39.凄く不穏なんだけれど
洋士とは、ヴィオラが何を考えており、今後どうすれば良いのかを一応話し合った。現時点ではただの親切なプレイヤー止まりである点、キャラメイクが本人の容姿そのままで身元を隠すつもりがない点、そもそもGoW内でどうこう出来る手段もあまりない点、書店で洋士に攻撃的な態度をとらなかった点などから、こちらに危害を加えるつもりはないのでは、と判断し、特に今後の対応を変えないとの結論に達した。
とは言え、僕から情報を引き出そうとしている可能性もあるので、今後はより一層言動に注意するようにと忠告を受けた。
そんな話をしている間に刻々と時間は経過し、結局今迄通りに接する心の準備も出来ぬまま、ヴィオラとの待ち合わせ時刻になってしまった。
「おはよう、蓮華くん、アイン」昨夜と変わらぬ笑顔でヴィオラが挨拶をしてくる。この表情の全てが嘘だとは思いたくないのだが……。
「おはようヴィオラ」顔中の筋肉を総動員して僕は笑顔で挨拶を返した。今迄の僕ならエルフと会えたと感動しているのだろうけど、洋士の話を聞いた今もそう思える程、脳内お花畑ではない。
「何かあった?」と鋭いヴィオラ。どうやら僕の渾身の演技は通じなかったようだ。
「いや……ちょっと同居人と喧嘩しちゃって気分がささくれ立っているんだ」と濁す僕。我ながらナイス言い訳ではないだろうか?
「そう? なら良いけれど。一緒に暮らしてる人と喧嘩すると、時間が経てば経つ程気まずくなりそうね。ログインする前に仲直りしておかなくて良かったの?」
「ああ、うん。まあ多分時間が経てばお互い冷静になれるし……どうにかなるよ。それより、朝ごはんにしない? 昨日ログアウトする前に作っておいたんだ。簡単なもので申し訳ないけれど」
そう言って僕は無事だった焚き火跡に火魔法で着火をし、鍋を設置した。最後の仕上げとして、アイリッシュオーツを投入。現実ではそれなりに煮込まなければならないこれも、ゲーム内であれば短時間で済むのでありがたい。
アイリッシュオーツが柔らかくなった頃合いを見計らい、鍋を焚き火から降ろして器に盛りつける。
食事が出来ないアインは、自主的に周辺の警戒に当たってくれている。ごめんね、ちゃちゃっと食べ終わるからそれまで頼んだよ。
「今日も手前から虱潰しに進む?」食事に気を取られているということもあり、比較的平常心で問いかけることが出来た。
「うーん、今日は左側から攻めてみない? 何かあるとしたら森の奥だと思うのよね」
奥側が気になるという意見には賛成なので、僕は頷いた。
水魔法で道具を軽く洗い終わったあと、左奥をめざして出発。奥へ向かう道中は、誰も寄り付かないのか獣道一つ見当たらず、意識を足元に向ける必要があった。
驚くことにそんな状況でも会話が弾んだ。というのも、昨日森に入った辺りから、ヴィオラが配信を始めたからである。昨夜はヴィオラと視聴者だけで会話をしていたようだが、今朝からはヴィオラ経由で視聴者から僕に質問が来ることも度々あった。それに答えているうちに、いつの間にかヴィオラに対して不自然な態度をとることはなくなっていた。
「『蓮華くんは恋人居ますか?』ですって」
「えっ、恋人!? いや、居ないよ……」
突拍子もない質問に僕は思わず大声を上げてしまった。いけない、いくらアンデッド問題で生物の数が減ったと言っても、森の中で大声を出すなんて襲って下さいと言っているようなものだ。
「『意外』とか『絶対噓』と言うコメントで埋め尽くされたわよ、良かったわね。えーと、次の質問は……これを私に聞けと? 却下よ却下。投げ銭しても駄目! ちょ、桁増やすのはやめて! 分かったわよ……。『恋人にするならヴィオラちゃんなんてどうですか?』だそうよ。言っておくけど私の自作自演じゃないからね!? 視聴者さんからのコメントよ! って言うか、私にも選ぶ権利はあるし私に恋人が居ない前提なのは何故なの!?」
「待って、なんか僕の関係ないところで僕が振られてるみたいで悲しいんだけど!? ヴィオラはほら……ログイン累計時間的に恋人が居ないと思われてるんじゃないかな、真偽はともかく」
「貴方それ、ブーメランだって気付いてる? 貴方のログイン時間の方がおかしいって言う自覚を持った方が良いわよ」
そんな調子で騒いでいるものだから、それなりの数の獣に遭遇してしまう。とは言え、事前に今回の依頼に関してミーティングを行った際、食料を現地調達する以外では極力狩らないようにとのお達しもあったので、なるべく彼らが苦手とする香りを振り撒きながら逃げ切ることにしている。ちなみに、エリュウの涙亭に持ち帰る為の一頭分だけはしっかり許可を得ておいた。
§-§-§
「なんだか急に雰囲気が変わったわね」
ヴィオラの言うとおり、突然辺りが薄暗くなり、じめじめとした雰囲気を醸し出した。
森の中なのでどこもある程度は暗いものの、ここまで陰鬱な雰囲気を感じる場所は今までになかった。
「何か居るのかな」
ヴィオラ、アインと目を合わせて頷き合い、四方を警戒しながら前へと進む。
「あれは……?」
僕の呟きにヴィオラも視線を前方に向けて口を開いた。
「何かの魔法陣かしら?」
いつでも抜けるように太刀に手をかけつつ、魔法陣と思しきものを目指して歩を進める。
「人骨のようね」
「もしかして……ペトラさんの遺体かな?」
「いかにもネクロマンサーが遺体を使ってここで何かをしてましたって雰囲気よね」
「不気味だな……もうこの魔法陣自体には効力はないんだろうか? 遺体を埋葬したいけれど、判断がつかない」
残念ながら、師匠からは魔法陣については特に教わっていない。当然、現実世界でも魔法とは無縁だったのでそちらの知識でも分かりそうにはない。
「そうね……これが子爵令嬢の憎悪の念を引き出して、アンデッドの操作権限の一部を譲渡する為のものなのだとしたら、既に効力はないと思うけれど……」
ふと、背後から人の気配が近付いてくるのを感じた。多分別の冒険者パーティだろう。魔法陣に詳しい者が居るかもしれないと思い、僕は手を振って呼び止めた。
「何かあったのか?」近付いてきたのは、先日のイベントで右翼部隊の分隊長だったような気がする冒険者。がたいの良さが一際目立っていたので、なんとなく覚えていたのである。
「魔法陣らしきものがあったんですが、もう効力がないのかの判断がつかなくて……」
僕の言葉に反応し、冒険者の後ろからひょこっと覗いてきたのは対照的にほっそりとした男性。体型的にも、ローブを着ていることからも、恐らく魔術師なのだろう。
じっくりと魔法陣を確認し、頷く。
「うん、これはもう効力を失ってるね。この人骨に対して既に術はかけられて、役目を終えたようだ」
「じゃあもう、この遺体は埋葬しても良いですか?」
「そうだね、うん。念の為魔法陣には極力触れないようにした方が良い。ギルドに報告する必要もあるし、不測の事態も考えられるから」
魔術師の言葉に僕は頷いて、近くにあった頑丈な枝二本を使って箸の要領で人骨を魔法陣の外へと運ぶ。
いつでも対処出来るようにか、冒険者たちは後ろで固唾を吞んで見守ってくれている。全ての骨を魔法陣の外に運び終えたタイミングで一同はほっと一息、安堵の溜息をついた。
「埋葬するにしても、こうも空気の悪い場所じゃ何だか可哀想だよね」
僕の言葉にヴィオラが頷いた。魔法陣の影響なのかなんなのかは分からないけれど、この場所はじめじめとしていて安らかな眠りとは程遠そうな雰囲気だ。
「それじゃ、移動しようか。布にくるんで……と!?」
人骨を持ち上げた瞬間、突然僕の懐から光が漏れ出した。すわ何ごとかと思って懐を探ってみれば、鍛冶屋で受け取ったペンダントが発光しているではないか。
「えっ……」
持っていた人骨から何かがペンダントの方へと飛び出していき、人骨の方はぼろぼろと崩れ去ってしまった。あまりにも一瞬の出来事に、僕は驚きの声を上げることしか出来なかった。
「何……今の……?」
周りを見渡すが、誰も何が起こったのかは分からなかったらしく、首を横に振るばかり。
「あ……ペンダントを鑑定してみましょうか」とヴィオラが言うので、僕は頷いて差し出した。
「『ペトラ・マカチュの魂の残滓が宿った思い出のロケットペンダント 状態:美品』ってなってるわね。……あ」
「え、何? まだ何かあるの?」と僕。『ペトラ・マカチュの魂の残滓が宿った』の段階で頭が痛いのに、他に何かあるなどごめん被りたいのだけれど……。
「『効果:死霊魔術・アンデッド耐性+5』とも書いてあるわ。多分、ペトラさんの魂が宿ったからだと思うけれど……」
「「「……」」」
ヴィオラの言葉に、全員が沈黙した。確かまだ、ステータス上昇系のアクセサリは出回っていないとかナナが言ってなかったっけ?
「ま、まあステータスが上昇するのは良いことだよな。きっと、遺骨を埋葬しようとしたその心意気に対する恩返しだろう、ははは……。だが、悪いことは言わん、それの存在は秘匿した方が良い。皆も、今見たことは口外するな。ここには最初から魔法陣しかなかった。……分かったな?」
沈黙を切り裂いて口を開いた分隊長……らしき人物。え、何? 凄く不穏なんだけれど。
「そ、そんなにまずい代物なんですか? これは……」
「いや、性能的には申し分ないし、持っていた方が良い。ただ、むしろ性能が良すぎる。効果が複数ついているアクセサリなんて、俺は聞いたことがない」
分隊長の言葉に、パーティメンバー全員が激しく肯定している。その激しさが、かえってこのペンダントの特殊さを顕著に物語っていた。やだ怖い。
「そうですか。……まあ、性能云々はさておき、ペトラさんが最期に託してきたものですし、おいそれとは手放せません。大事にしますよ」本当はそっと置いて帰りたい心境をひた隠して、僕は努めて冷静に返答を返した。
僕の言葉に分隊長は頷き、くれぐれも気を付けるように、と僕に念を押してからパーティメンバーと共に去って行った。心なしか、歩く速度が速い。触らぬ神に祟りなし、と言う感じだろうか……。
「口外しないと言ってもね……今の流れも、ばっちり配信されちゃってるよね?」
「されてるわね……。まあ、NPCにばれなきゃ良いんじゃない? 盗もうとしたり、金で解決しようとする輩とかが居そうじゃない。主に貴族に」
「確かに……。貴族らしい貴族なんて元子爵位しか知らないけれど、あれを基準にして考えたら説得力がとてつもないね」
「他人事とは言え、何だか気疲れしたわね。丁度六時間経ちそうだし、一旦休憩しましょう」
また一時間後に集合することにして、僕たちはログアウトしたのだった。本当に疲れたなあ。