番外編:銃一の進路相談
洋士目線のお話です。
現在進行中の本編とほぼ同時期の出来事です。
「最近ゲームはどうなんだ?」
口に出してからすぐに、俺は顔をしかめた。「どうなんだ」とはどういう意味だ。「楽しいか?」とかもう少し具体的な言い方があったはずだろう。
そんな俺の様子を気にも留めた様子もなく陸は「そうですね、楽しいです。ただ、ガンライズくんがちょっと進路について悩んでるみたいで……」と百点満点の回答を返してきた。
仕事ではこれ以上ないほど明確な言葉が出てくるのに、プライベートな領域に少しでも足を踏み入れた途端、言葉が足りなくなるのは人と向き合ってこなかった弊害か。
今までのように仕事に余裕がなければ、こんな悩みを考える暇もなかった。ところが目の前に居る陸を秘書に抜擢した辺りから、目に見えて仕事に余裕が出てきてしまった。こちらが一を言えば十を察して用意し、それに対する俺の反応まで予測してその先の情報まで用意しているのだから当然と言えば当然なのだが。
結果、陸の現状把握も兼ねてこうして時折会話をする事が格段に増えた。
「進路? まだ大学一年……まあもうすぐ二年か。それにしても早くないか?」
ガンライズ帝国様ご一行。いつ聞いてもふざけた名前だな、という感想しか浮かばないが、中の人である昇銃一はなかなかどうして憎めない、犬みたいな——事実人狼な訳だが——性格の男子大学生だ。
「高校までは色々と余裕がなくて、将来の事をなにも考えてこなかったと言っていました。幸い、今はGoWのお陰で余裕が出たみたいで、改めて進路を決めて学部を転籍したいらしいですよ」
そう言えばGoWがまだ存在していなかった頃は、その身体に流れる血に翻弄されて毎日喧嘩に明け暮れていたと言っていたか。そのせいで、本来は高校生のうちに考えるはずの進路を一切考えてこなかったのだろう。むしろその状態であの大学に入れたのなら、人狼特有の性質問題がなければかなり良いところを目指せたのではないだろうか。
「……進路か。こればっかりは本人の意思で決めるしかないからな。決まったあとなら手助け出来なくもないが……」
俺がそう言うと、待ってましたと言わんばかりに陸の瞳が輝いた。どうやらここからが本題だったらしい。
「まずは色々な人の話を聞いてみたいからと、今週末に会う約束をしたんです。社長もどうですか? というより、社長にも話を聞きたいと言っていたので今日辺りお誘いの連絡が来ると思いますよ」
「そうか。まあ話くらいならいくらでもしてやれるが……」
こういう時は普通、相談にかこつけて陸とのデートを楽しむもんじゃないのか?と内心で銃一にツッコミを入れつつ週末の予定を確認すれば、ものの見事にがら空きだった。スケジュールは陸にも筒抜けなので誤魔化せない。
まあ本人が望んでいるというのだから俺が忖度する必要もないか、と陸から具体的な日時を聞き出し、仮の予定として抑えてからふと思い立って数ヶ月前へと遡った。分単位の予定で埋めつくされたそれが、もはや遠い過去の事のように感じられる。
陸を自分の庇護下に置こうと最初に決めたのは、「ナナ」というプレイヤーについて調べ始めて割とすぐだった。父さんとるなから話を聞いた時はあくまで予知夢を利用する者が出ないよう、秘密裏に監視する事が目的だった。
ところがそのうち『実の親からは財布兼使用人扱いで、妹だけが可愛がられている』事を知った。自分でも驚くほど陸に親身になっていた理由は、境遇が似ていると感じたからに他ならない。
実際に顔を合わせて言葉を交わしてすぐ、陸のたぐいまれな能力に気が付いた。超人的な記憶能力、とでも呼べば良いのか。今日びコンピュータの発展はめざましく、なんでもかんでも自分が覚えておく必要はない。が、検索にかかる時間を考えれば記憶力はあるに越した事はない。その上彼女はその能力の活かし方も心得ていたのだ。それまではどうにか教授の引き抜きを目論んでいたが、あれは大学教授の職業を気に入っているので難しいのは分かっていた。そんな背景もあって、陸への同情が秘書雇用への熱望に変わったのは割とすぐの事だった。
給料の高さで陸の母親を黙らせたり、忙しさを理由に家族から引き離したりと、策を弄してようやく正式に陸を秘書にしてからはや数ヶ月。週末のスケジュールが空白という快挙がもたらされた訳だが。振り返ってみれば陸が「大怪我をする銃一」の夢を見なければ、この未来はあり得なかった。だから俺は、銃一に借りを返すつもりで本人からの連絡に快諾したのだった。
§-§-§
進路という、それなりにプライバシーに関わる話をする事を考慮して場所は俺の経営する店に。一日貸し切りにする旨をSNSや店頭で告知していたせいか、当日「俺なんかの為に貸し切りにしてもらってすみません……」と銃一は頭を下げてきた。頭の上で耳がしょげているように見えるのは幻覚か、それとも感情の抑制が上手くいかず本当に出ているのか。
前者なら俺もだいぶ毒されてきているなと感じながら「俺が他人の前で自分の話をする気にならなかっただけだ」と一蹴しておいた。事実、進路と自身の種族は切っても切れない関係だ。到底よそで出来る話ではない。
「……この面子も見慣れてきたな」
食事も店で出す事になるだろうと、事前に誰を呼んだのかと聞けば、俺、陸、伊織、銃一、父さん、るなの六人だと返ってきたから驚いた。俺や父さんならともかく、今回の主催者は銃一だ。伊織が教授を務める大学は銃一の通うところとは別なのに、二人が個人的に連絡を取り合う仲だとは思っていなかったのだ。
「なるべく色々な職業の方の話を聞きたくて。南條先生も俺と同じインカレに所属してるんで」
インカレとはなにかを聞いてくる父さんに「インターカレッジの略で、まあ……要するに複数大学での合同サークルだ」と軽く説明をしつつ、なんのサークルなのかと銃一に聞けば、GoWプレイヤーによる情報交換サークルだと言う。顧問なら分かるが所属している教授というのは……問題ないのか?と思ったが、口には出さないでおいた。
「相談に乗るとは言ったけど……皆はともかく私はニートよ? 話せる事なんてなにもないわ」と渋い顔でるなが言ったが、もっとも一般的であるはずのサラリーマンがこの場には居ないのだから、銃一はそういうつもりで呼んだ訳ではないのだろう。
色々あったが、改めて銃一が皆に聞いた内容はたった二つだった。
・今の職業を選んだ理由はなにか
・もし今、改めて選ぶとしたらどうするか
「そうだなあ……私はお母さんの意思だったから、かな。さすがに私も就職先は自分の好きなところを選ぶつもりだったし、お母さんの事は説得出来たと思ってた。だけど蓋を開けてみればお母さんが言った企業以外内定が取れなかった。お母さんが私のフリして内定辞退してた、っていうのはすぐに気付いたんだけど、その時にはもう別の人に内定が決まってて。阻止出来なかった私に隙があったのは事実だったから強く抗議する事もしないでそのまま受け入れたの。入社してからは案外面白かったし、先輩達との仲も悪くなかったから全然良かったんだけど。もし今改めて選ぶなら……、私は水原さんの秘書かな。まだ働き始めて数ヶ月だけど、凄くやりがいを感じるし」
「俺が隣に居るからってよいしょしなくて良いんだぞ?」
「ふふ、そういうつもりじゃないですよ。……母が選んだ職業は極平均的な給料かつ、定時で上がれる上に有休も取りやすいところでした。多分母とか妹の都合にいつでも合わせられるようにって事だったんですけど、人によっては最高の環境だと思います。だけど私は……自分の能力を活かせて、成果を上げれば上げるほど収入も上がるような場所を望んでいたんだと、今は自信を持って言えますから」
「……そうか」
その言葉を聞けただけでもここに来た甲斐があった。だから俺は少しだけ悩んでから、適当に誤魔化さずに本当の理由を語る事にした。
「……俺が今の職業を選んだのは、父さんに認めてほしかったからだ。がっかりされたくなくて、捨てられたくなくて。だから俺は俺なりに自分が出来る範囲で父さんと、他の仲間達が生きやすい世の中にする為に政府と繋がり、より有利な立場に立つ為に金を稼ぎ、仲間達が気軽に集まれるように店を経営する事にした。もし今改めて別の職業に就くとしたら……、どうだろうな。人の下についていたのが遙か昔すぎて、まるで想像が出来ない。無能な上司の下についた日には、その会社を買収して社長に納まるくらいしてしまいそうだ。ま、結局あってたんだろう、この道が」
「サラリーマンの洋士さん……うん、想像出来ないっすね。本当に買収しちゃいそうだ」
「次は父さんの話を聞かせてくれないか?」
俺はあえて父さんに話を振った。やはり俺の発言が元で気がそぞろになっていたのだろう。父さんは「え、あ……そうだね。えっと……」と慌てながら口を開いた。
「僕が今の職業を選んだのは……、『こうだったら良いな』って世界が創れるからかな。正直、それで生活出来るかどうかは二の次だった。ほら、僕達は眠る必要も食事する必要もないから、我慢さえすれば割とどこでも暮らせちゃうんだよね。特に僕は諸事情で先日まで日の光を浴びられなかったから、建物の中で過ごす必要があったし。だから書きたい事を好き勝手に書いて、そしたらいつの間にかお金も貰えるようになってたっていう。あまり参考にならないでしょう? で、ええともし今選ぶとしたら、だよね。うーん、今はもう外を出歩けるから別の仕事も選べるんだけど……、まだもう少し、小説家のままで居たいかな」
それは本心なのだろうか。全くの嘘ではないだろう。けどそれが全てなのか。心にモヤモヤしたものを抱えながらも「今聞く事ではないだろう」と、黙っておく事にした。
「ニートの話を聞いてもしょうがないでしょうし、アルバイト時代の話をするけど……。『夢を追いかける為に』とかそういう理由は全然なくて。だいぶ昔に不法入国をして、それ以来定期的に身分証を買い続けてたんだけど、まあそういう場所って一般人が関わる世界じゃないから、元締めに『商品』としての価値があると判断される度に逃げ回ってたのよ。学歴もないし、手っ取り早く生活をする為に、仕事は選ばず雇ってもらえるところで働いてただけ。今選ぶなら……そうね……、そういうのを考える為に、私も学校で色々な事を学んでみたいかも。でもバイトはバイトで、融通が利くからやりたい事が別にあるならこれも一つの選択肢になりそう。あまり大きな声では薦められないけどね」
「僕は本当に夢を職業に選んだというか、職業とすら思ってなくて。研究が好きで続けていたら、大学で個室を与えられて、気付けば教授になっていたというだけなんです。だから勿論、今選ぶとしてもこの研究を続けます」
そんな簡単に教授になれてたまるかとは思うものの、あれでも一応百歳は超えている。伊織の能力の高さと人生経験を合わせれば、本当に「気付いたら」なっていたのかもしれない。勿論、なったらなったで若いという理由で色々とやっかみなんかもあるようだが、俺の側で仕事を手伝っているだけあって、あれでなかなか肝も据わっている。耄碌じじいどもの嫌がらせなど、蚊に刺された程度にしか思っていないようだ。
「なんだ? てっきり俺の片腕を選ぶと思っていたんだが、おかしいな……」
冗談めかしてからかうと、血相を変えて伊織が叫んだ。
「冗談でしょう!? ……っ、ナナさん、貴方が来てくれたお陰で僕は平和な日常を謳歌する事が出来るようになったんです! だから可能な限りこの人の秘書を続けてください。ナナさんは本当に僕にとって救世主なんです……!」
その様子があまりに大げさだったので早々に黙らせ「また伊織がなにか言い出す前にさっさと話を進めろ」と目で銃一に訴えると「皆さん話しにくかっただろうに、ありがとうございます……」と銃一が頭を下げた。
「それで、得られるものはあったのか?」
「実は『どんな職業に就くか』じゃなくて『人間以外の種族の働き方としてどんな方法があるのか、どうしてその道を選んだのか』が気になって皆さんの話が聞きたかったんです。やっぱり、皆さん少なからず種族が仕事に関係してるんだって分かったので、今度は同族の話も聞いてみたいと思ってます」
「ああ、人狼の事情は人狼が一番詳しいだろからな。だが、一つ忠告しておく。ちょっと前までと今では状況が違う。政府は正式に人間以外の種族の存在を明らかにしたし、労働関連の法律も急ピッチで整備している。だから銃一が卒業する頃にはまた状況が変わっているかもしれない。確かなのは、人間じゃないと知られれば、厳しい目で見てくる者も居るって事だ。それが嫌なら他種族が経営する会社に入社するか、或いは俺のように会社を自分で興すか……父さんや伊織みたいに自分の腕一本で食べていくか……、周囲の評価が影響しないところを選ぶのが無難だろう。身一つでどこへでも行けるって意味では、るなの選択もありだな」
「はい。今日の話を踏まえて、これからなにを学んでいくか考えようと思います。ありがとうございました!」
その後はいつもの集まりのようにたわいのない話で盛り上がり、日が暮れる頃に解散となった。
店を出て、当たり前のように三人同じ車に乗り込んだ。以前なら考えられない事だったが、るなはもう俺にとっても家族だった。家族に、なってしまったのだと気が付いた。
先ほどまでの饒舌ぶりが噓のように、車内では誰一人口を開かず、自宅に着くと父さんは「ちょっと書きたいものが」と言い残して自室に籠もってしまった。
まるで逃げるかの様子に「なにあれ?」と言ったのはるなだった。父さんの部屋から、コクーンの起動音と蓋を閉じる音がしたのを確認し、深く息を吐いた。もう話しても大丈夫だろう。
「多分俺の話に思う事があったんだろう。……それはそれとして、今日の父さんの回答に違和感はなかったか?」
「うーん……、でも嘘ではなさそうだったわよ?」
「ああ、嘘じゃないだろうさ。だが、あれが全部じゃないと俺は思う」
ソファに腰掛けながら、俺は続けた。
「父さんが小説家になった本当の理由は、『終わりを自分で決められる』からだと思うんだ」
「……どういう意味?」
「他人が書いた物語は、どんなに続きが読みたくても、作者が書かなければそこで終わる。現実も同じだ。大抵の人は……父さんより先に居なくなる」
るなの表情が曇った。エルフである彼女にとって、それは他人事ではない。むしろ、だからこそ俺はるなを遠ざけようとしていたのだ。
「俺が最初にお前を父さんから遠ざけようとしたのは、お前がエルフだからだ」
「そんなの、知ってるわよ……?」
「お前が思っているような意味じゃない。いや、お前がなにかを企んでいると思っていたのも事実だが、それだけじゃない。父さんは多分日本で最古の吸血鬼だ。その分、別れを経験も俺達の比じゃない。だから昔、他の種族……特に長命な種族を中心に探していたんだと思う。お前と仲良くなれば少しは父さんの心も安らぐだろう。だけどエルフは……」
「……狙われやすいわね」
「ああ。エルフの寿命が正確に伝わってないのは、外敵が多すぎるからだ」
苦々しい表情でるなは俺を見つめる。その瞳に映る感情は、怒りなのか、悲しみなのか。
「お前が危険な目に遭うのも、お前が居なくなって今度こそ父さんが壊れてしまうのも……俺には怖い。だけどもう、俺にとってもお前は家族だ。そう、思ってしまった。……だからこそこれだけは言っておきたい。たとえなにがあっても、生き延びる事を考えろ。もし仮に、お前が人質になって父さんの動きを封じられたとしても、だ。……自死する事で父さんを解放しようなんて絶対に思うなよ」
「……嫌に具体的なのね? ……分かったわ、その時は絶対に自分で死を選ぶ事はしない」
全てを察したのか、るなの表情には覚悟が滲んでいた。俺だってこんな事は言いたくなかった。だが、陸の予知夢はよくあたる。それと同時に、銃一の件のように未来を変える事も出来るはずなのだ。
「父さんが小説家を続けると言ったのは……、自分で物語の終わりを決められる仕事に縋っているのは、きっとまだ……現実の『終わり』に怯えているからだ」
父さんは毎日物語を紡いでいる。作者である父さんが望まない限り、決して姿を消す事はない登場人物達を、自分の手で生み出している。
俺達はそれ以上言葉を交わす事はなく、長い間、コクーンの動作音に耳を傾けていた。
もうすぐ来るであろう、原初の人々への備えを急がなければならない。
間が空いてしまいました……しかもまた番外編!ただ今回は本編に関係ある話も混じっているので許して。
というか、もっと明るい話にするつもりが思いっきり暗い話になってしまいました。
今日自分誕生日なんですよ……。なんで誕生日にこんな話書いたんですか……????
それはそれとして、コミカライズの方も2話ほど更新きてます。
それからなんとですね。
いよいよ3月15日にコミックス1巻が発売となります!!!!
現在予約受付中です……!
公式サイトでの予約について「発売日当日到着締切日」がなんと今日です。
僕の誕生日!凄い偶然!と朝からはしゃいでXにポストしてました。
https://tobooks.shop-pro.jp/?pid=176652996
そんな事より執筆しろって感じですねごめんなさい。
言い訳させてください。実は今他サイトにて高校生の恋愛小説を連載してまして……。
今ファンタジー書いたらそれが書けなくなる自信があったんです!!
まじで!!恋愛!!苦手なの!!!
必死に色んな方の現代恋愛ものを読んでなんとか脳味噌をそっち方向に切り替えて執筆してたものですから、吸血鬼作家(特にゲームパート)を書く事を避けていまして……。
公募の要件が5万字なもので、あと8000文字分ほどは避ける事になりそうです。
もう暫くお待ちください。といってもその後はその後でイベントが山積みでして(自業自得なのですが)
・確定申告
・別の公募への新作応募(こっちはなろうに投稿予定。異世界転生系ファンタジーです)
・技術書典へのサークル参加の為の諸々(当選すれば)
・文学フリマへのサークル参加の為の諸々(他作家さんと共に合同誌出す予定です)
ごめんなさい。だいぶ調子のりました。こうしてみるとやばいな……。





