英雄を継ぐ《改訂版》

6話

「全員集合！」

　一年生の紅白戦が行われた翌日──、　

　優駿高校三年、サッカー部キャプテン、川田《かわだ》卓《たく》の声がグラウンドにこだましていた。

　短く刈り上げられた髪型に太い眉。

　彫りの深い凛々しい顔立ちは、上級生としての威厳とはまた違う威圧感がある。

　重低音の野太い声と、迷いのない力強い眼差しが新入生たちを萎縮させていた。

　そしてその川田の横で、マネージャーのかなえがニヤニヤとした笑みをみせて浮かれている。

　──凄いよ、凄い。

　ボールコントロールの上手い福永君。

　鋭いドリブルが持ち味の池添君。

　荒削りだけど身体能力の高い堅太郎君。

　彼らがこのチームに加われば、全国大会出場も夢じゃない。

　かなえは、昨日行(おこな)った紅白戦を思い返して、新入生と上級生たちの顔を伺っていた。

「かなえ、何をニヤついている？」

　それに気づいた川田が声をかけた。

「えっ！？　──わたし、ニヤついてました！？」

「ああ」

　普段、口数があまり多くない川田の指摘にかなえの顔が熱くなる。

「いや、あの、その、実は昨日、新入生だけで紅白戦をやりまして……、それで今年の一年生はなかなか期待できるなんて、思っちゃったりしてまして……」

「そうか、それは頼もしいな。よし、今日は上級生と新入生で練習試合をやろう。俺も一年生たちの実力を把握しておきたい。かなえ、お前が一年生チームの指揮をとれ」

「──えっ！？」

　かなえは素《す》っ頓狂《とんきょう》な声を漏らした。

　──いや、いくら新入生たちが見込みがあるからと言ってもあなたたちは去年の準優勝チームでしょ！？

　かなえが気乗りしない様子でドギマギしていると、

「ところで、武《たけ》はどうした？」

　二年生の武がいないことに気づいた川田が、かなえに問いかけた。

「武君は補修で──」

「あいつ──。まあいいだろう。一年生相手にはちょうどいいハンデだ」

　──ハンデ！？　

　いやいや、あなたたちは上級生でしょ！？

　かなえはそう言い掛けたが、このチームでの川田の発言は絶対だった。違和感を覚えながらも次の言葉が出てこない。

　あわあわとたじろいていると、早速、上級生たちが準備運動に取り掛かる。

　──げっ！？

　みんなやる気マンマン！？

　上級生対一年生の練習試合。

　川田の提案に息巻いていたのは、何も上級生たちだけではなかった。

「地区大会の準優勝チームといきなり試合ができるなんてね」と、福永。

「県内ナンバーワンゴールキーパー川田さんからシュートを決めてやるぜ」と、池添。

　そして──、

「上級生諸君っ！　これは一年生からの下剋上であーーるっ！　勝ったチームこそがサッカー部の一軍として君臨するのだっ！　覚悟するようにっ！　がははははっ！」

　堅太郎が、こともあろうに上級生たちに向かって啖呵《たんか》を切った。

「ちょっとなに言ってるのよ堅太郎君っ！？」

　かなえが慌てて止めに入るも手遅れだった。上級生たちの鋭い視線が堅太郎に焚《く》べられる。

「よし分かった。その条件を飲んでやる。その代わり負けたチームはグラウンド百周だ！　いいなっ！」

　キャプテンの川田が一喝するように声を張り上げた。

　──あちゃぁ、なんでそうなるのぉ〜〜。

　かなえの心配を他所《よそ》に、

「バカめっ！　言ったな、太眉《ふとまゆ》木彫り人形っ！　グラウンドを走ることになるのはお前たちの方だっ！　がははははっ！」

　堅太郎がさらに挑発した。

　──太眉《ふとまゆ》木彫り人形！？

　場の空気が凍りつく。

　よりにもよって堅太郎はキャプテン川田の容姿を太眉《ふとまゆ》木彫り人形と揶揄《やゆ》していた。

「堅太郎君っ！　キャプテンすいませんっ！　よく言って聞かせておきますからっ！」

　かなえが堅太郎の上半身を押し倒して謝らせようとするも、その体はピクリとも動かない。腕組みをして高々と笑い声を上げている。

「威勢のいいヤツだ。後で吠え面をかくなよ！」

　平静を装う川田だったが明らかに表情が引き攣っている。

　ゴチンッ！

　笑いを堪えるチームメイトの頭を小突くと、何事もなかったかのようにしてその場を去って行く。

　そして数分後──

　堅太郎はさらに大きな声を張り上げて、がなり声を飛ばしていた。

「ちょっとかなえさんっ！　なんで俺がスタメンじゃないんですかっ！」

　かなえが選出した一年生チームのスターティングメンバーに堅太郎の名前はなかった。

「ふん。当たり前だろ。この素人がっ！」

　池添が白い目を向ける。

「黙れこのインチキ侍がっ！」

「はっ！？　誰がインチキ侍だって！」

「まあまあ二人とも落ちついて」

　仲裁に入る福永に対しても、

「長良川の饅頭鵜飼は黙っとけ！」

「饅頭鵜飼……！？」

　小競り合いが収束することなく続いた。

　困り果てたかなえが、

「堅太郎君は一年生チームの秘密兵器だからっ！」

　咄嗟に思いついた言い訳に、

「うん！？　何ですって？　かなえさん？」

　ようやく堅太郎が落ち着きを取り戻した。

「そうよ。堅太郎君は秘密兵器。チームの手の内を最初から敵に見せることはできないでしょ！」

「ほうほう。なるほどなるほど」

　堅太郎は満足げな笑みを浮かべて鼻の下を伸ばしている。

「聞いたかっ！　ペテン師どもっ！　俺はこのチームの秘密兵器だっ！　俺の出番まで精々頑張りたまえっ！　がははははっ！」

　単純な性格。

　それが有馬堅太郎の長所でもあり短所でもあった。