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11.

 恭介の問いに、セオリー通りに考えるならば。


「次は、第一発見者に」

「遅いくらいなんじゃない?」

「……す、すみません」

「まあいいや、呼んできて」


 いつまでも恭介の後ろばかりをついて歩くわけにはいかない。披露宴会場の入り口に立っている警備担当に第一発見者を訊くと、茶色のショートヘアの女性、名前は沢田真美真美と教えてもらう。

 教えてもらった特徴と名前を元に会場で見つけると、千夏は彼女の名前に立った。彼女は岡田由美を披露宴会場から連れ出すときに目が遭った女性だった。名簿には、新郎側の大学時代の友人として記載されている。


「発見時の状況を伺いたく、控室に来ていただけますでしょうか」


 少し顔色は青白くなっている。この状況に動揺しているのか、それとも強面集団パーティに迷い込んでしまったからか。仕方がないのかもしれない。職場同僚でもなく、同期でもない、ということから察するに、彼女も民間会社に勤めているのだろう。爪にはこの日のためだろうか、丁寧にネイルが施されている。

 席に座るように促すと、居心地悪そうに身をよじらせた。無理もない。一般人で、殺人事件に巻き込まれたのだ。


「発見当時のお話を伺いたく」


 小刻みに沢田真美真美は頷いた。沢田真美真美の服装や外見に千夏は目を移した。紺色のカクテルドレスに薄ピンク色のショール。美容室に朝寄ってきたのかもしれない。髪形はハーフアップにまとめられている。バレッタもパールが付いていて華やかだ。ファッション誌にも載っているであろうお手本的な姿だ。


「お、お手洗いに行ったら花嫁さんが倒れていて、その時には既にアイスピックで刺されていました」

「事件発生前に何か気になることはありませんでしたか」


 千夏の質問に沢村は首をゆっくり振る。


「新郎とはどのようなご関係で?」

「大学のサークルの同期です」

「今のお勤めは?」


 千夏の質問にきゅっと眉根をひそめる沢村。しまった機嫌を損ねてしまっただろうか。千夏は取り繕うように笑みを浮かべてみる。


「それって事件と何の関係があるんですか?」


 それがかえって、彼女の雰囲気を頑なにさせてしまった。喉の奥が乾いてくる。早く雰囲気を修正しないと。


「け、形式的なものです。お答えいただけますか」


 ハンカチをギュッと握ったまま、じっと千夏を見ていた沢田真美真美は不機嫌さを隠さずに口を開いた。


「……近くの病院で看護師をしています」

「そうでしたか。ところで、他の同期の方はどなたになりますか?」


 出席者リストを見せると『大学時代の友人』が全て当てはまると沢村真美は教えてくれた。大学の友人だけを沢村も含めて数えるとざっと十人。これが多いのか少ないのかは千夏には判断がつかない。


「花嫁とは、今日が初対面ですか」

「ええ」

「本日の披露でお話される機会はありましたか」

「なかったです。披露宴が始まって、一息ついたタイミングで彼女は席を外しましたから」

「そんな早いタイミングで?」

「お色直しだと思いますけど」

「お色直し……そうですか」


 先ほどウェディングプランナーから貰ったスケジュール表も見て見ると、お色直しは式の中盤に一回だけ予定されている。沢田真美真美の証言が本当ならば、お色直しとは全く違うタイミングでの途中退席になる。


「その際に何か気になることはありませんでしたか」


 千夏の問いに沢田真美真美は首を小さく横に振った。


「わかりました。ありがとうございます」

「僕からも質問、良いですか?」


 これまで黙って話を聞いていた恭介が口を開いた。目をつむって話を聞いていた男が急に話に入ってきたことに沢村は驚いているようだ。少し目を見開いて恭介を見ている。


「失礼。僕は彼女と同じ捜査一課の人間ですよ」


 人当たりが良さそうな表情で、壁にもたれかかったまま話す恭介。それだけで絵にはなるが、千夏にとっては胡散臭い詐欺師のようにしか見えない。


「披露宴開始から被害者が離席するまでってどんなお料理が出ていましたか?」

「はい?」

「ですから、料理ですよ。沢田さんも召し上がったでしょう?」

「え、ええと前菜とスープは食べましたが」

「お味は?」

「……美味しかったですよ」


 奇妙なことを聞かれているのが分かっている沢田真美はキレイな柳眉を歪めた。沢田真美の様子に気にすることなく、恭介は微笑んだまま問いを続ける。


「それはよかった。やはり婚礼料理たるものそうでなくては。ところで、お酒は振舞われましたか?」

「え、ええ」

「やはりシャンパン?」

「そうですね。そのあとは、バーカウンターでお好きなようにとアナウンスされました」

「花嫁や花婿はそれでは飲めないですよね」

「同僚の方たちが新郎にどんどん持って行っていました」

「ずいぶん怖い絵面になりますね、それは。ちなみに食物アレルギーには、お詳しいですか?」

「入院患者の方に関係することくらいは」

「そうですよね。さすが看護師さん」

「はあ……」

「ちなみに、前菜には何かそういうものはありそうでしたか?」


 沢村は目をつむり、婚礼料理を思い出しながら、恭介の質問に回答してくれる。


「いえ、ないかと。季節のお野菜を使われていたと思いますので」

「そうですか。ぜひ僕も食べてみたいものです。婚礼料理はこういうところではないとなかなか食べられませんからね」


 話を切り上げた恭介は、恭しく沢村真美を控室の入口まで送った。だが、その恭しさは扉を閉めると一変し、唇を一文字に結んでいた。


「どうされましたか?」

「……いや。まあ、そういうことだとは思ったが」


 なにやら小声で言っているが、こういう時の恭介に口をはさんでも返事が帰って来なそうな雰囲気だ。考え込んでいる上司を他所に、千夏はこれまでの聴取のメモを読み返す。


「……そう言えば、何故、被害者は殺されないといけなかったの?」


 小さく言葉にして口の中で転がせた言葉が口の外に漏れた。恭介の耳には届いていないらしく、特に反応は無い。ほっと胸を撫でおろしながら、千夏は出席者一覧を見ながら考えた。

 千夏はただじっと一覧と手帳を交互に見るだけになっていることに気が付き、顔を上げると、恭介が千夏をじっと見ていた。


「あ、あの?」

「何を悩んでいるの?」

「被害者が殺害された理由、です」

「それって、必要なこと?」

「なにを」

「それは事件解決に必要なこと?」


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