52.許してやってください
明日は本編と番外編で2話投稿予定です。
時間未定。本編日中、番外編夜の予定です。
「そんな顔をしないで。今は貴方に感謝している。……私の見た目は、話で聞くエルフ像とかけ離れているでしょう? そのせいで元々仲間に嫌われていたのよ。それに、私は魔法が使えない。こんな出来損ないはエルフじゃないと、言われ、家族にも見限られていた。だから、あのとき貴方に会わなくても近いうちに確実に捨てられていたと思う」
紅茶を一口飲み、ヴィオラは一呼吸置いた。
「そのあと集落を離れて人里で暮らしてみて……、わざわざ同族に媚び諂わなくとも、一人で生きていけるのだと言うことを学んだわ。見た目がこんなだからこそ、何の苦労もなく溶け込めたしね。そしてまあ、色々あって今はこうやって日本で生活をしている訳だけど。そんなときに、たまたまGoWの公式配信サイトで貴方のアーカイブを見て、道を聞いてきた人だとすぐに気がついた」
ヴィオラは再び紅茶を一口飲んだ。緊張を誤魔化す為に飲んでいるのだろう。けれど、カップを持つ手がひどく震えていて、カップをソーサーへ戻す動作にも苦労している。元々GoW内で改めてパーティを組むと言う話をしたときもヴィオラはひどく緊張していた。現実で対面している今、ヴィオラの言う威圧感とやらもあるみたいだし、緊張の度合はGoWの比ではないのだと思う。
「色々理由をつけてパーティを組んで貰ったけど、本当のところは貴方に対する好奇心。どうして貴方は私達を探していたのか。どうしてゲーム内で日光浴を楽しんでいて、料理を作るのが上手いのか。その全てに興味が湧いた。
スウェーデンには貴方の同族も多いの。私が生まれてからはほとんど聞かなくなったけれど、あそこに住む吸血鬼は、私達を食料として誘拐する。だから私達は元々吸血鬼を警戒していて、貴方の情報を得た途端に仲間は集落を捨てて逃げた訳だけど……私が動画で見た貴方は、スウェーデンの人達と同じ種族だとは思えないほど、人間臭かった。それで興味が湧いたの」
ヴィオラは窓の外、相変わらず降り続ける雨をぼんやりと見ながら続けた。
「もしかして、貴方も私と同じで同族と上手くいっていないのだろうか。貴方たちは不老不死と言うけれど、もしかして死にたがっているのだろうか。普段から日本で色んな創作物に触れていた影響もあって、貴方がスウェーデン迄訪ねてきた理由を色々考えたのよ。それで貴方に近付いた。私はゲーマーであり配信者だから、貴方と仲良くなれれば一石二鳥だと思った。GoW内で言った話も噓じゃない。……私の話はこれでおしまいよ」
「まず、僕は君に謝らなければならない」
ヴィオラは信じて貰えないかもしれないと言った。けれど僕は、彼女が語った昔話が噓だとは微塵も疑っていない。全て事実だと思う。だとすれば、今彼女が僕に感謝をしていようが、そんなことは関係なく僕は彼女に対してきっちりと謝罪をしなければならないだろう。知らなかったこととはいえ、彼女の日常を壊した張本人なのだから。
「申し訳ありませんでした……貴方の人生を歪めてしまった。貴方がいずれ集落を出るとしても、それは貴方が自分の意思で決めることだった。決して他の人達から見捨てられるような、そんなことは絶対、あってはいけなかった」
僕は立ち上がり、頭を下げた。幸いにも他に客はいない。ヴィオラが周りの目を気にする必要もない。
「頭を上げて。言った筈よ、貴方が来ようが来まいが、いずれ私はあの集落から追い出されるなり見捨てられるなりしていたと」
「いや。ヴィオラならきっと近い将来、同族の考え方の方がおかしいと見切りをつけて自分から出て行ったと僕は思う。君の弓の腕は超一流だ。魔法が使えなくたってその腕があれば十分身を守れる筈。君は出来損ないなどと言われる必要は一切ない。むしろ……君の魅力に気付くことが出来なかった同族の方が出来損ないだと僕は思う」
僕の言葉に、ヴィオラは半分泣きそうな笑みを浮かべた。僕の言葉に涙を浮かべる程、ヴィオラは自己肯定感が低い。GoW内で何気なく魔法の話をしたときもヴィオラの表情は硬かった。きっと多分、彼女は今も他のエルフ達の言葉を思い出し、自分自身を認めることが出来ないのだと思う。あれから二百年近く経っていると言うにもかかわらず。
「謝罪は受け入れる。だからもう貴方は謝らないで」
「分かった。……それで、僕とパーティを組んでみて、何か分かった?」
「貴方は……変よ」
おっと、突然貶された気がするけれど気のせいだろうか。
「これは推測でしかないけれど、吸血鬼の中で貴方だけが日光に弱い、そんな気がした。それに料理に関しても、やけに手慣れている。今でこそ男女関係なく料理は出来るに越したことはないけれど、そういう風に変わったのもそんなに遠い昔の話ではない……筈よね。貴方が今何歳か分からないけれど、あれだけの剣術の腕前を考えたら、かなり昔の生まれだと考えた方が納得が行く。洋食も作っていたみたいだし、人間時代に料理を作り慣れていたと考えるのは違う気がしたわ。そう考えると、そもそも料理に興味を持つ方が珍しいんじゃないかしら。少なくとも、スウェーデンのやつらは料理に微塵も興味はなかった」
「なかなか名推理だね」
そう言って僕は頼んでいたケーキを掬い上げ、口にした。うん、甘酸っぱくってとても美味しい。
「食べても平気なの?」
心底驚いたようにヴィオラが聞いてくる。いや、吸血鬼になってから料理を身につけたと思うのなら、食べられないと思う方がおかしくないかい?
「支障はあるから毎日とはいかないけどね。時々誘惑に負けて食べちゃうんだ」
ケーキは材料も機械も必要だから自分で作るのはちょっと難しいしね。まあ、排泄できないからそのうち後悔するときが来るかもしれないけれど……。
「僕は君のように、同族に迫害されたような過去はない。ただ、そう。君が指摘したとおり、他の仲間とは色々ずれているから、僕が勝手に疎外感を感じているだけなんだ。あの日スウェーデンにいたのも、他の長命種族に会いたいというただの僕のわがままだった。一時期、僕は同族が呆れる位熱心に他の種族を探して全世界中を旅していたことがあって。まあ、一人も見つからなかった訳だけど」
「それに関しては会っていたのに気付いていなかっただけじゃないかしら? 少なくとも私は初対面で貴方の正体に気付いたもの。大体、集落を訪ねるなら普通日中じゃない? あんな真夜中に訪ねてくるなんて、不審者以外の何者でもないわよ」
「いやあ……あの頃にはもう太陽が駄目だったから日中は動けなくて」
「元々は大丈夫だったってこと?」
「うん、そう。まあ太陽が駄目になった理由は恥ずかしいから言わないけどね」
「恥ずかしい……あ、そう……」
ちょっと呆れた様子を見せるヴィオラ。まあ、呆れられようが何だろうが、脅えられるよりも何百倍もまし。
「ねえ、日本に居る貴方の同族って……私達を食料として捕まえたりするかしら」
意を決したようにヴィオラは突然切り出した。ようやく彼女の方の本題に入るだけの余裕が出てきたようだ。僕の馬鹿話が役に立ったのならば良かった。
「いや……少なくとも僕が把握している中でそんなやつは居ない。どんな種族相手でも関係なく、拉致監禁して食料扱いするようなやつは僕たちが許さない。……もしかして心当たりがあるの?」
「いえ、別に監禁されそうになったとかそう言う訳じゃないんだけど……今日貴方とあった書店で、この間終始睨まれていたのよね……場所を移動してもついてくるし、怖くて。幸い、誰かに買い物を頼まれていたみたいで、電話に出て追加の買い物を依頼されてどこかに移動したみたいなんだけど……」
それ絶対洋士のことだよね? 先日洋士に見せられたヴィオラの写真が妙に脅えてたのって、そう言うことか。僕に接触してきたから怪しいと思ってずっと睨んでたんだろうけど……。
「ごめん、それ心当たりがある……誓って言うけれど、食料目当てでもなければ、拉致監禁するつもりで睨んでいた訳でもなくて……。うん。悪い奴じゃないんだ、本当ごめん、許してやってください」
「……まさか貴方が一緒に暮らしてる人だったりする?」
「……はい」
「そう。まあ、本当に食料にするつもりじゃないなら良いのよ。正直そのせいで最近全然外を出歩けなくて大変だっただけだから」
洋士がヴィオラを睨んでいたのは僕のせいだろうから結局僕一人の責任とはいえ、親子二代に亘って迷惑をかけてるとか本当に申し訳ない……。
「まあ、それはそれとして、実はもう一つ伝えておきたいことがあって」
「うん、何?」
「実は……GoWの開発社の中に、私の同族が居るんじゃないかと思って」
「え!? それはまたどうして……そう思ったの?」
「ヤテカルのダンジョンにマンドラゴラとアルラウネが生えていたでしょう。あれ、現実世界にも存在しているの。スウェーデンに住んでいたとき私もときどき採集していたからよく覚えている。でも、マンドラゴラはともかくアルラウネの見た目を知っている人はどれ位居る? 特に日本はサブカルチャーが発達しているから、アルラウネの見た目は下半身が花の女性として描写されることが多い。こんなリアルなアルラウネを設計出来るのは、私の同族だとしか思えないのよ。それに、貴方の配信を見ていて気にはなっていたけれど、そもそも魔法の修行方法も私達とほぼ同じなの」
「伝説上の植物である筈のアルラウネの描写に魔法の修行方法……確かに怪しいかもしれない。けど、日本に来ていても不思議ではないよね?」
「不思議ではない。ただ、私達は閉鎖的な種族だから、珍しいと思う。本当に純粋にゲームが作りたくて日本に居るのか、何か目的があって日本に居るのか。もし後者なら、運営サイドには貴方のゲーム内行動は筒抜けだと思う。だから、今後も、例え配信を切っていたとしても迂闊なことは言わない方が良い。貴方の正体がばれる可能性がある」
「分かった。気を付けるよ。でも今後もし君とこう言う話をしたくなったらどうすれば良い?」
「携帯……は持っていないのだったわね」
「うん……でも、この際だから持とうかな。ただ、やりとりの盗聴とかもあるから携帯では具体的な話はしないで、待ち合わせする程度に留めておこう。まだしばらくは東京に居るつもりだし、どうせ携帯をまともに使える自信もないから」
「貴方の口から盗聴なんて言葉が出たことに驚いたけれど……そういうことなら私の電話番号を教えるから、貴方からかけて頂戴。私から貴方に連絡を取りたくなる可能性もあるから、なるべく早く連絡先を教えて貰えると嬉しいわ」
昔懐かしい喫茶店のおかげで、曲のリクエストカードなるものと筆記用具がテーブルには用意されていた。ヴィオラはそれを一枚拝借し、カードの裏に携帯番号を記載して渡してくれた。早急に洋士に頼んで携帯電話を入手しないとなあ。使い方も教えて貰わないと……。
残った紅茶とケーキを味わったあと、僕らは解散した。少し休憩して十六時に再度GoW内で待ち合わせることになった。