Side:末期症状編2
インクシアのなにがそんなにプレイヤーを苦しめるのか。実際のところ、攻撃パターン自体はそう多くはない。以前研究施設探索し隊に参加して身をもって体感した僕が言える事はただ一つ。インクシアの行動一つ一つが非常に厄介だという事だ。
研究施設目当ての人々全員がインクシア討伐に気乗りしない訳ではない。本気で討伐しようと襲いかかったプレイヤーは何人も居たし、序盤は僕も「いけるんじゃないか?」なんて淡い期待を抱いていた。
HP100%〜51%では墨吐きで短時間プレイヤーの視界を遮断し、その間に触手を鞭のようにしならせプレイヤーを攻撃する。それと時々、魔術を使用した水流操作でプレイヤーをランダムな位置に吹き飛ばす。
そう、ここまでは墨吐きが厄介なくらいで、慣れてしまえば大した問題ではなかったからね。ただ問題は、HPが半分を切ってからだった。
HP50%以降インクシアは激怒し、上記墨吐きの効果時間と範囲が拡張される上に、触手攻撃の頻度とダメージが増加する。水流操作も、インクシアを中心とした巨大な渦巻き状に変化してプレイヤーを強制的に自身の近くに呼び寄せるという、遠距離プレイヤー泣かせな技へと進化を遂げるのだ。その上で触手による締め付け攻撃が追加されるのだから厄介な事この上ない。その上締め付けは時間経過では解除されず、他の誰かがその触手を攻撃する必要がある。つまり全プレイヤーが捕まった段階で全滅確定、という事だ。僕が参加したイベントパーティも、ここで全滅をした。元々の目的は研究施設の探索とはいえ、正直な話、悔しくなかったといえば嘘になる。
ここから先は別のパーティの動画から分析した情報だけど、そりゃまあ失敗するよね、という攻撃のオンパレード。
HP25%の特殊行動「触手の嵐」。一回限りではあるけど、全ての触手を同時に使用して全方位に強力な攻撃を仕掛けてくる。避けるのはほぼ不可能で防御をするしかないという意地の悪い仕様のせいで、締め付けで弱ったプレイヤーの大半はポーションのクールタイムが間に合わず、脱落しているようだ。
HP20%〜0%ではインクシアが狂化し、攻撃速度と攻撃ダメージが更に強化される。水流操作と墨吐きの範囲は広がり、墨の濃度も増す。そうして視界を完全に遮ったところに、複数の触手が締め付け攻撃を発動するという寸法。どうにか踏ん張っていたパーティも、ほぼここで脱落している。
こうして先人達の遺した情報から分析した人々は思う訳だ、「触手さえどうにかすれば勝てるんじゃないの?」と。それなのに攻略が難しい理由。そう、思うように触手が切れないのだ。
切れない、はずだった。投稿された対インクシア戦の動画は一通り目を通したけど、触手狩りに成功したパーティは居ない。そもそもが生きたタコの足というのは弾力と吸盤のせいで切りにくいし、切ったところですぐに再生してしまう。追いつかないのだ、プレイヤー側のスピードが。そうして締め付け攻撃によって徐々に戦力を削られていく。
「はは、やっぱり凄いなあ、蓮華さん達は。簡単に切り落としちゃってまあ……」
シヴェフ王国で手に入りにくい海の幸……もとい、湖の幸の為なのか。それとも単に、彼や彼女の力量の前ではタコの足が切れない道理はないのか。僕の眼前では鬼人の如き強さでインクシアをただの球体にし続けている二人が居た。前者がモチベーションの可能性を考慮して、「湖に生息するタコが美味しいのか」という疑問はあえて口にしてはいない。個人的には塩気が足りなくて。淡泊なんじゃないかな、と思っているけど。
それにしても、あの二人の攻撃に巻き込まれる事もなく難なく足を回収していくナナちゃんの動き。まるで事前にどの方向から攻撃が来るのか分かっているかのような足取りは、どう考えても普通ではない。
まあ、元々とんでもない記憶力に目を付けた洋士さんが秘書にしたがったくらいだし……、多分蓮華さんとヴィオラさんが放つ攻撃の種類と、その際の身体の動きを丸暗記しつつ、都度都度記憶の中の彼らの動きと今の動きの誤差を計算して方向に当たりを付けているんだろうな。一体どんな脳の構造をしていたらそれが可能になるのか分からないけど。
そういう訳で、大した苦労もせずにインクシアの残りHPは残り二十%を切っていた。触手がないので当然、二十五%で発動するはずだった「触手の嵐」は発動していない。
激怒している上に狂化したインクシアの姿は、まるで茹で上がったタコのように真っ赤な上にどす黒い模様が浮き上がっている。禍々しいその姿に、本来ならばプレイヤー達は絶望するのだと思う。……触手があれば。攻撃速度やダメージが上がったところで、インクシアには最早攻撃手段がない。もしかすると、これは勝てるんじゃないだろうか。
そう思った瞬間、なにか言いようのない違和感を感じた。インクシアの残りHPは五%になろうかと言うところ。攻撃パターンが変わるという分析結果はないはずだけど……。
頭部へ攻撃を怠らないように気を付けながら、じっとインクシアの全身を観察する。気が付けば僕は叫んでいた。
「……っ! 触手の再生速度が上がってる! 締め付け攻撃に備えて!」
インクシアの口元は、まるで僕達を嘲笑うかの如く歪んでいる。……ように僕には見えた。
マッキーの口調見直すために「末期症状編1」読み直してて気付いたんですけど、常識枠だと思ってたマッキーもちょっと狂ってたんだなって……。
繰り返しにはなってしまいますが、8/22からコロナEXにて吸血鬼作家の漫画配信開始しました!是非そちらもよろしくお願いいたします。
また、裏で連載中の「国に飼い殺され続けた魔女、余命十年の公爵の養女になる? 〜養女契約のはずが、妻の座を提案されてしまった〜」もよろしくお願いいたします!
※20日から満喫していた夏休みもいよいよ明日で終わってしまう……(震え声
やだー、お仕事したくないよー!w