14話
ボールを抱えた川田が堅太郎に近寄ってくる。
「堅太郎、話は福永から聞いた。お前にも俺たちの『英雄の加護』が見えているようだな」
堅太郎は黙って首を縦に振った。
『武の『英雄の加護』は遺伝子名称──、『模倣犯』。一度見た遺伝子をコピーする」
「はっ!? はっあああ? ってことは、今のはやっぱり池添の『魔剣剣士』!?」
「そうだ。一度見たものを瞬時に吸収する。【感性】の因子を持つ武ならではの能力だ」
「そ、そんなの反則じゃねぇーかよ……」
「だがな、武のコピーは万全ではない。能力を持続できるのは五秒だ。その間、お前の身体能力で耐え凌げ! 分かったな!」
川田はそう言い残して、キーパーのポジションに戻った。
すると、何やらクスクスとした笑い声が堅太郎の鼓膜をくすぐる。
視線を笑い声の方に向けると、女子生徒達が嘲笑するように堅太郎を見つめていた。
そこで堅太郎は、ハッとする。
ゆっくりと視線を落とす。
不様に開いたガニ股の両足。
「堅太郎、お前のようなデカい選手は股下を狙われる。警戒しておけ!」
川田の指摘にドッと大きな笑い声が起きた。
──股下だって?
ガッツリと開いた大きなトンネル。
ここを抜かれた──?
武目当ての女子生徒たちの視線に、気恥ずかしくなった堅太郎は即座に両足を閉じた。
かあぁーーっ!
圧倒的な屈辱に堅太郎の顔が熱くなる。
「た、武ぇぇっーーっ! て、てめえ、もう一度勝負しやがれっ!」
堅太郎は羞恥心を誤魔化すように声を荒げた。
武が涼しげな笑みを浮べる。
「別にいいけど、武さんな! 武『さん』。俺、こう見えて上下関係には厳しいタイプだから」
「……た、た、武──、さ、さ、さんっ、もう一度勝負しやがれっ!」
武の口角がニヤリと吊り上がる。
「つーか、堅太郎、お前、面白いじゃん。じゃあ、もう一回やろっか。今度は川田さんからもゴールを奪いたいし──、あと、しやがれじゃなくて、『してください』、なっ!」
武がそう言ってボールをセットすると、ミニゲームが再開された。
ヨシトミ、エダテル、堅太郎。
三人で包囲網を張って武をマークする。
「堅太郎っ! お前なにやってんだっ!?」
その光景を遠巻きで見ていたサイドのフルキチが怒号を上げた。
──なにって、股下抜き対策ですが……、
堅太郎は小便でも我慢するように、内股を小さく閉じて身構えていた。
「そんな体勢で動けるわけねぇーだろっ!」
その姿に、エダテルが呆れたように罵った。
「バカヤロウ! 股抜き対策はな、身体を正面に向けず、斜めに構えるんだよ!」
そう言ってエダテルが見本をみせる。
武の活躍を見守るギャラリーたちから再び、笑いが起きた。
ぐっ、ぐぐぐぐ──、
堅太郎が下唇を噛み締め、ゆっくりと内股を開くと、
「ったくよ。見込みがあるヤツかと期待してたが、やっぱりただの素人じゃねぇーか!?」
エダテルが冷やかな視線を向け、ポンッと、ヨシトミが堅太郎の肩に手を置いた。
「まずは基本を覚えろ」
上から目線の物言いに、堅太郎の表情が引き攣った。
──分かってねぇーのは、てめぇらの方じゃねぇーか!
基本なんてどーでもいいんだよ!
こっちはサッカーじゃなくて異能力バトルをやってんだ。この凡人どもがっ!
堅太郎が言葉を詰まらせ、悶々と身体を震わせていると、
「さて、始めようか──」
武がクリスタルのような思念体を再び繰り出した。ディフェンダー陣が散るようにしてポジションに戻る。
武の『模倣犯』が、剣士の姿に変貌する。
──五秒だ。
堅太郎は咄嗟に心の中でカウントダウンを始めていた。
そして、
「あっ!? あっああぁぁぁぁーーっ!」
突然、大声を張り上げた。
「武さん、見て下さいっ! あの子めっちゃ可愛いくないですかっ!?」
フェンス越しの女生徒たちに指を差し向ける。武は、一瞬、視線を送ると、何事もなかったかのようにしてドリブルで切り込んでくる。
──くそっ! 時間稼ぎ失敗。
「堅太郎っ! バカなこと言ってないで集中しろ!」
ヨシトミが疾呼して武に向かっていく。
堅太郎は素早く視点を動かして、カバーリングポジションを見定めた。武の動きに先輩たち二人が食らいつき、ポジションが目紛しく変わる。
果敢にボールを奪いにいくヨシトミが肩や両手を振って、激しく体をぶつける。その後ろで、エダテルが虎視眈々と突破口を阻もうとしていた。
──よし、いいぞ。時間を稼げ!
堅太郎は動向を窺いながら、左右にステップを踏んで武の突破に備える。
──あと三秒、
堅太郎がそう思った矢先、
武は左方向にドリブルを仕掛けた。ヨシトミが身体を合わせる。すると、剣士の刀身が空を切り裂き、武はアウトサイドターンで右側に抜けた。
エッジの効いた切り返しにヨシトミの身体がつんのめる。
しかし、すかさずエダテルが右側をマークする。エダテルと対峙した武は、連続したアウトサイドタッチでボールを細かく捌くと、今度は直角にターン。ヨシトミとエダテルの間を抜ける。
剣士の剣先が矢継ぎ早に振り抜かれた。
そこで、──残り一秒、
意味深な笑みを浮かべた堅太郎が正面に立ち塞がった。
ムフフフ。初心者向けの指導トリオのみなさんご苦労様です。
武さん、時間切れっスよ。
股下対策にも抜かりなし──身体を斜めにして迎え討った。
堅太郎の思惑通り、武の『模倣犯』は、剣士の姿から本来の形へと変化した。
五秒経過──してやったり。
あとは俺が力づくで食い止める。
堅太郎が、そう意気込んだのも束の間、
──ぐにゃり。
クリスタルの人型の物体が、予想に反して小さな鳥のような姿に変貌した。
──なっ、なに!?
これは福永の『親愛なる眷属』!?
羽根の生えた小さな物体が武の足元に纏わりついてボールを死守していた。




