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8.

 警察官と言うだけで圧を感じると言うのに、殺人事件と言う状況も相まって、いつも以上に殺気立っている気がする。

 殺伐とした空気の中、警察関係者席の一番上手の席に恭介は軽々とした足取りでと向かっていく。あちこちから小さな声で何かを言っているが、千夏は気にしている余裕はない。

 参列席の一番奥に座っていたのは、千夏も合同捜査本部で見かけたことがある。牧田警部だ。身長百八十センチ程度、鍛え抜かれた体とヤクザも逃げると噂の強面に礼服を着せたところで、婚礼の場で合っても、どうしても場違いに見えてしまう。他の屈強な警察官も同じだ。どちらかというと裏社会の宴に迷い込んだような感覚だ。

 彼の前に立った恭介は姿勢正しく敬礼をして、牧田に話しかける。


「これから聴取を始めますので、ご協力のほどよろしくお願いします」

「……赤城班が担当か。……わかった」


 思ったよりも物分かりが良い人で良かった。顔だけで判断してはいけないもんだな。

千夏はほっと胸を撫でおろしてから、親族席にいる新郎に声をかける。

 仕事柄、状況を他の警察官と同様に理解しているであろう新郎――杉村誠二巡査部長は、青白い顔のまま、千夏と共に披露宴会場を出る。恭介は他に目当ての人がいるからか、何人かに声をかけていた。


「あ、あの、亜美は、本当に」


 婚約者が亡くなったことがまだ信じられないらしい。動揺した声で、杉村は千夏に訊いてきた。


「残念ながら、死亡が確認されております」

「そ、そんな」


 警察官であれば、死体の一つや二つ慣れていて欲しい、というのは傲慢だろうか。それとも愛しい人の死を受け入れられないだけだろうか。

 動揺しすぎていているからか、杉村の顔に感情が完全に失われ、顔色は真っ白い髪のようだった。

 控室に案内すると、杉村は力なく、入り口近くの席に崩れ落ちるように座った。


「ご憔悴のところ、申し訳ありません。ご協力のほど、よろしくお願いします」

「……亜美は、……亜美は誰かに殺されるような人じゃない」


 杉村はぽつりと小さな声でそう言った。うつろな目はどこを見ているのか、視線が定まっていない。

 千夏はできるだけ心を殺して、杉村の前に立つ。ここで被害者に共感してはダメだ。感情を仕事に持ち込むな。事件を解決に導くことだけを考えなくては。


「亜美さんとはどこで出会われたのですか」


 震えた声で千夏は質問をした。杉村と目線が合わない。うつろな瞳に今何が写っているのだろうか。


「……友人通じて、合コンで……」

「亜美さんを恨む人に心当たりは」


 千夏の問いに勢いよく杉村が顔を上げる。うつろだった瞳から涙が溢れ出てきていた。額には青筋が立っている。


「……そんなの、あるわけないだろっ」


 怒りで杉村の声が震えていた。

 警察官になってから、何度も見てきた目だ。恨み、怒り、悲しみ。その感情にも慣れたはずなのに、動揺している自分が嫌になる。警察官になって何年だ。まだ慣れ切っていないことに心の奥で千夏は驚いていた。

 後悔しても後の祭りだ。目の前の遺族に真正面から切り込むべきではなかったのは、理解する。

だが、時間が経てば経つほど情報というのは消えていく。時間が無駄に過ぎ去る前に集められる情報は集めるべきだ。

 目の前にいる杉村は、怒りに満ちている。彼から情報を引き出すのは容易ではないかもしれない。しかし、今はこの感情を利用させてもらう。

 千夏は一呼吸置いてから、話を続けた。


「出席リストを見る限りは、亜美さんのご友人はやけに少ないように見えますが」

「彼女は……天涯孤独だったんだ。施設を出てからは一人暮らしだ」

「そうですか。ご友人が少ないのは」


 リストを見る限りは、それらしい席に座っているのは一人だ。


「招待したい人が一人だけだと言っていた」

「珍しいですね。こういう場で友人の他、職場の方もお呼びになっていることが多いのですが」

「彼女たっての希望だ。それ以上は何も訊けていない」

「希望、ですか」


 杉村は力なく頷く。

 珍しいこともあるものだ。人によっては職場の人を呼びたくない、というのもいるのかもしれない。

 同期の結婚式に参列した時の記憶を思い出すと、婚約者が民間企業に勤めている場合、警察官側の参列者の方が上回るときが多い。珍しくはないが、それでも明らかに少なすぎる。だが、聞いていない以上この件については何も訊けないかもしれない。

 千夏は質問の舵を変えた。


「ここ最近で、亜美さんが困っていたことはありましたか」

「思い当たるものはない」


 目線が再び杉村と合わなくなった。視線を下げ、彼はこぶしを強く握りしめ、小刻みに震えている。


「亜美さんが離席している時に、あなたはどこに?」

「高砂にいた」

「離席前、何か亜美さんに気になることはありましたか」

「少し酔ったかもしれない、と言っていた」

「アルコールに弱かったんですね」

「あまり飲むタイプではなかった。……もういいか」


 ずっと鼻水を啜るような音が聞こえた。これ以上は心情的にも難しいのかもしれない。千夏は質問を切り上げた。

 今の聞き取りでどれだけのヒントを得られたかはわからない。

 聞き取った内容をメモした手帳に視線を落とす。だが、いまいちピンとくるものはない。情報が少なすぎるのだろうか。それとも。

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