漫画版連載開始記念短編:はいチーズ!の日
「それじゃ撮るわよ! ……ん、どうかしら?」
自分的には笑顔のつもりだったけれど、どうやら写真に対する苦手意識は隠しきれていなかったようでヴィオラが見せてくれた写真——スクリーンショット画像——には、ややぎこちない表情で笑っている僕の顔が写っていた。
気が付いたヴィオラの「撮り直す?」という提案に、僕は首を横に振った。何度撮ったところで結果は同じだと分かっている。
「自分という存在の記録が残ってしまう事」に対する恐怖心は未だに薄れない。いや、むしろ平成、令和、天寧と日進月歩のIT技術のせいで、不安の芽は成長し続けている。
「こうして見ると皆さん服装がバラバラで面白いですね」
よく通るマッキーさんの声で、半ば沈みかけていたネガティブ思考の底なし沼から這い上がる事が出来た。内心で感謝しつつ、大して話を聞いていなかった事を悟られないように、皆の反応に合わせて頷いておく。
今日は八月二十二日。事の発端は、いつものようにクランハウス内で雑談中の「今日は『はいチーズ!の日』なんですって」というヴィオラの一言だった。そこから写真の話となり、急遽撮影会へ。といってもそんなに仰々しいものではなく、改めてクラン結成記念として撮っておこう、という流れだった。
「もっと早く思いついてれば、たかしさん達とも撮れたんですよね……」と呟いたナナの言葉に、ガンライズさんはあからさまに渋い顔をしている。彼らが抜けた時期が時期なだけに、思うところがあるようだ。
「……メンバーが抜けたタイミングで撮り直してたと思うし。過ぎた事は気にしてもしょうがないんじゃないか」
今までナナには見せてこなかったであろうぶっきらぼうな表情で答えるガンライズさんに、ナナは一瞬驚いたような顔をしてから静かに頷いた。
「ほらそこ、空気を悪くしない」
すっかり剣呑さを消し、笑顔で「さーせん!」と謝罪するガンライズさん。そんなやり取りに責任を感じたのか、ナナが「疑問に思ってたんですけど」と話し始めた。
「はいチーズ!って撮影時のかけ声としては定番ですけど、『ズ』で終わるから笑顔で撮るのは難しいですよね」
「全員ひょっとこみたいな顔になりそうだな。……それはそれでちょっと面白いけど」
「撮影タイミングの目安なだけで、写る人は気にせずポーズを決めてれば良いだけかもしれませんけど。先日たまたま流れてた韓国ドラマでは『キムチ』と言ってたので、なんか『はいチーズ』に違和感を感じちゃって……」
「元々は英語圏で使われていた『Say Cheese』が元になっているみたいよ。でもあっちの発音とこっちの発音は全然違う。向こうだと『チー』に近いけど、こっちは『ウ』の口になっちゃうものね。それこそナナちゃんが言った『キムチ』とか、『いちたすいちは?』の方が日本には合ってるかも」
「確かにそっちのが仏頂面の人物が減りそうだ」
「あ、そういえば……、最近は『はいチーズ!』って言わないんだって娘から聞きました」とえいりさん。どうやら「はいチーズ!」は古くから使われているからダサい、というイメージが若者の間での認識らしく、シンプルに「三、二、一」とカウントを取ったり、そもそも声をかけない事が多いという。
「撮影のかけ声一つとってもダサい……。うーん、時代の流れに全然ついていける気がしない!」
僕のぼやきにガンライズさんが笑いながら、「ああ、そういえば高校時代の事だけど」と思い出したように語り出した。
「ダサいダサくないは俺も分かんないけどさ、そもそも笑顔で撮る事にこだわる必要がない、ってのは分かるかも。文化祭の準備とか修学旅行とか、事前にカメラマンが入ってるって告知だけされて、勝手に撮られてる事が多いんだ。そういう自然体の写真は、あとから『こんな事もあったな』って思い出して盛り上がるらしい」
なるほど、と納得して頷いたものの、「らしい」という言い方からは、ガンライズさん本人にはそういう経験がなかった事が窺えた。GoWを始める前は精神的に余裕がなく、まともに学生生活を謳歌する事も出来ていなかったという話は聞いていたものの、こうして具体的なエピソードを聞くと言いようのない感情に胸が締め付けられてしまう。
「そうね……、だだ広いクランハウスに集合写真一枚だけってのもなんだか変だし、そういう自然体の写真も飾らない?」
§-§-§
賛成してみたは良いものの『自然体の写真』が今いち分からず、なかなか写真を撮る事が出来ないまま数日が過ぎてしまった。このまま一人で悩んでいても埒が明かない。そう判断した僕は、丁度クランハウスに居た三人に写真を見せてもらう事にした。
「うわっ! よりによってこれを出すか!? めっちゃ恥ずかしいやつじゃん俺……」
ナナが見せてくれたのは、ダンジョン内で宝箱の形をしたモンスターにガンライズさんが食べられており、その手前でナナが笑顔でピースサインをしている写真だった。盗賊のナナと一緒にダンジョンに行ったにもかかわらず罠にはまった恥ずかしさからか、ガンライズさんは顔を真っ赤にして抗議しているけれど、その写真には臨場感があってナナがシャッターを切った理由はなんとなく分かった。
「先走って罠にはまるのはいつもの事だけど、この時はちゃんと罠を回避出来たのに、すっかり忘れて帰りに引っかかったガンライズくんが面白くって、つい」と笑いながら説明するナナに、堪えきれず僕は吹き出してしまった。ガンライズさんがじろり、と恨みがましい目でこちらを見ているけど、これは仕方がないと思う。
「いやあ、ごめん。いの一番に助けに行きそうなナナが笑顔で写真を撮るくらい、いつも罠にはまってるんだなって……。想像したらもう駄目だった」
僕の隣でヴィオラも肩を震わせているのを見て、ガンライズさんはすぐさま自分が用意した写真をテーブルへと置いた。一刻も早く話題を変えたいと言わんばかりのその行動に、隣のナナの口元がひくついている事は黙っておこう。ガンライズさんが泣いてしまうかもしれない。
ガンライズさんが選んだ写真は先ほどの写真とは反対に、猫に変身したナナが、たくさんの野良猫達に囲まれているものだった。これはこれでシャッターを切る気持ちが分かったような気がする。
「やだ、可愛い! 獣人が羨ましくなっちゃう」
ヴィオラは目を輝かせながら写真を食い入るように見つめている。そういえばいつぞや、猫派だと言っていたっけ。そんな彼女からしてみればナナのポジションはまさに天国なのだろう。
ところが、そんなヴィオラに「私もそう思ってたんですけどね……これが意外と辛くて」と困った顔でナナ。
人目は気にしても動物の目を気にする者は意外と少なく、猫の集会は情報の宝庫らしい。反面、知らなくても良い噂話まで全部耳に入ってきてしまうのでNPCに対する印象が大きく変わってしまうのが悩みだという。そんな話を聞いてから改めて写真を見ると、猫達の笑顔に別の意味があるような気がしてくるから不思議だ。
「そう……情報集めにはもってこいなんでしょうけど、胃もたれしそうね。ちょっと様子を見ようかしら……」残念そうに呟いた辺り、どうやら本気で種族を変えるつもりだったようだ。猫耳のヴィオラかあ……、きっと可愛いんだろうな。いつか見られるだろうか。
「それじゃ、最後は私ね」とヴィオラが出したのは、先日僕とヴィオラとアインの三人で行った村での一枚。依頼達成後、村人達とキャンプファイヤーを囲んでのお祭り騒ぎだった場面。……なのだが。
「なんだか宴が黒魔術の儀式みたいに見えてきて面白かったから撮っちゃったのよ」とヴィオラが言う通り、村人が楽しそうに踊っている中、キャンプファイヤーの薄ぼんやりとした灯りに照らされたアインは正直に言って怖かった。
「写り込んではいけない者が……みたいな怪談話にありそうなシーンだな」
だが、それよりも気になる事が一つ。
「おかしいな、あの時はそれなりに合わせられたつもりだったんだけど……」
我ながら、初見にしてはなかなかだな、なんて内心自画自賛しながら踊っていたというのに。
一人だけ別種の踊りだと言われた方が納得がいくほど、写真の中の僕は周りと違うポーズで写っていた。
「ふふ、それも含めて黒魔術の儀式に見えたのよ」
ヴィオラの言葉に、僕とアインが項垂れたのは言うまでもない。
本日よりコロナEXにて『吸血鬼作家、VRMMORPGをプレイする。』の漫画版連載が開始されました!
活き活きとした表情で冒険をする蓮華さんが可愛い&格好良いので是非!読んでみてください!!
あと、僕のTwitterアカウントにて「もし蓮華先生がSNSを始めたら」なる画像を昨日、今日と投稿してますので良ければ見てみてください。作者名で検索したら出てくると思います。
※最近本編の更新滞っててすみません、今執筆中です。よりによって戦闘シーンだったので書くのにめっちゃ時間かかってます、申し訳ない……明日か明後日には投稿……したいと思います……。





