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10話

 

 ──翌日。

 サッカー部の練習場がいつもと違う雰囲気に包まれていた。


 うん? なんだこの羨望の眼差しは──?


 至るところから刺すような視線が向けられている。

 ──そうか。昨日、俺が太眉ふとまゆ木彫り人形を倒したから、早速、噂が広まったのか──。

 ガハハハ。さすがは英雄。くるしゅーないぞ、凡人どもっ!


「すいませぇーーんっ!」

 フェンス越しの女子生徒から声をかけられる。

「はいはい、英雄のサインですかっ? 少々お待ちを。何か書く物はお持ちで……」

 浮かれた堅太郎が近寄ると、

「ちょっと、そこ、どいてもらえませんかっ?」

 女子生徒の手が「シッシッ」と追い払うように振られていた。

 ──はっ!?

「あんた、デカイから邪魔なのよ。武君の姿が見えないじゃないっ!」


 ……武君? 俺じゃなくて……?

 女子生徒の視線を追ってみる。

 見慣れない涼しげな顔をした男が、サッカー部の練習に参加していた。

 ──誰だあいつは?

 武と呼ばれた男の一挙一動に黄色い歓声が湧く。

 な、なんかムカつくヤツだな──。


「全員集合!」

 キャプテン川田の号令がかかり、サッカー部が中央に集まる。

「二年の武です。よろしく」

 フェンスの向こう側にズラリと群れを成す女子生徒たち。

 校舎の窓から熱い視線を送る女子生徒たち。

 それらの脚光を一身に浴びる色男からボソリとやる気のない挨拶が交わされると、川田が声を張り上げた。

「今日から一年生も含めて、新チームの練習を始めていく。今年の目標は全国大会出場だ! 全員、心して取り組むように!」


 ──そうか。このモテ男が去年、弱小サッカー部を地区予選決勝に導いたという、二年の武か。随分とファンがついていやがるな……。

 待てよ。て、ことは──、

 こいつを倒して、俺がレギュラーを勝ちとれば……。俺がサッカー部の英雄。かなえさんは俺に惚れる──。

 堅太郎は武にライバル心を燃やしていた。


「昨日の練習試合で一年生の能力は大体把握した。今日はミニゲーム形式の実戦練習を行う」

 きたぁーーっ! いきなりチャンス到来っ! 

「よっしゃあー! 武、お前は俺がぶっ潰す!」

 堅太郎が人差し指を武に突きつけると、

 ドカッ!

 池添が堅太郎の尻を蹴り上げた。

「イタッ! なにすんだっ! このインチキ侍っ!」

「武さんだろーがっ! 武さん。先輩を呼び捨てにすんじゃねぇーよ」

「池添、久しぶりだな。元気にしてたか?」

「チワッス。また武さんとサッカーが出来て光栄っす」

「今年の一年は骨のあるヤツがいるみたいだな?」

「骨の折れるヤツの間違いっすよ」

 池添の醒めた視線が堅太郎に向けられた。

「なんだとぉー、この凡人がっ!?」

 堅太郎と池添が揉め出そうとしていると、

「はいはい、それじゃあ、堅太郎君は私と一緒に特別メニューよ」

 堅太郎は引き摺られるようにグラウンドの隅へと、かなえに連行された。


 はっ!? どーいうことですかっ!?

 なんで俺だけ別メニューなんすか!?

 俺は今から、あの武ヤロウをぶっ倒さなければならないのですが──。


「堅太郎君は私と一緒に基礎練習よ」

 ヤダヤダヤダヤダ、俺は武をたおーすっ──、


 ──うん? 

 今、なんておっしゃいました? 私と一緒に──??

 まさか、かなえさんと二人きりで──。


「そう、私と二人で」

「──はいっ! 基礎練習、頑張りますっ!」

 癇癪かんしゃくを起こしていた堅太郎は手のひらを返すように、グラウンドの端っこで鼻の下を伸ばしまくっていた。


「──まずはリフティングね」

「リフティング?」

「サッカーは手を使ってはダメなスポーツよ。言い換えれば、手以外ならどこを使っても良いの。頭、胸、太もも、膝、脚。それらを上手く使って、ボールを地面に落とさないようにするのがリフティングよ。百回できるようになったらチーム練習に参加してもいいわ!」


「……百回ですか……?」

 ううう、と唸るように両手で支えたボールを見つめる堅太郎。

 そっと、両手を離してみる。

 ボールが落下する。

 ──ちょん。

 落ちてくるボールを爪先で蹴ると、

 ──ズドーン。

 ボールが勢いよく前方にぶっとんだ。

 あは──。あは、あははは。

 白目で笑って誤魔化す堅太郎──。

「…………」

 ポリポリと頭を掻いて誤魔化す堅太郎──。

「…………」


「──いや、さっさと自分で拾いに行かんかぁーいっ!」

 体を傾けたかなえが指先を立てて、つっこんだ。


 ううう、ムズイ……。


 ──結果は何度やっても同じだった。

「堅太郎君、一言に足と言っても色んな箇所があるのよ。爪先だけじゃなくて、甲、足首、インサイド、アウトサイド。ボールをコントロールするコツは蹴るだけじゃなくて、力を吸収する必要があるの」

「……吸収ですか?」

「そうね、まず、足首と甲を使って、落ちてくるボールを足の上で止めてみましょう。落下速度に合わせて足を引いてあげるのがポイントよ」

「……足を引く?」

 言われたままに堅太郎はやってみる。

 ボールを落として、落下速度に合わせて、足を引く。──ピタリ。

 甲と足首に挟まれた形でボールが足の上で止まっていた。

 おおおっ──。

「凄い凄い! そしたら今度はそれを軽く上に蹴り上げてみる」

「──軽く蹴り上げる」

 ボールがフワッと胸の高さまで上がる。

「はい、それをまた止めてみてっ!」

 落下速度に合わせて、もう一度、足を引く。──ピタリ。

 おおおおっ!

「そうそう、その感じよ。やれば出来るじゃないっ! 次は太ももを使ってやってみましょう」


 ──太もも?

「角度を地面に平行にすることがポイントよ」

 ボールを蹴り上げて、地面と平行にした太ももをボールに合わせる。

 ポンッとボールが目線の高さにまで上がった。

「上手い、上手いっ! 次は足首を伸ばして、甲を平行にしてボールの中心を捉えてみて!」

 かなえに言われるがまま実践してみる。

 足の甲が真芯を捉えるとボールが真上に上がった。ブレることなく、ボールが頭の高さにまで上がる。

「その調子、その調子。次はインサイド、アウトサイド。いずれも平行にすることを意識して──」

 堅太郎は図体がデカイだけではなく、関節が柔らかくバランス感覚が良い。

 力加減を覚えた堅太郎のリフティングはみるみるうちに上達していった。


 ──凄い、凄いっ!

 九十一、九十二、九十三、九十四、九十五──、

「あと五回っ! 堅太郎君、頑張って!」

 あと五回で、目標の百回に到達する。

 ──さすがは英雄。やればできるじゃねぇーか。

 楽勝、楽勝。


 堅太郎のリフティングがラスト五回を迎えると、

「キャァー♡」

 黄色い歓声が飛んだ。

 うん? なんだ? 気が散るな……。

 チラリと動かした視線の先で、武が巧みなドリブルでディフェンダーをかわしていた。

 ──くそっ。武のヤロウ……。俺のいない所で目立ちやがって。

 九十六、九十七──、

「キャアアァァーーーー♡」

 ギャラリーたちの耳障りな声援が鼓膜をつんざく。

 なんなんだ、この甲高い高周波は……。

 九十八、九十九──、

 よし、ラスト一回。

「キャアアアアァァァァッーーーーーーッ♡♡」

 割れんばかりの金切り声が天を抜ける。

 武が華麗なシュートをゴールに叩き込んでいた。


 ──あっ!

 堅太郎の視線が捉えたものはシュートを決めた武でもなく、リフティング中のボールでもなく、そばで見守ってくれているはずの、──かなえの姿だった。

 ──いや、ちょっと、待って……、

 かなえさんが、俺じゃなくて、武を見つめている。

 ──心なしか、目が潤んでいる気が……、

 ──な、なんで……、

 ボールの中心が足元からズレる。

 一瞬、気が動転した隙に、ボールは意図しない方向に飛んでいき、無情にも地面に転がっていた。


 ──あっ、──ああああっ……、

 それでもなお、かなえの視線はシュートを決めた武の姿を追っている。

 ──嫌な予感がした。

 この表情は恋する乙女の顔……。

 ──ま、まさか──、

 堅太郎のあごが力なく落ちる。


「あっ!? 堅太郎君がよそ見してるからっ!」

 そこでようやく、かなえが堅太郎の失敗に気づき、ため息を漏らした。

 ……いや、よそ見していたのはかなえさんの方じゃないですか──。

「はい、一からやり直しっ!」

 かなえがボールを拾って堅太郎に手渡す。

 それを受け取った堅太郎はしばらく動けなかった。

 ……も、もしや、かなえさんと武は恋人同士……? 同じ二年生だし……。

 それ以降、堅太郎の足元はおぼつかず、四方八方にボールが散らかるばかりだった。

「ちょっと堅太郎君、さっきまで調子良かったのに、急に下手になっちゃってるじゃない……」

 

 ──武のせいだ。……全部、武が悪い。

 あのヤロウ……。絶対にぶっ倒してやる。

 そして、かなえさんを振り向かせてみせる。武のバカヤロウが……。


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