28.既製品防具全然合わないよね……
エリュウの涙亭を出てすぐ。ひとまず修理がどこで出来るのかを探る取っ掛かりとして、目についた宝飾品専門店で、修理が可能か聞いてみた。
当たり前と言えば当たり前だけれども、宝飾品専門店は新規での作成を専門にしているので、店で作られたアクセサリはともかく、どこのものかも不明なアクセサリの修理は請け負っていないらしい。
その代わり、近くの鍛冶屋はどうかとアドバイスをしてくれた。武器や防具を専門にしているらしいけれど、金属で出来たペンダントの修理であれば可能性はあるかも、とのこと。店員さんが親切でとても助かりました。
ついでに、前回は店売りの装備を見てみたけれど、どうもしっくりくるものが見つからなかったと言うこともあり、今から行く鍛冶屋でアインの装備も売っているかを確認することにしよう。
「そう言えばアイン。テイミング契約って、普通は何か食事やエネルギー?をあげる必要があるって聞いたんだけれど、アインは何が必要なの?」
と、洋士と調べたことについて忘れないうちにアインに聞いてみた。
けれどアインはこてん、と首を横に傾げて、しばし考え込んだ――ように見えた――あと、ふるふると首を横に振った。
これは「必要ない」の意味なのか、「分からない」の意味なのか、どっちなのだろうか?
「うーん……必要ない? あ、違うのか。じゃあ、分からない? なるほど。うーん、僕と契約したのは多分森だと思うけれど……その前とそのあとでなんか違和感を感じたり、お腹が空いたとか、具合が悪いとか、ある?」
こちらも横にふりふり。
「特にない? あ、これは分かるのか。うーん、じゃあ特に必要ないのかなあ、アンデッドだから……。ちょっとでも異変を感じたら僕に言うんだよ?
一応アリオナさんに今度会ったときにも聞いてみるけれど、そもそもアンデッドのテイム前例がないっていってたから望み薄だろうなあ」
なんて話をしているうちに、お目当ての鍛冶屋に到着。カーン、カーン!と小気味良い音が通りに響き渡っている。ああ、なんだか懐かしいなあ。昔は当たり前に見ていた風景なのに、最近じゃ全く見ないもんね。
「ごめんくださーい」
と店の中に声をかける。どうも無人らしい。隣の作業場からは、相変わらず小気味良い音が響いていて、覗いてみると作業に集中している人物が一人。どうやら他には誰も居ない様子。鍛冶は時間との勝負だから、当然僕の相手なんかしている訳にもいかないよね。
店側は盗難防止の魔法がかかっていて、作業中でも品物が売れる仕組みになっているみたい。丁度良いから、待っている間に見させて貰おう。
でも、ぱっと見た感じ、防具はともかく、大型の盾と槍が見当たらない。
どうも昨日アインと色々見て回った結果、よくある小盾ではなく、全身を覆い隠すような大型の盾が欲しいらしい。
それで槍が操れるのかは僕の専門ではないので分からないけれど、本人は自信があるようなので値段以外の判断はアインに一任している。
でも、こうも大型の盾を売っている店が見つからないとなると、もしやオーダーメイド以外の選択肢がないのでは……? うう、ごめんアイン。僕がちょっと高めの武器を買ってしまったばっかりにオーダーメイドはさすがに厳しい……。
でもないものは仕方がないので、もし本当にオーダーするなら、先に僕が依頼をいくつかこなすとして……それでどうにかなるかなあ。Eランクの依頼報酬っていくらなんだろう?
報酬的にはDランクの方が高いんだろうけれど、そもそもDランクに上がる試験の為にはアインとの連携もちゃんとしておいた方が良くて、アインとちゃんと連携をする為には装備が必要で、その為にはEランクで資金を稼ぐ必要があって……うん、無限ループ。
素直にEランクでこつこつ貯めるのが近道ってことですね。まあ、さすがにアインの装備を先に揃えても、僕抜きでアインだけが依頼を受けるのは難しいだろうから、金策と言う意味では僕の武器を先に揃えたのは正解だったのかもしれない。
そんなことを考えながら店内の防具を見ていると、いつの間にか作業場の音が止んでいた。あ、終わったのかな?
そう思って振り返ってみると、驚くことに職人が僕の真後ろに居るではないか! え、気配とか全く感じなかったんだけれど……。
「なんか気に入ったものはあったかい、お嬢さん?」
「お、お嬢さん!?」
「ん? なんだ、あんた男かい。そんなひょろひょろしてちゃらちゃらした髪で男だと……。ちっ、愛想良くして損したな。適当に見て適当に買って適当に帰ってくれ」
勝手に勘違いした挙げ句に男だと途端に接客がおざなりになる店主……いや、最初から男だと分かっていれば接客すらしなかったのではないかと思わせる横柄ぶりに、僕は内心驚きを隠せなかったけれど、折角話が出来る状態なのだからとペンダントを取り出し、果敢に話しかける。
「あの、実はこれを修理出来る方を探しておりまして……」
「どれ……これはあんたのものじゃないだろう。どこで手に入れた?」
どうやら話も聞かずに追い出すなんてことはしないらしい。良かった。
「中の写真に写っているご本人から貰ったんです。大切なものだとは思うのですが、如何せん状態が悪く……」
「ふん……見ての通り、俺は装備品を中心にしてる鍛冶屋だ。こんな細けぇ細工の小物は専門外。下手したら完全に壊す可能性もあるんだぞ。それでも良いってのかい」
「元より、直せないほどひどければ新たに作り直して写真を入れ替えようと思っておりましたので。修理をしていただけるのであればお願いしたいのですが」
「慎重にやらなきゃならん。ちと日数がかかるぞ。あと料金もだ。場合によっちゃ材料も新調する可能性があるし、専門外だからな」
「分かりました。それで大丈夫です。お金は……稼いできますので。
ところで、こちらはオーダーメイドは受け付けていますか?」
「オーダーメイドォ? ここにあるものが気にくわねぇってのかい」
「いえ……大盾と槍が欲しいのですが、どこのお店も見当たらなかったので……」
「大盾と槍だと!? また珍しい……。そんな重量級の組み合わせ、兄ちゃんに使いこなせるとは思えないが。
いや、あんたの武器は手に持ってるそれか。ってことは……使うのはそこのスケルトンかい?」
「あ、はい。アインがどうしても大盾と槍が良いと言ってまして。記憶自体はないみたいですが、もしかしたら生前使っていたのではないかと」
「まさか……いや。アインだったか。そうだな、大盾と槍なら奥に何個か試作品があるから、それで良いなら好きに持っていけ。金は要らん。どうせ誰も使わず埃を被ってた代物だ」
これはさすがに僕でも分かる。多分、この店主さんは大盾と槍を使っていた、別の誰かを知っているのだろう。そして、その人は既に亡くなっている可能性が高い。恐らく奥にある試作品と言うのは、その人の為のものだった筈。
店主さんにその人物について聞こうかと口を開きかけ、そっと閉じた。多分触れられたくないだろうし、それがもしアインの生前の姿だったとしたら、僕はどう声をかけてどう接して良いのか分からない。店主さんに対しても、アインに対しても。
いずれアインが自然に生前の記憶を取り戻すことがあったら、そのときで良いだろう。それが可能かは分からないけれど。
今はとにかく、奥にあると言う試作品をアインが気に入るかを確認する。僕はそれだけに集中することにした。
「うわあ……凄いな。これ本当に試作品? 店に売ってても全然不思議じゃないように見えるんだけど……僕は専門外だからそう思うのかな。
アインはどう? 気に入ったものはある?」
僕がそう聞くと、横に居たアインはそれはもう目をきらきらさせながら――目はないけれど僕にはそう見える――はしゃいでいる。どうやら求めていた装備はこれだったみたい。
そう思うと、やっぱりこれらの装備は元々アインの為に用意されていたと考えた方が……いや、今はやめよう。
その中でも一番スタンダードな?盾と槍をさっそく手に取っているアイン。いや、彼の力が強いのは森で身を以て体験したけれど、あんなに重そうな盾を軽々と持ちあげている辺り、やっぱり凄い筋力なんだなあ、筋肉は見当たらないけれど。
一通りの試作品を見た結果、どうやら一番最初に手に取ったスタンダードなものが気に入ったらしいアイン氏。満足げに先に店の方へ戻っていた僕のところへとカチャカチャ音を立てて戻ってくる様子がなんだか微笑ましくてほっこりしました。
「さて、じゃあ防具だけど……考えてみればアインのサイズ細すぎて既製品防具全然合わないよね……」
あれ、でもプレイヤーだって身長も体型も皆バラバラだけど、どうしてるんだろう? 防具オーダーメイドって結構金額飛ぶよね? 考えてみれば僕、オルカで適当に買った軽装備――ほぼただの洋服――をずっと使ってるから全然気にしたことなかったなあ。
実経験って意味でも、日本で生まれ育った身としては西洋みたいな重鎧に縁がなくて、そこまでサイズ調整をする必要がなかったと言うか。日本って割と当たって砕けろの精神だったもんなあ……。
「防具は元々サイズ調整込みの金額だ。余程がたいが良い奴なら別だがな。あんたらは上乗せなんてものは気にしなくて良い。気にしなくて良いが……言っちゃ悪いが、スケルトンに防具は要るのか? 守る臓器なんてないだろう。むしろ機動力が落ちるだけだと思うが」
た、確かに……。いや、でもそれを言ったらスケルトンが大盾持ったところで何を守るの?ってなっちゃうよね。
なんかよくゲーム小説に出て来る挑発スキル?とかを使って敵の注意を引きつけるのであれば、あっても良いのかもしれないけれど……このゲームにスキルって言う概念はない筈。
そもそも現実的に考えたら挑発して引きつけるってどう考えても無理があるよね。敵にだって知能はあるんだし。自分にとって不都合な相手を優先して狙う筈。
もし大盾を使って、回復役とかに突進してくる相手を途中で足止めするのであれば……確かに割り込める身軽さがあった方が良い?
でも、弾き飛ばされない為にはある程度重量があった方が良いから装備も重い方が良い気が……。むむむ。
「うーん、素早さ重視か、どっしり足止め重視の重装か……アインはどっちが良いとかある?」
うん……? やっぱりアイン本人も悩んでいる様子。そりゃそうだよね、まだこの身体で大盾を使った実戦経験はない訳だし。
「えっと、ごめん。さすがにジェスチャーじゃ何を言ってるか分からない……。うん? 地面に……ああ、そうかごめんね、筆談って手があったのか。
ええと、なになに……なるほど。とりあえず防具はなしでこのままどこかに行ってみて、無理そうなら選びに来る感じね、分かったよ。
でもそうすると、僕たちここに何しに来たのか全然分かんないよね……さすがに何も買わずに盾と槍を貰う訳にも……」
あ、そうだ。さっき僕が買った太刀を佩く為の小物が欲しいんだよなあ……。
「あの、ちょっと相談なんですが。僕が持っているこの武器……本来であれば腰に佩く……つるす為には、太刀紐と言うものを使うんですが、ちょっと入手が難しいですし、今着ている服にはあまり合わないので、何か革ベルトのようなもので代用したいのです。こちらで作ることは可能でしょうか?」
鍛冶屋と言っても、革防具も大量に店に並んでいる為、もしかして革細工も可能ではないかと、僕は駄目元で聞いてみた。
「これはカラヌイで見る形の武器だな……確かに既存の片手剣用のベルトは使えねえか。
よし、俺が作ってやるからどう言うものが欲しいのか言え!」
僕がもともとのつるし方を店主さんに伝えた結果、ああでもないこうでもないと、打合せはすっかり白熱してしまった。しまいにはアインの装備の固定方法について、アインと店主さんが白熱し始めたので、店を出るころにはすっかり日が落ちてしまった。
最初こそ随分とぶっきらぼうな店主さんだったけれど、凄く親切で親身に対応してくれた為、必要なものは本当に低価格で全部揃ってしまいそうな勢い。それじゃあさすがに申し訳ないので、今度からこのお店を贔屓にしようと心に誓った。メンテナンスだ新調だ、って絶対何度もお世話になるしね。
さてこのあとはどうしようかと考えた結果、もう良い時間なので冒険者ギルドに行くのはやめて、エリュウの涙亭に戻って夕飯を食べることに。
昼も結構な量を食べてしまった関係上、本当は食べる必要は全くないんだけれど、朝・昼・夜でメニューが変わるからついついコンプリートしたくなっちゃうんだよね。
帰る道すがらアインと色々なことを話していたら、あっと言う間にエリュウの涙亭の前についていた。やっぱり人と歩いていると時間が経つのってすぐなんだなあ。
「あ」
そうして店に入った瞬間、僕はヴィオラと目が合ったので思わず声をあげた。ああ良かった、やっと会えた……。