238.尋問
全てを諦めたのか、それとも口から出任せを言っているだけなのか。男性は聞かれた事はなんでも答え、聞かれていない事も語り始めた。
曰く、ある日突然血を欲するようになっていた事。正気に戻るまでの間、自分が住んでいた村の人々はお互いを襲い合ったらしく、生き残ったのが自分ともう一人の幼馴染みだけだった事。そしてその幼馴染みがさっきの男性だった事。
彼ら二人は自分達の身になにが起こったのかはさっぱり分からなかったが、本能のままに血を求め、村を離れた。今から百五十年ほど前の出来事で、自分達が村から離れて暫く後、「村人全員が失踪した村」としてちょっとした記事にもなったようだ。
話を聞いてそれとなく過去情報を調べた洋士が、僕に目配せをしてくる。少なくともそれらしい記事は存在しているようだった。
「何故日本に? それに仲間らしい人物が他にも居るみたいだけど」
ヴィオラの質問に、男性は弱々しく頷いた。
「百五十年も過ごせばそれなりに吸血鬼同士の人脈も出来る。そいつらから最近『吸血鬼と共生しているエルフの集団が日本に移住した』と聞いたんだ。それまでエルフの血に関する噂は眉唾ものだと思ってた。けど共生が事実なら、噂は本当かもしれない。それで、どうにかその集団の仲間になれないかと日本にやってきたんだ。けど……他の吸血鬼達は暴走するし、それに引っ張られたあいつも死んじまったし……俺もこのザマだ。あんたらに迷惑をかけた自覚はあるから、最期に情報だけは提供しておこうかと思って」
「待って、エルフの血に関する噂って?」
当事者が知らないのか?と言わんばかりに目をしばたたかせる男性。
「……知らないのか? エルフの血は飢えを癒やすって。あいつは……幼馴染みは血に対する衝動が特に顕著だった。それこそ定期的に血液を摂取しても日常生活をまともに送れない程度には。だからあんた達に血を分けてくれないかと頼むつもりだったんだ。まあ、頼む前に暴走しちまったんだから同情の余地もないとは思うが」
「……幼馴染み以外とはどういう繋がり? 何人居るか、分かる?」
「日本までの道中、たまたま知り合ったんだ。やつらは元々日本に仲間が居ると言っていたし、この後も来る、と言っていたはずだ。具体的な人数は分からないが」
「そいつら全員日中帯も出歩いていたか? それから道中一緒だったのは何人だ」
突然口を開いた洋士に男性は肩をびくりと肩を震わせたが、悩みながらもゆっくりと頷いた。
「……今日も一緒に来たんだ、日光が苦手な訳じゃないと思う。一緒だったのは……五人、だ。最初の飛行機で三人、中継地からここまでの飛行機で二人増えた」
今回来たのが五人。既に日本国内にも何人かは居て、この先も増える……。話を聞く限りでは、かなり大きな集団のようだ。
「そいつらの目的は? お前達のようにエルフ集団の仲間入り希望……じゃないんだろ?」
「いや……正直あいつらは吸血行為をなんとも思ってなさそうだし、極力近寄らないようにしてたから……ただ、ずっと日本に居る仲間に会って衣食住を提供してもらうって言ってて。それで、まあ……エルフの噂を聞いて衝動的に来たは良いけど、日本なんて右も左も分からないし。生活基盤は大事だから『俺達にも口利きしてくれ』と頼んだんだ。だけどあいつら、仲間と合流する前に『エルフだ!』とか叫んでそこの女性を襲ったから。一緒に居る以上、言い逃れは出来ないと思ったし、俺の連れも目の色を変えて暴走し始めたし……」というのが事の全容らしい。
「まああっちの事情はあっちから聞くとして……。お前は本当に吸血鬼にした『親』が誰なのか知らないんだな? その上自分でも望んだ事でもない、と」
「本当になにも知らない。それに俺達は、とにかく喉が渇いていたから村人の遺体を放置して村を出たんだ。なのに記事には『村人全員が失踪した』って書いてあった。あれだけあった遺体はどこへ行ったんだ? 誰かが痕跡を隠したとしか思えない。……今思えば、それが『親』?なんじゃないかとは思うが」
「なるほどな、話は分かった。とりあえず……これを飲め。俺達日本の吸血鬼は人間と協定を結んで血を提供してもらってる。新鮮な血じゃなくて悪いが、ここに住むつもりだったんならここのルールに従ってもらうぞ」
差し出された血液パウチと洋士の顔を交互に見比べ、男性は困ったような声音で「良いのか?」と呟いた。
「両腕をそのまま放置して万が一にでも死なれたら困る。さっさと飲んで、さっさと治せ。腕は俺達がつけてやるから」
「そもそも、なんで俺はまだ死んでないんだ? 普通はとっくに失血死してるもんじゃ……ないのか?」
「そこからか」と額に手を当てながら呟く洋士。声には出さなかったけれど、僕も同じ意見だ。まさかそこからだなんて。……いや、本来説明義務のある親が不在で、自身の身を危険に晒した事すらないとくれば、当然と言えば当然なのだけど。
「ひとまず、血を飲んでみろ。そしたら腕も身体にくっつくから。……諸々の説明と、処遇についてはそのあとだ」
「あ、僕からも一個だけ。その、衣食住を斡旋してくれる人とはいつどこで会う予定だったか聞いてますか?」
男性は一瞬怪訝そうな顔で首を傾げ……、何故か洋士を見た。洋士が僕の発言を一語一句違える事なく伝えると、理解したと言わんばかりに頷いた。……僕の発音って、そんなに酷いのかな。
「今日の十四時にアカサカ駅?の近くの喫茶店『ツキカゲ』という所と聞いている」
ツキカゲ……、それはまさに僕が先程まで居た喫茶月影の事ではないだろうか。裏通りでひっそりと経営をしている個人店。そのレトロで静かな雰囲気を気に入って僕はよく通っているけど、潰れないのが不思議なほどいつ行っても客が少ない。それだけに、内緒話には最適な店だ。
それは僕らの知っている人物だろうか、はたまた知らない人物だろうか。現時刻は十五時少し前。さすがに待っては居ないだろう。いや、そもそも十四時少し前にここら一帯は封鎖されていたのか。それなら仮に待ち合わせ本人が店に向かったところで、店主が既に店じまいをしていたはず。捕まえるのは難しそうだ。
両腕くっつくってどういう生命力なんだろうなあ。
裏で連載中の「国に飼い殺され続けた魔女、余命十年の公爵の養女になる? 〜養女契約のはずが、妻の座を提案されてしまった〜」もよろしくお願いいたします!