7.
「被害者に近しい人からお話を聞きます」
「なるほど、悪い手ではない。先ほどの妙手からすると、ひどく平凡だが、まぁいいだろう。それにしても、結婚式って近しい人を呼んでいるんじゃないかい?」
ごもっとも。
他に方法がないかを千夏が悩んでいると、坂本が婚礼メニュー表と打ち合わせのメモをコピーしたものを持ってきてくれた。
坂本に礼を言いながら、メニューを見ると、先程の坂本の話に納得できた。確かに、和洋中入り乱れている。それも、アレルギーを持っている人にはさらに細かな指示が入っている。
「珍しいですね。締めにうどんですか」
メニューを覗き見ていた恭介が坂本に訊いていた。
「ええ、お鍋の締めのようなものに見えますが、新婦たっての希望で。引っ越しそばのように、細く長くお付き合いを、と言うことも込められております。他にも引菓子はバウムクーヘンです」
「珍しいですね」
「ええ、新郎様もそうおっしゃっていましたが、新婦様はうどんを強く希望されておりました」
納得しているのか、していないのか良く分からない表情で恭介はメニューを黙って見ている。
「あの、バーカウンターとデザートビュッフェも新郎新婦が希望されたんですか?」
恭介が手に取っているメニューを後ろからのぞき込みながら、千夏は質問した。このまま黙ったままではいられない。
「ええ、特に新郎様の参列者の中にお酒が好きな方が多くいらっしゃると言う話があったので、バーカウンターをわたくしから提案させていただきました。お酒だけではと思い、一緒にデザートビュッフェも併せて提案しました」
「割と多いんですか?」
「デザートビュッフェは他の式場でも取り入れておりますが、バーカウンターは近隣の式場と比べても当店のみです」
確かに。同期の結婚式をいくつも行っても同じとして同じようなプランは無かった。結婚式場と言うのも生存競争が激しそうだ。
「他に、何かこだわりで追加された内容はありますか?」
まだメニューをじっと見ている恭介が坂本に問う。
「いいえ。料理に関してはほとんど新郎様が決められた印象でした」
「新婦は?」
「先ほどのおうどんとバウムクーヘンの時だけです。どちらかと言いますと、クロスや演出には拘っておりました」
「他に印象的なことはありましたか?」
「アレルギーがある方もいるので、料理は一つ一つ丁寧にと新婦様からは強く言われたことくらいですかね」
「そうですよね、アレルギーがあると気を使わないと」
頷きながら、メニュー表から恭介は目を離さない。代わりに千夏が次の質問を重ねた。
「披露宴前に何か気になることはありませんでしたか? 誰かからか聞いた話でも構いません」
「大したことではないですが、花嫁様がエステに通っていたおかげか肌の調子が良いとおっしゃっていたとドレス担当者から聞きました」
「肌の調子が良い?」
遺体の腕には発疹があったのを千夏は思い出す。
「ええ。あんなに肌の調子が良いのは、きっと花嫁様も楽しみにしていたからだねと担当者と話したので覚えています」
「それはいつの時点の話ですか」
メニューを見ていた恭介が顔を上げて質問した。坂本は少し目を瞑って考えてから、答える。
「ええと、確か、挙式に見送った後でしょうか」
「なるほど。ありがとうございます」
「そういえば、思い出したのですが介添え人がお薬の入ったケースを本日お預かりしていたようです」
「ケース、ですか?」
千夏が恭介を見ると、恭介は肩をすくめて首を横に振った。どうやらまだ見つかっていないらしい。あとで確認できるように千夏は手帳に薬のケースとメモしておく。
「そのケースがどうしたんですか?」
じっと坂本を見ながら恭介は問う。坂本は軽く頷き、答えてくれた。
「先ほど介添え人から聞いたのですが、離席される前に新婦様にお渡ししたと言っていました」
「……そうですか。ご協力ありがとうございました」
全て聞き終えたのか、恭介は坂本に礼を行ってから控室を出て行ってしまった。千夏も慌てて頭を下げ、会場に戻るようにお願いしてから、恭介の後を追った。
「次の人に話を聞きに行こうじゃないか」
「次って……」
まだ次は誰に話を聞くか決めていない。千夏は焦りながら、参列者一覧を上から下までもう一度見直す。
「……次は新郎だ」
千夏の判断の遅さに恭介は苛立たし気に行った。奥歯を噛みしめながら、己の判断の遅さに歯がゆさを感じた。
俯きながら、千夏は恭介の後に続き、会場に向かう。披露宴会場の入り口に立っている警備担当の警察官に敬礼をしてから、恭介と共に会場に入る。しかし、会場に入ったと同時に絵も言えぬ圧力を感じた。しかし、この圧力は警察に入ってから、署に行く度に感じている者と同じだ。
容疑者候補の九割が警察官。これは警察署の中と同じ状況だ。




