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234.偶然の再会

 あれから、インクシアを討伐し、無事に研究施設付近の安全地帯に辿り着いたところで僕達は解散した。


 水中での呼吸問題も解決したので、慌てて探索する必要もない、という事でたまたま洋士が休みだった事もあり、気分転換がてら皆で買い物に来ていた時の事。偶然にも篠原さんと、恐らくその旦那さんであろう男性と遭遇したのだった。


「あれっ」


「えっ! 先生、お久しぶりです……、って外出されて大丈夫なんですか!?」


「積もる話もあるだろうから」と皆が別行動を提案してくれた事に甘え、二人で近くの喫茶店に入る事に。


「なるほど、それじゃあ日光アレルギーはもう……。これからはこうして自由にお買い物も楽しめるんですね、本当に良かったです」


「そうなんだよ、やっぱりお日様の光って良いよね……」


 しみじみと窓の外を見やりながら呟く僕に、篠原さんはにこにこと笑顔で頷いた。と、その笑顔に陰りが生じ、やがて硬く強ばった表情で「あの、ですね……」と改めて切り出してきた。


 ところがそれから先は続かず、口を開いては閉じ、を繰り返している。察するに、僕の種族の話だろう。なにを言われるのだろうか……と少々不安になりつつ見守っていると「この度は、私の後任が大変ご迷惑をおかけしたようで……誠に申し訳ございませんでした」と勢いよく頭を下げられてしまった。


 想定とは全然違う話題にぽかん、と思わず間抜け面を晒す僕。


「なんだ……、そんな事篠原さんが気にする必要もないのに。黎明社さんからはきちんと謝罪をしてもらった。サイン会もつつがなく終了したし、今は編集長直々に担当についてくれているから大丈夫だよ」


「それでも……元を正せば私がGoW内の執筆部屋を勧めたのが原因でもありますから」


 佐藤さんが、部屋の使用時間から僕が人間ではないとカマを掛けてきた件を言っているのだろうけど、今日び原稿用紙に手書きで入稿する作家なんて、迷惑以外のなにものでもないのは僕も重々承知していた。そんな僕でも対応出来るテクノロジーが登場したのだから、それの利用を推奨するのは編集者として当然。


「そんな事。エスパーじゃあるまいし、誰もあんな事態を想定するなんて無理でしょう。それに、その理論で言うなら迂闊にも僕が昼夜問わずログインし続けていたのが原因だからね? ……僕としてはむしろ、篠原さんに感謝してるんだよ、GoWを勧めてくれて」


「……本当ですか」


「本当本当。ね、『生きがいはあった方が良い』とか『人生の目標を決めよう』とか、よく聞くでしょう。でもそんなもの決めなくたって人間は生きていける。だけど……それはね、およそ百年っていう寿命があるからだと思うよ、僕は。生きがいや目標もなく、ただ一日ぼうっとして過ごしたって最悪いつかは終わりが来るんだから。だけど僕は……僕達はそうもいかないんだよね、もう知ってると思うけど」


 はっと息を呑む音が聞こえた。


「作家としての身分はこれで……何度目だったかな……まあ多分両手の指よりは多かったはずなんだけど。昔は僕も自由に外を出歩けたし、人ともそれなりに交流してたんだ。だけど皆先に逝っちゃうでしょう。それに僕達は姿を自在に変えられる訳じゃないから、ずっと見た目が変わらない以上、怪しまれる。病死にせよ、事故死にせよ……どこかの段階でその人生の終わりを作らなきゃいけない。そうやって親しい人達と何度も別れを繰り返す生活に疲れちゃってね。……死のうと、思ったんだよ。だけど飲まず食わずでも死ねないんだよね……、かといって誰かに頼むのもちょっと、ね。で、なにもする気が起きなくて家から出ずにひたすらぼうっと生きてるうちに、日光が駄目になっちゃって。大抵の職業には就けないし……そこからはずっと、名を変えて作家として生計を立ててきた。生きがい? そんなものとっくにない。目標? 終わりが見えないのに捻り出すのはもう面倒だ。そうやって、どんどん、内にこもってさ。心配して頻繁に顔を見せてくれていた息子との間にすら壁を作って……、ただ原稿を生み出す機械みたいな生活を送ってた。自分の作品が本当に面白いのかどうかも、もう全然分からない状態でね」


 篠原さんはなにも言わなかった。ただ黙って僕の口元辺りを見つめている。


「吸血鬼が……、エルフとか、そういう他の種族と違って闇の生き物に数えられる事が多いのは、この特徴が俗に言うアンデッドに近いからなんじゃないかな。……まあなにが言いたいのかっていうとね、数ヶ月前までの僕の精神は崩壊寸前だった、と思う。それこそ生ける屍状態。最近息子が笑いながら言うんだよ、『ちょっと前までの父さんは目に光がなくて、どうしたら良いのか分からなかった』って。そういう話が笑いながら出来るようになったくらい、GoWは今の僕にとって『生きがい』になってるって事なんだけど。だから篠原さんは、比喩でもなんでもなく命の恩人なんだよ。…………なんて、ごめん。急にこんな話されても困っちゃうかな……」


「いえ、あの……、すみません、全然言葉が出なくて……。こんなんじゃ文芸編集失格ですね」


「いや、本当にごめん! 篠原さんを困らせるつもりは本当なくて……、どうしよう、妊婦さんのストレスは胎児にも影響があるって聞いた事あるけど大丈夫!? 今言った事全部忘れてくれる!?」


「ふっ、あはは……! そんなすぐ影響ある訳じゃないですよ。むしろここ最近で一番のストレスは、先生の初サイン会という一大イベントに、私が担当編集として同行出来なかった事ですからね! それに比べれたら。……むしろ先生のプライベートなお話が聞けて嬉しかったです。私、あれだけ先生の担当編集をしていたのに、日光アレルギーと、機械音痴な事くらいしか知らなかったんですよ。先生って物腰が柔らかくてなんでも話を聞いてくれますけど、聞くだけで全然語ってくれなかったんだなって……改めて気付きました」


 種族やその他重要な情報の取り扱いには気を付けていたけれど、まさか嗜好品の一つも話した事がなかったとは思わなかった。


「……そっか。ごめん、全然気付いてなかった。えっと……実は甘い物に目がないんだ。特にケーキ。あの家の設備じゃ作れなかったから、こっちに来て以来、出掛ける度についつい食べちゃう」


 目の前のケーキに視線を向けながらそう言う僕に、「先生がなにかを口にするのも初めて見た気がします」と篠原さんは笑った。そうか、そこからだったか……。

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