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35.帰ったら絶対とっちめる

 結局、イベント時間中にはアルディ公王が答えを出さず。日が昇り始めたこともあり、アンデッド群は一時的に退却した。ちなみにプサル公爵はと言うと、本人の発言通り、その場に佇んだままである。幽霊は日に弱いという定説は公爵には関係ないようだ。とは言え、日の光に透けてしまうので、日中帯は目を凝らさない限りほとんど見えない模様。僕らが見ていた配信も、このタイミングで一旦終了となった。


 掲示板の方では、今回の失敗に関して、運営を批判する声も見受けられる。確かに公王の判断が早ければイベント期間中に決着がついたという見方も間違ってはいないので、NPC、ひいては運営を批判する気持ちも分からなくはない。


 とはいえ、それも一部のプレイヤー。そもそもが力押しで勝てない自分たちの力不足も否めないと言う意見が大半で、公王へのコネがなく手間取ったことや、説得に失敗した自分たちの話力のなさを反省する人も居る。


 その中でも今一番盛り上がっているのが公王を交替させた方が良いのではないか、という話題。


 なんでも今の公王は、五百年も前の話だからと、プサル公爵の要望を一蹴しているのだという。答えを出さず、と言うよりも否定的な答えは既に出ている状態、と言うことらしい。それを公王の息子である王子が「自分達の祖先が罪を犯したのであれば、自分たちの代で正すべきである。ことの次第を明らかにし、プサル公爵一族の罪を取り消し、立派な像を作り直すべきではないか」と説得しているとのこと。その為、正式に返答出来ずにいると言った状態らしい。


 公王の心変わりを待っていられないプレイヤーたちの間では、いっそのことこの王子を公王にしてしまった方が早いのでは?と言う意見がしきりに交わされている。


「随分とおおごとになってきたね……息子と言えども平和的譲位じゃなければクーデターと言われてもおかしくないけれど、本当に皆王子に公王交替をお願いするつもりかな」


 既に何人かのプレイヤーはそれとなく王子を唆していると言う。さすがに「父親に対してそんなことは出来ない」と断られてはいるようだが、アンデッド問題が解決する手っ取り早い方法ということもあり、王子も話をしてきたプレイヤーを咎める様子はないという。


「アルディ公国の様子を見ていると、うちの国も一歩間違えれば本当に滅亡シナリオに突入していたかもしれなかったと実感するわね」


 ヴィオラの言葉に僕とマッキーさんは頷く。王都が国のど真ん中にあるシヴェフ王国の構造上、ここがたとえ王都じゃなかったとしてもアンデッドに占領された段階で分断され、徐々に衰退していたのは間違いない。王都となれば政府が麻痺する分、更にその速度は速まる。


「うん。イベントで国が消える可能性があるなら、その逆にこのままイベントが成功すれば、イルミュ王国が公国に吸収合併されるシナリオもありそう。もう多分まともに機能してないのだろうし、国として。まあ、荒れた国を吸収合併したらあとが大変そうではあるけれど」


 とりあえず視聴していた配信も既に終了し、アルディ公国のイベントについては長期戦の構えを見せた為、鑑賞会はお開きに。僕の方もそろそろログインしてから六時間が経つので、部屋に引き上げてログアウトに備えた。


   §-§-§


「お、戻ったか。ついさっきソーネ社から連絡が来たぞ。コクーンの試作機が出来たから、ひとまず使ってみて欲しいとさ。何度も血液を摂取してもらうのは申し訳がないとかなんとか言って、最初からそれなりの量に対応出来るように作ってみたらしい。ま、一応いつ来ても大丈夫だとは言っていたが、今から行くか? 行くなら送っていくが」


「本当? それじゃあお言葉に甘えて送って貰おうかな」


 今日明日は特にすることもないので、すぐに向かう旨をソーネ社に伝えてもらって軽く外出の準備。未だに鏡で、洋服を着た自分を見ると見知らぬ人が居ると思って驚いてしまう。その度に洋士に不審な目で見られるのがいたたまれない……。


 車で五分とすぐの距離にもかかわらず、受付で名を名乗ると既に話は通っていたらしく、すぐさま開発部署フロアへと案内された。凄い、情報伝達速度が速い……。ちなみに洋士は早川さんと話があると言って途中でどこかへ消えた。早川さんって確かソーネ社の代表だよね? そんな簡単に会えるってどういうことなの……?


「蓮華様、お久しぶりです」


 開発部署フロアの入り口に到着すると、迎えてくれたのは小林さん。笑顔で対応してくれているけれど、目の下の隈がひどくて疲労感がとても滲み出ている。そう言えば以前お会いしたときに、情報統制の為、特殊なコクーン改造にかかわっている人員は極少数に絞っているとか言っていたような。基本的には技術担当責任者の小林さん主導の下で行なわれているとも言っていたので、僕のコクーン改造の話が出て以来、小林さんはまともに休めていないのかもしれない。


「お久しぶりです、小林さん。ご迷惑をおかけして申し訳ありません……」


「いえいえ、こちらこそお世話になっておりますから」


 洋士? 洋士がソーネ社と関わりがあるとは思わなかった。早川さんと話があると言っていたのも、そう言うことだろうか。


「あれ、ご存じありませんでしたか? つい先日水原様が多額の資金を援助して下さって……今日はその使い道について代表と話し合うと聞いていましたが。資金援助は蓮華様から水原様に仰られたんですよね?」


 僕の表情を読んでか、小林さんが説明してくれた内容に僕は耳を疑った。


 資金援助なんてそんな話、一言も言ってませんけど? なんなら資金援助したことも知りませんが? 多額っていくらなの……怖すぎるんですが。しかも使い道に迄口出しするってどう言うことなの……? コクーンですら重いのに、資金援助も僕の為とか言い出すんじゃないだろうな、あいつ。


 言ったとも言っていないとも言えず、僕は曖昧に頷いた。帰ったら絶対とっちめる。あいつが自分の金で何をしようと関係ないけれど、僕を巻き込むなら話は別だ。僕があずかり知らないところで僕が感謝されているとか、怖すぎる。


 しばらく歩いていると、ひと気の少なさが目立つようになった。そしてとある扉の前で小林さんは立ち止まると、指紋と網膜のスキャンと思しき動作をし始めた。


 扉には「関係者以外立ち入り禁止」との記載。部外者が立ち寄れない施設の中で、更に関係者以外立ち入り禁止……ここが特殊な改造を行っているエリアだろうか。


「こちらの中が作業部屋になります」


 解錠が完了し、開かれた扉の先にはそこそこの広さの部屋があった。とは言え、色々な部品や機械類が大量に置かれており、かなり手狭に感じる。存在が公に出来ない作業が故に、あまり部屋のサイズを確保出来ないのかもしれない。


 部屋の中にはコクーンやヘッドギアもたくさん並んでいる。けれど、どれも形状が少し変わっている。一見普通そうに見えて若干サイズが大きいヘッドギア、縦に長いヘッドギア、奥行きが深いヘッドギアなど。コクーンの方もやはり、かなり大きいサイズだったり、高さが高いものだったりと多種多様だ。


「面白いでしょう? どれも人間ではない種族の方向けに作られています。本当はどんな種族の方でも使えるように汎用的なものが作れるのが一番良いのですが、どう言った種族の方が存在しているのかは国家機密ですから、どうしても実際にご依頼いただいた方のみの個別対応になってしまうのです」


「あの……あ、いえ、なんでもありません」つい、エルフからの依頼があったかを聞こうとしてしまい、僕は慌てて口を閉じた。国家機密だと言うのだから、当然質問したところで答えては貰えないだろう。


「そう言えば、蓮華様のようなご依頼は珍しいですね。どうしても身体のつくり的に既存の機器では入らないと言うご依頼が圧倒的です。主に耳や背中、頭の部分だったりとかですね」


 僕の質問の意図をある程度察したのか、小林さんはかなり遠回しながら回答してくれた。口元に指を当てている。勿論、ここだけの話にしますとも。


 それにしても”耳”か。それがエルフだろうか? 背中は俗に言う有翼種? 頭は……なんだろうか。いずれにせよ、僕たち吸血鬼以外にも、やはりさまざまな種族が居ると言うことが改めて証明されて、鳥肌が立ちそうな程気分は高揚している。


「さて、では本題の蓮華様のコクーンについてですが、試作機はこちらになります。まずはこれを試していただき、この方向性で問題ないと判断出来れば微調整に進みたいと思います」


 そう言って案内されたのは、部屋の一番奥のコクーン。見た目、サイズ共に今使用しているコクーンとほぼ大差はないけれど、違いがあるとすれば背面の栄養補給パウチの補充部分が、小型のボックスのようなものに変わっている点。


「先日お話しした際は、事前に必要な血液量を確定させたいとお伝えしましたが、それでは蓮華様へのご負担が大きいので、水原様からお聞きした数値を元にひとまず一リットルあれば問題ないと仮定し、開発いたしました。背面に小型の冷蔵庫を設置し、そちらから直接コクーン内部へとチューブで繋がるようにしています」


 今度はコクーンの蓋部分を開き、小林さんは説明を続ける。


「コクーンに着席した際、チューブ先端が口許に来る様に設置されており、普通の飲料同様、吸うことで飲める設計となっております。筐体(きょうたい)面での改造はそれ以外特にありません。大幅に変更したのは主にGoW起動時のシステム面です。要するに蓮華様が拒否反応を起こさずに血液を摂取出来れば良い為、GoW接続前に一つプログラムを追加しました。蓮華様が現実で血液摂取を行った際の味覚のフィードバックを遮断し、代わりにプログラム内で作り出した飲料の味がするように脳内に錯覚させると言うものです。ひとまず、これで嘔吐してしまう問題が解決されるか確認してみていただけますか?」


 小林さんの説明に僕は頷き、コクーンに着席した。


「一リットル分の血液パウチを水原様よりいくつかいただきましたので、そちらをセットしています。まずは一杯分を三百ミリリットルで設定した状態で、飲み物を飲んでもらいます。最初は五分後に排出されるように調整してみますね。五分ではログアウト後の喉の不快感が拭い去れていないようでしたら、十分、十五分ととりあえず伸ばしてみましょう」



 小林さんがコクーンを起動したらしく、いつもの浮遊感が一瞬襲った。次いで、視界が徐々に戻ってくる。落ち着いたBARのような雰囲気だ。もっと殺風景な部屋に飲み物だけが現れることを想像していたので驚いた。


 バーカウンターの後ろの黒板には、アルコールからソフトドリンク迄かなりの数が列挙されている。もしかして、これ全部味覚が再現されるの……? GoW内で使われているものの流用だとしても、作り込みが凄い。


「えっと、とりあえずココアが飲みたいな」


 僕の言葉に反応したのか、バーテンダーと思しき人物が黙々と飲み物を作ってくれている。おお、いきなり飲み物が現れる訳じゃない辺りも凄い。


 出来上がったココアを、バーテンダーがそっと僕の目の前に差し出してくれた。湯気がモクモクと出ていて、とても甘い香りがする、正真正銘ココアである。再現率が凄い。


「いただきます」とひとくち飲んでみる。味もちゃんとココアだった。正確に言えば僕はココアの味を知らないけれど、数々の創作物に出て来る飲み物の描写と一致している味だった。甘くてやさしい味。僕は念願のココアデビューを果たしたことに、心の中でガッツポーズを決める。


 ここであまり時間をかけても意味はないので、ぐいっと一気に飲み干したあと、五分経過するのを待つ。ビリヤード台やらダーツがあるのは、もしかして検証中の時間つぶしの為だろうか? 至れり尽くせりで恐縮です。


 店内を見ていると、突然視界が再び暗転した。どうやら五分が経過したらしく、コクーンから排出されるようだ。


 現実に戻って来て数秒。猛烈な吐き気に襲われた僕は、事前に小林さんに手渡されていたエチケット袋を速攻で使用しました。申し訳ないです……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 味覚や嚥下反応で血を摂取したと体や脳が判別してるならどうしようもないけど、単純に血を取り入れるだけでいいなら、胃カメラみたいにチューブで直接送り込むとかどうかな。点滴みたいにゆっくりと
[一言] 頭は鬼とか獣人とかいるのかな?
[一言] 飲むときは平気でも、モドッタトキニ戻すのは駄目だよね~
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