80.まだ二十歳だった
鎌倉時代の資料がなかなか見つからず、半分妄想と想像で書いています。
もしかするとここに関してはこう言う資料で明記されているから矛盾している!なんてところがあるかもしれませんが、その時代を生きてきた蓮華の発言の方が正しいという体で読んでいただけると幸いです。
※一月九日迄優雅に休暇を満喫中なので投稿時間が乱れがちです……。
棟梁=武家(武士)の長であり統率者である軍事貴族のこと。頭領じゃないらしいです。ほー。
「墓参りの相手を聞いても良いか?」
鎌倉に向かう車の中で、洋士が遠慮がちに聞いてきた。
「ん……そうだね。僕の昔の家族なんだ。……僕の奥さん」
「……そうか。馴れ初めなんかは聞いても?」
「僕と彼女は、あの当時にしては珍しい、いや、奇跡と言っても差し支えはないかな。とにかく恋愛結婚だった。まあ勿論両家の利害が一致していたから認められたっていうのが一番大きいけれどね。平安時代の末期頃、かな? その辺りに産まれて、元々僕の家は鎌倉で荘官だったけれど、僕が産まれた頃には大きな武士団になっていた。荘官は自分の管理する荘園を守る為に武装するのが一般化していたときだったからね。
で、妻の家系は僕の家の武士団に参加していたから、妻とは幼い頃からよく顔を合わせていた。それもあって仲良くなって……と言う感じかな」
「あんたが辛くなければ、思い出話を教えて欲しい」
「うーん……結婚は僕が十六、彼女が十四のときだった。結婚してすぐに子供が産まれて……僕が二十歳のころ、源頼朝公が鎌倉にやってきた……んだったかな。僕の実家は早い内に頼朝公の傘下に入っていたから、いくつか戦にも参加した。まあ、僕は本当に恥ずかしいことに初陣の『富士川の戦い』で死んだ訳だけど」
「は? あんた……二十歳で死んだってことか?」
「うん、そう。まあそうは見えないでしょう? 江戸産まれの君に言うのも何だけれど、本当昔の人は老け顔だよねえ。今なら僕は二十七、八には見えるだろうけれど、あの当時はまだ二十歳だった」
一度は死を覚悟した命。それが助かったのだから、改めて僕は本当に運が良かったのだとしみじみ思う。
「実は僕は子供の頃に師匠を助けたんだ。異端審問から逃げて、海を渡ってきたらしい。それ以来時々こっそり会いに行く程度には仲が良かった。二十歳で戦死した筈の僕が今もこうやって生きているのは師匠のお陰。初陣に行くときに『君に勇気がないことを祈っている。そうすれば生き延びられるだろう』って、こう言われていたんだ。
でも僕はその当時意味が理解出来なくて、富士川の戦いに関しても荘園防衛の大規模版、位にしか思っていなかった。多分、僕の家がある程度大きくて、子供の頃から乗馬や弓、刀、槍に関して一通りの訓練を積んでいたし、師匠とも特訓をしていたから、普通よりは強いと言う自負があったと思う。
そもそも富士川の戦いでは、源氏と平氏の戦力に差がありすぎるとの噂は聞き及んでいた。『絶対に負けないだろう、僕の初陣にはうってつけだ、手柄を立ててやる』、そう意気込んでいて……師匠の警告も無視して最前線に近いところに行って、そこでようやく本当の戦場の恐ろしさを肌で感じで、恐怖で身体が竦んでしまって……さくっと殺されたのさ」
「今のあんたからは全く想像が出来ない程無鉄砲だな……それで、その後はどうなったんだ?」
「僕がなかなか待ち合わせ場所に現れないから、師匠が戦場跡を探しに来て……助けられた。傷がそこそこ浅かったのか、僕はまだぎりぎり生きていたから、師匠が僕に『私の仲間になるか』って聞いてきたんだ。元々子供の頃に師匠を助けたって言ったでしょう? だから彼女の見た目が全く変わらないこと、動物の肉ではなくて血を飲むこと、言葉も通じない筈なのに一種のテレパシー?みたいなので意思の疎通も図ること。それら全てから彼女が人間ではないことは薄々分かっていた。それでも仲間になるかと言われたとき『それで家族に再び会えるなら』、と言って承諾したんだ」
ただ、ここで師匠すら予測しなかった問題が生じた。
「でもね、師匠が西洋の人だからなのか分からないけれど……あの当時の標準身長だった僕が、師匠の仲間になった結果、今の身長になっちゃって。三日三晩位苦しんだかなあ……で、真っ先に僕の無事を家族に知らせたかったのに、そのまま帰ったら家族に不審に思われるから、しばらく帰ることが出来なかったんだよね」
「それは災難だったな。そう言えば……俺は元々上背があったから違和感は少なかったが、確かに伸びたな」
「うん、あのときは僕もまさか洋士迄同じ現象に見舞われるとは思っていなかったよ。洋士を仲間にしたのは師匠じゃなくて僕だったからね。……家族にはひとまず手紙で無事は知らせつつ、怪我をしたから完治する迄暫くは戻れない、と最後に書いて時間を稼いだんだ」
「いつ家族と再会を?」
「一年後……位だったかなあ。まあそれ位の期間が空けば治療している最中に身長も伸びたんだって誤魔化せると思って。でもね、やっぱり家に戻ると色々と不都合が多くて。実は吸血鬼になった当初は人間の食事が不味く感じて口に出来なかった。太陽光もまあそれなりに不快に感じるし、寝ることもなくて手持ち無沙汰だから夜な夜な歩き回っててさ。……今思えば、排泄物を処理する人が真っ先におかしいって思ったんじゃないかなあ。今と違って昔は家族や家臣達と一緒に暮らすのが普通だったから、誤魔化すのは本当に大変だったし噂もあっという間に広がるよね」
僕の言葉に洋士は何とも言えない表情をした。きっと僕の立場になったら、と想像したのだろう。家族の為に吸血鬼になったものの、一緒に暮らせば家族からの不信感が募る。
「料理に関しては、徐々に人間だった頃の味覚に戻って来て、食べることが出来るようになった。でも排泄が出来ないからどうなるか分からないって師匠にも言われていたし、勿体なかったけれど食べたあとに散歩をする振りをして陰でこっそり吐き戻していた。
それにやっぱり心臓が動いていないとね、上手く人間の振りが出来ないから時々動物を狩っては血を飲んだりして……だけど今度はそれが本当に不味く感じるようになって、僕は吸血鬼じゃなくて人間として生き延びたんじゃないかって思った位。でも確かに血液を摂取しなければ心臓は止まるし、何より身体能力が明らかに向上していたから、人間ではなくなったのだという実感もあって」
人間ではない、けれど師匠と同族になれたのかと言うとそうも思えない。人間同様の味覚になり、血液が不味く感じるようになってしまった辺り、僕はどちらでもない、化け物になったんじゃないかとその当時は不安と恐怖を覚えたものだ。
「まだ鎌倉幕府が正式に開かれる前で、吸血鬼になってからたった数年。見た目的には不審がられる程じゃない。でも、どんなに人間らしい生活をしてみても、一緒に住む人々からの反応が日に日に悪くなっていたのは感じていた。だから正直、あのあとも戦に参加する度に今度こそ戦死したことにして雲隠れするべきか、って悩んだ。でも、どうしても家族と永遠に言葉を交わせず、離れて影から見守るだけの生活になる踏ん切りはつかなかった。外見の問題でどうにもならなくなる迄は、もう少しだけ、あと少しだけ側に居たい、子供の成長を見ていたい。そう思った。
僕達の棟梁は源氏の血を引く人だったけれど、僕らが住んでいた場所で皆を率いていたのは父だった。だから僕があそこで亡くなったことにすると、息子が大きくなる迄父が頑張らなければならなくなる。父も戦には出ている訳だから、いつ何時どうにかなるかも分からない。そう言う事情もあって、気味悪がられているのは分かっていても家族の元を離れるわけにはいかなかったし、家族の方も表立って僕に何かを言うことはなかった」
「それじゃあ……息子が大きくなったら風当たりがきつくなったんじゃないのか」
「うん、まあそうだね。でもその頃には僕は戦場で手柄を多く立てていたし、やっぱり僕に対して直接何かを言う人は居なかった。それに妻と息子は最初こそ態度がぎこちなかったけれど、戦に行くとなると泣きそうな顔を見せるし、戻ればそれは大層喜んでくれていた。一緒に暮らせることが何よりも幸せだと思っていたのか、誰よりも味方になってくれていた。
父が死んで、母が死んで。僕に代替わりをしてからは当然、皆ますます何も言わなくなった。……多分、その頃にはとっくに妻も息子も僕が人間ではなくなっていたことに気付いていたのだと思う。少しでも年老いたように見えるように、自分の化粧道具を貸してくれたり、着物の色にも気を遣ってくれたりね」
「奥さんと息子との仲は良好だったんだな……良かった」
「うん……、でもね、時代が時代だったから。僕の正体をどうにか誤魔化して生活していても、どうにもならないときが来た。頼朝公が亡くなって……あの後暫く、幕府は地獄絵図だった。今だから言えるけれど、北条家が頼朝公の死を予期していたかのように色々と準備をしていて、御家人筆頭だった僕は真っ先に目を付けられたんだ」
「御家人筆頭? 確かあの当時の御家人筆頭は……」
「あの当時の、僕について記載されている書物は可能な限り全て該当ページは破棄したり新たに書き換えたりしたんだ。まああれから九百年経って殆ど記録は残らなかったし、そこまで頑張る必要はなかったのかもしれないけれど。僕はどうしても上背があったから、記録として残ってしまうと厄介だったし。とにかく、北条氏に目を付けられてしまった以上、僕は妻を守る必要があった。だから住み慣れたあの土地を捨てて新天地へと向かったんだ、確か」
何故だろう、今日は珍しくあの当時のことがすらすらと思い出せると思っていたが、ここから先がまるで思い出せない。確かに僕は北条氏から逃れる為に鎌倉を出て、西国を目指した筈なのだけれど……あのあとはどうなったんだっけ?
「……奥さんはどうして亡くなったんだ?」
僕の様子がおかしいと気付いたのか、洋士は質問を変えた。一月二十五日。それが彼女の命日だ。それだけは確信を持って言える。だけどどうしてだろう。彼女がどうして亡くなったのか、微塵も思い出せない。
「分からない。何故だろう、思い出せないんだ。息子は……分かる。あの子は老衰だ。家族に見守られながら安らかに逝ったのを僕も影ながら見届けた。あれは西国だった筈。と言うことは、無事に西国に辿り着いたんだっけ……?」
「もう良い。疲れたんだろう。少し休んだ方が良い」
洋士がそう言うので僕は素直に頷いて話をやめた。普段は起こらない筈の頭痛が、妙にその存在を強く主張していた。