表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

第四話 夢の帰路

 今日も大学に行く。二日連続での登校なんて、俺の中では偉業に等しい。普通なのだろうが、俺にとっては珍しすぎるのだ。

 だが、足取りは昨日以上に重かった。どうしてだろうか。


 疲れが取れてない? 

 いや、そんなことは無い。むしろいままで以上に体が活気で満ちている。

 じゃあ、俺は夢の出来事に囚われてるのか?

 そんなことも無い。あれは夢だ、そう夢。幻想の世界に過ぎない。そんなのに足を引きずっている時間が勿体ない。


 そんなことを思っていると、


 「おっすー、今日も来たのか」


 「ああ、そろそろ調子を戻したいからな」


 「調子ってなんだよ笑 まぁ、無理するなよ、今日なんて昨日以上に顔色悪いしな」


 「えっ……あ、あぁ、そうか」


 「どうしたんだよ? なんか悩みでもあるのか? 俺でいいなら相手になるけど」


 俺はどうしようか悩んだ。正直誰かに話した方が楽になれると思う。自分の抱えている重荷を誰かに下ろしてもらいたい。

 だけど、小説を書いてるなんて言ってどう思われる? 


 「黒歴史だからやめとけよ笑」


 なんて言われるのがオチだ。そんなものは火を見るより明らかだ。


 「大丈夫だ、それよりほら、大学に行こう」


 俺は昨日と同じくキャンパスに向かって走り出した。



   ◇ ◇ ◇


 

 大学の講義を終えて帰路に着いている途中、俺はとある書店の前に立ち止まった。それは他とは何か異なる点はない、普通の本屋。


 俺は本屋に行って、本を買うというのを大学生になってから、いや、人生において一度も経験していない。すべてネットで解決する時代にバカバカしいと思っていたからだ。


 だが、今日はどうしても行きたくなった。理由は知らない。

 俺は自動ドアを潜り、店内に入る。すると、本屋特有の木材と紙の匂いが混合となった香りが鼻を突き抜けた。


 「何か買いたいものがあるわけじゃないけど、適当に見て回るか」


 俺は視線を上にズラした。すると、本のジャンルが書かれたタグがぶら下がっている。漫画、参考書、問題集、教科書、歴史、エッセイなど見たことがあるジャンルがちらほらとある。


 その中で俺は一つのジャンルに目が止まった。


 「小説」


 俺はしばらくその二文字を見つめた後、自分がまたしてもあの余韻に浸っていることに気がついた。俺は自身の頬や頭を叩きながら心の中で言う。

 決心したはずだ、たかが小説の二文字を見ただけで心を奪われてるようじゃダメだ。いい加減に離れろ。


 すると、小さな声でコソコソと俺の後ろで誰かが話しているのが聞こえてくる。


 「異世界転生したから気ままな生活をの作者が新刊出したって、見に行かない?」


 「えー! 売り切れてないと良いね! いこ!」


 俺は心臓が飛び上がったかのように感じた。あの小説のタイトルを聞いて俺の苦い思い出が蘇る。昨日、今日と俺の心は休むことを知らない。


 だが俺は自身の心の異常に気がついた。普段なら怒りや憎しみが湧き、その場を後にしていたであろう自分が見に行きたい、そう思っているのだ。


 「……見るだけだ、そう見るだけ。俺はもう無縁なんだ」


 自分に言い聞かせ俺は後ろにいた青年たちの後を追った。


 たどり着いた先にあったのは豪勢に着飾られたあいつのコーナー。新刊だという小説は山のように積み上げられ、既に何冊から買われているみたいだった。


 「すげぇや、この先生の小説って面白いんだよね」


 「分かるー、あの先生のこの前のインタビューも面白かったよね」


 「あー、あれね。でも、音信不通になった作家仲間が心配なんだってね」


 俺は青年二人の話を盗み聞きしながらあいつが書いた書籍をじっと見つめていた。


 「暴言吐かれて、小説の更新が止まったらしいね。具体的な名前が出てなかったけど、多分これじゃないかっていうのはあるんだよね」


 「え? マジ? 教えてよ」


 「タイトルが確か転生したら最強でした、だったかな?」


 それを聞いた時、俺は今までで一番心臓がさの鼓動が高なった気がした。

 何を隠そう、その小説は俺のだ。あんな結果に終わったものを読んでいた人がいたのか……。


 「あー、それね。俺も読んでた。二件アンチコメントあったけど、普通に面白かった」


 「それなー、伏線とかまだ回収されてなかったからして欲しいんだけど、もう無理かなー」


 その時、俺の心が何を思ったのかは知らない。だけど、ただ彼らの話に今すぐにでも割って入って話の結末を教えたい衝動に駆られたのは覚えている。


 「あー、お前三章が好きなん? 俺は二章だな」


 「マジか、でも三章で主人公が初めて負けるのが以外でめり込んだんだよなー」


 「タイトルに最強って書いてあるのにね、しかもよくある強者との戦いの負けじゃなくて、自分よりも格下の相手に負けるっていうやつね」


 「そうそう、俺あそこで声出たもん。えっ、まじって」


 俺は聞くに耐えず、その場を後にした。本当だったらもっと聞いていかった。生での読者の感想。自分の作品に対してどんな印象を持っていたのか。


 俺は家へと帰り、机に突っ伏した。

 不思議と涙が出た。


 終わったはずなのに、どうしてこんなにも心苦しいんだろう。伸びないのに、夢には届かないって分かったから辞めたのに、自分で決めたことなのに……。


 「楽しかったなぁ…………」


 思い出すのは書き始めの時。読んでいる側から、投稿して読まれる側になったあの瞬間。ドキドキとワクワクでいっぱいで、今後のプロットをどうしようか、皆と創作の雑談をして……


 「戻りたいなぁ……あの頃に」


 今なら分かる。人生においてあの瞬間はかけがえのない宝だった。希望に満ちた顔で毎日、自分の作品の情報を見るのが楽しみだった。

 たとえ評価されてなくてもpvが1増えただけで嬉しかった。自分の作品を見てくれた人がいる、ただただ嬉しかった。


 だがいつしかその喜びも忘れて、評価ばかりに目がいくようになっていた。周りは自分以上に面白く評価されている。だから俺も、そう思ってから書くのが好きだからじゃなくて評価されたいから、書くようになった。


 それからだろう。前よりも楽しく感じなくなった。評価されてないと憤りを感じて、自分には才能がある、読む側が俺を理解してない低脳共だ。だから俺は間違ってない、必ず作家になれる。


 それが間違いだと気がつかずに俺は数日前まで殴り書きをしていた。


 「戻りたい……あの頃に……」


 煌々と輝くあいつらの背中を追いかけていれば良かったものを、他社からの評価ばかり気にかけて俺は穴に落ちた。追いかけて、あの時みたいに楽しい小説ライフを送りたかった。


 「戻れない……もう、過去には……」


 やるせないな……あそこでは道を違えなかったら。まだあのコミュニティから脱していなかったら。未来は大きく変わってたかも、そうしたら俺も肩を並べることが出来ていたかもしれないのに。


 俺は立ち上がり、おぼつかない足取りで自室に向かった。扉を開けて真っ先に目に入ったのはパソコンだ。

 電源をつけ、あのサイトを開く。マイページを開き、作品一覧から「転生したら最強でした」という小説をクリックする。別に期待しているわけじゃない。更新が止まったことに対して心配や更新してほしい、などのコメントがあることを望んでいるのではない。

 

 ただ…………気になっただけだ


 「……だよな」


 作品情報に飛ぶと詳細なデータが表示される。


 今日のpv 2

 総pv 1499

 総pt 125

 感想 2件

 ブクマ 43


 何も変わっていない。あと1pvで1,500になるが随分先の話だろう。今の俺にとって1pv増えることは宝くじに当たることと同等の確率だ。


 ヴー


 ポケットが小刻みに揺れた。その中に手を入れると揺れの正体がスマホであることに気がついた。取り出して画面を見てみれば電話だ。俺は袖で涙を拭いながら電話に出た。


 「どうした?」


 「今日飲みにいかね? 久しぶりに二人で飲もうぜ」


 内容は飲みの誘い。いや、俺は忙しい。やりたいことがあるんだ、だから他のやつを誘ってくれ。

 それがいつもの返事だった。だが、今は飲みたい気分だ。飲んでぶっ飛びたい。酒の力を借りたい……。


 「分かった、いつもの場所で良いよな」


 「おうサンキュー! それじゃあ八時からな!」


 そういうとプツッと切れた。

 時計を確認すればまだ五時半。いつも行っている居酒屋はここから三十分くらいだからあと二時間くらフリーだ。


 俺は視線をパソコンに移した。その画面には俺の一年間の結晶が映し出されている。

 俺はその前までに行き、イスに座った。そしてマウスに手を伸ばし、カーソルを動かす。

 カチッカチッと音を出しながら、画面が切り替わっていく。


 画面に写っているのはとある小説家の作品。


 タイトルは「異世界転生したから気まま生活を」


 俺が憎くて仕方がないやつの作品だ。なぜそれを見ようと思ったのかは知らない。決して悪口を書いてやろうという意味あいでもない。


 「……そういえば、初めて読むな」


 俺はあいつの書いた小説に初めて訪れた。これまで一度たりとも開こうとも思わなかった。投稿されてから一年、一番の友だったやつの作品を読んだ。

 

 無心だった。心を動かされることはなかった。思わず声を出したという描写はない、少なくとも俺にとっては。


 「……もうこんな時間か」


 気がつけばもう家を出ないと待ち合わせに遅れる時間帯だった。

 無意識だったとはいえ俺はあいつが書いた一章を読み終え、二章の佳境まで読み進めていた。俺は立ち上がりパソコンを落とすことなく、待ち合わせの居酒屋に向かった。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ