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後日談 ep.1

「書類の作成が終わったのですが、どこに印刷をしたら良いでしょうか」


 事件後、山のような書類を一人で作成した後、千夏は机の上に辛うじて突っ伏さずに言えた。


 書類仕事が苦手であることも、理由の半分くらいを占めるかもしれないが、それよりも一人で書類を作成させる上司の指示が間違ってやしないだろうか。

 のろのろとパソコンから顔を上げて、辺りを見回しても部屋に印刷機は一台もない。


 警視庁捜査一課特殊捜査班。


 初めて通された専用の部屋は、警視庁の中かと疑うような調度品がしつらえられていた。所属者数が二名という割には多すぎるティーカップやケーキ皿が入った食器棚。その隣には、必要性を感じないほどの大きさの家庭用冷蔵庫。湯を沸かすための二口コンロに、使った食器を洗うために使われているであろう流し台も立派だ。部屋の中央には応接用と思われるソファセットも用意されている。

 

 千夏の事務机は、この部屋の調度品たちと比べると部屋から浮いて見える。入り口近くに置かれている事務机から、ちらりと恭介を見た。


「紙で回覧とは、なんと前時代的なやり方だね。今はDXや紙の削減を叫ばれている時代だよ。プリンターは不要じゃないかな」


 窓を背に恭介は優雅に紅茶を飲みながら、悪びれる様子もなく言った。恭介の机は事務机とは違い、猫足とアンティークっぽいものだった。一応、机の上には申し訳程度に閉じられたノートパソコンと一冊の本が置かれていた。


「……どちらに保存すれば良いですか?」


 眉間に皺がきつく寄るのを感じながら、千夏は恭介に訊いた。


「ここの班の専用フォルダで良いよ。どうせ、僕しか見ないし。まぁ、セキュリティは万全だからね」


 美しい所作でティーカップを置いた恭介は、軽い足取りで部屋の出入り口にやって来ると、振り返って千夏を見た。いたずらっぽく目を細めた恭介は、少しだけ口角をあげた。


「僕には、絶対してはいけないことがあるんだ」


 意味深にそう告げて、ドアノブに恭介はドアノブに手をかける。


「どこに行かれるんですか?」

「今日はパティスリー・タカナシにパフェを食べに行かないといけないんだ」

「はい?」

「パティスリー・タカナシと言えば、完璧なパフェの創造者として有名でね、予約がなかなか取れないんだよ。ここの予約を取るのに、僕は何度電話をかけ、その度に絶望の淵に追いやられたのか、数え切れないんだ。念願の今日という日をキャンセルすることは、僕には許されない行為だ。つまり?」

「定時で退社されると言うことでしょうか」

「正解だ。もう勤務時間は終了したし、僕は予約したパティスリーに行かねばならない。君が僕を止める理由はないと思うが、どうだろうか?」


 この上司、己の欲に素直すぎやしないだろうか。


 うっかり上司の前でうなだれないように気を付けて、千夏はゆっくりと首を横に振った。確かに書類の格納場所も確認できたし、その書類以外に仕事は今日のところはない。


「では、失礼する。明日からもよろしく」


 スキップでもしそうなほどの軽い足取りで、恭介は部屋を出て行った。

あれだけ情熱的に訴えられては、千夏としても止めようがないのだろうと悟った。憧れていた警視庁勤務、それも捜査一課という名の下の組織だ。優秀なのは今日の現場でも見せつけられた。


 それでも、あれほどの奇人をこれまでに見たことが無い。上層部は恭介を野放しにしすぎではないだろうか。


 軽くため息を吐いてから、千夏は指示されたフォルダのリンクをクリックした。


「あれ?」


 画面には、パスワード入力を促すコメントが書かれたウィンドウが開かれた。格納すること以外は特に教えられたことはない。しかも、奇妙なことに、コメントには続きが書かれていた。


『赤城恭介が避けるべきsituation』


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