61.最初に教えて欲しかったなあ
感想返していたら投稿時間が過ぎるところだった……(こだわっているのは自分だけ
「まさか森でそんなことが起こっていたとは……」
僕達の報告に、森の地図を広げながらダニエルさんは溜息をついた。
「実は前々から、極たまに行方不明者が出ていまして、『誘いの森』なんて別称で呼ばれることもある程です。ですが一度大々的に調べてみた際、確かに森の最奥……この辺りを調査していた部隊から違和感があるとの報告はあったのですが、詳しく調べても結局原因は分からず仕舞いでして。方向感覚の認識を阻害する系統の空間が存在していたとは」
地図の一帯を指で囲いながら説明するダニエルさん。確かに、指された場所は僕達が異変に気付いた場所と一致している。しかし『誘いの森』とは。そんな物騒な名称がついているなんて、最初に教えて欲しかったなあ。
「はい、確かにその辺りから異変を感じて調査しました。結果、一本の木がダンジョンの入り口になっていたことが判明しまして。ひとまず、ダンジョン最奥にて大きな木……食人木を倒したので、目につく分のギルドカードは一通り持って帰ってきました。ですが、もしかしたらまだまだあるかもしれません。想像以上に白骨死体が多くて、正直ご遺体を掻き分けては確認出来ていないので……」
「いえいえ、十分ですよ。ギルドカードは悪用防止の為に特殊な技術を使用していますが、余り気軽に量産出来る代物ではないですから。こうして持ち帰っていただければ、後々再利用が出来ます。それに、行方不明者に関しては基本的にご家族に通達の上、冒険者リストから除名していますが、行方不明なのか単純にしばらくギルドに顔を出していないのか、区別がつかない者も多く居ます。ご家族への報告及び名簿の整理と言う観点でも非常に助かります。
それにしても食人木ですか。もしかしたら、普段は方向感覚を麻痺させ近寄らせず、その木が腹を空かせたときだけ森の中の人々を自分の元へと誘い込んでいたのかもしれませんね」
ダニエルさんの考察に僕とヴィオラは頷く。確かに、今回は明らかに近寄らせまいとする意思を感じた。遺体の数的に、あの人数全員が方向感覚を麻痺させる阻害空間を攻略し、ダンジョンに到達したとは考えにくい。ヤテカルが空腹を感じたときに狙っておびき寄せていると考えた方が納得が行く。
「装備に関しても持ち帰ってきましたが、こちらはどうすれば良いでしょうか?」
「基本的には回収した方の自由にしていただいて結構です」
「ですが……ご家族が遺品として欲しいと言う可能性もありますよね?」
「その可能性もあるかもしれませんが、どの装備がどの方の物かを判断するのは容易ではありませんし、ギルド側ではあくまで亡くなったことの通達しかしません。例えば写真入りロケットペンダントであるとか、家門入りの装備であれば持ち主が分かるかもしれませんが、それ以外は難しいと思います。基本的にはギルドカードを持ち帰ってきた方への報酬も兼ねてお渡ししているのが現状ですね。皆さんも換金するのが常ですし」
「そうですか……では装備に関してはこちらでいただきます。それから、ペトラ・マカチュ子爵令嬢のご遺体と、その周りに魔法陣のようなものがあるのを確認しました。既に魔法陣が効力を失っていることは念の為確認しましたが……」
噓は言っていない。全部を報告していないだけで。実際にはその後、遺体を埋葬しようとして、僕が持っているロケットペンダントへと彼女の魂の残滓が宿ってしまい、ご遺体はそのまま崩れてしまった。けれど、あの場に居た冒険者の方も口外はしない方が良いと言っていたし、多分それにはギルドマスターであるダニエルさんも含まれている筈。
「ああ、その話に関しては先に戻っていた方々から聞き及んでいます。何でも、蓮華さんがご遺体を埋葬しようとしたところ一気に崩れ去ってしまったと? 魔法陣の影響はないとのことですが、その場の空気そのものも余り良くなかったとのことなので、後日神官に浄化をお願いしようかと思っています」
神官。ダニエルさんが発したその言葉に、僕はぴくりと眉をひそめた。果たして、彼らは本当に森を浄化することが出来るのだろうか? かと言って、ここでダニエルさんに帰路で立てた仮説を聞かせたところで、証拠がないのでどうしようもないだろう。横に立つヴィオラの方も見てみたが、彼女も小さく首を横に振っている。
「そうですか。具体的な場所は先に帰還した方々からお聞き及びかも知れませんが、この地図で言うこの辺りにありました」
地図の一点を指差しながら説明する僕。僕はあのときまだプレイヤーではなかったので、念の為ヴィオラにも確認。頷いているところを見ると、間違ってはいないようだ。やるな、僕の方向感覚。
「では、今回の基本報酬が一人五十銀。その他に、これだけの情報を持ち帰っていただいたので上乗せ分が三金になります。他に何かお話ししたいことはありますか?」
「あ、そうですね。実は王都に帰ってきてから、何やらぶしつけな視線を感じたり、いわれのない誹謗中傷を受けたりしたのですが。何でも黒髪がどうとか……?」
実際には門をくぐったあと、ギルドへ直行したのでこんなことは起こっていないけれど、ギルド側が教会に関する件をどこまで把握しているのか聞き出す為に話を盛ってみた。誹謗中傷をした人物は誰だと聞かれた場合は、いきなりのことだったので振り向いたときには逃げられており、顔は全く見ていないと言うつもり。
「ああ、その件ですか……実は今、王都で困った噂が流れているようで」
と、僕の目論見通りダニエルさんは事情を説明してくれた。大まかな内容は配信中に視聴者さんから聞いた話と一致している。特に目新しい情報はないみたい。
「その噂を流している大元の目星はついているのでしょうか?」
「候補と言う意味では浮上していますが、何ぶん憶測の域を出ないのでお教えすることは出来ません。ご不快な思いをさせてしまって申し訳ないのですが、現状では冒険者に対して物を売らない等の被害は出ていないので、調査は継続しつつ様子見をしているところです」
要するにギルドとして対処する予定は今の所ない、と。
「もしこの件に関して僕が住民の方ともめ事に発展した場合、どうなりますか?」
「そうですね。『黒髪黒目はネクロマンサーの卵なので排除しなければならない』と言う言い分自体が無理やり過ぎますから、勿論全力で蓮華さんを守るつもりです。あくまで黒髪黒目の方は魔法全般に対する素質が高い可能性があるだけで、ネクロマンサーの卵と言うのは話が飛躍しすぎですからね。それに、ネクロマンサー……いわゆる死霊術を行う方が必ずしも悪な訳ではありません」
「そうなんですか?」
「はい。例えば亡くなった家族に会いたいだとか、そう言う方々に向けて一時的に身の回りの品など、魂の残滓が残っている品から降霊術を行うのも一種の死霊術です。ですがそれはこの先も残された方々の心の平穏の為に必要な行為で、法律で罰せられるような禁術の類いではありません」
「ああ、なるほど……喧嘩をしたまま死別してしまった、言い残したことがある。そう言う方々にとって、死霊術は心のよりどころとなりますね」
「死霊術と言う恐ろしい名称のせいで誤解は受けがちですが、色々と便利な側面もあるのです。……話が脱線してしまいましたが、我々は蓮華さんを守るつもりではありますが、それはあくまで蓮華さんが被害者の場合です。蓮華さんの武術レベルは相当高いですから、相手に明確な意思を持って怪我をさせた場合などは守り切れない可能性もありますから、ご注意下さい」
「では、向こうの言い分通り『排除』されそうになった場合に迎撃するのは問題ないでしょうか?」
「それは勿論、自衛の範囲ですから構いません。しかし、やり過ぎたらあとで面倒になるのでご注意下さい。それから、これは難しいかもしれませんがなるべく人目のある場所でもめ事を起こして下さい。人目のない場所では目撃証言も得られませんから、相手側に強弁されると面倒です」
ダニエルさんの忠告に僕は頷いた。ひとまず、僕がトラブルに見舞われた際に出来ることは明確になった。あとはどこまで証拠を探すことが出来るかが問題だろう。この様子だと、証拠さえあればギルドとしても正式に動いてくれそうな雰囲気なので、まずは一安心。
「それでは、この紙を持って一階で報酬の受け取りをしてください。あ、そうだ、お二人とも、ランクアップ試験はいつ頃受けるご予定ですか? 今お話した件もありますし、なるべくなら早急にDランクへ上がっておいた方が良いかとは思います。万が一お二人が冤罪をかけられて覆せない事態に陥っても、我々としては将来有望な冒険者だから多少の行いには目をつぶって保護するのだという大義名分が出来ますし」
「そうですね……僕としては明日にでも受けられればと思っていますが。試験の準備などに時間はかかりますか?」
「本来であればDランク相当のモンスターと冒険者、双方と戦って貰うので、モンスターを用意する関係上若干の時間がかかります。ですが今回はアンデッドを何体も撃破している姿は皆目撃しているので不要です。対冒険者試験さえ行えば良いので、いつでも可能です。勿論、明日でも構いません」
「であれば僕は明日のこの時間帯が良いです。ヴィオラは?」
「それじゃあ私は蓮華くんの後、すぐが良いです」
「分かりました。そのように手配しておきます。お二人の実力であれば苦労はしないと思いますが、もしも人を相手にしたことがない場合は若干勝手が違うと思いますので、注意してくださいね」
ダニエルさんに一礼し、僕とヴィオラ、アインはいつもの応接室を後にした。しかし、ただ依頼を受けただけなのに、どうして応接室で報告する羽目になったんだろうなあ。全然一階カウンターに縁がない……。
なんてことを考えながら一階へと降り、カウンターにダニエルさん直筆の書類を渡す。
「蓮華さん、ヴィオラさん、お疲れ様です。東の森の依頼の報酬ですね?」
笑顔で迎えてくれる受付職員さん。けれど、渡した書類に視線を落とした瞬間に若干引きつったようだ。
「これはまた随分……東の森の正常性確認だったと記憶していましたが……いえ、ギルドマスター直筆で、押印もされていますし間違いはないのでしょうが」
戸惑う職員さんのその気持ちは分からなくもない。基本報酬五十銀。森に異常がないと確認し、ギルドにて報告すると言う極めて報酬にブレが出難いであろう依頼で、追加で三金とは疑われるのも当然だと思う。
「お疑いでしたらダニエルさんにご確認していただいても構いませんよ」
「いえ、そのようなことは……すみません、やはり額が額ですのでしばしお待ちいただけますか」
そう言って職員さんは上階への階段へと姿を消した。疑わずにほいほいと金額を渡してしまう職員さんよりも余程信用出来て個人的には好感が持てる。
「お待たせして申し訳ございません。確認が取れましたので、こちらが報酬となります。両替はなさいますか?」
「いえ、大丈夫です」
そう言って職員さんから金額を受け取り、カウンターから少し離れる。
「さて、じゃあ報酬だけ渡しちゃうね」
「あ、待って。今回から報酬は二等分じゃなくて三等分しましょう」
「三等分って、アインも含めてってこと? アインは僕がテイムしている子だから、僕の報酬でやりくりするよ。ヴィオラの報酬を減らす必要はないんだよ?」
「でも、私は弓がメインだから。蓮華くんとアインくん、二人が前衛として敵を抑えてくれるお陰で戦えている。特にアインくんは盾職だもの、普通よりも装備のメンテナンスや新調頻度は高い筈。三等分しないとかえって不公平だわ」
「ん、んー。それじゃあ今回は三等分しよう。でも、今後に関しては都度相談にしよう? 今回は僕達が前衛として活躍出来たかもしれないけれど、例えば今後空を飛ぶ敵だとかに相対した場合、多分アインも僕も余り活躍出来ない。そうなったときにきっちり三等分と言うのは、それこそヴィオラに対して不公平だからね」
「分かったわ。今回は三等分で。それじゃあ私は宿に戻るけれど……明日は待ち合わせはせずに、直接ギルドで良いかしら?」
「そうだね。ヴィオラは僕の後だから、多少遅くログインした方が寝られるだろうし待ち合わせはなしで」
「それじゃあ、また明日。おやすみなさい、蓮華くん、アインくん」
「うん、お休み、ヴィオラ」
ヴィオラに別れを告げて、僕はエリュウの涙亭へ。インベントリにはエリュウの死体を丸々入れることが出来なかったので、解体した状態の肉をジョンさんへたんまりと引き渡した。アンデッドが居なくなったとは言え、エリュウの数はかなり減っているし、今暫くは食料難は続く筈。これで少しは、ただで居候させて貰っている恩返しが出来ただろうか?