15話
はっ!? はぁあああ!?
こいつ、複数の遺伝子を連続して使うことができるのかよっ!?
堅太郎は武の上半身ではなく下半身の動きに意識を向ける。武の足元で福永の『親愛なる眷属』に似た物体がちょこまかと動き回っていた。
──たしか、福永の『英雄の加護』は【操作】の因子だったはず……、
ここからまた五秒か──、
その僅かな時間が重石となって堅太郎にのしかかる。
すると、武はボールを跨ぐように挟み込み、空中へと跳ね上げた。
──!?っ
飛び上がった鳥のような生命体が、ボールを掴み、パタパタと翼を羽ばたかせる。
ボールが堅太郎の視界から消えた。
そして、武の身体は、──ズンッ!
急激に姿勢を低くして堅太郎の脇をすり抜ける──。
──はっ!?
頭が真っ白になった。正面に広がる視界、
しかし──もぬけの殻。
──ボールはどこだ!?
──武は!?
そう思った矢先、しばらくしてようやく、堅太郎の視界がボールを捉えた。
首を動かしアゴを突き出す。
堅太郎の頭上で『親愛なる眷属』がボールを運んでいた。
武は踵でボールを自分の背後から浮き上がらせて、堅太郎の頭上を越えさせようとしていた──ヒールリフト。
堅太郎は視線でボールを追うも、まさかの事態に力が入らない。
武はすでに堅太郎の背後に走り抜けている。ふわりと弧を描いた、山なりのボールが足元に落ちてくるのを背中で待っていた。
ぐぬぬぬぬっ──
分かっているのに、力が入らないもどかしさに、堅太郎は奥歯を噛み締める。
伸びきった腱。足首、膝、腰。跳躍に必要な関節が左右の動きに備えていたため、反応できない。
浮遊するボールを無情にも、視線だけが追う。
パタ、パタパタ──、
空中を舞う『親愛なる眷属』が堅太郎の頭上を通過して、ボールを落下させる。
──ふんがあぁぁっ!
それと同時に堅太郎は、唯一、力が入る足の指だけで跳んだ──。
地面を穿つように指先に力を込めて、斜め後方に跳躍する。
余力のない身体が限界を越えて、後方に伸びた。
──!?っ
人体の構造を無視した、いや、極限ギリギリの範囲で可動する唯一の力。
──ふんがががっあぁぁぁっっ!!
それを後押しするように、咆哮をあげて叱咤する。
奮い立った堅太郎の身体がボールに届く。
そして、額が落下するボールを跳ね除けた。
──!?っ
「ルーズボールっ!」
キーパーの川田が咄嗟に声を荒げた。
堅太郎の超人的な身体能力に静まり返っていたフィールドが、川田の声で動き出す。
堅太郎の額に弾かれたボールがサイドを転がっていく──、
予期しなかった不測の事態に、オフェンスチームもディフェンスチームも反応が遅れた。
川田が即座にボールに向かって走り込む。
──ボールはまだ生きている──、
倒れ込んだ堅太郎は身体を起こすと、弾けるようにボールを追った。
立ち上がった刹那、跳ねるような瞬発力が、加速力を瞬時に生み出す。
そして誰よりも早くボールに辿り着くと、振り向きざまに、ボールを蹴り込んだ。
ドゴーンッ!
ゴールラインすれすれの角度のない位置から大気を薙ぐような一閃が、ゴールを抉る。
──!?っ
堅太郎が放ったのはクリアボールではなく、シュートだった。
ディフェンスチームであるはずの堅太郎は、こともあろうか自軍のゴールにシュートを叩き込んだ。
再び、フィールドが静まり返る。
「お、お前……」
川田の頬を掠めた痛烈な弾道が、ゴールネットを揺らしていた。
川田が呆然とした様子で声を漏らす。
「うおっしゃぁああっーーーーっ! 武も太眉木彫り人形も、まとめて撃破じゃあぁぁーーっ!」
シュートがゴールに突き刺さったことを確認した堅太郎は雄叫びを上げて、拳を突き上げた。
──どうだっ!
俺こそが優駿高校の英雄、有馬堅太郎様だっ!
そして、両手を広げて飛行機ポーズでウイニングランを決めていた。
「……いや、それ、オウンゴールなんだけど……」
武が苦笑いを浮かべて、こめかみを掻く。
「とんでもない一年生が入部してきたな……」
思わず武の本音が溢れ出ていた。
──時に英雄はすべての常識を破壊する。




