Side:ガンライズ編1
2025/02/09 両親からGoWを薦められた時期がサービス開始時期以前になっていたので、オープンベータテストに修正しました。危ない危ない。
最近になって少しだけ芸能人の気持ちが分かるようになってきた。と言うのもナナとパーティを組んでから、彼女の配信を通して俺も露出し始めたからだ。
俺はライカンスロープだ。ライカンスロープは満月近くになると、破壊衝動が強くなる。その中でも俺は特にその欲求が強いらしく、毎日喧嘩に明け暮れては両親を心配させる毎日を送っていた。生傷を作っては治る前に新たな傷を作る。過去には何度か入院する羽目になったこともある。
見かねた両親の勧めで破壊衝動を抑えるためにVRゲームを始めた。けど、スキル制のゲームじゃ没入感が足りず、何の足しにもならなかった。結局期待した分絶望感が強く、余計に喧嘩をするようになってしまった。
そんな中、大学入学とほぼ同時期に両親から「オープンベータテストを開始したばかりのGoWというゲームが凄いらしい」と聞いた。またか、とは思ったものの、どうやら俺と同じ悩みを持った同族から勧められたようで「今度はきっと大丈夫だから騙されたと思ってやってみてよ」と珍しく両親が太鼓判を押してきた。自分の為を思って言ってくれているのに、拒否するのもおかしいよなと俺は祈るような思いで頷いたのだった。
結果、GoWはスキル制ではなく熟練度制を採用していて、破壊衝動の抑止力には一役買った。が、前途多難だった。
初期の熟練度を見るに当然の如く拳術熟練度が圧倒的で、拳で戦えばそれなりに冒険者として金を稼げるようになっただろう。けど俺は……俺は剣や槍を使って戦うのが夢だった。ところがいざ使ってみると、致命的にセンスがなくて、全然熟練度が上がらない。破壊衝動もウサギ相手じゃ気休め程度しか治まらないし、思い通りにいかないイラつきで更に欲求が強まったりもした。とはいえ、元来の負けず嫌いが功を奏してどうにか喧嘩はせずに家でGoWをする習慣は出来た。そういう意味では両親の言った通りになった訳だ。
そうして苦戦しながらもなんとか王都へ到着。そのままソロを続けていればまだ良かったのだが、王都クエストで同じ分隊だったナナと一緒に行動をするようになってから状況が変わった。
ナナは配信者だった。別に配信に俺が映ること自体は何とも思わなかった。けど、ナナのキャラクタークリエイトは可愛い。だからそれなりにファンが多い。そんなナナが突然見知らぬ男とパーティを組み始め、しかもナナを守るどころか足を引っ張っているのだ。
当然、視聴者は俺に良い感情を持たなかった。「早く引退しろよ」「ナナちゃんの邪魔してるだけのくず」「視界から消えて欲しい」といったコメントがナナの配信に殺到し、ついにナナが「配信をやめる」と爆弾発言を行ってしまった。
ナナが配信をやめると言い出したのは俺のせいだ。俺はナナを守るどころか足手まといで、挙げ句の果てに配信という副収入迄奪おうとしている。
「素手が嫌だとか、そんなわがまま言ってられないよな……」
そもそも素手が嫌だというのも俺のくだらないプライドだ。現実では散々喧嘩しているくせに、ゲーム世界で素手を使うのは嫌だった。この世界観のせいもあるかもしれない。
現実で武器を持ち出せば法律違反。でもGoWはファンタジー世界で、剣や魔法を使うのが当たり前。素手で戦う奴なんて見たことがない。そんな世界観で得意な素手で戦うと言うことは、人間ではなくてそれこそ狼に成り下がったような気がして何となく嫌だった。
けどもう、潮時なのかもしれない。そう思った。冒険者ランクは低い。当然、報酬も二人で分ければ雀の涙。それなのに俺は剣も槍もセンスがなくて、武器の耐久度はあっという間にゼロになり、壊れる。今はまだ初期軍資金のおかげで予備武器を買うことは出来ているけれど、それももうすぐ底を突く。
本当は俺がパーティを抜ければナナの視聴者は満足するし、その結果ナナは配信を続けることが出来て円満解決なのかもしれない。でもソロに戻る選択は出来なかった。ナナと離れたくない。
ライカンスロープの血に流れる破壊衝動を満たすために毎日喧嘩三昧。年の近い同族なんて日本にはほぼ居ないし、人間には怖がられて誰とも仲良くなれない。友達はおろか、恋愛に関して言えば一生無理だと思っていた。
けど、GoWは違う。ネット恋愛なんて、と馬鹿にする奴も蔑む奴も居るだろう。でも俺にとっては種族も気にする必要もなくて、怖がられることもなく色々な人と接することが出来る奇跡のような世界だ。だからナナとはもっと仲良くなりたい。彼女の話は何でも聞きたいし、俺もライカンスロープであること以外は何でも話したい。その為なら剣を諦めることだって出来る。
ゲームでまで狼人間になんかなりたくなくてゲーム開始時には人間を選んだ。でも今後素手で戦うならば、狼人間を選べば良かったかもしれない。今更そんな後悔が頭をよぎった。
ところがよくよく調べてみると、吸血鬼と狼人間はプレイ開始後でも選択出来るらしい。簡単に言ってしまえば課金をするか、既に吸血鬼or狼人間のプレイヤーやNPCに噛まれるか。吸血鬼は分からなくもないが、狼人間も感染症扱いなのか……?
掲示板なりなんなりで呼びかければもしかしたらすぐに協力してくれるプレイヤーが見つかったかもしれない。でも俺はすぐにでも狼人間になりたくて、課金と言う選択をした。千円と言う絶妙な金額が背中を押してくれたと言うのもある。
これでようやく視聴者からのお叱りの声も下火になるだろう、と思っていた。いや、実際目に見えてそういったコメントは減った。けど、これは完全に想定外、今度はナナの方が悪し様に言われるようになってしまった。
俺はナナのことを考えて素手という選択をしたのに、そのせいでナナが悪く言われる……? 正直、全く訳が分からなかった。今迄ずっと、俺が弱いって非難してたじゃないか。俺が強くなったら今度はナナを非難するのか? お前らはナナのファンじゃないのかよ。訳が分からねえ。
配信主はナナだ。俺は配信していない。それなのにナナが弱いからと言ってパーティを組むのをやめろ、俺が可哀想だ、とか好き勝手に書きやがる。いつ俺がナナの弱さを否定した? 俺はナナと一緒に居る為にこの選択をしただけで、ナナが強かろうが弱かろうがパーティを解消するつもりは一切ない。勝手に俺の気持ちを代弁した気になるのはやめてくれ、迷惑だ。ナナを切って他のパーティーに入る位なら俺はまた使えもしない剣術に戻る。
なんで急にそんなコメントが目につくようになったのか。どうやら俺がそれなりに戦えるようになったことで、蓮華さんとヴィオラさんのパーティに合流出来るのではないかと予想している奴らが居たらしい。だが、ナナはその基準に達していない。だから邪魔だ、と。
俺は王都クエストを通して蓮華さんと少しお近づきになれたとは思っている。けど、あのパーティに加入したいかと言えば答えはノーだ。とてもじゃないが俺にはあのパーティでやっていける技量はない。正直、あの二人は絶対に人間じゃないと思う。蓮華さんに至っては発言がかなり怪しいし、ライカンスロープの俺がそう感じたのだから多分間違いない。しかも素人に毛が生えた程度の俺の喧嘩人生と違って、かなり戦闘経験が豊富だと思う。一体どんな生き方をしているのかは知りたいような知りたくないような。
ナナは多分、普通の人間だ。だから、蓮華さんやヴィオラさんを尊敬してはいるものの正直あの二人に近付かせたいかと言えば近付かせたくはない。すれ違ったら言葉を交わす程度の関係で居たい。
でもナナは蓮華さん主催のクリスマスパーティーと年越しカウントダウンパーティーを非常に楽しみにしているようだ。あの二人が悪い人だとも思ってないし、ナナが楽しいならそれで良いんだけど。ただ、彼らの配信を見ていると参加希望者はかなりの人数になりそうだ。だから俺も参加して、ナナが変なことに巻き込まれないように見張ることにしようと思っている。その為にバイトは休みを入れたし、冬期休暇明けの試験に備えて勉強もちゃんとしている。
まあ、両親は最近俺が喧嘩をしなくなったから多少勉強を疎かにしてGoWで遊んでても文句を言わないみたいだけど。なんならクリスマスと年末年始をGoWで過ごして良いか確認したら諸手を挙げて賛成してくれた。それはそれでどうなんだって感じ。しかも、なんか特注品のコクーンをちょっと早いクリスマスプレゼントとか言って寄越してきた。かなり大きいサイズでライカンスロープに戻ったときにも使える奴。正直、家の中なのにGoWの為だけに人間に化ける必要があったから、かなり面倒臭かった。やっぱり家では楽な姿で居たいよな。
パーティーについていく件は、ナナのストーカーかよ、と俺自身も正直思って悩んだ。けど、女性プレイヤーってだけであくどい事を考える輩は結構居るらしい。ナナと行動をしていて、俺はそんな現実を知った。宿屋張って出待ちしたり盗撮したり。果ては覗きと事故を装ったボディタッチ狙いときたもんだ。
ボディタッチに関してはシステム設定から禁止箇所を柔軟にプレイヤーが選べる。けど、覗きや盗撮に関してはなかなか対応が難しいし、設定出来るからと言って見知らぬ奴に変な目で見られる不快感は変わらない。一応運営に報告すればアカウントを凍結したり、悪質な人物に関してはアカウント削除迄してくれるようだが、次から次へとそう言う輩が出て来るからキリが無い。だからナナがこのゲームをやめたいと思わないように俺が気付いたことに関しては全力で守るつもりで参加を決めた。
実を言うとナナはクリスマスも年末年始もゆっくり家族で過ごすと思っていた。けど、今年は一人で過ごす予定だったらしい。何でも母親が旅行に行きたがっていたらしく、自分も予定があるから安心して行って欲しい、と噓をついて無理やり行かせることにしたらしい。で、ぼっち覚悟で居たところに蓮華さんのパーティー開催宣言。そりゃ参加するよな。俺だって年の瀬に一人とか想像しただけで嫌だ。
守るとか理由をつけてるけど、ナナとクリスマスを過ごせることに舞い上がってる自分も居る。俺だって一歩間違えればナナのストーカーをしている奴らと同じになってしまう。気を付けないと。クリスマスプレゼント……とかは用意した方が良いんだろうか? それとも気持ち悪がられるだろうか。どこまでが友達としてOKなのか、どこからがNGなのか、まだまだ俺には判断が難しい。
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