47.入り口に置いて来ちゃったんだった
ダブルチェックとは何なのかと言うほどの誤字……皆さんご指摘ありがとうございます;
ヤテカルが暴れなくなったタイミングで再度矢を仕掛け、十本全部を消費した結果。当たった場所と言うよりも、やっぱり開幕時よりも良く燃えると言う結論に達した。ふむ、樹液外部流出説が濃厚なのかな。
「もうすぐ二十%を切る! そろそろまたパターンが変わるかもしれない、気を付けて!」
ヴィオラがアインにも聞こえるように、大きな声を出した。その声に呼応するように、ヤテカルの身体が強く輝き始め――。
「何かしら、あれ。果実?」
ヴィオラが小声で呟いた。輝きが収束したあとのヤテカルの枝には、大量の果実がついていた。これはさすがに予想外。正直なところ、枝が同時に多方向へ攻撃を仕掛けるようになるもんだとばかり思っていたのだけれど。
完熟したのかなんなのか、初めは緑だった果実が青へ変わり、紫になったタイミングでヤテカルが全力で回転し始めた。その遠心力か、果実があり得ない程本体から離れた位置迄、放物線を描いて広範囲にまき散らかされる。そう、ヴィオラと僕が居る場所も例外ではなく……。
「っ、ヴィオラ伏せて!」
僕は近くに飛んできた果実を咄嗟に切り割いた。更にいくつかの果実が僕らのほぼ真上に飛んできているみたい。切り捨てるよりもこの場を離れた方が早いかな。
僕の指示に従ってその場にしゃがみ込んだヴィオラの腕を、手荒ではあるけれど上に引っ張り、無理やり立たせる。そのまま左腕で彼女の正面から突進するような形で担ぎ上げ、避けきれない果実は右腕に握った太刀で切り落としながら、がむしゃらに走り続けた。
「なんとか、凌いだ、かな?」
果実の飛来がやんだタイミングで、比較的無事な地面にヴィオラを降ろした。アインの方を確認すると骨が紫色に染まっている。あれはもろに被った感じだな……けれど特に弱った様子もなく、無事みたい。
「ってことは、ただの果実だったのかな?」
なんて呟いた瞬間、僕は吐血し、その場に膝をついた。あれ、なんだろうこれ。凄く熱いし、視界が回っているような……。
「っ、これ毒よ! 貴方のHP、半分を切りそう……!」
ああ、そうか。あの果実は毒だったのか。ヴィオラから貰ったポーション類が確か……あ、荷物は入り口に置いて来ちゃったんだった。
「ごめん、ポーション全部入り口……」
「私が持ってるからさっさとこれ飲んで!」
有無も言わさぬ勢いで、僕の口にポーションを突っ込んでくるヴィオラ。インベントリってやっぱり便利だなあ。割る心配もなく持ち歩けるなんて……。そう言えばさっき貰ったMPポーションは割れてないよな……服が濡れてないし大丈夫だとは思うんだけど。
「その次はこれよ!」
またもや口に突っ込んでくるヴィオラ。も、もうちょっと優しくお願いします、口の中でガラス瓶が割れそうで怖いです。そんなこと、助けて貰っている身では口が裂けても言えないけれど。
「……あ、だいぶ楽になった」
「さっきのが解毒ポーション、今のが徐々に回復するタイプのHPポーションよ。クールタイム……次に飲める迄の時間が、こっちの徐々に回復するタイプの方が短いのよ。はい、もう一本飲んで」
なるほど、そう言えば王都クエストの前にたくさんポーション貰ったけど、そもそも僕鑑定とか出来ないし何が何か全然分からないまま放置していたな。王都イベント当日はヴィオラに差し出されるまま飲んでたから、種類もクールタイムとやらもさっぱりだ。本当に今更だけど、これが終わったらちゃんとヴィオラに聞かないと。絶対呆れられるだろうけれど。
「もう大丈夫みたい。ありがとう」
「こちらこそ。庇ってくれたお陰で毒を浴びずに済んだわ。もう少しで共倒れになるところだった」
「それにしてもヤテカル……果実をばら撒きだしてから急に大人しくなったな。もしかして食人木って言うのは、毒に倒れたところを食べるってことなのかな。ところでアインは……と。明らかに毒を浴びてるけど、やっぱりぴんぴんしてるように見えるなあ」
「スケルトンは毒も効かないのかしら? 何にせよ、貴方がポーション飲んでいる間中ずっと、注意を引き付けておいてくれて本当に良かった」
「うん、本当にアインには頭が上がらない。……さて、それじゃあ無防備なヤテカルにまた攻撃を仕掛けますか」
太刀を手に立ち上がろうとすると、ヴィオラが呼び止めてきた。
「ねえ、ヤテカルのHPが二十%を切る直前、最初のときよりよく燃えたじゃない? もしかして弱点が変わったのかも。まだ矢は残ってるし、もう一度試してみたいわ」
ヴィオラの案に僕は頷き、差し出された矢にエンチャントを施す。なるほど、樹液云々じゃなくて弱点が変わるというゲーム特有の発想か。
いつまた果実が実るかも分からないので警戒しつつ、ヴィオラが放った矢がヤテカルに命中したタイミングで着火を行う。王都クエストから数えてもう何度も行っているので、エンチャント時の着火に関してだけは即座に発動出来るようになっている。やっぱり反復練習って大事だね。
「ヤテカルのHPが尋常じゃない速度で減っているわね……もしかして、自分の果実の毒に耐性がないのかしら? 内部を燃やされて暴れている間、飛び出た根で果実を幾つも踏み潰してるわよね」
「ええ……果実はヤテカルにとって両刃の剣ってこと? でもそれならどうやって毒で弱らせた人間を食べているんだろう?」
「ほら、見て。ヤテカルから少し離れたところに黄色の果実が落ちている。遠すぎて鑑定は出来ないけれど、もしかしてあれが解毒の役目を果たすんじゃないかしら?」
「毒で絶命した人間に黄色の果実を使って毒を取り除き、美味しく頂いてるってこと? ……なかなかやるな、ヤテカル」
既に絶命した人の体内から毒が取り除けるって凄いよなあ。まあ果実を作り出してるのはヤテカルだし、そう言う意味では何でもありなのか。
「感心してる場合じゃないわよ。そろそろ残り十%を切るから、また何かあるかも。果実攻撃が一度とも限らないし……」
そうヴィオラが言う間にも、ヤテカルの身体が輝きだしている。おっと、これは二回目の毒果実ですか?
「あら……? さっきの半数にも満たないわね。……もしかして、現実の果樹の性質に則しているのかしら」
もしかして法則があるってことかな? 僕は全然樹木に詳しくないから何も気付かなかったけれど。ヴィオラはエルフだから、割と詳しかったりするのかな。
「少ないならこっちとしては大歓迎だけど。その分、さっきより毒性が強いとかそう言う付加価値がないよね……」
自分で言っててちょっとぞっとした。さっきより毒性が強いと仮定したら、弾き飛ばすのすら怖くて出来ないかもしれない。
「現実の果樹は、手を入れずに放置した場合は表年、裏年といって、一年おきに豊作と不作が交互に訪れるのよ。簡単に言ってしまえば、豊作の翌年は樹木の体力が尽きた状態だから果実の数が少ない。だから別に一個一個の栄養がその分増えると言うわけでもないの。その法則通りなら、毒の威力が高いと言う訳でもない筈。あくまで推測だけどね」
「いや、今の情報だけでも十分だよ。ひとまず、鼻と口は服とかで覆って、なるべく毒を吸い込まないようにしよう。アインは全然気にしていないみたいだから、僕ら二人が共倒れさえしなければ大丈夫だと思うし」
「了解。一応解毒薬とHPポーションを渡しておくわ。解毒薬は予防の効果も若干含まれているから、あと一分位は多少免疫がある筈よ」
なるほど、何度も毒状態になりにくいようになっているってことか。ちゃんと考えてあるんだなあ。
ヤテカルはと言うと、一度目と違って果実が実ってから紫に変わる迄の時間が随分と長い。ヴィオラの言うとおり、体力が尽きているからかな。おっと、そろそろ回転準備に入りそうだ。
「うん、分かった。それじゃあ今回は別行動で。真上とかにも気を付けてね!」
そう言い残し、僕はヤテカル相手に猛突進する。本人が毒に弱くてかつ、僕が若干の免疫状態にある今、それを利用しない手はない。
頭上に迫り来る果実を左ステップで回避し、左手で左袖を使って口元を押さえつつ、右手で果実を一刀両断。たっぷりと毒がついた太刀で、ヤテカルに切り掛かる。踏み潰した果汁よりも、傷口に塗り込まれた毒の方が絶対ダメージは上回る筈。いや、養分は根から吸収するから、踏み潰した毒のがダメージ大きいのかな……。まあ良いや、ノーダメージと言うことはないでしょう。
そんなことよりも、微妙に装備にかかった果汁ってあとでちゃんと落ちるんですかね? 染み抜きってちょっと面倒臭いし生地が傷むから嫌なんだけど。あとアインの色……もう最初から紫の骨と言われても違和感がないレベルになってるんだけど、大丈夫?
近場の果実を切ってはヤテカルに襲い掛かるのを繰り返し幾星霜――なんて大げさか――。やがて背後から「そろそろ残り五%よ!」との情報が聞こえてきた。そろそろ決着のときだよ、ヤテカルくん。
「とっくに免疫効果は切れてるから気を付けてよ!?」なんて声も聞こえる。あ、確かにとっくに一分は経過しているか。新たに毒を喰らっていないのは、袖で口元を押さえていることが若干の対策になっているからだろう。
「ちょっ……アイン!?」
今起こったことが衝撃的過ぎて、僕は我が目を疑った。え、アイン……ヤテカルに食べられちゃったんです……けど? って言うか散々切り付けていた胴体にそんな大きな口が存在していたんですね。
「アインくん!?」ヴィオラも驚いたように叫んでいる。何? 僕らが待てど暮らせど弱らないから、痺れを切らして近場のアインを食べたってこと……?
「あ、待って。人間が食料ってことは、食べたらHPが回復しちゃうんじゃ……!?」僕は慌ててヴィオラの方を見る。やっぱり敵のHPが自分じゃ見えないってかなり不便。
「いえ、回復してないわ。むしろ減ってる……? アインくんが中から攻撃でもしてるのかしら」
いや、よく考えたらアインって肉がないんだよね。食べたところで食べるところがないというか。骨迄食べるならともかく、この空間は死体の腐臭だらけで、やっぱり骨は食べていないみたい。と言うことはアインも、そのうち吐き出されるのでは?
「違うわね。ヤテカルが猛毒……毒の更に上の状態異常に陥ってるからHPが減っているみたい。もしかしてアインくんの全身が毒まみれだからなんじゃ……」
「びっくりする位全身紫色だったもんね。それを直接口に入れたら猛毒にもなるか……」
ってことはこのままアインの色が落ちなかったらとんでもないことになるのでは……?
「あ、吐き出された」
さすがにアインが食べられないことに気付いたみたい。それにしてもヤテカル、本当に知能があんまり良くないんだな。見るからに骨のアインを口に入れるなんて……。
なんて言っているうちにヤテカルも少しは頭を使ったらしく、黄色い果実を口元迄運ぼうと根で運搬リレーをしている。いやいや、させないよ?
僕はすぐさま運ばれている果実の元へと走りより、太刀の峰でヴィオラの方へと弾く。また奪われる可能性を考えると、ヴィオラが持っていてくれた方が安全だと思って。……鑑定出来てないけど、本当に解毒果実だよね?
食べられたことに腹を立てたらしいアインが、またもや槍で無双を繰り広げている。おっと、僕も負けてられないな。
「っ待って! 二人とも後退して!」
突然のヴィオラの叫び声に、僕は脊髄反射で飛び退る。アイン……もちゃんと後退したみたい。その直後、ヤテカルが盛大に爆発した。噓でしょ、まさかここに来てこんな特大の隠し球があるなんて……。
「「「……」」」
その様子に、僕達三人はしばらく沈黙した。最後の最後に自爆するなんて、なんて後味の悪い……。
「死なば諸共、って感じか。小説に載ってた『ラストアタック』とやらのボーナスがあるのか気になってたのに……」
「うーん、どうかしら。ドロップ率上昇なんて恩恵は確かどこかのゲームにあった気がするけれど……自爆されたら検証のしようがないわね」
「まあ、とにかくこれでダンジョンクリアかな? 良かったよ、誰も死ななくて……」
「そうね、想像以上に強かったわ。自分たちで倒せなかったからなんだかもやもやするけれど」
とそこへ、かちゃかちゃとこちらに歩いてくるアイン。
「アインもお疲れ様! わあ、改めてみても本当に真紫だなあ……」
これ、ハイタッチとか交わしたら僕も猛毒状態になるのだろうか。怖い。アインも気を遣っているのか、いつものようにスキンシップを求めてくる様子はない。
「ひとまず、そろそろ六時間経ちそうだし、ドロップアイテムの確認だけは先にしておきましょうか。そのままここに留まっていれば、再ログイン時のインスタンスダンジョンの扱いも分かるでしょうし」
ヴィオラの言葉に僕とアインがこくりと頷いた。お肉以外のドロップアイテムって初めてだなあ、わくわく。