75.気が気でなかった
乳=羽織に羽織紐をつける輪っかの部分のことです。
映えを意識した七面鳥を会場ど真ん中に設置。本当は想定していなかったけれど、先程の一件もあるので念の為ビンゴゲームが終了する迄は接触禁止のルールを追加した。食べたい人は通常の七面鳥で我慢して貰う方向。不満が上がるかとも思ったけれど、先程の一件は皆も目撃していたので納得してくれた。その代わり、誰も通常の七面鳥に手をつけない。大きな七面鳥、皆食べたいんだね……。もう少しだけ我慢してください。
「えー、それではお待ちかね、ビンゴゲームのお時間がやってまいりました」
そんな僕の宣言に会場は大いに沸いた。事前に景品の一部を告知していたのだけれど、まあそれなりにお高いアクセサリとか、それなりにお高いお洒落なデザインの洋服とか。防御やステータス面での性能は人それぞれ欲しい物が違うだろうから、万人が使えるように何の効果もない、ただのアクセサリと洋服。だけど課金アバターに需用があるのだからデザインは大事なのだろう、皆楽しみにしていたようだ。
僕が声を出したタイミングで、アインとヴィオラが一番近いプレイヤーの皆にビンゴカードを回し始めた。全員に手渡しは難しいので前から後ろに流す感じでお願いしている。しかしヴィオラ、手伝ってくれるのは大変ありがたいのだけれど、参加者の筈なのにもはやスタッフのようになっている……。こんなことなら事前に飾り付けを手伝って貰った方がパーティーに集中出来て、かえって良かったかな?
「参加したい方でビンゴカードを受け取っていない方は居ますか? ……居ませんか? それじゃあ始めちゃいますよ? 景品はそれなりに豪華なものを用意したからね、今の内に申告してね?」
僕の念押しに会場内から笑いが聞こえる。すると何人かが手を上げ始めた。受け取っていなかったのか、それなりに豪華な景品という言葉に釣られて参加する気になったのか。まあとにかく申告してくれた人には、ヴィオラとアインがさくっとビンゴカードを配ってくれたので、さして待たずに準備は整った。
「それじゃあ番号を読み上げていきますが……ちなみにこのビンゴ抽選機、今回の為に『高野豆腐工房』さんが作ってくれた物です。これね、凄く使いやすいし見た目もお洒落なので良かったら皆さんもパーティーで使ってみてください。そこの露店コーナーに出店しています。オークション手数料がかからない分今回限定で!若干お安くなっているみたいなのでね、是非手に取ってみてください」
しれっと宣伝も挟みつつ、早速抽選機を回してみる。がらがら……二。
「最初の数字は二番です! あ、皆さんちゃんと真ん中は最初にあけておいてくださいね」
そうそう、件の二人のプレイヤーに関しては、あのあとすぐに運営側から問い合わせに対する返答が届いた。僕からの問い合わせは、いの一番に確認するという暗黙の了解がソーネ社内部にあるのではないだろうか。そう疑ってしまうほど本当に返答が早かった。いや、そんな依怙贔屓はされていないと信じているけれど……大丈夫だよね?
結果として、問題の二人はアカウント停止処分がくだされるとのこと。また、今回は課金アイテムが使用出来なかったという状態にある為、その分の返金を提案されたけれど、それは断った。だって料理に使用すること自体は出来たので、無駄になったのは運営側の責任ではない。返金して貰う選択肢を選ぶとしても、運営側からではなくあの二人のプレイヤーから貰うべきだと判断したからだ。
まあ現実問題として一列分の料理といっても例の七面鳥は含まれていないので実質数千円程度。わざわざ開示請求をして迄本人達に補償させるかどうかは悩ましい金額。
どちらかというと運営にお願いしたいのは、今後同様のトラブルが起こった際に適用出来る柔軟なルール設定。改めて調べてみたけれど、やはり料理を取り皿に盛る自由は持たせつつ、テーブルから料理を動かしたり手掴みが出来ないようにする方法は見当たらなかった。まあ僕も想定外だったのだから運営も想定外だったとは思うけれど。
これに関しても返信時にそれとなく記載しておいたら、すぐにルールに追加するよう動いてくれるとのこと。本日中は無理だけれど、明日、もしくは大晦日迄には追加されるらしい。ありがたいけれどこの動きの速さ、やはり過剰なご配慮を賜っている気がする……。
何度目かの番号読み上げのあと、どこかから「ビンゴ!」と叫ぶ声が聞こえた。
「お、ビンゴになった人が居るみたいですね。他には居ませんか? 居ないようですね。ではここにある景品から好きなものを選んで貰いましょう」
一番最初にビンゴになったプレイヤーが景品を選ぶ最中、目当てのものがあるらしい他のプレイヤーが「それは駄目だ!」とか「ああ!」とか叫んでいる。気持ちは分かる。分かるけれど参加者千人近い中で景品が三十個だからね、いちいちそんな絶望的な声を出されるとビンゴ出来なかったときが不安になるなあ。
一番目のプレイヤーは、「ヴィオラお手製ポーションセット」を選んだ。ちなみに視線の動き的に洋服と悩んだらしい。実用的なものを選ぶスタイル、僕は好きですよ。
「はい、じゃあどんどんいきます! ちなみにビンゴのタイミングが同一の場合は、じゃんけんで選ぶ順番を決めてくださいね」
§-§-§
予想通りというかなんというか、洋服、靴、アクセサリといった外見を飾る為のアイテムは早々に全てなくなり、ぎりぎりでビンゴを達成した人々はヴィオラのポーションセットやら僕お手製の料理やら、実用的なものを手に入れた。
一部不満たらたらな表情の人も居たけれど、参加費五百円に対して景品を手に出来た人は確実にプラスなんだからそんな顔をしないで欲しい。むしろ僕の料理に一体何の不満があると言うんだい……? それ以上そんな顔をするなら表に出て貰うことになるかもしれないぞ。
冗談はさておき、ここからはお待ちかね、巨大七面鳥の制限解除。皆しばらくスクリーンショットやキャプチャを楽しみながら、最後は仲良く切り分けて食べましたとさ。
大半の人はこの辺りでお開きといった感じで、続々と会場を後にした。ふう、楽しかったけれどちょっとつかれたな。でもこの後も明日迄引き続きパーティーは続くので、休憩なんてしていられない。ルールに関しては運営さんの修正待ちとして、その他、ちょっと不便だと感じた点がいくつかあったので、今居るプレイヤーの皆に断りを入れ、軽く模様替えを行うことに。
まずは料理の配置場所。これに関しては完全に僕のミス。空間ががらんとしていると寂しいかと思って比較的中央よりに設置したけれど、これだとイベント中に料理が邪魔になってしまう。という訳で明日の為に壁際に設置。
それから露店。売れ行きはそれなりみたいだったから良かったものの、余りにも人が多すぎてどこに露店があるのか分からない人がたくさん居た。なのでこちらに関しては案内板みたいなものを会場入り口付近と露店が設置してある場所の壁上部に設置。
そして飲み物。料理と比べて飲み物の種類が少なすぎて残念と言った感想がちらほら聞こえてきていた。確かに僕は余り飲み物にこだわらない質だから、種類が少なすぎたかもしれない。今の内に種類を増やしておこう。
それとクリスマスの飾り。ツリーを背景に記念撮影をしている人がたくさん居たけれど、ど真ん中に設置したせいで色々な人が背景に映り込んでしまっていた。スクリーンショット自体は「他のプレイヤーを表示しない」機能があるものの、一緒に写りたいプレイヤーも消えてしまうのでちょっと不便。パーティを組めば他のプレイヤーを消しつつ一緒に映ることも可能みたいだけれど、今シヴェフ王国民の大半は対教会の攻撃隊に参加しているので、パーティを組む為には一旦攻撃隊を離脱する必要があるので面倒臭い。
という訳で、これに関しては中央のツリーとは別に、同サイズのツリーを壁際に設置して、フォトスポットにすることに。ツリーの他に壁面にいくつかガーランドを飾ればほら、あっという間に映え空間の出来上がりです。どうして最初にこれを思いつかなかったかなあ、自分。
なんて色々やっていると、
「ぶんたいちょー!」
と聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。この間延びした呼び方、そして少し懐かしい分隊長呼び。確実にナナだ。
「やあナナ、ガンライズさん。来てたんだね?」
「夕方頃から居ましたよー。分隊長がずっと色々な人に囲まれてたから声をかけにくくってこんな時間になるまで待ってました!」
「ええ? 気にせず声をかけてくれれば良かったのに。あとね、僕はもう分隊長じゃないんだよ?」
「そうでした! 今は総隊長ですね!」
「た、確かに……」
分隊長じゃないのだから名前で呼んで欲しい、と言ったつもりだったけれど、総隊長なのは間違いないので否定が出来なかった。あれ、もしかして僕、短時間でものすごく出世した……?
「で、総隊長。今日一日ずっと司会とかやってて折角のクリスマスを楽しめてないじゃないですか? という訳で、私とガンライズくんからのクリスマスプレゼントです!」
ずいっと目の前に差し出されたプレゼントボックス。ク、クリスマスプレゼントだって……? なんてこった、もしかしたら人生で初めてかもしれない。産まれた頃にそんな風習はなかったし、定着してからはそんな相手も居なかったし……。あ、待ってちょっと泣きそう。そんなところ迄現実的じゃなくて良いのですよシステムさん!
「ありがとう……今開けてみても?」
「ちょっと恥ずかしいけれど、良いですよ!」
そう笑顔で言うナナ。ドキドキしすぎて手が震えて上手く包装が解けない。タップして開くとかも出来るけれど、それはちょっと情緒がないので頑張って開けてみた。
中から現れたのは羽織紐。中心に金属で出来た日本刀があって、その左右には赤い石と黒い石が交互に並んでいる。よくよく見れば、日本刀は鞘から刀を引き抜くことが出来、非常に細かい細工になっている。乳につけた金具を取り外さずとも、刀を引き抜けば羽織が脱げる仕組みになっているのか、凄いな。しかも普段は簡単には外れないように設計されているらしく、しっかりと納めればカチリとはまった感触がある。
「えっ……凄い」
それしか感想が出て来ない自分が情けないけれど、それほど衝撃を受けた。
「どうせなら総隊長がよく使うものを、って思って。いつも着物を着ているし、羽織紐が良いかなって思って色々調べたんですけど、こう言う奇抜なデザインって存在しないんですね。だから気に入らないかも、とは思ったんですけど、ゲーム内だしたまにはこう言う派手なもので冒険して貰えたらって。気に入らなければ使わなくて良いので、受け取って貰えませんか?」
鑑定をしてみると、「『友人のために丹精を込めて作った』日本刀の羽織紐」となっている。実はこのゲーム、ハンドメイド品については製作者が名前をつけることが出来る。その際、システム側で冠詞が自動的に付与される。今回の場合は『友人のために丹精を込めて作った』がそれに当たる。それだけでナナ達がどれだけの思いを込めて作ってくれたのかが分かると言うものだ。
「勿論使わせて貰うよ! 本当にありがとう。凄い凝った作りで……どうしたの、これ?」
「材料はガンライズくんに採鉱してきて貰いました! 私はNPC鍛冶屋に弟子入りして、ひたすら日本刀の部分を作って……って感じですね。二人とも不器用で、実は一番苦労したのは全パーツを合わせるときだったり」
「そんなに労力をかけてくれて本当にありがとう。早速つけてみるね!」
と僕は今つけている羽織紐を外し、貰った羽織紐を早速つけてみる。余り特殊な服装に関してはカバーしていないのか、羽織紐の装着なんかは全て手動でしなければならない。
「ところで、石が赤と黒なのには何か理由が?」
「俺的には青とか、穏やかな色のイメージが蓮華さんにはぴったりな気がしたんだけど、ナナがどうしても赤が良いって」
「んー、良く分かんないんですけど、とにかく赤が一番しっくりくるなって思ったんですよ。なんででしょうね。黒は多分、髪の色とかかな? 分かんないですけど」
プレゼントを渡せて満足したのだろう、明日も来ると言い残し、笑顔でナナとガンライズさんは会場を後にした。
ナナにとっては何気ない一言だったのだろうけれど、正直僕は気が気でなかった。赤が一番しっくりくるってどういう意味だろう。まさか僕が吸血鬼だと知っている……なんてことはないよね? それに黒。確かに髪や瞳の色から連想されてもおかしくはないけれど、吸血鬼は一般的に活動時間やその不死性から、闇の生物だと言われている。だから黒をイメージしたと言われても不思議ではない。
でも、ナナの表情からは僕を疑っている様子は微塵も見られなかった。演技だったのだろうか。それとも本当に何も知らずにたまたまこの色を選んだのだろうか。少し気になりはしたものの、純粋にプレゼントとしてはとても嬉しかったので羽織紐は外さず、このまま使うことにした。
自分で言うのもなんだけど、こんな羽織紐があったら自分が欲しい。誰か作ってくれないかな……。乳の金具外すのってだるいんですよ。中央にマグネットがついてるタイプも最近はあるけれど、デザインが単調になりがちなんですよね……。まじで誰か作ったら報告お願いします、購入します笑