67.フェリシアさん
「最近台詞ばっかりで地の文が少ないな……ちょっと増やそう」
をテーマにした回ですが、全然進まないのに4000文字もいってしまいました。極端すぎる……。
言い訳させて下さい。皆さんきっとフェリシアさんを覚えてないと思ったので補足したんです(震え声
言いたいこと、聞きたいことは全て聞けたので、改めてダニエルさんに礼を言って応接室を辞する。それにしてもダンジョンと転送ゲート……想像以上に怖い代物だったなあ。知らずにうっかり四つ目のダンジョンに迷い込んだら、このゲームをやめるレベルでトラウマになりそうだ。
「少し小腹が空いたんだけど……ギルドのレストランで食事しない?」
とヴィオラ。そう言えば、いつもエリュウの涙亭で食事してばかりで、ギルドで食事をしたことはなかったなあ。現実世界でもゲーム内でも行動力に欠けている気がする……。洋士に心配されるのも分かる気がしてきた。
「良いね。考えてみれば一度もギルドのレストランで食べたことがなかったよ」
「私は時々来てる。ゲーム内時間の夜は混むし酔っ払いが多くてうるさいけど、それ以外の時間は比較的落ち着いてて良い感じ。何よりメニューが豊富なのが強みよ」
「へー、メニューが豊富って言うのは意外。正直お酒とおつまみばっかりのイメージがあった」
「どうも色んな冒険者が依頼報告ついでに色々食材を置いていくみたい。だから毎日違った料理が出るのよ」
「なるほど」
なんて、ギルド併設のレストランについての説明を受けながら、ヴィオラのあとをついていく。実はレストランの場所すら知らなかったり……。
どうやらギルドの入り口を入ってすぐ右側にある扉の向こうがレストランだったらしい。ふむ、今更だけど左側の扉の先には何があるのだろうか?
レストランの規模は想像以上。いや……もしかして訓練場と同じくらいの広さがあるのでは? 併設どころかメインがレストランと言われても納得の広さなんですが。
広さ故だろう、席での注文形式ではなく、厨房前のカウンターに並んだ料理をトレーに自由に乗せていき、最後に精算するタイプのお店。昼はこれで良いのかもしれないけれど、酔っ払いが増えるという夜もこのスタイルで営業しているのだろうか? 正直全く想像がつかない。
とりあえずアインに先に席に座って貰い、僕とヴィオラはトレーを手に取り、カウンターへと並んだ。置いてある料理を一つ一つ吟味し、トレーへと並べていく。ある程度同じ商品が並んでいるので食指が伸びない品物があると、列が進む迄手持ち無沙汰になるのもこの手のお店の特徴だよね。
手持ち無沙汰故に列が進むのを待つ間、改めて少し周囲を観察してみよう。プレイヤーになってNPCとプレイヤーの区別がアイコンでつくようになった今だからこそ思うけれど、本当にNPC冒険者の数が多いなあ。それに人間同様にレストランで並んで食事をするなんて行動も、今迄は当たり前のように受け入れていたけれど、視界にUIが表示され、ゲーム世界だと強く認識するようになった今は凄いことなのだな、と感じるようになった。だからと言ってNPCに接するスタンスは変わらないけどね。
と、僕の左隣——つまり後ろに並んでいる——女性の顔に見覚えがあることに気付いた。マスクで顔の下半分を覆ってはいるものの、いつぞやにお世話になったゲームマスターの……確かフェリシアさんではなかろうか?
「……ええと、フェリシアさん? お久しぶりです」
僕が声をかけた瞬間、女性の眉間がぎゅっと寄った。声をかけてはまずかっただろうか? と言うよりも、ゲームマスターとしても侯爵令嬢としてもここに居るのはおかしいのではないだろうか。ああ、だから声をかけられて怒っているのか……。もう少し考えてから行動するべきだったな。
「……フェイよ」
どうやら無視を決め込むのでも人違いを主張する訳でもなく。名前が違うと言う方向で会話を続けてくれるようだ。
「失礼しました、フェイさん。先日はありがとうございました」
これって多分、ギルドでは偽名を使っているってことなのだろうなあ……それが可能なのかとか、どうしてギルドに居るのかとかはさておき。ひとまず僕は、ゲーム開始直後にエリュウの涙亭で僕の状況がおかしいと指摘してくれたこと、そしてコクーンの修理を提案してくれたことに対してお礼を言った。
「お礼を言うのはこっちでしょ? 何だったか忘れたけれど……とにかく頼み事を聞いて貰ったじゃない」
ところが、僕の言葉に「?」が頭上に浮かびそうなほど怪訝な表情をするフェリシアさん。うん? これは演技ではなくて本当にそう思っている表情に見えるような……。もしかすると、ゲームマスターだった記憶がない……? 運営側がログインしていないときはNPCなのだろうか。僕と接触した事実は消せないけれど、ゲームマスターとして行動している間の記憶はないので辻褄が合うように改ざんされている、とか?
「そう……言えばそうでしたね。でも結果として僕も懐が潤って助かりましたから」
実際にはフェイさんの方から頼み事などされていないのだから、本人が頼み事の内容を覚えていないのは当たり前。報酬の有無についてもまあ似たようなものだろう、と判断してなんとか適当に話を誤魔化してみる。でも、中の人が運営ではないのなら、これ以上話をしたところで意味がない。ぺこり、と一礼してから一歩進み、話はここまでと暗にアピールしてみたのだけれど。
「ねえちょっと。また頼み事……いえ、相談があるの。同席しても良い?」
と一歩近付いてくるフェイさん。僕の右隣に居るヴィオラが僕の方を向き、こくりと頷く。どうやら話を聞いていたらしい。
「良いですが、連れが一人とスケルトンが一体居ますよ」
「知ってる。貴方達ここ最近有名だから」
「……そうですか」
何で、とは聞かない。下手に聞いたら藪をつついて蛇を出しかねない気がする。ランクアップ試験のときだって、試験官に『人を殺した経験がある動き』みたいなことを言われて、どれだけ冷や汗をかいたことか。視聴者コメントをオフにするスキルはなかったので色々見えてはいたものの、どう返答しても面倒臭そうだったので戦闘に集中していてコメントを見逃している振りをして黙っていたのだ。こう言うとき、常時配信は良くないなって思う。でもきっと配信してなくても誰かしらが見聞きしてそうで……変わらない気がするんだよなあ。
三人めいめい好きな料理を取り終わり、会計を済ませてからアインが待つテーブルへと向かう。椅子は最初から四つあったので、特に他の席から拝借する必要もないようだ。
全員が席に着き、まずは普通に食事を開始。どんな話にせよ、食事しながら出来る内容ではない気がするからね……。それになんとなく話の方向性は分かる気がする。フェイさんは僕と同じ黒髪黒目をしているから。
「あ、これ凄く美味しい」
どこかぎこちない空気だったこともすっかり忘れ、僕は一口食べて感想を漏らした。いや、だって本当に美味しかったんだよ。エリュウの涙亭では洋食続きだったこともあって、久々の米に感動しているって言うのもあるかもしれないけど、出来たてではない筈なのにほかほかだし、味付けも丁度良い!
「そうでしょ、ギルドのおまけのようなイメージかもしれないど、そこらの店顔負けの味なんだから」
と、何故か満面の笑みでフェイさんが語る。あれ、侯爵令嬢ってこう言うところの食事もお口に合うんですね……? それに『そこらの店』にも入った経験があるんですね?
『めちゃくちゃ庶民派の侯爵令嬢』
『貴族ってもっとなんかこう……あれだと思ってた』
『これは特殊枠だ、普通は絶対こんなんじゃない』
とコメント欄も盛り上がっている。まあさすがにフェイさんを目の前にして同意する訳にはいかないので黙っているけれど。しかし、みんな侯爵令嬢だって分かっている辺り、本当に僕の配信を最初から見ているのだなあ……びっくり。
「詳しいのですね。この辺りはよく来られるんですか?」
話をするにしても、どうみても冒険者と言う出で立ちをしている彼女の背景がざっくりと知りたいので、とりあえず質問してみる。たまたま変装して今日だけここに居る……なんて雰囲気じゃないよね、やっぱり。
「冒険者としてはそれなりに長いから。ここも含めてこの辺りの通りでよく食べてるんだ」
歳は十六……十七?位に見えるのだけれど、長いとはどれ位の期間なのだろうか。正直命を落としかねない職業なので、一年でも長いと言うのが常識なのかもしれない。まさか十の頃から六、七年冒険者をやっています、なんてことはないよね?
「あの……失礼ですが、どうして冒険者を?」
遠回しに聞いても埒が明かないので、ここは一つ直球で聞いてみる。どれだけ考えても、侯爵令嬢が『長い』と言える期間冒険者として働いていると言うのはどうにも腑に落ちない。偽名も使っているようだし、何か事情があるのだろうか。
「詳しいことは言えない。ただ、私なりに家のことを考えているとだけ言っとく」
家のことを考えて、か……。侯爵家は武家ではないからと先日の王都クエスト時に総隊長を辞退していた筈。と言うことは、軍事に明るくなった方が良いと考えて動いていると言うことかもしれない。でも、それにしたってよりによって本人が冒険者になる必要はあったのだろうか。
「では、どれ位の期間冒険者を?」
「十の頃からだから、七年位かな」
それはつまり、ほとんど人生の半分近い年数を冒険者として生きていると言うこと。道理で貴族令嬢らしからぬ言葉使いも板についている筈だ。でも、十歳から家のことを考えて冒険者になるなんて、やはり正気の沙汰ではない気がする……これ以上突っ込んで聞くのはさすがに無理だろうけれど。
「何を考えているのかは大体分かるけど、心配しなくても別に一人で冒険者をやっている訳じゃない。父の幼馴染みが冒険者をやっていて……今はもう亡くなってしまったけど。私が生まれたときには既に冒険者は引退していたみたい。まあ、とにかく縁があってその人の元パーティメンバーにお世話になってるって感じ」
『それって元子爵夫人では』
『鍛冶屋のデンハムさんが言ってた人かな』
『七年って……絶対俺等よりずっと強い』
『家の為に命賭けるとか俺なら絶対無理。ってか親は何も言わんのか』
「なるほど」
と僕が相づちを打つと、それっきり会話は途絶えてしまった。まあいつまでも世間話をしていては食事も終わらず、相談も出来ないだろう。そう考えて、僕は食事を再開した。
全員の皿が空になった——勿論アイン以外の——タイミングで、待っていましたと言わんばかりにフェイさんが口を開く。
「単刀直入に言う。ここ最近、王都で囁かれてる……なんて穏やかなもんじゃない、声を大にして叫ばれてる、あの馬鹿げた主張をなんとかするのを手伝って欲しい」