38.どんな容姿だった?
出発前の最後の栄養補給として、僕とヴィオラはエリュウの涙亭で食事中。
「あ、そうだ、ごめん。出発前に鍛冶屋に寄って良い?」
忘れる前にと僕はヴィオラへと確認する。
「勿論良いけれど、何か買い忘れ?」
「いや、修理に出していたペンダントを受け取りに行きたくて。イベントのときに子爵令嬢から貰ったものなんだけどね。遺体の埋葬と、ペンダントが奇麗になったことの報告を出来ればと思って」
「ああ、子爵令嬢だけは幽霊の姿で王都に来たから遺体はまだ森にあるのね……。荷物の中にスコップがあるのはそういうことだったのね」
「うん。まあ森は広いし、そう簡単にはいかないかもしれないけれど。なるべくほかのパーティにもそれらしいご遺体を見つけたら教えて欲しいって言うつもり」
ジョンさんにお願いしておいた二人分のお弁当を受け取ってから、鍛冶屋へ。
「お邪魔しまーす。ペンダントの修理が終わった頃だと思って受け取りに来ましたー」
幸いにも工房からは槌を叩く音が聞こえない為、チャンスとばかりに声を張り上げる。
「おお、出来上がってるぞ」そう言って店主のデンハムさんは店の方迄ペンダントを持って来てくれた。
「なんだ、今日はえらいべっぴんさんを連れてるな。どこかへ行くのか?」
「はい。東の森へ、状況の確認を行いに行ってきます」
「そうか。……じゃあこれを持って行って、別れの挨拶でもしてきてくれ」
「このロケットの人物をご存じだったんですか?」
「ああ。夫人の方をな。時々この店に来ては、嬉しそうに武器を見ていたよ。彼女は男爵令嬢でありながら、ここで冒険者としても活躍していた。結婚を機に引退したようだったがな。正直、母親を知っている俺でも嬢ちゃんのしでかしたことに関しては擁護のしようがないと思ってな、森に行くこともしなかった。だが、嬢ちゃんだって十分苦しんだだろう。今更知っても遅いが、子爵の非道を考えれば暴走した理由も納得が行く。だから、もし遺体を見つけたら、きちんと埋葬してやってくれないか」
「勿論そのつもりです。ちゃんとスコップも用意してますからね」
「……そうか。修理代は、五十銀だ」
「どう見ても修理というよりも新たに作り直してますよね? 材料費だけでも五十銀は超えると思うのですが」
「俺の個人的感傷もあってちぃとばかり材料を奮発しちまったんだ。だから五十銀で良い。出た分は俺の個人的な財布から出てると思ってくれ。これくらいしか、嬢ちゃんにはしてやれねえからな」
「分かりました。では、ひい、ふう、みい、……五十銀です。それじゃあ、また来ます」
僕の言葉に店主が頷くのを確認して、僕たちは店を出た。さて、じゃあ改めて東の森へと行くとしますか。
森へはそこそこの距離があるので、道中一回、森に到着後一回の計二回は片道で強制排出になる筈だ。前回、僕はすぐさま再ログインして強行したけれど、今回はヴィオラも一緒。現実での食事やら睡眠やらも考えて、強制排出のタイミングで野営をしてしまうことにした。
街道は基本的に道さえそれなければ危険な獣などは一切出ないので、とにかくひたすら歩き続け、無事に森へ到着。ここで今日はお開きでも良かったけれど、ヴィオラの就寝時間迄探索を続行することにした。
僕は常に六時間単位で行動を考えているけれど、ヴィオラはちゃんとしたプレイヤーなのでいつでもログアウトが出来る。森に入った直後の休憩で睡眠バフも更新されたので、野営にこだわらずに彼女が寝るタイミングでログアウトしてもらえれば問題がないのである。
「うーん、想像以上に広い。マップを見ながら歩いているとは言え、どこも似たような風景で方向感覚も麻痺してきた……。マップ踏破率もまだ二十%ですって。単純計算するならあと二十四時間かかるわね」
「まあ、一応他の冒険者も確認しているから、令嬢のご遺体さえ見つかれば無理に全域を回らなくても……?」
「それでも良いけれど、他の冒険者ってNPCじゃない? 私たちプレイヤーが探索することで発見出来るイベント類がありそうで、なるべくは全域踏破したいわね、私は」
「なるほど。それじゃ、全域踏破の方向で進めようか。明日は何時集合にする?」
「今が十一時だから……そうね、朝六時でどうかしら?」
「了解。排出時迄、極力ここから移動しないように頑張るよ。お休みヴィオラ」
「おやすみなさい、蓮華くん、アイン」
ヴィオラの姿が消えるのを見送ったあと、僕はアインにその場を動かないようにお願いして、周辺で食料調達を始めた。
次にヴィオラがログインしたとき、すぐに朝食を食べられるよう、作っておこうと考えたのである。
「さっき仕留めたエリュウの肉と、この辺りで調達したきのこ数種。それに山菜を煮込むだけの簡単な料理だけど……なにもないよりはね」
僕がインベントリ機能を使えない為、王都に戻る迄は全て預かるとヴィオラは申し出てくれたけれど、断って正解だった。朝食サプライズの為に今からエリュウを狩り始めると、まず間違いなく僕の強制排出迄に間に合わない。
これまた近くで、なるべく乾いた木の枝と落ち葉を集め、周辺に燃え広がらないように石で囲って焚火を作った。火魔法を使えば着火の手間もかからないし、便利だなあ。現実世界でも使えれば良いのに。
持参した鍋を水魔法で生成した水で満たし、切った材料と持参した調味料でぐつぐつ煮込む。いい塩梅になったところで焚火から外し、鍋を地面へ。うん、時間も良い感じ。
ヴィオラと実験していて最近気付いたことだけど、NPC扱いと言えどもログアウト時に触れている物は一緒にログアウトされるらしく、今作っている料理も持ち手さえ持っていればここに放置することなく回収出来る模様。
前回の一人旅では旅道具一式を街道に置きっぱなしでログアウトしていると思っていて、誰にも盗まれていなかったのが奇跡だなあ、なんて思っていたけれど、実はそうではなかったらしい。まあ、あとからヴィオラに聞いた話だと、そもそも窃盗を働くとペナルティが厳しいらしく、NPCであれプレイヤーであれ、たかが野営装備を盗むことは滅多にないらしいけれど。
そう言う訳で、僕はアインにお休みの挨拶をしつつ、鍋と荷物をしっかり握った上で強制排出に備えたのだった。
コクーンから出た僕は、リビングへと顔を出した。案の定、洋士はリビングの窓から外の風景を見ていた。日頃から洋士は、自室ではなくリビングで過ごすことが多いようだ。
僕の気配に気づいて、洋士がこちらへ振り向いた。
「どうした、今日のゲームは終わりか」
「うん、一緒に行動している子が寝ちゃったからね。今はちょっと特殊な場所に居るから、彼女がログアウトした地点から離れたくなくて出てきたんだ」
「へえ……前に話してた凄腕の弓使いか?」
「そう。今居る森って、フィールドのランクが高いんだって。だから彼女が居てくれて心強いんだ。冒険者ランクも同じだしね」
「どうしてそんなに弓が上手いんだろうな? 腕前的に、確実に現実世界での経験者なんだろう? どこで身に着けたと思う?」
突然投げかけられた質問に、僕は驚いた。
「ええ? どうしたの急に。そうだなあ、学校の部活とかに『弓道』があるんでしょう? そういうところじゃない?」
「いや、お前が絶賛する程の腕前が、部活程度で身につくとは思えなくてな。単純な好奇心だ。許せ」
それで会話は終了とばかりに洋士はソファに沈み込んで仮想端末を操作し始めた。
部屋に戻るのもあれなので、僕も近くのソファに腰かけ、何をするでもなく目をつぶって考え込む。
先日から、洋士はやけにエルフの話を持ち出す。僕の放浪時の話然り、書店でエルフにあったという話然り。
その上で今の発言。恐らく洋士は、ヴィオラがエルフじゃないか、と僕に言いたいのだろう。洋士はGoWをプレイしていないのでヴィオラの顔を知らない筈だが、多分僕から卓越した弓の腕を持つプレイヤーが居る、と聞いて疑っているのではないだろうか。
どうしてこんな結論に至ったかと言うと。最初に会ったときから、僕ずっとヴィオラの顔をどこかで見たことがある気がしていた。それがどこだったのか皆目見当もつかなかったのだが、先日の血液大量摂取による気絶の影響。あのとき、僕は普段見ないはずの夢――ただの夢ではなく、過去の記憶の再現だったが――を見た。
僕がエルフを探して放浪していたとき、集落があるとの噂を頼りに訪れた小さな農村で道を尋ねた女性。その女性の顔が、ヴィオラに瓜二つだったのである。
たまたまヴィオラのご先祖様と出会ったと考えるよりも、ヴィオラが長命種だと考える方が自然だろう。
そうなると、ヴィオラが僕とパーティを組みたがった理由が気にかかる。彼女も僕と同様に、たまたま道を聞いてきた人物の顔を忘れている可能性はあるだろうか? いや、洋士の言葉を信じるのであれば、よほど鈍くない限りは、僕が道を尋ねた段階で僕が人間じゃない、或いははっきりと吸血鬼だと気付いていた筈だ。確実に警戒していただろう。そんな相手の顔を忘れるとは思えない。間違いなく僕の正体を知った上で近付いてきた筈だ。
「あのさ……洋士がこの間見かけたって言うエルフって、どんな容姿だった?」意を決して、僕は洋士に問いかけた。今ばかりは、僕の予想が外れていて欲しい。
そんな僕の願いもむなしく、洋士が差し出してきた端末の仮想ディスプレイに表示されていたのは紛れもなく、強張った表情でこちらを見つめるヴィオラの姿だった――。