15.
我妻はグラスとバケツを受け取るなり、スキップでもしそうな足取りで、彼女が準備したスペースに向かって行った。
もし、考えが正しいのならば。
千夏は我妻が作業を始めたところで、ウェディングプランナーの坂本の職場に電話をした。運よく最初に坂本が取ってくれたので、そのまま話をし始める。
「そばアレルギーの方は、参列者の中にいましたか?」
『い、いえ。新婦様から自分がそばアレルギーだから、そばをゆでる鍋でうどんをゆでないように強く言われました』
「その時、新郎は同席でしたか?」
『いえ。新郎様が席を外した時にお話がありました』
「わざわざ、外したタイミングで?」
『ええ。珍しかったので覚えています』
礼を伝えてから、千夏は通話を切った。
食物アレルギーは命を危険に晒す話だ。それを何故新郎の杉村に伝えなかったのか。その理由は何か。
「答えは見つかりそう?」
意地悪そうな、それを楽しんでいるような我妻の笑みに、千夏は頷いた。自分が掴もうとしている答えが少しだけ輪郭を描き始めているのかもしれない。
「それより、さっき変なおじさんに絡まれて大変だったよ」
「変なおじさん?」
「何か事件ですかって。礼服着てさ。記者っぽくない感じだったけど、無視してきた。野次馬にしてはしつこかったなぁ」
「た、大変でしたね」
「それより早くあのバカのとこに行ってあげな。ケーキの食べ放題かってくらい食べているから、そろそろ店員から白い目で見られそうなのよね。さすがにそんな上司、嫌でしょ?」
「そ、そうですね」
「がんばんなよぉ」
我妻の応援を背に受けて、千夏は恭介の元に向かった。
エレベーターが一階に着くまでの間に、千夏はハマったピースでできたパズルを俯瞰してみるように推理を組み立てる。
エレベーターの扉が開き、すぐ近くのティールームに向かって千夏は小走りで歩き出した。アドレナリンが溢れ出ているのがわかる。頭の奥が熱を持ってフル回転しているに違いない。
ティールームにたどり着くと、出入口に一番近くの角席に恭介は座っていた。何皿もケーキ皿が空のままになっていた。優雅に紅茶を飲みながら、大窓の奥にあるバラ園をどこかぼんやりと見ていた。
つかつかと恭介に近づくと、恭介は何も言わずに会計に向かってしまった。会計を終えると、恭介はエレベーターホールに優雅に歩いて行く。
「あ、あのっ」
「事件、解けたんでしょ?」
「え。なんで、それを」
「君は真面目だが、存外プライドが高い。そんな君が僕のところに来るのは事件の謎が解けた時だけだろ」
当たり前のように言ってのける恭介に、千夏は目を瞬かせた。
「あのっ、赤城さんはもう解けているんですよね?」
「さあね」
口もとに残っていたクリームを親指の腹で拭って、恭介は舐めた。口ぶりからして恭介にとって、この事件は難事件でもなんでもなかったのかもしれない。
一体いつからだ。いつ、この人は全てを見抜いていたんだ。
警視庁に名探偵あり。
それをなんだか唐突に頭に理解させられた気がした。心の底から悔しさがあふれ出してきた。明確に才能の差というものを見せつけられた。
本当に、この人は天才なんだろうな。
千夏はぎゅっとこぶしを握る。
「ピースが最後揃ってないから、それ待ちだったけど、それもさっき届いた」
恭介は千夏に自分のスマホに届いているメールを千夏に見せる。それを読んだ千夏は、自分が考えていた推理が正解だと初めて自信を持てた。
「自信たっぷりの割には、どこか不安げだね」
到着したエレベーターに二人は乗り、千夏が最上階のボタンを押す。扉がゆっくりと締まり、二人を乗せた箱は上昇し始めた。
「あの、赤城警部、私の考えを聞いてほしいです」
「不要だ」
「ですが、私にとっては初めてのことですし」
「やってみなさい。僕の責任の名のもとに」
それ以上何も言えなかった。沈黙に包まれた箱は最上階にたどり着き、そっと扉が開いた。
「探偵は、君だ。完璧な答えを期待している」
一切の感情を排除したかのような恭介の言葉に、千夏はただ頷くしかなかった。
エレベーターを降りて、千夏はゆっくりと控室に向かって歩く。控室の前には我妻が腕を組んで立っていた。
「結果は訊く?」
「お願いします」
満足げに頷いた我妻は、千夏と千夏の後ろにいる恭介に結果を伝えた。それは千夏が想定していた通りの答えで、それが千夏の推理をより確実のモノにしてくれた。
ぱんぱんっ。
乾いた拍手音が聞こえてきた。、千夏が振り返ると、恭介が片頬を上げて笑っていた。
「関係者を集めて、探偵よろしくやるのも憚られるから、容疑者だけ呼んでこようか。千夏くんはこのまま控室にいるように」
「あ、あの」
「何?」
「もう一つ探したいものがあるんで、良いですか。我妻さんにもまだ手伝ってほしいんですが」
恭介は顔色一つ変えずに頷くと、控室を出て行った。手渡されていたスマホのメールを何度読んでも、そこに書かれていた事実は変わることはなかった。
気持ちを切り替えるように、両頬を叩いてから千夏は目的のものを探すために控室の中を見渡した。




