53.話が早くて助かるよ
本日は夜にもう一回、番外編を投稿予定です。
帰る道中、歩きながらヴィオラの言葉を反芻していた。ソーネ社にエルフが居る可能性がある。ただ、ヴィオラは僕がコクーンの改造をしたこと、その際、僕の正体をソーネ社に伝えていることを知らない。もしもヴィオラの言うとおり、そのエルフが何かを目論んでいるのだとしたら。コクーン改造チームは極秘扱いのようだけれど、僕達のような種族の存在が、とっくにエルフの耳に入っていてもおかしくはないと思う。
この場合、アルラウネのデザインが現実に酷似しているのだから、警戒すべきはデザイン担当者かな……。コクーン改造チームは他部署との接点は皆無だろうけれど、例えば兼部署人員が居た場合、やはり漏れていると仮定すべきだろう。
どちらにせよ、ゲーム内は常に運営側に情報が送信されている筈。迂闊な発言を控えると言うのは今に始まったことじゃない。ただ今後は、気が緩んだ際や焦ったときにはより一層気を付けないといけないな。
それにしても、天気予報が外れずにずっと雨が降っていてくれて良かった。実はヴィオラと話している最中も、雨が止んでしまわないかひやひやしていた。
なんてことを考えながら洋士宅の玄関前に到着。
「ただいまー」
解錠をしながら声をかける僕。おっと……洋士様が玄関で仁王立ちをしているぞ。
「遅い!」
怒りを滲ませた第一声がこちらです。
「ごめん、一日中雨だって言うから、ちょっと色々寄り道して来ちゃって」
本屋の袋を掲げて僕は言う。そんな僕の様子に、本屋なら仕方がないと言わんばかりに洋士は、廊下を塞いでいた身体を右に寄せ、僕が通れるようにしてくれた。
脱いだ靴を揃え、リビングへと続く廊下を突き進む。すれ違った瞬間、洋士に左腕を掴まれた。
「おい、何であの女の匂いがするんだ」
たった一回遭遇しただけで彼女の匂いを覚えていることも怖いし、ただ話していただけの相手を言い当てる嗅覚も怖い。吸血鬼って皆そんなに敏感なの? 洋士以外との交流ってあんまりないから分かんないのだけれど。少なくとも、最近血液をまともに摂取し始めた僕的には……ヴィオラの匂いとやらもぴんとこないし、自分にその匂いがついていると言われてもさらにぴんとこない。
「本屋で偶然会ったからちょっとお茶してきたよ。色々話してきた」
僕としては後ろめたいことをしたとは思っていないので報告する。喫茶店に寄った段階で、多少遅くなるのを分かっていたのだから喫茶店の電話でも借りて洋士に連絡すべきだっただろうか? いや、この様子じゃ喫茶店迄やってきてヴィオラに何かしら悪印象を残すような態度を取っていた気がするな。と言うか、眉を吊り上げて怒りを露わにしているけれど、そこまで怒られることなの? どうせお互いの正体を知っているのだから、むしろ話し合いでわだかまりをといた方が良いと思うのだけれど。
「連絡もなしに遅くなったのは悪かったけど……本屋で偶然あった段階で、確実にお互いの正体には気付いた。もう言い逃れが出来ない状況だったのだから、むしろ話し合いをした方が良かったと思うけれど。洋士がそんな様子じゃ、今後もヴィオラと会うときに事前申告は出来そうもないな」
「何だと!? また会うつもりなのか!?」
更に怒りの度合を深める洋士。一体何がそんなに気に食わないと言うのだろう。
「洋士も言っていたとおり、最初ヴィオラは僕を見てひどく脅えていた。威圧感が凄いとかなんとか。他のエルフを動員して僕らを襲うとか、とてもそんなことを考えているようには見えなかったよ。それに……彼女の個人情報にかかわるから詳しくは言えないけれど、彼女が同族と行動を共にしているとは思えない」
「お前、騙されてるんじゃないのか?」
普段から僕の行動、言動に危ういものがあるから洋士がここまで過保護になるのは分からなくはない。けれど、さすがにヴィオラを警戒し過ぎだ。いや、洋士の言うとおり、急襲されることを考慮すれば警戒するに越したことはないのだと思う。けれど、本屋で偶然会っただけでひたすら睨み付けるなど、相手にその気がなかったとしても、対立する原因を作り上げてしまっている。洋士の行動は要らぬ火種をまき散らしているようにしか思えない。
「そう思うなら一度会って話を聞いてみたら良いんじゃない? まあ、先日本屋であったときに相当ひどい態度をとったらしいし、ヴィオラからの印象は凄く悪そうだから、彼女が了承するかは分からないけれど。相手が誰であろうと、初対面の人を怖がらせるような真似をして良いなんて、僕はそんな人に育てた覚えはないよ。いつからそんな非常識な人物になったの? 自分の身を守る為だと言うのなら、無駄に喧嘩を売るような行動こそ控えるべきだと僕は思う」
これだとヴィオラの肩ばかり持っているように聞こえるだろうか。どう話せばそうじゃないと理解して貰えるのだろう。
「誤解しないで欲しいのだけれど、僕は別にヴィオラに気を許しているから彼女の肩を持っている訳でも、危機感のなさから何も考えずに行動している訳でもないよ。実際そう見えるとは思うけれど。たまたまとは言え、本屋でヴィオラに会ってしまった段階で鈍い僕ですら、洋士の言うとおりヴィオラが人間ではないと言うことは感じた。だからこそ、早々に話をする選択をしただけ。GoW内で話すには、問題のある内容でしょう。配信を切っていたとしても、運営側には筒抜けだろうし。いくら機械に疎い僕だってそれ位は分かるよ。今後のことに関しても、具体的に次に会う約束をした訳じゃない。ただ、連絡先は交換した。少し気になる話を聞いたからね」
「気になること?」
「うん。ひとまず、立ち話もなんだから座ってゆっくり話そう。洋士にも知っておいて貰いたいし、頼みたいこともあるから」
僕がそう言うと、ようやく洋士は僕の左腕を解放してくれた。腕を掴んでいなければ僕が逃げるとでも思っているのだろうか。失礼な息子である。ソファに向かい合って座ってから、僕は話を続けた。
「ソーネ社の開発陣の中に、エルフが居る可能性があるとヴィオラが言っていたんだ。本当なのか、もし本当だとして何か策略があるのか。そこが知りたい」
「ふむ……閉鎖的で古い考え方に囚われている種族と呼び声高いエルフが最先端技術の仕事に、か……にわかには信じがたいが、事実だとしたら変わり者か、はたまた何かを狙ってやっているのか。それで、あの女はどうしてそう考えたんだ?」
「今居るダンジョンでマンドラゴラとアルラウネと言う植物を見た。その見た目が、現実の植物に瓜二つだったと。そもそも、GoWの魔法に関する修行方法もエルフのやり方に酷似しているとも言っていた。だから、お互いの正体が分かったとは言え、今後もGoW内での発言は気を付けようって話になって彼女の携帯番号を教えて貰ったんだ」
「なるほどな。それじゃ、頼みって言うのはソーネ社の内情調査とお前の分の携帯の調達か」
「話が早くて助かるよ。前に他の仲間もGoWをやっていると言っていたでしょう。僕程迂闊な人は居ないと思うけれど、念の為忠告はしておいて欲しい」
「分かった。それから……携帯は二台用意しておく。一台はあの女に渡しておけ。お前の分の携帯だけ盗聴防止をしたところで意味がないからな。ソーネ社については早急に調べておく。お前は今迄通りGoWはプレイしておけ。プレイ時間も把握されている可能性を考えれば、急にログインしない方が不自然だ。本気で調べれば書店でお前とあの女が会ったことも分かるだろうしな。……本当に居たとして、ただのデザイナーであることを祈るばかりだな。仮に中枢メンバーだとすると厄介だぞ」
「もし、そのエルフが最初からGoWを利用して何かをしようとしていたとしたら……どんな可能性があるだろう」
「さあ。日本は島国で、元々あちら程多種多様な種族は存在していないからな。もしかしたら日本をエルフの拠点にするつもりかもな。エルフだけが分かる設定を使ってエルフ捜しをしている……見方によってはそう受け取れる」
「もしそうなら、僕らの存在を知ったら、間違いなく排除しようと考えるだろうね。ヴィオラ曰く、スウェーデンのエルフは、同じくスウェーデンの吸血鬼に食料として誘拐されることがあったみたいだから。スウェーデン以外はどうかは知らないけれど……」
「俺達ほどじゃないにせよ長命だから、食料として確保するには都合が良い種族ってことか……反吐が出るな。道理で俺達の敵が多い訳だ」
洋士の言葉に僕は頷いた。僕達日本の吸血鬼――少なくとも僕と洋士が認識している吸血鬼――は、決して食事の為に人型種族を殺めない、無理強いしないと言った規則がある。まあ、規則を作ったのは僕らな訳だけど。そう言った規則に同意が出来ない者は、残念ながらご退場いただいた歴史もある。他種族を尊重すると言う意味合いもあるけれど、そんな手段で食事をすれば、いずれ自分達の存在が公になり、自分で自分の首を絞めることに繋がるから。
だからもし、エルフが日本に拠点を作ろうとしているのであれば、エルフから命を狙われるのは元より、エルフの噂を聞きつけた他国の吸血鬼がやってくる可能性も考慮しなければならないと言うこと。エルフだけの問題ではない、僕達にかかわる問題となるのだ。
「とにかく言いたいことは分かった。それから、近いうちにあの女と話す機会も設けてくれ。一応俺も話を聞いておきたい。あんたが騙されている可能性もあるし、今の話を鵜呑みにする訳にはいかないからな。携帯はそれまでに用意しておく」
そう言うと洋士は自室へと戻っていった。これでひとまず僕が話すべきこと、やるべきことはなくなった筈。あとはソーネ社内部の調査報告が出る迄は、今迄通りに過ごせば良い。
GoW内での待ち合わせの時間迄は少しあるので、僕は頼まれていた仕事の構想を練ることにした。完全にアナログ作業なのであっちにはデータの移行は出来ないけれど、大まかな構想さえ練ってしまえばあとは向こうで本格的に執筆してしまえば良い。さすがにそろそろ仕事を再開しなければ、ひと月以上ゲームばかりしていたので、脳が完全にゲームモードになっている気がする。





