4話
ハーフタイム。
「おいコラ! 10番! てめぇ、あのチンチクリンの鳥みたいなヤツはなんなんだっ!」
堅太郎が怒声を上げて赤の10番に詰め寄っていた。
「あっ、堅太郎君。ナイスオーバーラップ! 凄い身体能力だね」
「はっ!? そんなことはどーだっていいんだよ! お前の周りをウロチョロしているあの鳥饅頭、あれは一体なんなんだっ!?」
「鳥饅頭? ひょっとして君、僕の英雄の加護が見えているのか?」
「英雄の加護!? なんだそれ!?」
「てことは、君も遺伝子保持者か。驚いたな。まさかサッカー初心者である君が遺伝子保持者だったなんて」
「だからその遺伝子保持者って一体なんなんだ!?」
「日本政府がサッカー界の英雄たちの遺伝子から選手を作り出している計画は知っているよね?」
「知らん。なんだそのクレイジーな計画はっ!?」
「まあいい。つまり僕と君は英雄の遺伝子から作られた将来有望なサッカー選手ってわけさ」
「はあ!? それとあのチンチクリンの鳥饅頭とどーいう関係があるんだっ!?」
「鳥饅頭とはいささか不愉快だね。あれは僕の英雄の加護、遺伝子名称は『親愛なる眷属』って言うんだ。僕の遺伝子さ」
「遺伝子!? つーか、あんなもん反則だろっ!? あいつ手を使ってたぞっ! 空も飛べるみてぇーだし。そもそも存在自体が反則じゃねぇーかっ!?」
「君はなんにも分かっていないようだね。英雄の加護は僕たち遺伝子保持者にしか認知することができないんだ。『親愛なる眷属』の存在は僕と君しか知らない。それのどこが反則なのかな?」
「いや、そーいう問題じゃないだろっ!? 見えなきゃ何をしてもいいのかよっ!」
「じゃあ、言わせてもらうけど歴代の英雄たちが超人的なプレイをどうやって成し遂げたと思う? 同じ人間として生まれたからには人体構造には限界がある。凡人も英雄も種族としては同じ。その差はどこから生まれる? まさか努力とか精神力とか言い出すんじゃないよね? 綺麗事だけでは物理の法則を覆すことは不可能だよ。英雄たちによる人智を超えた神懸かり的なプレイの数々は『見えざる力』によって齎されたものなんだよ」
「はっ!? お前は超能力の話でもしてるのかっ!」
「そうさ、超能力だよ。僕らは異能力者と呼ぶけどね。考えてもみてくれ。古くから日本には陰陽道という呪術体系がある。日本だけじゃない。世界各地にも表には出ないだけで多次元思想が古来から根付いている。それを物質的な文明社会が黙殺している。あたかも人目を逸らすかのようにしてね。なぜだか分かるかい? ごく一部の異能力者たちが『見えざる力』を使って世界を支配するためさ。
目に見えることだけが真実じゃない。
聞いたことや、教えられたこと。それらすべてが権力者たちによる洗脳だったとしたら。真実だと思い込んでいた物すべてがデタラメだったとしたら。
僕はね。感謝しているんだ。自分に与えられた特別な力、英雄の加護にね。この力を使って、世界の権力者と同じように富と名声を手に入れることができるんだから」
「仮にてめぇの話が本当だったとしたら、英雄と呼ばれるサッカー選手たちは、みんな異能力者だった、て言うのかよ!」
「英雄から引き継がれた遺伝子、『親愛なる眷属』がそれを証明してくれていると思うけどね」
「……そんな話、納得できるかよ……」
奥歯を噛み締める堅太郎の足元に『親愛なる眷属』がぴょこぴょこと歩み寄り頬ずりをしている。
「どうやら『親愛なる眷属』も君のことが気に入ったようだね」
無邪気に懐いてくる奇妙な生物を呆然とした面持ちで見つめる堅太郎の前に、スッと手が差し伸べられる。
その挙動に堅太郎が視線を上げると、赤の10番が穏やかな笑みを浮かべていた。さらりとしたセンター分けの髪型に甘いマスクの優男。
「自己紹介がまだだったね。僕の名前は福永耕史。ポジションはミッドフィルダー。【操作】の因子を持つ遺伝子保持者なんだ。これからはチームメイトとして、そして、同じ遺伝子保持者としてよろしく」
堅太郎はその手をジッと見つめたまま握り返すことができないでいた。
まるで絵空事のような福永の話を信じたくはないという気持ちと、現実として目の前に存在する珍妙な生物に、思考が停止していた。
「まあ、今に君も分かるさ。その様子だとどうやら君は、まだ覚醒していないみたいだからね」
福永は差し出した手を引っ込めると、
「じゃあ、後半戦は堅太郎君がフォワードだ。異能力者らしい超人的なゴールを期待しているよ」
そう言って、堅太郎のもとを去って行った。