237.生け捕り
二対二。数的には対等だけど、明らかにヴィオラが向こうの早さに追いつけていない。実質二対一、それもヴィオラを守りながらの二対一となると圧倒的に不利と言わざるを得ない。
コンタクトレンズからの通知を元にすぐに仲間が来るとはいえ、それまでの数秒、或いは数分が一時間に感じる。
二人のうち手首を切り落とした方の人物は未だに僕に目もくれず、執拗にヴィオラを狙い続けている。その一方でもう一人は、僕がヴィオラと相棒の間に割って入る事をよしとせず、頑なに妨害をしてくる。多分、手首のない方は理性ではなく本能で行動し、もう片方はそんな相棒がヴィオラの血液を摂取する事で理性を取り戻す手伝いをしている……そんな感じなのかもしれない。
いっその事二人ともこちらを狙ってくれればやりやすいのに、と半ば八つ当たりのような感想を抱きつつ、頭の中で素早く作戦を練る。
相手の動きが速すぎて目に負えないだけで、視認さえ出来ればヴィオラも十分戦える。となると相手が動き辛い場所へ誘導するか、動きを止めざるを得ない状況にするか……。
まずは前者の状況を作り出そうと、僕はヴィオラに一言「ごめん」と謝ってから抱きかかえて移動する。狭い路地、それも行き止まりの場所なら、上と正面以外気にする必要がない。
何度か買い物に来ている事もあって、目当ての場所へはすんなりと辿り着く事が出来た。太刀も使いにくくなるし、仲間が駆けつけるまでの時間も多少遅くなるかもしれないけれど、背に腹はかえられない。防戦一方でも生き抜く事が大前提だ。それにここなら相手も逃亡しにくい。
「Blood...Elf...blood......Give!!」
虚ろな瞳をした手首のない男が、血を寄越せと叫びながら僕の後ろに居るヴィオラに襲いかかろうと跳躍した。その瞬間、僕は予備用の血液パウチを投げつけ、次いで無防備にさらけ出された腹に向かって太刀を突き刺す振りをする。狙い通り、目の前の男はそれを妨害しようと襲いかかってきた。
上へ向けていた太刀を振り下ろし、目の前の男の右腕を切り飛ばす。後方から漂ってきた血液の香りと魔力の気配に、計画の成功を察し、左腕も切り落とす為に一気に踏み込んだ。両腕さえ落としてしまえば、生け捕りも容易になる。
再接合されてはたまらないので、地面に落ちた右腕はヴィオラの方へと蹴り飛ばし、相手の懐に入ったところで振り上げ一閃、左腕も根元から弾き飛ばした。抗う事も出来ただろうに、仲間がやられた事実が受け入れられないのか、男はなんの抵抗もしなかった。
上着をねじって作った即席の猿ぐつわを噛ませてから後ろを振り返ると、予想通り頭上を飛んだ男は既に物言わぬ骸と成り果てていた。彼が破ったのだろうパウチの血液は小さな血の池を作っており、彼の死体はそちらに向かって倒れていた。背を見せれば負けると分かっていても血の誘惑に勝てなかったようだ。
最初こそ素早さで翻弄されたとはいえ、簡単なフェイントにすら引っかかる辺り、この二人には明らかに戦闘経験がない。多分、今まで一方的に人間を襲っていただけで、自分達の脅威となる者に出会った事がなかったのだろう。
「助かったわ、ありがとう」
「なんの説明もせずに抱きかかえたりパウチを投げつけたりしてごめん。かからなかった?」
「見ての通り、大丈夫よ。……それより、他の人達はこの近くで戦闘中みたい。六対五、こちらが六よ」
少しだけ視線を外したヴィオラが言う。見れば確かに、僕の方のコンタクトレンズにも戦闘の通知が届いていた。戦闘中に通知が来ない仕様というのは思ったよりも不便かもしれない。
六対五……。応援に行くべきだろうか。でももし行くなら、万が一を考えてこの男は殺していく必要がある。五人の戦闘経験が浅いなら、直に決着はつくはずだ。それならこっちは情報を優先すべきか。……うん、そうしよう。一瞬で結論を下し、男を背負ってすぐに出発した。血液パウチの香りに釣られて新手が現れたら面倒だ。
「……戻ろうか。今は情報を優先しよう」
人手が足りないのでもう一人は放置し、申し訳ないけれどヴィオラには落とした両腕を任せる事にした。
あと何人居るのか……。今すぐこの男に聞きたい衝動に駆られたけど、どうにか押さえ込んだ。僕ら吸血鬼はかなり頑丈に出来ている。両腕を切り落としたところで、血液を摂取されれば状況がひっくり返る可能性もあるのだ、猿ぐつわは絶対に外す訳にはいかない。