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12.

 何を言っているのだ、この上司は。暴言を吐かなかっただけ、誰か褒めて欲しいくらいだ。飄々とした顔で、疑問を持たずに問いを投げっぱなしの恭介は、千夏の答えを待っている。その視線から千夏は避けるように手元の手帳を見る。


「ひ、必要じゃないですか。そこから容疑者を絞り込むんですから」

「賛成しないなぁ。計画的であれ、突発的であれ人を一人殺したことには変わりない。感情は何かのトリガーになるけれど、それが常に変動するモノであれば絞り込みの条件としてはかなり弱い。僕は事実を積み上げた先に答えがあると考えている」

「じ、事実って、感情は事実ではないんですか」

「僕の考えの中に感情は不要。そんなのどっかに捨てておけ」


 足元が揺らぐ気がした。これまで刑事として仕事をしてきた中で、被害者への恨みや妬み等の感情を換算して、捜査をしてきた。

 それは、これまでお世話になった先輩刑事からの教えでもある。それを捨て置いて仕事など。


「できません」

「なら、この仕事は辞めた方が良い。そのうち身がもたなくなる」

「え?」

「千夏くんは見たところ、まじめで努力家で情に篤い。仕事への熱意もある。だけど、それは君の中に気力があるからだ。それが尽きた時、もしくは、何かに折られた時、君は身がもたない状態になる」

「そんなこと」

「ないって言いきれないだろ。僕はこれまでにそんな人を何人も見てきた。そうならないように、感情は一度捨てなさい。それが僕のアドバイス」


 それ以上言うこともなくなったのか、恭介は頭を掻いたまま控室を出て行った。


 千夏は、恭介の言葉を素直に受け入れる気にはなれなかった。

恭介のアドバイスは、これまで教えてきてくれた先輩刑事たちの言葉や解決してきた事件が全て無駄になると言われているようなものだ。


 手帳を握りしめながら、俯いていると控室の扉が開く。


「あんれぇ、あのバカは?」


 間の抜けた声に目をしばたたかせながら、中に入ってきた我妻を見た。作業用の帽子は既に制服のポケットに突っ込んでいるところを見ると、仕事を終えたのが分かる。


「なに泣きそうな顔してんの?」

「え?」

「あのバカ、また後輩を泣かせようとしたな」

「い、いえ、これは自分のふがいなさに」


 我妻は持っていた書類を千夏に渡す。それは現場到着時に見た死体に関する内容が書き記されていた。この資料があるということは、既に死体は引き上げられた後だろうか。

 千夏は我妻から資料を受け取ると、我妻は肩を回した。ごりごりっと大きな音が鳴ったのに平然としている我妻を千夏は茫然と見ていた。


「あいつに渡しておいて。今なら、ティールームじゃない? もう、せっかくの休日だったのにとんだおお仕事よ。疲れたわぁ。またね、千夏ちゃん」


 笑顔で去っていく我妻に、美月は小さく頭を下げた。手元には、渡された書類。一体どこで印刷してきたのかは知らないが、我妻が調べた結果が羅列されている。


 死亡推定時刻、死因、現場の遺留品。


 我妻の所見は書かれていない。ただ事実だけを記載された読みやすい内容だった。

 恭介に渡す前に、千夏は書類にゆっくり目を通し始める。現場到着時に見聞きした内容ばかりだが、千夏の目が一つの情報に吸い寄せられた。


『遺体の近くにピルケースがあった。中身は入っていない。指紋は被害者と被害者の夫である杉村のみ付着』


「ピルケース……そういえば、さっき坂本さんが言っていた……」

 

 何を想定して持ってきたのか、見当がつかない。ピルケースの写真をスマホで撮り、スマホをポケットに入れる。

 書類を抱えたまま、千夏は控室を出るとエレベーター前のソファに座っている恭介に我妻が何やら怒っていた。

 千夏が出てきたのに気づいた我妻は、ちらりと千夏を見てから肩をすくめて、エレベーターに乗り込んでしまった。恭介は先ほどまでと同じ飄々とした表情で千夏を見ていた。


「どうかした?」

「我妻さんから資料を受け取ったので」


 頭にもやがかかったまま恭介に資料を渡すと、恭介はぱらぱらと資料をめくり始める。真剣に読んでいるのかわからない表情だが、ただ文字をひたすら追っているように恭介の目は忙しなく動いていた。


「それで?」

「はい?」

「何か面白いこと、書いてあった?」


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