表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

【6】リュミエールの誤算

 リュミエールが雨を降らせてから一昼夜が過ぎた。

 そろそろ神力が尽きた頃合いかと、リュミエールは昼寝から目を覚まし、泉から顔を覗かせ外の様子を伺った。



 しかし、リュミエールの予想に反して未だに雨は降り続いていた。



「何てことだ。あの娘の祈りがこれ程の力となるとは……」


 自身の神力が途切れることなく、今も尚雨を降らせている事実にリュミエールは驚いた。


 (久しぶりの神力試しにとりあえず雨を降らせてみたのだが……)


 リュミエールは伯爵とアメリアの喜ぶ顔が頭に浮かび、何となく面白くない気持ちで泉の周りをぐるりと見回した。


「ん?」


 ふと、リュミエールの口から思わず間の抜けた声が洩れる。

 それもそのはず、リュミエールの目の前には驚く程変化を遂げた風景が広がっていた。


 鬱陶しい程に泉を覆い隠していた草木が綺麗に刈り取られ、数十年ぶりにドルガ谷の神の泉と祠がはっきりとその姿を現していた。

 更に丁寧なことに、祠には摘みたての花と果実が申し訳程度にちょこんと供えられていた。



「……これは……」



 綺麗になった泉を前に、リュミエールは確かめるようにゆっくりと辺りを散策した。

リュミエールはすぐに刈り取った大量の草木に埋もれるように眠るアメリアの姿を発見した。


 山の中で探して見つけたのかボロ切れのような布を身体に巻き、顔と両手は土で汚れ、草を刈り取る際に擦りきれたのか、指先からは何ヵ所も血が滲んでいた。


「……なんなんだ一体、この女は」


 とても伯爵令嬢とは思えないアメリアの行動とみすぼらしさ極まりない姿にリュミエールは心底呆れ、心の奥底から沸き起こる訳の分からない感情に苛立ちを覚えた。


 そんなリュミエールの感情など知るはずもない裸同然の姿で眠るアメリアに、容赦なく雨が降り注ぐ。


「おい、そんな格好で寝てると流石に風邪を引くぞ」


 そんな格好にした元凶のリュミエールが謎に苛立つ感情を抑えながら、アメリアに声をかける。

 しかし、アメリアはリュミエールの声掛けにピクリとも反応せず眠ったままだった。


「おい、コラ」


 業を煮やしたリュミエールはアメリアに近付くと、剥き出しの肩に手を当てた。


「ん? お前何か身体冷たくないか?」


 思った以上にリュミエールの手から伝わるアメリアの体温が冷たくて、リュミエールはアメリアの顔を覗き込んだ。

 よく見ると顔色は真っ青で、呼吸も浅い。


「――お前っ、もしかして倒れたのか!?」


 アメリアの異変にようやく気が付いたリュミエールは、咄嗟にアメリアの身体を両腕に抱え上げると、勢いのまま泉へと飛び込んだ。


 腕に抱えたアメリアの身体が胸まで泉に浸かると、一刻を争う状況に、リュミエールは惜しむことなく自身の残っていた神力を泉へと放出し始めた。


 泉が金色に光り輝き、水の温度が上昇する。




 温泉のように温まった泉のお陰で冷たくなっていたアメリアの身体は徐々に体温が戻り始めていった。


 リュミエールはアメリアの体温を両腕に感じ取ると、大きく安堵の息を吐いた。







 しばらくするとリュミエールの腕の中でゆっくりとアメリアが意識を取り戻した。



 (温かい……)



 アメリアはぼんやりとする意識の中、うっすらと目を開いた。

 そして、絵画のような美しい顔を曇らせて、自分を不機嫌そうに見下ろしているリュミエールと目が合った。


「龍……リュミエール様。私……」


 アメリアが目を覚まし口を開いた途端に、リュミエールは安堵から一変、ふつふつと腹の底から怒りが沸き起こってきた。


「こんの馬鹿女がっ!」


 リュミエールはアメリアに向かって大声で怒鳴り付けたが、それでも怒りが収まらないリュミエールは、苛立つ感情を抑えきれず、怒りのままに自分の腕に抱くアメリアを泉へと放り投げた。


 ――バシャーン!!


 激しい水音が辺りに響く。


 泉に沈んだアメリアは咄嗟に何をされたか分からず目を白黒させながら、慌てて泉から顔を出した。


「ぷはっ!! な、何するんですか!?」


 放り投げられた場所がアメリアの胸辺りまでの深さであったので、命に関わる行為ではないものの、とても神様とは思えないリュミエールの粗暴な行動にアメリアは非難の声を上げた。


「うるさい! 倒れていたお前を救ってやったんだ。文句を言われる筋合いはない! お陰でまた私の神力はすっからかんだ!」


 ご立腹な様子でそう言うとリュミエールは口を尖らせながら空を見上げた。

 リュミエールの言葉にアメリアも釣られて空を見上げる。


「あ……」


 いつの間にか止んでしまった雨に、アメリアは思わず声を洩らした。


 アメリアはそれと同時に泉に浸かっている自分の身体に違和感を覚えた。

アメリアはその違和感を確かめる為に、ゆっくりと泉から陸地に上がると、自分の身体に視線を向けた。


「え?」


 思わずアメリアから声が洩れた。

それもそのはず、先程まで冷たくなっていたアメリアの体温が元に戻っただけではなく、アメリアの身体中に出来ていた無数の傷や痣までもが綺麗に消えていたのだ。

 呆然としながらアメリアは傷のあった場所を確かめるように手で撫でながら、リュミエールに自分の身体に起きた奇跡について尋ねた。


「リュミエール様。これは……?」

「ふん、私の祠の前で死なれては色々と面倒臭いから、私の神力をぶちこんだ泉にその身体を浸からせてやったのだ。当然身体は万全に回復するだろうな」


 素っ気ない口調で説明するリュミエールの言葉を聞きながら、アメリアは綺麗になった自分の身体を未だに信じられない面持ちで、まじまじと眺めた。


 リュミエールの思いがけない厚意に、先程受けた粗暴な振る舞いに対する彼への非難の気持ちは小さく萎み、変わりにじんわりとアメリアの心が温かさで満ちてくる。



「……これで私リュミエール様の番になることは出来ますか?」


 その気持ちに引っ張られたかのように、アメリアの口からポツリと無意識に言葉が洩れた。


「はぁ?」


 アメリアの言葉にリュミエールは再び間の抜けた声を上げると、呆れたような視線を彼女へと向けた。


 アメリアは自分の口から思わず漏れてしまった言葉を咄嗟に隠すように、パッと口元に手を当てた。

 しかし今更言ってしまった言葉を取り消すことも出来ず、上目遣いでチラリとリュミエールの表情を伺う。

リュミエールはじっと不審な目をアメリアへと向けていた。


(うっ……。『何を言っているんだ。この馬鹿女』という心の声が聞こえてくるようだわ)


リュミエールからの威圧的な視線に気まずさを感じるものの、アメリアは腹を括り、非難を覚悟の上でもう一度リュミエールに向かって口を開いた。


「その、身体の傷や痣が消えてリュミエール様がおっしゃられていた醜い身体じゃなくなりました。……ひ、貧相な所はどうしようもないですけど、で、でも、どうかこの身体で我慢して下さいませんか? 」


 リュミエールの反応に身構えながらもアメリアが思いの丈を必死で伝える。リュミエールは縮こまりながらも自分を売り込むアメリアから珍しく視線を離さずじっと彼女の話を聞いていた。

そんなリュミエールに気を良くしたアメリアは言葉を続けた。


「そして是非また雨を――」

「しつこい!!」


“雨”という単語が聞こえた瞬間、それまで黙っていたリュミエールが弾かれたように大声をあげた。


「また雨雨と言い出したな! お前みたいなしつこくてうるさくて、図々しくて、面倒臭い女、どんなに身体が綺麗になろうと真っ平御免だ!!」


 リュミエールはアメリアに向かってあらゆる罵倒を一気に捲し立てると、最後はげんなりした様子でアメリアから背を向けた。


「で、ですよね……」


 リュミエールの言葉にアメリアはしゅんと目に見えて落ち込んだ。


「全く!」


そんなアメリアの姿に、リュミエールは感情的になっていた気持ちが僅かに削がれ、何を思ったか自分の着ていた上着を乱暴に脱ぐと、勢いよくそれをアメリアへと放り投げた。


「わっぷっ!」


 リュミエールの上着がアメリア身体を頭から覆う。


「これ以上は相手にしておれん!」


 言い捨てるようにそう言うと、リュミエールは自身の表現し難い感情を持て余すかのように、アメリアの前から逃げるように姿を消した。






 先程の喧騒が嘘のようにリュミエールの消えた泉は静寂に包まれた。


 アメリアは身体を覆うリュミエールの上着を頭から外し、ゆっくりと手に取った。


 冷たいのか優しいのかよく分からないリュミエールだが、彼のぶっきらぼうに放り投げたその服はとても温かった。

アメリアはリュミエールの服にそっと顔を埋めると温もりを逃がさないよう大事そうにその上着を抱き締めた。





 * * *




 アメリアを犠牲にし、小さな国に数ヶ月振りに降りだした雨は一日で終わりを告げた。


 ――ドンッ!!


「くそっ、 龍神め! アメリア一人では足りないと言うのか!!」



 伯爵が忌々しそうに執務室のテーブルに拳を打ち付けた。

 一日では到底枯れた土を蘇らせることは出来ない。

 これではまたいつ民達が伯爵が家に押し掛けるか分かったものではない。



「生け贄がもっと必要か……」



 伯爵は感情の消えた表情でボソリと呟くと執務室を後にしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ