79.二〇六三年
すみません、色々こねくり回してみましたがカウントダウンパーティーのネタが思いつかなかったのでやむを得ずスキップしました。そのうち番外で触れるかもしれません。お待たせしました、ようやく話が進みます。
2023/07/27追記
しれっと奥さんの命日を変更しました。1月4日→1月25日
運営側がルールを追加してくれたお陰でカウントダウンイベントはつつがなく終了。年は明け、二〇六三年を迎えた。
「ちょっと、話があるんだけど」
とギルドで声をかけてきたのはフェリシア・バートレット侯爵令嬢もとい、冒険者のフェイさん。ロストテクノロジーの方にも相当な量の証拠が集まり、僕も彼女に会いたくてギルドへ向かっていたので丁度良いタイミング。
しかし気になる。どうしてフェイさんは見るからに大怪我をしているのだろう。この世界であれば魔法ですぐに治療が出来る筈。
「ああ、これ? ちょっとした兄弟喧嘩だから気にしないで。今はほら、教会が全ての治療を断ってるから」
ちょっとした兄弟喧嘩でこんな大怪我をするのであれば、命がいくらあっても足りないのではないだろうか。そう言えばフェイさんが僕達に人海戦術で証拠を集めて欲しいと依頼してきたとき、理由があって表立っては動けないと言っていた。もしかして兄弟とのいざこざがその理由なのだろうか?
「神聖魔法は使えますし僕で良ければ治療をしますよ? ……さすがにそこまでの大怪我を完治出来る自信はないですけれど」
「本当? ああでも、急に怪我を治したら不審がられるからやめておく。教会で治せないのにどうやって治したのかって追求される。兄弟は私が冒険者をやっているのを知らないから」
「では痛みが引く程度に治療するのはいかがですか? 見た目さえ変わらなければ問題ないのでは」
「確かに。それじゃ、お言葉に甘えようかな」
そう言うと、フェイさんは受付の職員さんに何やら話しかけ始めた。治療をするのに許可が必要とか?
「個室を用意して貰ったから行こう」
「個室って借りられるものなんですか?」
「うん、主に依頼者と受注者が依頼内容の相談をするときとかに使えるの。情報漏洩しないようにセキュリティはバッチリ守られてるからね」
なるほど、今迄上階と言えばダニエルさんと話すときしか使ったことがなかったけれど、他の部屋は密談用のスペースになっていたのか。
借りた部屋自体は普段ダニエルさんと面会をする部屋を少し小さくしただけといった印象。
早速ソファに座らせたフェイさんの全身の状態を服の上からくまなくチェック。多分僕が見るに、一番ひどいのは右腕。確実に骨折しているにもかかわらず、大した治療もされていない。神官による治療が主流とはいえ、ここまでろくに医術が進んでいないとは恐れ入る。教会の治療費はそれなりの値段だと聞くし、怪我をしたり病気になった平民は普段どうやって治しているのだろうか。
ひとまず見た目が変わるのは駄目だということなので骨折自体は自然治癒に任せるとして、骨のずれはどうにかしておかないとまずい。神聖魔法と言うよりは直に腕に触れ、ずれを直してから軽く治療をしていく。
「そう言えば今日は、ヴィオラだっけ? あの子は居ないの?」
ずれを直した痛みを誤魔化す為か、フェイさんが口を開いた。確かに話をしていた方が気が紛れるだろう。
「彼女は今日は仕事です。元々今日はフェイさんとの約束を取り付ける為に来たんです」
「あら、じゃあ今日詳しい話はしない方が良い? こっちとしてはなるべく早く片をつけたいから進めちゃいたいんだけど……」
「僕の方から伝えておきますから、問題ないですよ。揃った証拠を見る限り、僕も早めに動いた方が良いと思います」
「撮れたのね、証拠。ちょっと見せて貰っても良い?」
そう言ったものの、まだ腕の治療中だったと気付いたのか上げかけた腕を途中で止めるフェイさん。
「腕の方はもう大丈夫ですよ。ひとまず折れた骨がずれていたのでそこを合わせてから、軽く治療をしておいたのでだいぶ痛みはましになったはずです」そう言ってロストテクノロジー二つを渡した。
「ありがとう」
僕にお礼を口にしてから、フェイさんはロストテクノロジーに集中。しばらくしてから唖然とした表情でこちらを見た。
「ちょっと、何よこれ。どうやったらこんな数が集まるの? せいぜい多くて五つくらいだと思っていたのに」
フェイさんの言葉に僕は「数の力です」と笑って誤魔化した。それはそうだ、ロストテクノロジーは一つずつしかない。NPCのフェイさんからしてみれば現場を押さえて証拠を撮る為に僕が走り回ったとしても、この短期間ではせいぜい五つ程度の映像や写真しか撮れないと踏んでいたのだろう。
だけど、実際のロストテクノロジーは各プレイヤーのスクリーンショットやキャプチャ機能と連動し、集約することが出来る。延べ二万人以上のシヴェフ王国プレイヤーが動いたのだから証拠の数も当然数万では効かない。
「数に驚けば良いのか、これだけの現場を目撃された教会側の人間の迂闊さに驚けば良いのか分かんないな」
「まあ、中には関係があるか分からない証拠も多々ありますから。とりあえず教会所属の人が外部の人と接触した瞬間を中心に押さえてますから、その中から本当に必要な証拠を絞り込む必要はあります。ただ、僕が思うにこの映像やこの写真などが非常に怪しいかと」
前もって一通りの証拠を確認した際に、有力そうな証拠に関しては分けておいた。正直、僕も全ての証拠を確認は出来ていないので漏れは多々あると思うけれど、一旦は教会が黒だと断定出来れば良い。
「はあ……怪しいどころか真っ黒。これ、麻袋の中身って確実に黒髪黒目の子でしょ、袋から頭が見えてる。猿ぐつわがずれたのか、それとも口を塞ぐこともしなかったのか。ばっちり子供の叫ぶ声も入ってるし確定ね」
「患者を麻袋に入れて運ぶ習慣がない限りは言い逃れは出来ないでしょうね」
「あとは……この写真、相手はマリオット公爵じゃない? 何の用事だろう」
「その写真の直後に撮られた映像もあった筈です。見たら驚くと思いますよ」
「うーんと、これかな。……ねえちょっと、私の聞き間違い? 今大神官猊下が『ユアマジェスティ』って言ったと思うんだけど」
「聞き間違いではないですよ。まあ多分……そう言うことなのだと思います」
とどのつまりはマリオット公爵家と教会は癒着どころか、謀反を企んでいる可能性があるということだ。『ユアマジェスティ』は一般的に国王に用いる呼び方。公爵がそのような大それた事を考えていないとしても、少なくとも大神官が国王ではなく公爵に忠誠を誓っているのは揺らぎようのない事実だろう。
「この映像自体は僕達が証拠を集め始めた当初のものです。ここではうっかり教会の入り口でこのような発言をしていますが、これ以降僕達への警戒を強めて迂闊な発言は一度もしていません」
「うーん、マリオット公爵が黒だと仮定して。フィアロン公爵はどうかな。何かそれらしい証拠はあった?」
「いいえ、特には。フィアロン公爵が狡猾なのか、本当に今回の件にかかわっていないのかは残念ながら不明です」
「それじゃ正直な話、国王も教会と癒着してる可能性はあると思う?」
「どうでしょう……。確か現国王は子供が三人居ましたよね? その内の一人は既に王太子に指名されていると記憶しています。となると、両公爵の王位継承順位は四番目、もしくは五番目。継承可能性は極めて低いと思います。猊下が公爵を『ユアマジェスティ』と呼んでいる以上、国王も教会と癒着しているとは考えにくいとは思いますが……」
『むしろ王位簒奪を狙ってるとしか思えんな』
『マリオット……マリオネットを連想するな。操り人形じゃないかと邪推してしまう』
『そんなきな臭い証拠集まったのかwww』
『教会どころか公爵家も真っ黒ってどうなってんだこの国』
「そう。分かった。とりあえず私はこの証拠を持って父経由で国王に謁見を願い出ようと思う」
「分かりました。今後は国王への話が通った後にギルドへ正式に依頼が来るのでしょうか?」
「そうなると思う。その場合は私の家門ではなくて、正式に王家から話が行くかな。ただ、今回のことは公爵家がかかわっているから勘付かれないようにうちから依頼を出す可能性もある」
「では、それまでに我々は準備を調えておきますね」
『よっしゃーいよいよか!』
『証拠集め頑張った甲斐があったな』
『今回のイベントもちゃんと休日に設定されるんかな……平日だと有休取らねば』
残りの目につく怪我も全て痛みが引く程度に治療したのち、フェイさんとは別れた。そして僕は、視聴者さんに断ってそのままログアウトした。どうにもやっぱりゲームをする気分にはなれなかったからだ。
§-§-§
「随分早いな」
「ん、ちょっと……雨だし出掛けてこようかなって」
歯切れが悪い物言いになってしまったが、仕方がない。洋士には出来るだけ知られたくないことだから。
「……墓参りか」
「……知ってたんだ」
「何年あんたと暮らしたと思っているんだ? あんたが毎年一月と八月辺りに何も手がつけられなくなることも、こっそり墓参りに行っていたことも知っているさ。……嫌じゃなければ送っていく」
それもそうか。確かに洋士と暮らしていたときも師匠に洋士を託して長いこと家を空けて墓参りに行っていたんだ、知らない筈がない。でも、本音を言えば余り詮索されたくはない。僕の家族のことを調べれば、洋士自身のことにもいずれ行き着いてしまうだろう。それとも僕に何も言わないだけで、洋士は既に知っているのだろうか?
「嫌じゃないけど……良いの? 墓らしい墓もないし、僕が勝手に自己満足の為に足を運んでいるだけだよ」
「なにも物理的な墓がなきゃ駄目な訳じゃないだろう。追悼の意味を込めて思い出の地を巡る、それで良いじゃないか。……途中で雨が止んでも困るしな、俺が居た方が心置きなく墓参りが出来るだろう?」
「そうだね、じゃあお願いしようかな」
正直な話、僕はもう妻の顔も息子の顔も思い出すことが出来ない。どこで何を話したのか、そういった思い出話も数える程しか覚えていない。それでも、命日だけはこうして覚えていて、毎年雨の日を見計らって足を運んでいた。自分の名前をとうの昔に忘れても、家族の名前だけは忘れていない。
それが良いことなのか、悪い事なのかは分からない。もしかしたら、僕の執着が元で輪廻の輪から外れてやしないだろうかと怯えたこともあるし、矛盾はしているけれど死ねば家族に会えるのではないかと思ったこともある。
そういう僕の弱い精神面のせいで、師匠には何度も謝られた。「吸血鬼という業を背負わせてしまって申し訳ない」と。師匠に謝られてようやく僕は、しっかりしなければと思ったのだ。
けれど最近はその師匠もめっきり見かけない。勿論、今は洋士が居る。無責任なことをするつもりはない。それでもこの時期だけは未だにどうしても何をする気にもなれないのだ。実はそれもあって新年を皆で祝うという風習とは縁遠かった。けれど今年は色々な人と出会って、本当に久々に何も考えずに年末年始を過ごすことが出来た。本当にありがたい。
妻が亡くなったのは一月二十五日。新しい年を迎えた直後だった。勿論、あの当時は旧暦であって、厳密に言えば今とは日付が違う。なので命日という意味では二月二十二日に行くのが正解なのかもしれないけれど、僕の中では一月二十五日は旧暦も新暦も関係無く、一月二十五日だ。だから少し早いけれど妻の好物を持って行こうと思う。
王太子とありますが、女性か男性かは現時点では決めていません。
王太子=男性、王太女=女性と言う説もあるようですが、外務省では男女問わず皇太子と言う名称を使用しているようですのでそちらを採用しました。ちなみに王国なので、本作では「王」太子を採用しています。