63.どうする、ヴィオラ?
僕の試合を、ヴィオラはずっと上から見ていたらしい。予想以上に早く終わったことに驚きつつも、凄かった、次は自分だ、とギルドカードの更新を行っている僕に宣言し、訓練場へと戻っていくヴィオラ。
肩に力が入りすぎている気がするけれど、大丈夫かな? 僕が遠距離武器の使い手と戦ったと言うことは、恐らくヴィオラは近接武器の使い手と戦うことになる筈。僕とパーティを組む際には近寄られたら終わりだと言っていたけれど、実際のところはどうなのだろうか。
更新されたギルドカードを受け取り、挨拶もそこそこに僕も訓練場へと急いで向かう。ヴィオラが僕の試合を見てくれていたのだから、僕も見ない訳にはいかない。まだ始まっていなければ良いのだけれど。
「それでは試合開始!」
見学席に辿り着いたとき、タイミング良く審判の声が聞こえてきた。良かった、どうやら間に合ったみたい。
ヴィオラと相対する試験官は、予想通り片手剣を握っている。僕の相手をしてくれた人とは別人で、事前の説明は聞けなかったけれど、条件が同じであれば恐らくあの人もAランク冒険者なのだろう。
Aランク冒険者とは、要するに万能型の戦い方が出来る人のことを指すのだろうか。それともたまたま僕が当たった人がそう言った戦い方をしていたのだろうか。どちらにせよ、僕の相手が遠距離武器の使い手と言いつつ、実戦さながら近寄られた瞬間に弓を捨てたのと同様、あの試験官もヴィオラに近寄れなかった際、剣を捨てて他の手段を用いる可能性は十分にある。
今迄一緒に行動してきた限り、ヴィオラが弓を手放したところは見たことがない。もし万が一接近された場合、彼女はどうやって対処するのだろうか。
試合開始の合図と同時に、ヴィオラは試験官に対して矢を的確に放っていた。アインと違って試験官は盾を持ってはいないが、豪速のヴィオラの矢をなんともないように剣で払いのけている。動体視力は化け物級か。
僕の作戦とは違い、試験官は速さでヴィオラに近付くのではなく、ゆっくりと徐々に壁際に追い詰めるように移動する作戦のようだ。ヴィオラの方もそれに気付いているらしく、壁へと誘導されぬよう、円を描くように移動しながら牽制の矢を放っている。
確かに試験官のあのがっしりした体格は、速度よりも耐久性や豪腕を生かした攻撃力に特化しているように見える。しかしその割には両手剣ではなく片手剣を選ぶといった、ちぐはぐさが妙に引っかかる。盾を装備する訳でもないのに、あえて片手剣を選んだ理由とは一体何なのだろう。
それにしても、前々から思っていたけれどヴィオラはどうして移動しながらあんなに正確に矢を射ることが出来るのだろうか。僕はその場に立ち止まったままでも魔法の命中率が良くないと言うのに。矢と魔法では若干違うかもしれないけれど、今度ヴィオラに命中率の上げ方を聞いてみるのも良いかもしれないなあ。
変わらぬ状況に焦ったのか、それとも一本の剣では防ぎきれないと踏んだのか、ヴィオラはお得意の四本同時射出に切り替えたようだ。
僕の記憶が正しければ、片手剣は太刀と重量はそこまで大差はない。けれど形状が違い、太刀よりも厚みがある分、空気抵抗はある筈。どんなに素早い者でも、身体強化をしていなければ四本全てをかわしきるのは厳しいのではないだろうか。
と、僕が考えたそのとき——。
そう言うことか! 僕は思わず心の中で叫んだ。ヴィオラの矢が当たると思われたその瞬間、試験官は懐からもう一本短めの剣を取り出し、両手に握った二振りの剣で全ての矢を弾いた。そしてそのままヴィオラに向かって一直線に突進。
突然双手になったことか、はたまた四本全てを防がれると思っていなかったことか。とにかくヴィオラは一瞬、動きが止まった。その瞬間を逃す程Aランク冒険者は甘くはなかった。
——ガキィンッ!
訓練場内に金属と金属がぶつかり合う音が大きく響いた。間違いなく試験官の攻撃からは逃れられないと、誰もが思っただろう。だが、ヴィオラは逃げるのではなく、真っ向から受けることでぎりぎり難を逃れた。
彼女の右手には、見慣れた鉄製の矢。左手には、これまた見慣れた剥ぎ取り用の短剣。体格差も相まって、ヴィオラが押されているようには見えるものの、受け止められたことが想定外だったのか試験官の動きもほんの一瞬鈍くなったのが見て取れる。
僕の目で見る一瞬。それはつまり、ほとんど隙と呼べる代物ではない筈だけど、ヴィオラはその隙を見逃しはしなかった。なるほど、彼女の動体視力も人間のそれとはかけ離れているのかもしれない。まあ、弓をあれだけ使えるのだから当然と言えば当然か。
右手に持った鉄製の矢で、試験官の左手の平を思いっきり突き刺したのが見えた。どれだけの力なのだろう、痛みによって剣を手放した試験官の左手には、ヴィオラの矢が手の平から甲迄しっかりと貫通している。
エルフは筋力がないイメージがあったけれど……考えてみればあれだけ弓の弦を引き絞っているのだから、力がない筈がないのか。僕は一体今迄彼女の何を見てきたのだろうなあ。ヴィオラだけは絶対に敵に回さないようにしないと。
やはりAランク、痛みに慣れているのか、手の平を矢が貫通していると言う事態にも叫び声を上げることもなく、右手に持っていた片手剣で間髪入れずにヴィオラへと襲いかかった。
ヴィオラ側も今度は想定していたのか、動じる様子もなく、二本目の短剣を右手に装備し、双手で片手剣をいなしている。けれど体格差と主力武器の違いによる劣勢は否めない。
矢は、その形状から一度刺さったものを抜くのは容易では無い。とくに鏃から矢筈迄全部鉄製となれば、折ることも叶わない。要するに、試験官の左手には今も矢が突き刺さったまま。けれど、幸か不幸かそれが止血の役目も果たしており、思ったより血は流れていない。
つまりこのまま、ただ試合を続けても時間経過によって左手の傷が悪化し、ヴィオラに有利な方向へと進むといった可能性は限りなく低いだろう。
どうする、ヴィオラ? 僕は心の中でヴィオラに問いかけた。防戦一方の彼女に、再び仕掛けるチャンスを作ることは出来るのだろうか。
ヴィオラに有利な点は二つ。両手が使えることと、小回りが利くこと。一方、不利な点も二つ。圧倒的な体格差と、相手に有利な近接戦であること。
どうにか試験官から離れて自分の戦闘スタイルに戻るか、或いは懐に潜り込んで一撃食らわせるか。それが打開策だろうか。素早さはヴィオラの方が上手のように感じるけれど、問題は離れることが出来るかどうか。防戦一方の今、相手の体勢を崩さなければ離れるのも容易ではない。そしてそもそも、体勢を崩すことが出来るならば、接近戦で勝負をつけた方が早い。
先程から、二者は片手剣と双手短剣で鍔迫り合いを繰り広げている。だけど、その間もヴィオラは明らかに視線で弓を気にしている。あれがミスリードであれば上手い手だとは思うけれど、自分が得意な武器を取り戻したい無意識から来る行動であれば、試験官が付けいる隙を与えてしまう筈。
じわじわと弓を手放した地点へと近付く二人。僕の目には、ヴィオラが誘導していると言うよりも、試験官が誘導しているようにみえる。多分、ヴィオラが弓を拾おうとしていると判断し、徐々に近付くことで彼女の隙を作ろうとしているのだろう。本来は力押しで勝てるはずだった試験官が、ヴィオラの隙を狙わなければいけなくなった程度には消耗しているということか。
ヴィオラは本当に弓を拾いたいのか、それとも試験官を油断させる為のミスリードだろうか。そう思って見守っているうちに、ついに二人は弓がある場所へと到着した。ヴィオラのすぐ足元に弓が落ちている。そしてヴィオラが弓の存在を確かめるように足を一歩下げた瞬間。
試験官が急に腕の力を抜いたように見えた。多分ヴィオラの注意が足元へ向いていると判断し、自身が腕の力を抜けば押し合っていたヴィオラがバランスを崩すと考えたのだろう。
「あぁぁっ」
悲鳴を上げたのは試験官の方だった。弓に向けた視線はヴィオラの策だったらしい。試験官が腕の力を抜いたタイミングで、ヴィオラはすぐさま試験官の左手に突き刺さっている矢を狙って、渾身の力で下から上へと短剣を振り上げた。地面に試験官の血が流れ落ちるのも確認出来る。
矢傷を抉られたのだ、あれは相当痛いだろう。試験官は痛みに耐えきれず、左手を庇うようにその場に膝をついた。それでも尚右手の剣を離さなかったのはさすがと言える。だが、膝をついた段階で勝敗は決したと言える。ヴィオラが静かに試験官の首筋へと短剣を押し当てていた。
「そこまで!」
審判の合図で試験は終了した。僕は見学席から離れ、ヴィオラの元へと向かう。「救護班は治療をお願いいたします!」と言う審判の切羽詰まった声が見学者の声に混じって聞こえてくる。
近くに行くと、心なしか審判の顔も青ざめているように見えた。部位切断でも治せるとのことだったけど、抉られて傷ついた手の神経も元通りに戻るのだろうか。現実世界では、切り傷や骨折より、二度と武器を握れない可能性が大きいので絶対に避けたい類いの傷だ。
「すみません、矢を外さなければどうにもならないのですが……」
治療に当たっていた魔術師が申し訳なさそうに審判へと告げた。確かに普通の矢とは違って、あれはヴィオラが特別に作ったオール鉄製の矢。外さなければいけないだろうが、鏃と羽根が邪魔で、外すのが難しいのだろう。無理に引き抜けば傷口が悪化しかねない。
「僕が切りましょう。篦の部分で切れば綺麗に引き抜ける筈です」
「可能であればお願いしますが……」
魔術師はちらりと審判の方を確認している。自分では判断がつかないので指示を仰ぎたいのだろう。
「それでは、お願いいたします。一刻も早く治療をする必要がありますから。なるべく手の平に負担がかからないようにお願い出来れば……」
と審判。
「勿論です。では皆さん少し離れて下さい」
そう言って僕は太刀を構え、軽く振り下ろしてヴィオラの矢を真っ二つに切断した。
ほう、と周りから安堵の空気が漏れる声が聞こえる。確かに西洋剣ばかりのこの国では、すんなり鉄を切るイメージはないのかもしれない。
「本当にこんなことが可能なのですね」
「紙で木が切れるのですから、刀で鉄が切れない道理はありません」
僕がそう言っても、周りの人はきょとんとするばかり。おっと、この世界ではまだ紙で木が切れるのは常識ではなかったのか。
「あ、えっと、では治療をお願いします」
誤魔化すように僕がそう言うと、魔術師は思い出したように慌てて試験官の左手の治療を始めた。その様子を見てから、審判も気を取り直したようにヴィオラの方へと振り向いた。
「あ……おめでとうございます、ヴィオラさん。Dランクに昇格です。……それにしても、試験官が重傷で治療、それも二人立て続けとは……。Aランクでなければ下手したら命を落としていたかもしれません。今後はお二人の相手は吟味しなければなりませんね」
少しやつれた顔で審判が言う。確かにCやBランク相手では……いや、Aランクとは違って、かえって余裕がある分、手加減が出来たのではないだろうか。
「私はだいぶ苦戦して、少し卑怯な手を使いましたから……やはり近付かれると厳しいものがありますね」
とヴィオラ。実戦に卑怯も何もないと僕は思うのだけれど、ヴィオラ的には少し気まずそうな表情だ。
「気にするな、あんたのその判断力はこれから先必ず役に立つ。それに演技力。あの視線誘導はかなり良かった。この先もその調子で励め」
と試験官が口を挟む。
「パーティで活動を続ける分には、多少接近戦が苦手でも問題ないでしょう。お二人はバランスが良いパーティ構成ですからね。ソロで活動をする分にもそこまで問題はないとは思いますが、短剣の扱いが更に上手くなれば向かうところ敵なしでしょう。それではカードの更新を行いますから、ギルドの方へ戻りましょうか」
審判からもそう太鼓判を押され、僕とアインとヴィオラは、試験官と魔術師、その他の救護要員の方々に軽く挨拶をしてからギルドの方へと戻った。アインが手を振る度に悲鳴が聞こえた気がするけれど、怖がられているのだろうか? こんなに可愛いのになんだか悲しい。
そう言えば、Cランクへ上がる為の依頼達成数とはどれ位なのだろう。聞いたら教えてくれるのかな。