わせてなんかない、俺は本気だ、俺は片時も自分の小説が自分の才能で出来てるなんて思ってない」


 「嘘を付けよ、勉強やスポーツでも天才の片鱗を見せていたお前が? ほんとうは―――」


 「置かれた場所で花を咲かせろ、ばあちゃんがよく言っていた言葉だ」


 「それがなんだ、自分は恵まれているからどんな場所でも開花出来るって話か?」


 「違う、俺は確かに才能がない。運動もスポーツもお前たちが見ているのは表だけだ。俺はお前たちが評価してくれるほどの人間じゃない。


 裏では狂うほどに努力していた。自由時間を削っても全てをそれらに捧げた。小説だってそう、初めは誰も読んでくれなかった。pvが0の日が何日も続いた。お前たちがコミュニティで話をする度に羨ましさでお前たちに憧れてた。


 だから俺はお前たちを追いかけた。投稿して数日で一日のpv100を達成したお前を、特に追い越すために。お前の作品を読み漁って、ランキング上位の作品もだ。


 投稿は毎日して、時間帯も考えた。ブーストなんかあるのを知ったのは数ヶ月後、それでも俺はお前たちに追いつくために寝る間も惜しんで、たとえ倒れても追い越したいという気持ちだけは捨てなかった。


 それで成功した時は本当に嬉しかった。ランキング上位にも入って最近は書籍化もした。

 だけど、手に入れたばかりじゃない。俺は一人のかけがえのない親友を失った。俺が立っているのはお前という人間を犠牲にした上にいる。


 それを知った時俺は自分の実力の無さに嘆いた。追い越したいと思うあまりに誰かを切り捨てていた。


 だから俺はずっとお前に謝りたかった。俺のせいで小説を書くことをやめたお前に、申し訳なかった」


 そう言って、なんと土下座をした。

 その時俺は込み上げてくるはずの怒りが湧いてこないことに動揺した。自分が恨めしく思っていた人間が頭を垂れて許しを乞うている。

 

 殴りたい、完膚なきまでに叩きのめしたい。そう思い続けていた相手に謝罪をされた。俺は言葉が出なかった。


 「なんで………怒らないんだよ」


 「俺に怒る権利なんて無い、全ては俺が始めたこと。お前は悪くない」


 「違ぇだろ! 俺はお前ら全員を追い越して見下すことを原動力にしていたんだぞ! 俺がほんの一瞬だけでも、お前たちを上回ったら憎たらしく上からものを言うことのためにやっていた! それを怒れよ!」


 俺はこいつが反旗を翻すと思っていた。なのにこいつは簡単に頭を下げた。


 頭を上げ、下から俺を見つめる。この光景を夢に見ていた。なのに、こいつは……


 「原動力なんて人それぞれだ。勉強もスポーツも、なんなら小説もランキングで誰かを抜かしたい、あいつよりも評価を得たい、あいつよりもpvを増やしたい、そう思ったのなら勝負の世界に足を突っ込んだも同然なんだ。


 現に俺だってお前を追い越したいと思っていた。勝負の世界なんて誰かを憎んで、恨めしく思って当然のことだ。誰かに勝ちたいことが原動力なのは不思議じゃない、むしろ当然のこと。だから俺は怒ったりしない、お前は正しい」


 「否定してくれよ! お前は間違ってる、道理に背いてるって!」


 「するわけないだろ、互いにリスペクトを持つことが大事だ。俺はお前の意見を否定しない、お前は正しい。だからこそ、それを原動力に小説を書き続けて欲しかった」


 「―――っ!」


 「確かにお前は俺たちに比べると不遇な環境だったのかもしれない。読まれないことも評価がもらえないことも悔しかったのかもしれない。

でも―――――それを受け入れて前に進んで欲しかった」


 「………お前がさっき言った置かれた場所で花開けって、そういう事なのか? だとしたら俺はあと何日、いや何年待てばいいんだ! やれることは全部やったお前と全く同じことをしたんだ、それでもダメだった俺は……あと、どのくらい待たされるんだよ……」


 「いや、もう待つ必要はない。お前は花開いてる」


 「なんだと、俺のどこが開花してるんだよ!」


 「目先の評価やpvを見るな、お前がその環境で得たものはなんだ」


 そう言って立ち上がると俺の肩を持って真っ直ぐ言った。


 「んなもん、知らねぇよ!」


 「俺は知ってる、お前が何を手に入れたのか」


 「嘘つけよ……お前も見たんだろ、俺の結果を、一年間の努力の結晶を………」


 「pvや評価に囚われるなって言ったはずだ、手に入れるものは他人からの評価じゃない。お前の成長だ」


 「俺のどこが成長したってんだよ!」


 「お前は諦めずに書いてたじゃないか」


 「――――っ!」


 「どれだけ理不尽な感想を寄せられても、pvやポイントがつかなくても夢に向かって走ってたじゃないか。


 どれだけ理不尽な結果を出されようが百折不撓の魂でお前は活動してたじゃないか。隙間時間全てを使ってどうしたら面白くなるのか、受けてくれるのか、なによりどうしたら俺たちを追い越せるのか。


 その精神はまさにお前が咲かせた花だ。それをまず誇れよ、お前は凄いやつだって。評価なんてどうでも良い、気にする必要はない。

 お前がもしもそれらを理由にしているのなら今すぐに辞めろ、お前が創作をしていた理由は小説が好きだったからじゃないのか?」


 それを聞いた俺はその場に崩れ落ちた。目からは止めどなく涙が溢れ、視界がブレる。

 

 「なんで……なんでそれを……言ってくれないんだよ……それをどうして言ってくれないんだよ……ずっと待ってたのに……」


 「言っただろ、誰かの評価を真に受けるなって。自分でそれに気がついてほしかった。

 結局最後に信じるのは自分なんだ、自分で自分(慰められないと、お前の足取りは止まってしまう。


 小説の世界は競争が激しい、その波に呑まれて夢が実現しないかもしれない。そう思うのは仕方ないことだろうけど、それでも前を向け。後ろを振り向いて自分の軌跡を見てみろ。

 お前が歩んできた時間は自信を与え、経験となりお前の肉となってる。どれだけ望む結果が出なくても好きなことをしている自分は間違ってない。


 だから信じろ、自分を。小説を書くのが好きな自分を信じて書けばいい。その先にお前が望んでいる夢はあるはずだ。


 だから、もう一度、もう一回やってみないか? 物語の完結までさ」


 「………ぐっ……うっ………」


 俺は大粒の涙を零した。やっぱりこいつは俺の一番の親友だ。間違っていた道を歩いていた自分を正しい道へと戻してくれた。


 「ごめん……! 俺が、俺が悪かった……ごめんなさい……!!」


 「いや、俺が悪かった。お前が書く理由を俺が奪ってしまった。俺が謝りたい」


 この日俺は赤子のように泣きじゃくった。人目も気にせずに、ただひたすらに。

 小説を書く自分が好きでありたい、これはブレてはいけない。心の底からそう思った。

 

 

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