231.海の幸
はるか昔、その研究施設には地上から直接出入りする為の魔術的手段があった。けれど研究施設はとうの昔に放棄され、それと同時に出入りの方法も失われてしまった。現在では水中からしか入れない一方で、まるで施設を守るように現れる巨大タコのせいで、それも容易にはいかない。
そうした背景からプレイヤー達が生み出したのは、水中研究施設を探索したい人達同士で手を組み、一方がタコの視線を引きつけ、その間にもう一方が施設内に入る方法。この方法は大成功で、今ではもう巨大タコを本気で討伐しようという人達は少ないらしい。というのも、倒す為に必要な準備と挑戦時の損害が討伐報酬に見合わないから、だそうだ。
『水中行動制限解除』なる報酬自体は悪くない。問題はそのパッシブスキルが活きる場面がほとんどない事。苦労して手に入れたところで、現状探索された地域の中ではシルヴァティエーレと、せいぜいもう一箇所くらいでしか役に立たない。それなら三十分間だけとはいえ、同等の効果が得られる植物で事足りるよね、というのが大半のプレイヤー達の見解だった。
そういう訳で僕達の挑戦はかなり注目されている……とヴィオラから聞いていたものの。それが元で普段のプレイに支障が生じてしまった、なんて事も特になかったので僕はただ「そうなんだ」くらいに受け止めていた。後日、この意識の低さを僕は後悔する事になる。
§-§-§
「ねえ、足の一本でも切り落としたら、討伐に失敗しても回収出来るかな? あの足一本あればたこわさもたこ焼きも食べ放題だと思うんだ……」
「絵面的に食べられるのはどう見ても俺達の方なのに、よくそんな事言う余裕があるよな……さすが蓮華さんだ」
「蓮華くんの手料理を堪能するチャンスを逃すわけにはいかないわ! 皆、積極的に足を狙っていくわよ!」
「いやいやいや、ヴィオラさんまで……、事前に立てた作戦はどうするつもりっすか!」
「まあ作戦なんて実際にはあってないようなものだしね? タコの足一本で戦意が保てるなら、むしろ積極的に作戦に盛り込んでいくよ僕も。実際、それ《・》が本当に出来るのなら一番楽なのも事実だからね」
「……皆よくあれを目の前にしてそんな事言えるなあ……、俺にはとてもじゃないけど美味しそうには見えないんだけど」
ガンライズさんがなにやら呟く声が聞こえたけれど、僕は聞こえないフリをした。たとえ僕達の事を、足の一本で絞め殺せるほど巨大なモンスターだとしても、タコだよ? 食べたいに決まってる。なんたって海の幸はシヴェフ王国では入手しづらいんだから!
「よし、一丁頑張りますか! 全てはたこ足の為に!」
「「たこ足の為に!」」
「「お、おお……」」
両極端な反応と共に巨大タコ——狂気の守護者インクシア——との戦いの火蓋は切られる事となった。
これだけ騒いでも一定以上距離が離れているが故に無反応なインクシア。単なる仕様なのは分かっているけれど、「守るべきは自身の背後の研究施設だけであり、近寄りさえしなければなんであろうと興味がない」と語っているように見えた。
その油断が、僕にとってはチャンスだった。
「一番美味しそうな足は貰った!」
抜刀術の太刀筋に合わせ、魔術で生み出した水刃をタコに向かって打ち出す。その攻撃は、見事狙った足を含め数本を切り飛ばす事に成功した。
「回収は私に任せてください!」
叫ぶと同時に飛び出したナナを援護すべく、僕とヴィオラは怒りの咆哮を上げたインクシアに向けて怒濤の攻撃を繰り出した。万が一ナナの方へと攻撃が逸れてしまっても、彼女の俊敏性であれば避けられるだろう、という判断もあった。
「回収完了です!! って、あれ……? 大変です! この足、素材扱いになってて消費期限がありません!」
「嘘!? それじゃ食べられないって事!?」
かつてないほど悲痛な叫び声を上げるヴィオラ。
素材には経年による劣化、腐敗はない。それは主に武器や防具などの各種装備品に使用する前提となっているから。裏を返せば、食材としての使用を考慮されていないという事で……。
「あっ! ごめんなさい、よくよく説明文を見たら、料理にも使えるって書いてました!」
そんなナナの発言に、今度は僕が叫ぶ番だった。
「待って、それじゃ食材なのに腐らないって事!? ……大変だ、全部の足を切り落とさないと!」
「いやいや、足は再生するんだから全部切り落とすなんて無理だろ! ダメージも微々たるものだし……って駄目だ皆聞いちゃいねえ!」
「勿論聞いてるよ! つまり無限に入手出来るって事でしょ? それならこの機会を逃す訳にはいかないよ!」
とはいえ、ガンライズさんの言う事も一理ある。むしろ元々はボス討伐報酬目当てなのだから、一理どころか、それが真理だ。彼の言う通り、再生能力があるからか足への攻撃ダメージはHP全体に対して微々たるもの。本気で倒す為には頭部への攻撃が必須だとは思う。
それでも、事前に聞いた限りでは締め付け、弾き飛ばしなど、足を使った攻撃が多い。延々と足を切り落とし続ければ、大半の攻撃を無力化出来るという事だ。
「……だからね、僕達が食材を調達してる間に残りの皆が頭部を攻撃すれば良いって事! インクシアにへばりついてる以上、僕達には墨吐き攻撃も大したデメリットにならないし」
「す、凄い……ふざけてるのかと思ってたけど、ちゃんと考えてたんだな蓮華さん」
だいぶ失礼な事を言われた気がするけれど、今言った作戦は後付けの理由であって、食材の為に暴走したのは事実なので曖昧に笑って済ませておく。前にマッキーさんが「攻略動画を見る限りでは難しそうですが」との前置きをした上で説明してくれた方法なのだ。
「あ、そんな訳で氷狼軍団はなるべく頭部を狙ってくれる? 足を傷つけちゃうと食材としての価値が落ちるから。アインは……色々魔法の練習もしたいだろうし、遊撃でよろしく!」
「了解だ頭領!」
「おっけー、蓮華さん」
だいぶ日があいてしまったので、お忘れの方は「224.次の目的地」を読むと思い出せるかもしれません、、、
※戦闘シーン苦手すぎて執筆時間かかってますって昨日の後書きに書きましたが、結果としてこれ戦闘シーン???な方向になってしまいました。蓮華さんだから仕方がない。