8話
「ようやく出てきたか? 生意気な一年生が。実力で思い知らせてやる」
ピッチに立った堅太郎に川田がゴール前から首をコキコキと鳴らして身構える。
フォワードのポジションには堅太郎と池添。一年生ボールで再開された後半戦、センターサークルにミッドフィルダーの福永が駆け寄り、池添と戦術の確認をしていた。
「よし、それでいこう」
福永に耳打ちをされた池添が意味深な笑みを溢した。
ホイッスルが鳴ると、フォワードの二人はボールを福永へと渡す。
福永がボールを運ぶ。
ペナルティエリアの外では『親愛なる眷属』を阻む者はいない。
圧倒的なポゼッション技術。【操作】の因子を所持する福永を前に上級生たちが翻弄される。
「プレスをかけろ!」
ゴールから飛ばされる川田の指示にディフェンダー陣がポジションを上げて、福永を取り囲んだ。
ディフェンスラインが前がかりになったや否や、裏のスペースに池添が飛び込む。
それと同時に、福永からのスルーパスが池添に渡る。
「しまった! 戻れ!」
ディフェンダーが抜け出した池添を追う。
キーパー川田との一対一。一年生チームにとって絶好の機会が訪れた。
しかし、川田は動じることなくほくそ笑んでいた。
「何度やっても同じだ」
──俺の『英雄の加護』は遺伝子名称、『祓いの光明』。【覇気】の因子を保有する。領域内の『英雄の加護』を無効化する遺伝子。
川田が池添目掛けて猛進した。
その動きを確認した池添はペナルティエリアを避けるように進路を変えて、右奥のスペースに向かって走り込む。
──!?
川田が即座に後退して、池添のセンタリングに備えた。
そこで池添はディフェンダーが詰め寄ってくるのを待った。
──!?
ポン。
池添がディフェンダーの体にボールを当ててゴールラインを割らせると、ホイッスルが鳴り一年生チームにコーナーキックが与えられた。
「なるほど。ヤツらの狙いはセットプレーか……。少しは頭を使えるようだな」
川田がグラブを叩いて両手を大きく構えた。
「さあ、来い! 一年坊主どもっ!」
福永がコーナーアークにボールをセットする。
堅太郎には上級生チームのなかで一番大柄な男がマークについた。
「──うん? なんだこいつは!?」
一際目立つ堅太郎の長身。一年生チームの魂胆は見透かされていた。
「簡単にはきめさせねぇぞ」
大柄な先輩の声が堅太郎の耳元で囁かれる。
「こんにゃろぅ、グリグリと体を押し付けてきやがって……」
ゴール前のポジション争いは熾烈さを極めた。先輩が堅太郎を中に入れまいと、背中を張ってブロックしている。
「くそっ! 邪魔だ。どけっオラッ!」
堅太郎が懸命に体を前に入れるも、先輩も負けじと入れ返す。堂々めぐりでキリがない。激しいぶつかり合いが続く。
ならば──、
──!?っ
何を血迷ったのか、堅太郎はゴールとは逆方向、センターサークルに向かって逆走した。
そして、センターサークル付近で立ち止まったや否や、突然、踵を返して、ゴールに向かって猛然と走り出した。
急転直下のとんぼ返り。
──!?っ
もの凄い形相で走り込んでくる堅太郎の意図を汲み取ったキッカー福永は間合いを測り、堅太郎の最高到達点目掛けて、ボールを放り込んだ。
弧を描くボールに『親愛なる眷属』がしがみつく。
パタパタと翼を羽ばたかせボールを上空へと運ぶ。
「ぷぎぃぃぃぃーーっ」
クチバシを上擦らせて懸命に高度を維持している。
センターサークルからペナルティエリアまでの距離は約30m。その間を助走区間として、スピードに乗った堅太郎が、まさに滑走路から飛び立つジェット機のように、
──跳んだ。
加速する大飛翔を防ぎ止める者はいない。
堅太郎の影がペナルティエリアを黒く塗り潰す。
更に堅太郎は、空間に階段でもあるかの如く、一歩、二歩、三歩、──空中を闊歩した。
その姿はまるで、バレーボール選手がアタックを決めるかのように、バスケットボール選手がダンクシュートを決めるかのように、時間の静止した世界を謳歌するように、──優雅に、華麗に、──空中を翔け上がった。
──た、高えっ!?
傍観者たちの見上げる視線。呼吸すら忘れる静寂な戦慄が、地上を飲み込んだ。
堅太郎の長身と超人的な跳躍力が生み出す圧倒的な高さに、川田が気づく。
──領域外!?
川田はすぐさま飛び出した。
──ここからは肉体勝負! こしゃくな一年生がっ!
『親愛なる眷属』が堅太郎目掛けてボールを落下させる。
最高到達点に達した堅太郎は、それでもなお、高度を保ちその場でボールを待った。上半身を反らし、落ちてくるボールを待ち構えている。天空で裁きを下すかの如く、狙いを定める眼光は、まさに──神の視点。
切り取られた空間に押し込まれた傍観者たちの、半ば虚ろな視界の端に、一筋の影が映り込んだ。──全知全能の神に抗うように、地上から放たれた一閃の矢。
ゴールキーパー川田の──拳。
高さでは勝てまいと、拳を突き立てた右腕を伸ばし、天を衝く勢いで跳躍する。
ボールが衝突する二人の間に吸い込まれていく。下方からは川田の拳。それを迎え撃つ、反り返しから、しなりを効かせた堅太郎の額。
意地と意地がうねりを上げて激突する。川田の拳がボールの下腹部を突き上げたのと同時に、ボールの横っ腹に、堅太郎のヘディングが捻り込まれた。
瞬きも許されない僅かな時間、一瞬、時間が止まってしまったかのような錯覚に見舞われ、
そして──、
ズバァーーーーンッ!
落雷のような軌道のヘディングシュートがゴールネットに炸裂した。
凄まじい重さと勢いを持った衝撃に弾き飛ばされた川田の背中が、地面に叩きつけられ、ポン。
ポン、ポン、ポンポンポン──
静まり返ったフィールドに、ネットから溢れたボールの音だけが刻まれた。