218.真相
「篠原さんの評判を上げる……ってなんですか? 彼女の評判が低いって事ですか?」
僕の質問に、佐藤さんはなにかを言いかけ、そして渋々と言った様子で口を開いた。
「……篠原さんの有能さは皆が認めてるさ。だけど一人だけ……、影で篠原さんに言いたい放題のやつが居る」
それは僕としても腹の立つ話ではあるけれど、そこからどうして僕の評判を下げる、という結論に至ったのかが全く見えてこない。
「『蓮華先生のおかげで有能に思われるなんて、運が良いなあ』とか『蓮華先生の担当にしがみつく為に枕営業でもしてんのか?』とか……、あのくそ野郎」
「もしかして……、僕の評判を下げる事で、『篠原さんが担当だったから蓮華陽都という作家は成功していたんだ』って持っていこうと?」
「そうですよ。貴方の担当を引き継げると聞いた時、僕は死ぬほど嬉しかったんです。だけど……原稿データ消失事件とか、引き継いだ内容があまりにも酷すぎて。その直後にあのくそ野郎が篠原さんに酷い事を言っているのを聞いちゃったんで、『篠原さんのお陰で売れているくせに!』とつい。その上、部屋の使用履歴的にもどう考えても人間とは思えないし、こんな事が表沙汰になったら黎明社は破滅、篠原さんも職を失う事になると思い、心底貴方が憎くなったんです。……さあ、もう良いでしょう? さっさとその動画とやらを上層部に公開してください。あのくそ野郎を道連れに出来るなら本望なんで」
突然大人しくなって色々白状した理由はそれかあ……。
「だったらその人の名前も言わないと。どこの誰か分かんないですよ」
「あ、ああ……。営業部の斉藤です。斉藤大樹」
「あ、編集部の人じゃないんですね」
「編集部の人間だったら他の人も気付くでしょう。他の部だから誰も知らないんですよ、きっと。篠原さんも口外はしてないみたいですし……」
篠原さんらしいといえばらしい。彼女が口外していないから佐藤さんも上司に言えず、こうやって僕の評判を下げる事で篠原さんの評判を上げる方法を思いついたのかもしれない。でもそれって、佐藤さん自身の評判も下がる事になるんだけど……。
「佐藤さん自身の評判が下がる事は気にならなかったんですか?」
「全然。それこそまだ、下がるような評判もないですから」
潔い。だけど巻き込まれた僕からしてみればたまったものではない。篠原さんの為、と分かって納得はしたけれど、いつかまた似たような事が起こったら? 安心して一緒に仕事が出来ない以上、「次からは気を付けて。今後ともよろしく」と言えるほど、僕の度量は広くない。
だけどサイン会は今週末。今この動画を提出したら佐藤さんは担当から外れるだろうし、初めてのサイン会に初めましての編集さんと一緒に行くのはそれはそれでしんどい。
「素直に白状したし、理由が理由だから許します、とは僕は言いません。先ほども言った通り、この動画は黎明社へ提出します。……だけどサイン会に初対面の編集さんと一緒に行くのは困るんですよね、僕としても。なのでキリ良く、今週末までは佐藤さんを担当のまま、と交渉しようと思うんですけど。……さすがにもう、僕を困らせないですよね?」
「斉藤のやつをなんとかしてくれればなんでも良いです。仕事はちゃんとしますよ。だけど先生……先生がなにかヘマをして他種族だとバレたりしたら、僕は黎明社を守る為に先生を切り捨てるつもりですよ」
「他種族だなんて、僕は一言も言ってないけどね。でもそんなに心配なら、動画を提出するついでに他種族作家についても聞いてみようか。どうせこの動画を見た人は佐藤さんと同じ疑念を抱くだろうしね」
ただまあ、どうにも出来ないとは思う。各個人の内心はどうであれ、黎明社全体の方針として他種族作家は受け入れられません、なんて言えば労働基準法三条に違反する事になる。それに、自慢じゃないけれど僕はそれなりに売れているし、黎明社との仕事が断トツに多い。そんな中で突然黎明社との仕事を一切しなくなれば、読者の間で様々な憶測を呼んでしまう。黎明社としてもそれは避けたいはずだ。
だから佐藤さんの言うように僕がヘマをして正体がバレたとしても、黎明社はそれを理由に契約を切る、とは宣言出来ない訳だ。
ああ、でも本当に佐藤さんの言うとおりになっちゃったらどうしよう……。少なくとも、GoWでの僕を知ってる人が来たらその可能性はかなり高いんだよね。本当、配信について知ってたらもう少し大人しいプレイをしたのに……いや、それでも結局遅かれ早かれ疑われてたのかもしれないけど……。
「……胃が痛くなってきた、気がする」
GoW内で本当に体調が悪くなる事はない。だから完全に気のせいなんだけど、なんだか本当に痛くなってきたような……。
「……先生、なんでサイン会の話を受けたんですか」
佐藤さんが呆れたように聞いてくる。
「ほら……、篠原さんが配信に映っちゃったからそのお詫びに、って……」
「でもサイン会で問題が起きたらむしろ事態は悪化しますよね?」
いつの間にか、すっかり立場が逆転してしまっている。その事に僕はむっとして、大人げないと思いつつもついつい最後通牒を突きつけてしまった。
「……そろそろ動画を提出したいから、佐藤さんもう会社に戻りなよ……」
「そうですね。……一応サイン会前に担当を外される可能性もあるんで最後に挨拶だけ。短い間でしたけど、お世話になりました。先生の作品自体は嫌いじゃないです、本当。だから一度くらい、先生と一緒に作品を作ってみたかったです。自業自得で機会をふいにしちゃいましたけど。ありがとうございました」
裏で連載開始した「国に飼い殺され続けた魔女、余命十年の公爵の養女になる? 〜養女契約のはずが、妻の座を提案されてしまった〜」もよろしくお願いいたします!
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