表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/316

34.そのセンス、見習いたいです

 イベント時間も残りわずか。石像はやはりまだ、プサル公爵だと見て分かる程の出来にはなっていない。あとわずかな時間でこの大軍を一掃出来るのか? プサル公爵本人は現れないのだろうか。僕とヴィオラがそう話していると、突然大音声が配信画面から聞こえてきた。見ると、プサル公爵と思しき人物が怒鳴っている。


『――この地はアルディなぞではない、プサル公国となる筈だったのだ! それをあの若造が……ただ自分のものとするだけでは飽き足らず、罪を着せて我が一族を排した……』


『――王国法では全ての罪は個人が責を負うと定められているのに、あいつは私を苦しめる為に一族全員を罰するべきだと王に進言をした! 私の可愛い娘! 愛しい妻! 大事な兄弟! 皆私の目の前で殺されたのだ』


『――イルミュ王もアルディの若造も、呪い殺してやったわ……だからと言って私の家族が生き返ることはないのだ! 憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い!』


 映像からは、プサル公爵の悲痛な叫びが延々と聞こえてくる。


「なんだか、話を聞いていると菅原道真のようだね」と僕。


「菅原道真?って確か学問の神様として有名な方だったかしら」とヴィオラ。


「うん、平安時代前期頃の人なんだけれど、天皇に次ぐ最高権力者、右大臣に上り詰めたんだ。でも、左大臣や他の人に妬まれて、結局無実の罪で左遷……流刑にされた人だね。結局流刑後二年で亡くなったんだけど、その後から次々に左大臣、天皇、皇太子と関係者が皆亡くなったんだ。それで、道真の祟りだと恐れた人々が、既に亡くなっている道真に色々な位を与えてみた。だけどどれも効果がなかったので最終的に北野天満宮が建てられたんだ」


「なるほど、そんな背景があったのね。そうなると、今のプサル公爵は北野天満宮が壊された状態の菅原道真みたいなものよね。石像でどうにかなるかしら……というより、これは確実に間に合わないわよね」


「日本には他にも平将門や崇徳天皇と言った怨霊として有名な方々が居るけれど、皆やっぱり神として祀られているね。正直、プサル公爵は神でも何でもなく、ただ銅像を立てられていただけだし、既に今の国民はプサル公爵のことを殆ど知らない……となると、仮に間に合っても、石像を立てたところで怒りが収まるとも思えないよね……」


 日本の三人の怨霊は皆、僕が生まれる前の時代の話だけれど、鎌倉時代と呼ばれるころになっても噂が絶えることはなかった。いや、将門公に関しては鎌倉時代にも色々あって祀られるようになったのだったかな。それほど恐れられた三人は、今でもそれぞれ神として祀られたりしている。


 確か、日本で彼らの為に建てられた建物は壊されていない筈。正確に言えば、壊そうとしたときにも災いが起こって取りやめになった筈。


 今回の様に銅像を完全に壊してしまったのであれば、壊した者に対しても思うことがあるだろうし、恨みは亡くなった当時よりも更に強いものになっているのではないだろうか。


「自分だけなら政敵に負けただけだと考えればまだ納得がいく。でも家族も巻き込んだのは許せない。さっきからそう言っているように聞こえる。彼の怒りを静めることが出来るとしたら、そっち方向かなあ?」


「正式に神として祀ってみるか、家族の供養とかもちゃんとするか、ってところかしらね。どちらにせよプレイヤーの独自判断で出来ることではない気がするけれど。今のアルディ公王はプサル公爵について、どう思っているのかしら」


 総隊長はやはりと言うかなんと言うか、アルディ公国のギルドマスターのよう。となると、プサル公爵もろともアンデッドを打ち破る方法以外、彼らで判断を下すのは難しいだろう。石像程度なら「元の銅像の代わりとして作ってみます」位の報告で済んだのだろうけれど、「神様にします」とか、「大元のイルミュ王国の方で罪人扱いの他の家族も供養します」となると、正式な許可が必要になりそう。


 不幸中の幸いなのは、イルミュ王国の治安悪化でアルディ公国側で許可さえ取れればどうにかなるということか。さすがにイルミュ王国にお伺いを立てていたら、完全に力押しで頑張るしかなくなる。残りわずかな時間では間違い無く無理だろう。


『プサル公爵様は、どうして欲しいのでしょうか? 確かに貴方の話が正しいのであれば、無実の罪で陥れられ、挙げ句の果てには王にも裏切られ、家族もろとも処刑された。それは許せないことですし、今も許す必要はないと私も思います。けれど、残念なことにあれから五百年も経っています。貴方のことを知らない人々も多いのが現状です。そんな人々からしてみれば、貴方は突然現れて突然迷惑行為を行う迷惑な人、と言うイメージしか抱けません。このままそんな不本意なイメージのまま人々の記憶に残って良いのですか? 何かして欲しいことがあるのであれば、極力協力するので仰ってください』


 映像の中で、誰かがプサル公爵に直接話しかけている。どうやら、何をして欲しいのかを直接本人に尋ねる作戦のようだ。素直に答えてさえもらえれば一番良い手だろう。だが、一歩間違えれば逆上されかねない恐ろしい物言いでもある。なにせ、「今は五百年経ってるんだからお前の恨みとかこっちからしてみればどうでも良い、迷惑なんだよ」と言っているようなものなのだ。イベント時間が終わりに近付いていることもあって、プレイヤー側にも焦りが出ているのかな。


 周囲の人は固唾を吞んで見守っている。相変わらずアンデッドは襲い掛かってくるので、勿論戦闘そのものは中断していないものの、話し声は一切聞こえない。皆プサル公爵の返答を待っているようだった。


『――うむ……無礼な物言いだが、お前が言うことにも一理ある。私はただ、罪のない人を殺したやつらの国がまだ存在し、私の名前が人々の記憶から忘れ去られていること、おざなりにとは言え立てられていた銅像が壊されても誰も見向きもしないことが悔しくて堪らん』


『――はて? 悔しいとは思っていたが、いつの間にここまで憎いと思ったのか……。とうの昔に本人たちには復讐を果たした。私も公国の主を夢見た程だ、民を傷つけてまで大事にしようとは思わなかった筈だが……』


 プサル公爵は不思議な顔をしている。


『――まあ良い。本当に私の望むことを叶えてくれると言うのであれば、私と私の家族、全員分の像を一カ所に立ててくれ。もう二度と会えぬのならば、せめて像だけは幸せだった頃を再現して欲しい。それが出来るのか、確認する為の時間が必要だろう。私も今のアルディ公王とやらがどのような判断を下すのか気になるからな、結果が出るまでここで待つとしよう』


 そう言うと、プサル公爵は手にしていた大剣を地面に突き刺し、仁王立ちをしたままピクリとも動かなくなった。相変わらず周りのスケルトンが動きを止める様子はないけれど。


「これはあれかな、ペトラ令嬢のときと一緒で、プサル公爵自身にはアンデッドに細かく指示するだけの能力はない感じかな。多分進軍指示と、本人昇天時にアンデッドも道連れにする、位のことしか出来ないんだろうね」


「あくまでもアンデッドの本当の主は正体不明のネクロマンサー、ってことかしらね? 今回プサル公爵はネクロマンサーと接触していない様子にも見えるけれど」


「そこは僕も気になった。悔しいとは思っていたけれど、復讐を成した時点で憎悪の念は薄れたようだし……そう考えると、ネクロマンサーが介入して無理やり憎悪の念を植え付けたように感じるけれど、接触した記憶はない、と。例えば、前回はペトラ令嬢にうっかり自分の存在を漏らされたから、今回は気付かれないように実施した、とか?」


「ああ、ネクロマンサーは自分の存在が知れ渡るのを都合が悪いと感じている可能性があるってことね。自分の手を汚さないで各地に留まったままの幽霊なんかを利用している辺り、確かに十分あり得る。問題は、プサル公爵にどうやって知られずに接触したのかってところかしら。記憶を消したり出来るのか、単純に本人と直接対面をせずに利用したのか……それによって脅威度も変わってくる気がするわ」


 ヴィオラの言葉に僕は頷いた。確かに、記憶を消せるのであればかなり厄介な相手だと言える。一度、ネクロマンサーの能力についても調べた方が良いかもしれないなあ。勿論、現在暗躍している人物が通常のネクロマンサーとは違う能力の持ち主ってこともあり得るけれど。


 僕とヴィオラが話している間にも、配信映像の中で人々は慌ただしく動いている。アンデッドを相手にする者、アルディ公王と渡りをつける為に走り回る者。石像を作っている人達は、プサル公爵と何やら話し合っている。ときおり漏れ聞こえる音声から、家族の容姿についてを聞き出している気がする。


 プサル公爵を強制的に倒そうとしている人はどうやら居ないようだ。ペトラ令嬢のときも思ったけれど、これだけの人数が集まっているのだから、正直誰か一人二人は力押しでプサル公爵を倒せば良いと考える人も居ると思うんだけれど。単純に場の空気を読んでいるのか、皆公爵の話に同情しているのか。


 まあ確かに、配信なんてものがあるのだから場の空気を読んでいる人は多そう。結果として武力行使で倒せなくてイベントが失敗なんかしたら、あとで何を言われるか分からないしね。


「おや、ヴィオラちゃんに蓮華くん。こんなところで何をしているの?」


 背後から声をかけてきたのは、いつぞやのイベントで僕の分隊の一員だった末期症状さん。名前に反してこの人、かなり礼儀正しいんだよなあ、と言うのが僕の第一印象。


「あらマッキーさん。久しぶりね。アルディ公国のイベント配信を見ていたのよ」とヴィオラ。末期症状でマッキーさんか……皆あだ名をつけるのが上手いなあ。そのセンス、見習いたいです。


「ああ、トリガー見つけたは良いけれど、肝心の原因がなかなか掴めなくて苦労してた国か。どんな感じ? まだ配信してるなら随分時間がかかってるみたいだけれど、クリア出来そう?」


「あ、立ち話もなんですから良かったらここどうぞ。今はちょうどプサル公爵が現れて、打開策を提示してくれたところですねえ」


「打開策を提示!? 随分親切だね」と言いながら笑うマッキーさん。まあ、正確に言えばプレイヤーが質問したから教えてくれた訳だけれど、確かに親切だよなあ。


「今のところの共通点は、騒動のきっかけとなった怨霊に対してプレイヤーが話しかけると、ネクロマンサーのマインドコントロール?みたいなのが解けるってことかしらね。二人とも急に素直になるところとか、そっくりよ」


 マッキーさんにも配信画面を共有したらしく、マッキーさんがヴィオラに小声で礼を言っている。なるほど、画面の共有は個別に設定出来るのか。確かに近くの人皆が勝手に見られる状態だと不便だもんね。


「うーん、憎い憎い憎い!って感情に”会話”と言う名の水を差されて我に返る感じなのかな」と、ヴィオラの考えに賛同する僕。


「なるほど、参考になるなあ。僕の友人がレガート帝国に居るから、アドバイスしておくよ」


 マッキーさんは僕ら二人の考察に頷きながら言った。レガート帝国はこの後イベントが開催されるのだろうし、一つでも多くの情報が欲しいだろう。


「まあ、本当にそうとは限らないわよ? たまたま令嬢と公爵が素直だっただけかも。でも参考程度にはなるかもしれないわね。そう言えば。レガート帝国はどう言う状況だったかしら?」


「うーん、あそこは独裁政治で有名だから、過去の反乱軍たちがアンデッドを従えて進軍中って言ってたかな? 正直、反乱軍相手じゃ説得とか難しそうだよね」と困ったように笑いながらマッキーさん。


 確かに、自分達の国が吸収された上にその後の待遇が悪いとか、理由があって反乱したのだろうし、説得程度じゃ難しそう。レガート帝国そのものを解体して、元の小国郡に戻すとか、全領土で差別的意識をなくすとかしない限り……どちらにせよイベント中に出来ることでもなさそうだなあ。


「もしかしたら」と続けてマッキーさんが口を開く。「イベントのトリガー発見に時間がかかればかかるほど、難易度が上がるシステムなのかな? 僕らのときよりも今配信してるアルディ公国のが状況が厳しそうだし、レガート帝国の話を聞いているともっと一筋縄ではいかなさそうだよね」


「時間が経てば経つ程プレイヤーも強くなっているでしょうし、難易度が上がるというのは確かにあり得るかもしれないですね」


「掲示板や配信で情報を得る人も多いし、難易度の調整は入っていそうよね。カラヌイ帝国の方は大丈夫かしらね……」


 ヴィオラの言葉に、僕とマッキーさんは頷いた。まあ、僕はレガート帝国とカラヌイ帝国のどちらが進んでいるのかも分かっていないのだけれど。情報って大事だなあ。僕もどうにかして掲示板くらいは見られるようにしたい……ログアウトしたら洋士に相談かな?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

2024年4月20日2巻発売!

吸血鬼作家、VRMMORPGをプレイする。2巻

二巻表紙


1巻はこちら

― 新着の感想 ―
[一言] Σ( ̄□ ̄)!はっ 配信に気付かれる予感?
[一言] 配信を解説する配信w 知識量がエグくてエルフもびっくりですよw
[良い点] なんて理性的な怨霊ww [気になる点] もし公王が某子爵みたいな奴なら公国ヤヴァイな。 [一言] 掲示板見たら配信垂れ流しバレちゃう! 洋士さんなんとか誤魔化してww!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ