番外編:柴田さん
——これはシルヴァティエーレでインクシアと戦う前、西のバルティス共和国から戻った直後の話……。
ヴィオラと共に噴水広場でプレイヤーの露店を冷やかしている最中、既視感のある景色が目に飛び込んできた。
「——での露店出店は禁止されている。君には以前も注意したはずだ、残念だが今回は罰金を払ってもらう事になる」
「はい、すみません。……こちらで足りるでしょうか?」
「……ああ、確かに。次からは気を付けるんだぞ。…………言っておくが、金額が安いからといってまた同じ事をするのはお薦めしない。罰金は違反回数に比例して上がる。それでもやめない不届き者は、悪質だと見なされて実刑判決の可能性もあるんだからな」
無許可での露店出店は違反、というのは以前この場所を通りがかった際に、初心者プレイヤーさんに説明した覚えがあるので、僕もよく覚えている。初回じゃないのなら単純に忘れていたか、もしくは罰金を支払った方がクランの税金やオークション手数料よりも安いと踏んだのか。いずれにせよ、僕が感じたように見回りの男性達も怪しいと踏んだのだろう、少しだけ険の混じった声で釘を刺していた。
「……ご忠告ありがとうございます」
謝罪の声に満足したのか、見回りの男性達が去って行った後。興味本位で露店の店主の顔を確認してみれば、いつぞや僕が説明した初心者プレイヤーその人だった。思わず「あっ」と声を上げてしまった僕に気付いたらしく、ばつが悪そうな顔でペコリ、と頭を下げる男性。名前は確か……「柴田」さんだったはず。
どうしようか。向こうも見られて気まずそうだし、このまま素通りする方が良いんだろうけれど……。でも彼は確か、「オークションでは家具が確認出来ないから実物を見せる」という確固たる信念を持って露店を開いていたはず。結果として無許可との事で前回はお叱りを受けたものの、それは単にこの世界のシステムを知らなかっただけ。説明後はクランの加入を検討していたのに、それがどうして罰金沙汰になってしまったのか、妙に気になってしまった。
いそいそと露店を片付けている柴田さんの表情は、ずっと暗いままだ。見つからなければ儲けもの、と開き直って無許可出店した事を後悔している……ようには見えなかった。それよりももっと深いなにかがあるのではないか。根拠のない直感ではあるものの、そう感じた僕はヴィオラに断ってから彼の元へ走り寄った。
「……柴田さん……でしたよね?」
「あ……英雄の……ええと……」
一度名乗っただけの名前を覚えられているとは当然思って居ない。だけどまさか「救国の英雄」の方で覚えられているとは。く、忌々しい異名め……!
「蓮華です。あの……差し出がましいようですが、どうして無許可出店を……? クランの加入でお困りなら、うちに入りませんか……?」
「……いえ、クランには……もう入っているんです……」
「えっ? それなら出店の為に紋章を貰えるはずですよね」
「……それが……その……いえ、これ以上ご迷惑はおかけ出来ません。僕が出店しなければ済む話ですからお気になさらず」
「あ……」
結局、話を聞けず仕舞いで終わってしまい、柴田さんの件はそれきりになってしまっていたものの、それから暫く後、東の都市シルヴァティエーレへ行く直前……討伐準備の為に再び噴水広場の露店を物色していた僕は、柴田さんが再び罰金を支払っているところを目撃してしまった。
「……今日こそお話をお聞かせいただけませんか」
片付けをする彼の元へ駆け寄った僕に、柴田さんは少し困ったような表情をしながらも、こくり、と頷いたのだった。
「ここが蓮華さんのクランハウス……。あの、外観と中の大きさが一致しないような気がするんですけど……目の錯覚でしょうか?」
「あはは、その通りです。この屋敷はちょっと特殊で……簡単に言ってしまえば魔法がかかってるんですよ」
「なるほど……やっぱり英雄ともなればこんな凄いお屋敷を借りる事も出来るんですね……」
「いや、それは多分関係ないはず……いや、関係あるか……」
考えてみればこの屋敷の持ち主、イヴェッタ嬢を紹介されたのも僕の異名がきっかけだった……。……く、そう考えるとこの異名を認めるべき……? いやいや、それでもやっぱり救国の英雄は恥ずかし過ぎる。
気を取り直して二階、僕達が間借りをしている空間へ。ナナが以前整えてくれた応接空間で改めて詳しい話を聞く事にした。
いくらなんでもよそ様の事情を垂れ流す訳にはいかないので、視聴者さんには断りを入れて配信を停止。
そうしてようやく柴田さんが語った事情は、想像以上に酷いものだった——。
露店を出す為にはクランの紋章が必要になる。ところが柴田さんが加入した生産系クランは、クランマスターが用意した材料で決められた物しか作る事が出来ず、個人活動の為に紋章を要求しても突っぱねられたという。
仕方がなく「現物を見て買ってもらいたい」という想いを諦め、クラン活動の合間にコツコツと作り上げた家具をオークションに流していたところ、それに気付いたクランメンバーがマスターに報告し、オークションへの出品も難しくなったのだという。
「何故ですか? オークションへの出品はあくまで個人の活動、クランに干渉する権限はないはずですが」
「……でも、実際オークションに出品した品は全てクランメンバーに入札され、法外な値段をつけた上で取引をキャンセルされるんです。当然入札者はペナルティを受けますけど、また別のメンバーが次の商品に入札する、の繰り返しなので……」
そこまでする理由はよく分からないけど、稼ぐ方法を徹底的に潰すなんて随分と悪質なやり方だ。
「運営に報告したりとかは……?」
僕の言葉に、柴田さんはふるふると首を横に振りながら「しようとしました」と言った。
「でも、報告出来るのは『同一人物に執拗に妨害されたり中傷された場合』ですよね? 複数人が代わる代わる嫌がらせをしてくるとなると、証明するのが難しそうで。特にオークションは、取引をキャンセルした段階で入札者本人はペナルティを負ってますし……。……正直な話、ゲーム内で製作出来るのはかなり魅力的ですけど、いざこざに対処する為に時間を割くほどかというと……。面倒だというのが本音でして……。
だから引退を決意したんですけど、なにもせずに引退するのは癪ですし、折角生み出した家具が日の目を見ないのは嫌だったので、駄目だと分かってはいたものの、露店を出したんです。おかげさまで前回はそれなりに売れました。……そのせいで他の家具も見てほしい、なんて欲が出ちゃったんですけど」
「……事情は分かりました。楽しんでプレイしてるならともかくトラブルに巻き込まれて時間を浪費するのは確かに辛いですよね……。でも、どうしてGoWをやめる決断を? 入る時こそクランマスターの承認が必要ですけど、脱退は自由です。脱退して新たなクランを探すという手も……」
「確かに、続けるならそれもありだと思います。でも次に加入したクランは大丈夫だと、言い切れないじゃないですか。そもそも生産系のプレイヤーを受け入れてくれるクランが少ない。前回もそれでクラン探しには苦労しました。今回も同じ苦労して、結局似たようなクランだったらと思うと……。幸いにも僕の場合、現実世界でも家具作りが出来る。だからそこに労力を割く必要はないと判断したんです」
確かに、よほどの物好きでもなければ現実世界で出来る事を、妨害されてまでゲーム世界でする必要はない。クエストが楽しい、料理が美味しい……。とにかく、他に続ける理由がない限りはやめるという決断の方が正しいだろう。だけど、元々ゲームが好きな訳でもない上に、嫌な思い出のまま引退すれば、GoW以外のゲームに触れる機会も失われてしまうかもしれない。一部の道徳心のない人物のせいで彼のゲームに対する印象が決まってしまうのは悲しい。
「僕のところでは駄目ですか? ……クランの雰囲気はまだ分からないかもしれませんけど、少なくともマスターである僕の人となりは多少は知っていただけたと、そう思っています。だからもし柴田さんが、僕の事を信じられるのなら、僕のクランに加入しませんか。あれだけ立派な家具を他のプレイヤーさんにお披露目出来ないのは、僕も悲しいです。だからうちのクラン紋章を使って、堂々と露店を出しませんか。
……うちは生産メインのクランではありません。どちらかというと、ダンジョン探索や古代文明の解読に力を入れているメンバーばかりです。だから切磋琢磨……というのは難しいかもしれませんが、その分材料集めで協力は出来ると思います。えーと例えば、東の森のダンジョンにヤテカルという人喰い巨木が居るんですけど、一級品の木材として有名らしいです。 ……勿論返事は今すぐじゃなくて結構です。一度、考えてみていただけませんか」
どんな理由かは分からないけれど、柴田さんが加入しているクランのマスターは、彼の事を徹底的に監視し、クランの為だけに働く事を強要している。それを引き抜こうというのだから、僕を始め、ヴィオラ達にどんな嫌がらせをされるか分かったものではない。だからこそ、勧誘前に皆にも相談すべきだと分かっている。だけど気付けば、僕は誰に相談する事もなく柴田さんを勧誘してしまっていた。
「でも、そんな事したらこちらのクランにご迷惑がかかります。理由は分かりませんが、ギルドマスターは僕を囲い込もうとしているみたいですし」
柴田さんは僕の懸念を見事に言い当てた。彼の言う通り、提案を引っ込めるのなら今が最後のチャンスだろう。だけど……。
「良いんです。……知っての通り元々僕自身『救国の英雄』と呼ばれる有名人ですから。妬み、恨みの類いは一部の人から持たれてます。むしろ、その点ご了承いただければ、という感じですね。一員となるなら柴田さんにも影響があるかもしれないので」
実際のところはもう少し複雑で、一部の人達はまことしやかに「人外ギルド」なんて呼んでいるらしい。だけど現実世界の種族とゲーム世界は全くの別物。仕事相手ならまだしもアバターという皮を被った状態で「僕は吸血鬼なので」なんて言うほど僕も世間知らずではない。今のところその噂でクランメンバーの誰かが被害を受けた訳でもないので、あえて口にはしなかった。
「……分かりました、考えてみます」
そう呟いた柴田さんが少しだけ憑きものが落ちたような表情をしていたのは、きっと気のせいではないはずだ。
ようやくこの話が書けましたので、次回からは8章に突入です。
本日コロナEXにて吸血鬼作家漫画版の更新がありましたので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。