17.
「毒物を入手するのは難しいです。管理もされていますし、不審な点があればすぐに調査もあると思います。そう考えると毒物であることは可能性として非常に低い。そもそも毒物であるならば、アイスピックで刺殺する必要はありません。そう考えると、『何故アイスピックで指されていたのか』、という疑問が出てきます」
聞いていた三人はお互いの顔を見ながら、首をかしげる。
「ここから推測されるに、被害者はアレルギー対策の薬ではなく、睡眠薬を服用させられたのではないでしょうか。会場では薬を飲むのも憚られる。そばに控えていた個々のスタッフにあらかじめ預けていたピルケースだけ受け取り、お手洗いに向かったのでしょう。そこで薬を服用し、眠気に襲われた。そこを犯人がアイスピックで刺殺。これが今回の事件のストーリーです」
「じゃあ、そばを混入させた人が犯人……」
岡田由美は震える体を自分の腕でさする。
「では、次の疑問点です。『どこにそばが混入されていたのか』、です」
「食べ物では?」
沢村が眉をひそめながら、千夏に訊く。だが、その問いに千夏は首を横に振る。
「目視で確認できるような形状では、被害者も気づいたに違いありません。狡猾な犯人が考えた末に入れたのは、そば粉です」
「そば粉」
目を丸くしながら沢村は千夏を見た。
「沢村さんなら、注がれたお酒ってどうしますか?」
「一口くらいは飲みます」
「ですよね。犯人も確実に口にしてくれるところに混入させたんだと思います。悩んだのは恐らくタイミングです。上司からの挨拶、お色直し、写真撮影、いつも誰かの目や写真に写るこの状況で、どのタイミングでいれるのが確実でしょうか」
誰もが首をかしげる中、恭介だけが面白そうなものを見るように千夏を見ている。芝居かかっているだろうか。だが、今の千夏にはこれが精いっぱいだ。
「多分最初の方だと思います。そうでなければ、今回の死亡時刻には間に合いません。犯人は、隙を見計らって入れる。飲むタイミングは花嫁任せだけど、確実にひと口は飲む。あとは、体調不良になり席を離れた後、心配して見に行ったと見せかけて殺害する」
グラスとバケツにそば粉が入っていたのは、容疑者たちを集める前に我妻からメールで連絡が来た。何故、両方に入っていたか。その答えは容易に想像できる。
自分の推理にどれだけの自信を持っているかはわからない。だが、千夏が集めてきた事実を積み重ねた結果だ。
一人を除いて、その一人をみんなが見る。見られている人は、こぶしを握り締めたまま俯いている。
「……まるで、オレのことを言っているみたいですね」
ようやく口を開いたときの杉村の声は、怒りに満ちているようだった。
「オレだっていう証拠はあるんですか」
「証拠、ですか」
「なければ、ただの可能性の一つだろ。むしろ冤罪を生み出そうとしている」
心配、疑念といった視線が千夏に刺さる。杉村は組んだ手の上に額を乗せて表情を見せない。ここで一気に畳みかけなければ、言い逃れをされるし、証拠も隠滅される。
「身体検査をさせていただきたいです」
「確かに身体検査でそば粉を入れていた袋でも出てくれば、確定とでも?」
杉村は余裕の笑みを浮かべているが、杉村のその言葉を待っていた千夏はポケットから新しいビニール袋を出す。
「もしかして、このことですか?」
余裕の笑みを浮かべていた杉村の表情にひびが入った。その顔は、徐々に色気を失い始める。
「これをお探しのようですね」
「ばかな。それは、ごみ箱に」
己の失言に気づいたのか、杉村は慌てて口を閉じて、再び俯く。
「犯行後、自分の手元から一刻も早く放したい。だけど、この状況下の中で手離すと言えばごみ箱くらいかと思いまして。探しましたよ、全て。それにありがたいことに少量ですがそば粉も、そしてあなたの指紋も見つかりました」
「……オレは殺してはいない」
「だけど、コレが出てきたら、あなたが犯人だと言う証拠になります」
千夏は話していて頭の中に小さな違和感を覚える。だが、積み上げてきた事実は、杉村が犯人のはずだ。
「うーん、九十点」




