228.植物型魔獣との対話
ヴィオラが王都へと戻ったタイミングで、アインも執務室から帰還。その手には一通の封筒が握られていた。
「あ、なんか見つけたの?」
「書類らしい書類は全く見つからなかったけど、たまたまこれだけ執務机の下に落ちてたから持ってきた」
「やっぱり帳簿関係は国が持ってっちゃったのかな。これは落ちてたから気付かれなかったのかも。どれどれ……」
差出人は隣町テレシアの賭博場になっている。中の便箋を取り出すと、何枚にも渡ってびっしりと日付と金額が書かれていた。
「うわ……これ遊んだ日とその金額……? よくよく見たら督促状だ、これ」
どうやら逃亡した理由は裁判だけじゃなくて、総額五十金——およそ五百万円——の賭博負債にもあるようだ。
「今回の件には直接関係ないけど、前領主の人となりが分かったって意味では凄く役に立ったよ、ありがとう」
「それは良かった。……ところでヴィオラさんは?」
「雪風とイゼスを迎えに行ってる。植物型魔獣をどうにかして説得出来ないかって話が出て、魔獣同士なら意思の疎通が取れるかもしれないと思ってね。ちなみに今更なんだけど、アインって魔獣? それとも別の種族?」
「多分魔獣じゃないと思うなあ……、魔核があるとは……思えないし。ここが急所、みたいな本能的な感覚もない」
洋服越しに自分の身体を触りながら曖昧な返答をするアイン。まさか本人ですら分からないとは思わなかったので、僕は少し驚いた。
「それにさっき戦った時も、あの植物と意思の疎通が出来る気はしなかったよ。……役に立てなくてごめんね?」
しょんぼりとした表情——骨だから動きはないけどそう見える——をするアイン。その様子に僕は慌てて口を開いた。
「謝らないで! 魔獣同士なら、っていうのも憶測に過ぎないし。……もしアインが魔獣だったら、森で出会った時に倒しちゃってたかもしれない。それにヤテカルの時だって猛毒に侵されて全滅してただろうし。今相棒として一緒に冒険出来るのは、アインがアンデッドだからこそだよ」
「そっか……、そうだよね!」
≪アイン君、遠回しに蓮華くんより弱いって言われてるけど良いのかw≫
≪倒される側ではないという絶対の自信が羨ましい≫
≪蓮華くんの強さを間近で見てたしね……察しちゃったんだよ力量の差を≫
≪まあ魔核が心臓って考えたらアンデッドに心臓は変だしな≫
「そんな訳で、アインはやっぱり魔獣と会話するのは難しいみたい」
「そう、だからちょっと元気がないのね……? 気にしなくてもアインくんの真価は別にあるのに」
僕の説得に納得する素振りを見せていたものの、植物型魔獣と会話をする雪風とイゼスを目にして再びしょげてしまったアイン。その様子を不思議に思ったヴィオラが事の次第を聞いてきたという訳だ。
と、そこへ「頭領! 大体の話が分かったぞ!」という雪風の声が聞こえてきた。尻尾ふりふり「褒めて下さい」状態の彼女の頭を撫でながら話を聞いてみれば、やはり図書室で突き止めた事情と大まかなところは一緒だった。
「段々栄養が取れなくなって、もうそろそろ自分の命が尽きそうだと察したらしい。ここ最近は『せめてこの状態を作り上げた憎き人間を一掃してやろう』と暴れ回ったと言っているぞ」
「なるほど……。交渉の余地はありそうだった?」
「犬が説明した通り、あの者はこの地から移動する事が出来ないようです。ですから昔のようにここを住みよい場所にしてくれるのであれば……という話でした」
犬呼ばわりされた事に低い唸り声を上げる雪風に、イゼスはどこ吹く風と言った様子だ。この二人はどうしてこう……仲良く出来ないんだろうなあ。いや、仲が良いからこそのじゃれ合いなんだろうか。どうどう、と宥めるように雪風の背中をぽんぽん、と叩きながら僕はイゼスに頷いた。
「そうだよね。ご飯にありつけない、けど移動も出来ない、じゃ怒るのも当然だ。やっぱり穏便に済ませるならご飯問題をどうにかするしかないね……。とは言え、下水処理場を停止したところで施設内に未処理の下水が溜まり続けるだけだし、やるなら処理場そのものを撤去するか、一部を破壊してそこから栄養を摂ってもらうしかないんだよね……」
だけどいつまた植物型魔獣との関係が破綻するかも分からない以上、ギルドマスターや今後赴任してくるであろう領主が撤去や破壊に賛同するとは思えない。
「植物型魔獣の活動範囲はどれくらいなのかしら? 今後フィロティスを復興するなら自給自足は必須でしょうし、町の外周に大規模な農場を作るのはどうかと思ったんだけど」
「ああ! そっか。なにも町に手を入れる必要はないのか。駄目だな、最近頭が固くなっちゃって……」
ヴィオラの言葉を受けてか、イゼスは少し離れたところでたたずんでいる小さな植物相手に、なにやら耳慣れない言語で話しかけている。
「町の外壁から半径十キロ圏内であれば根が届くそうですよ」
町の中はボロボロの状態ではあるものの、町の規模自体は辛うじて外壁が残っているお陰で昔から変わっていない。となればきっと下水処理場があるのもその範囲内のはず。
町の周囲半径十キロもあれば、十分農耕や畜産から出た下水類であの魔獣のご飯を賄えるよね。
「ギルドマスターや次期領主を説得する必要はあるけど、もし町の外周に新たに畑や牧場を作ったら、もうフィロティスを襲わない? ……って聞いてくれるかな」
再び植物と話し込むイゼスと雪風。先ほどよりも時間がかかっている辺り、魔獣の方にもあれこれと条件があるのかもしれない。
ようやく話を終えてこちらに戻ってきた二人の表情は、あまり明るいとは言えなかった。
「十分な栄養が摂れるのであればここを襲う理由はない、と。ただ百五十年前の二の舞はごめんなので、これから先は代々の領主と引き継ぎ式のテイム契約を行いたい。そしてその際、領主とあの者の利害が不一致の場合には契約を引き継がず、あの者の一存で解除出来るようにしてほしい、だそうですよ」
テイム契約は一方的に破棄する事は難しい。契約した魔獣や動物に逃げられたプレイヤーが、テイマーとしては再起不能と言われる所以はそこだ。だけどその場所から動けない植物型魔獣は、契約者から逃げられない。その上人間と違って何百年も生きるのだ、前領主のようなならず者がいつ現れるとも限らない以上、自衛の為に契約解除の為の手段を確保しておきたいのだろう。
ただ、問題は植物型魔獣の一存で契約が解除出来てしまう、という点。魔獣側からしてみれば当然の権利でも、人間からしてみればいつまた襲撃が再発するか分からない、恐ろしい契約となってしまう。
「……うん。当然の権利だと思う。ただまあ、人間側の言い分もあるだろうし、詳しい内容は改めて検討する必要があるんじゃないかな。……まずは今の条件をギルドマスターに伝えてくるから、待っててもらえる?」
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