蜘蛛
慌ただしく去っていくユカおばさんとお母さんを、呆然と見送っていると、すぐにわたしと同い年ぐらいのほうきにまたがった男の子が下りてきた。はっきりした二重で瞳は澄んだオリーブグリーン、スッと通った鼻、綺麗なさらさらの暗めのベージュ色の髪。かっこいいってこういう子が言われるんだうなぁと思うような男の子だった。その子がほうきの後ろを向けて、
「乗って。」
言葉は短いけれど、声をかけてくれた。この子がユカおばさんの息子のレイくんなんだろう。でも、ほうきに乗ったこともないし、男の子の後ろだしでどうしていいか迷ってしまう。レイくんはしばらくわたしを見てから、
「…。荷物貸して。歩けるところまで歩く。」
と言ってくれて、ほうきをぽんっと消して大きなリュックを持ってくれた。もしかしてわたしが戸惑ってたから、気を遣ってくれたのかな?
「あの、ありがとう。レイくん…で合ってますか?わたし、真優です。」
「うん。」
と言って頷いた。あまりしゃべらないし、表情も変わらないけれど、なんだか冷たい感じはしなかった。わたしの少し前を無言で歩いてるけど全然嫌な感じじゃない。レイくんの後ろについて歩いていると、
「きゃ…っ!?」
足が何かに引っ掛かり転びそうになって、小さく悲鳴を上げてしまった。なんとか踏ん張って体勢を立て直す。足元を見ると白い糸が木の根元に張られていた。この白い糸につまずいたんだと分かる。わたしが転びそうになったことに気付いて、こちらを振り向いたレイくんが、わたしの足元を確認した途端、
「離れて。」
と、固い声を出した。声が聞こえたと同時に上から白い糸がシューッとわたしに向かって下りてきて、わたしの体に巻き付いた。
「なにこれ動けない…。」
なんて言ってたら、白い糸に引っ張られて、体が浮いた。
「きゃあっ!」
そのまま木の上の方まで上がっていく。50mくらいまで一気に体が引っ張られ、白い糸が張りめぐらされたところに引っ掛かった。体は思うように動かないけれど、目を動かしてなんとか周りを確認していると、こっちに向かって、白い糸の上を動く50cmくらいの大きさの黒い何かがいる。なに!?黒い丸いからだに細い足が10本あって、カサカサと糸の上を移動している。…あれってすごい大きいけど、もしかして蜘蛛なの!?そしてこの糸は蜘蛛の糸?わたしは糸のせいで全く動けず、大きい蜘蛛は迫ってきていた。あまりの恐怖に、
「やだぁ…っ!」
わたしは思わず目を閉じた。
その瞬間、体の横に風を感じて目を開けると、わたしの周りの白い糸が切られていた。
「きゃあ〰️っ!」
わたしの体を支えていた白い糸が切られたわけだから…当然、わたしの体は落下を始める。口からは自然と大きな悲鳴が出てしまった。
上がった分今度は落ちていく。50mの高さって迫力ある!なんとか目を閉じずに、周りを確認しようとすると、ほうきにまたがってわたしに向かって飛んでくるレイくんがいる。その手には短い棒状の何かを持っていた。そしてぼそぼそとレイくんの声が聞こえたと思ったら、落下していたわたしの周りの風がふわりと動いて落ちる速度がゆるやかになり、そのまま優しくレイくんに抱きとめられた。
「掴まってて。」
ほうきの上でわたしを抱えて、大きい蜘蛛の方に顔を向けたまま、レイくんがわたしに声をかけた。恥ずかしさとか忘れて、ぎゅっとレイくんお腹に腕をまわす。レイくんは持っている木の棒みたいなものを蜘蛛に向けて何かを呟くと、風の刃が蜘蛛に傷をつけた。わたしは呆然と見守りながら、手に持ってるものは魔法の杖なんだと思った。苦しそうにしている蜘蛛に向かってレイくんはまだ杖を構えている。更なる攻撃を加えようとしているのかもしれない。わたしはとっさに、
「待って!」
とレイくんの手にしがみついた。その途端、体が熱くなり、レイくんが持っている杖の先から蜘蛛の方へ何か光が飛び出した。その光が蜘蛛に当たると、蜘蛛の姿が急に見えなくってしまった。
「…消えちゃったの?」
とわたしが聞くと、レイくんは蜘蛛がいたところに近づいていき、指をさした。
「あっ!小さい蜘蛛!」
そこには1cmくらいに縮んだ、馴染みのある大きさの蜘蛛の姿があった。レイくんはそれを見て何か考えている様子だったが、わたしは安心したからか体から力が抜けていき、レイくんに体を預ける形になったしまう。レイくんはわたしの様子に気が付いて、
「…帰ろう。」
と呟いた。ぐったりとしたわたしをしっかり抱えなおして、ほうきで飛んだ。わたしは大きい蜘蛛に襲われかけたことや50mから落下したこと、レイくんに抱き締められていることで、どきどきして心臓が落ち着かなかった。