4.
「九割が警察官の結婚式、ですか」
実際に同僚や同期の結婚式で行ったことがあるから簡単に想像できる。一般人には申し訳なさすぎるほどの、強面集団パーティに化してしまうのだ。しかも大酒の飲みだし、早食い王者も交じっているような奇天烈な集団であるので、民間人と結婚する場合は相手はもちろん、相手の家族にも一旦親族だけの結婚式にしないかと相談するのが良いと先輩からも言われたことがる。
そんな中での、殺人となると。
「この状況下で犯人を取り逃してみなさいよ、同僚からは恨まれ、民間人からはあざけわらわれる」
「ですが、何も我々二人だけではなくても」
「近隣警察署も捜一も捜査に駆り出せない状態だ」
「……まさか」
廊下の奥にある披露宴会場の方を見る。扉が閉められており、その中にいる人たちを想像するだけで、胃が縮み上がる思いだ。
朱音が少し血の気の引いた思いをしている様子を見て、恭介は口角をさらに上げた。
「正解。彼らは今容疑者候補だ」
「そ、そうでいらっしゃいますか」
なんとも面倒くさい現場だ。こんなめんどくさい現場をこれから担当することを想像すると、いくら体が丈夫だと周りからお墨付きをもらっていても胃の心配をしたくなる。
「では、始めようか」
不敵に笑った上司は、ソファから立ち上がり千夏の前を通り過ぎて現場に入って行く。千夏は後を追うように現場に入る。
入ると右手に化粧室、少し進んで左に曲がったところに洗面台と個室トイレが並んでいる。遺体の足が、一番手前の個室から見えた。遺体のそばに座っていた女性の鑑識が立ち上がる。マスクをしていてもわかるほどの目を引く美人。化粧っ気もない彼女は恭介を見るなり、マスクを少しずらした。想像通りの美女に、千夏すら見惚れてしまう。口元の黒子がやけに艶めかしく見える。
「お疲れ様、恭介くん。そちらのお嬢様は?」
「明日から配属予定の青木千夏巡査部長だ」
「あら? 今度は女の子なのねぇ。優しくしてあげなさいよ」
千夏の前に立つと、彼女は少し上から見下ろして、千夏を見る。ハイヒールも履いていないのに、この背の高さはそんじゃそこらの男性と同じくらいの高さがあるんじゃないだろうか。
「はじめまして、我妻京子です。特殊捜査班専属の鑑識担当でぇす」
「専属?」
「こんなめんどくさい奴の相手ができるのは私だけって言われててねぇ、無理やり。もっともあんまり出動がないから、その時は他の現場のヘルプに入ってるんだよねぇ」
「無駄話をしている暇はないよ、二人とも。我妻、どうだい?」
「アイスピックで胸を一突き。恐らく心タンポナーデで死亡。抵抗した様子は見られないことから、睡眠薬を服用していた可能性があるわ」
我妻の見解に千夏は首を傾げた。
披露宴中の花嫁が、睡眠薬を服用するだろうか。
胸に浮かんだ疑問を抱えたまま、千夏は現場となっている個室を覗く。真っ白なウェディングドレスに着飾った花嫁。苦しんだ様子がない顔は、眠ったまま殺されたことが容易に想像できる。
「何故、花嫁がトイレにいるんだろうね」
振り返ると、恭介が目を細めてじっと死体を見ていた。その様子はどこか楽しげにも見える。現場が現場なだけに不謹慎な顔だ。
「なんで、そんなに楽しそうなんですか?」
「ああ、そう見えるかい? 今回は僕の好みではなかっただけだ。だが、非常に妙味部会事件でもあるからね、つい」
その言い方から察するに、恭介は既に事件の真相に到達しているのかもしれない。
「もう、真相がお分かりなのですか」
それならば、もう。
「これは千夏くん、君の事件だからね。君には探偵役になってもらう」
刑事は探偵じゃない。それも、ドラマや小説にいるような。
ココに現着してどのくらいで真相を見切ったのか。この人は優秀すぎる刑事だ。これからその人の部下になることは、果たして幸福なのか、不幸なのか。
だが、今それを悩むべきではない。今は、目の前の事件の解決が最優先だ。
両頬を叩いて、千夏は再度死体をみる。
「我妻さん、見ても良いでしょうか」
どうぞ、と言って我妻は手を軽く振る。
死体を触らずに見ているだけでは、わからないことが多すぎる。手を合わせてから、白手袋をしたまま、くまなく見ていく。
花嫁が身に着けている肘までの長いレースの手袋をそっと外す。死後硬直が始まっているからか脱がしにくいが、なんとか外し終えた。
指にはきれいなネイルが施されているが、腕の内側には少しだけ発疹があった。これを隠すために、このレースの手袋をつけていたのかもしれない。
腕の内側以外にも、首元にも少し発疹がある。普通、挙式までに発疹が出てしまった花嫁ならば治療か隠すことをするはずだ。首元の発疹を隠すようなデザインではないオフショルタイプのドレス。いつか自分も着るのだろうかと一瞬頭をよぎったが、千夏はかぶりを振った。
「容疑者の絞り込み、できそうかな?」